新タイトル模索中…(新・北海道田園生活)
   新宿から移り住んだ札幌近郊での様々な出来事のブログの続編だったのですが、それも2007年10月に引き上げたので4年で終わりとなりました。次の住処が決まるまでタイトルも決められない「流浪のブログ」となります。
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ワケあって2007年秋まで北海道でのんびりと暮らすことになりました。客観的に見た北海道の話題と、家庭菜園や料理などの個人的な興味、さらにテレビやネットについて気になってることなどをテキトーにアップして

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 本格的な冬がやってきたハンガリーからの脱出先に選んだのは…
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 今朝のブダペストは穏やかに晴れていました。

友人宅は古い建物なのでレンガの壁が厚くて、しかも熱水を全館に水道管で回すという数世代前の暖房方式ですので、輻射熱で暖かくてTシャツ1枚で過ごすことができます。5日ほど快適に過ごさせていただいたのですが、初日に換えた12200フォリントも尽きてきましたし、次に雪が降ると根雪になることもあるかもですので、今晩の夜行列車でルーマニアのブカレストに移動することにしました。どうせ冬の列車は空いてるでしょうから発着駅の東駅に30分ほど前に行けば大丈夫なはずでしたが、それほど遠くないのでゆったりと風呂に入った後に出かけることにしたのです。

地下鉄の工事をしてるらしい東駅に着いて国際チケットを扱うブースに行ってみたら、シェリー・ウィンタースに似たマダムが笑顔で迎えてくれました。ブカレスト行きの片道を申し込んだらしばらく待たされ、「今はコンピューターの調子が悪いので20分ほど待ってもらいたいのですが…」と言われました。「列車は冬は空いてるでしょうから、出発時間の30分前に荷物を持って出直してきますよ」と言って、隣のショッピングモールにWiFiを拾いに行きました。最後にスーパーで夜行列車用の食材や安ワインを買い込んで、フォリントはコインだけになりました。



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 これは東駅の近くで見かけた公衆トイレです。

ヨーロッパの街ではフランスの発明品らしい楕円形をしたメタリックな外観のハイテクトイレが広まっていますが、ここのはどうやらオリジナルのようです。利用料金が100フォリント(約40円)もしますので中の仕組みを確かめることはできないのですが、冬の時代のハンガリーの工業を支えていた熟練工のおじさんが頑張って作ったのでしょう。私は有料のトイレを見る度に「そんな国には金を払いたくない」と考えてしまいます。人間の動物としての自然現象のために行政が金を取るという発想が信じられないのです。トイレを有料化すれば私のように木の陰あたりで済ませてしまう輩が増えて、街の美化にはつながらないはずなのです。それで本家のパリでは無料化されたのでしょうが、同じタイムゾーンといってもフランスとハンガリーは両端にありますので無料化になるまでには時間がかかるのでしょう。

もうひとつ久しぶりにハンガリーにやってきて驚かされたのが、未だに駐車禁止の取り締まりにパッカリングを使っていることでした。自動車の車輪を鉄製の器具で手錠のように固定して動かせなくする懲罰行為は、たしか20数年前にイギリスで始まったと思うのですが、評判が悪いのと他にスマートな方法がいくらでもあるので廃れてしまっているのです。パッカリングはすぐに移動できないので街の邪魔になるだけでなく、違反者が被害者意識を持ってしまうこともデメリットなのです。ハンガリーの行政当局のこういった古い考え方が残っているあたりも、ユーロ圏に入れるのは早いのではと思わせる一因となっているかもです。



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 夕方の中心部の広場は観光客で賑わっていました。

美味しそうだけど観光地プライスで高い屋台の合間にスタンド型のプリクラみたいな機械が置いてあって人気でしたが、私はその横のコインを加工する機械に注目してしまいました。これと同じような仕組みの機械はアメリカの観光地にたくさん置いてあるのですが、7月にコロラドの観光地でも見かけてブログにアップしたことがあります。この機械は電気や他の動力を使わない珍しい自動販売機で、ようするに銅貨のような柔らかいコインを人力で変形させてお土産に持ち帰るというものなのです。

この機械では100フォリントと5フォリント硬貨をセットして、次に3種類ある中から変形させたいデザインを選び、人間がハンドルを回すと圧力で5フォリント硬貨が押しつぶされて選んだデザインの土産物になるというものなのです。200フォリントと言えば80円ほどですが、それで広場に行ったという思い出を買うタイプの機械なのですが、なかなか20世紀ぽくって悪くないと思うのです。しかし外見が地味なためか、あるいは夕方で暗くなったためかまったく注目されてはいませんでした。やはり太陽電池を取り付けて光らせるくらいの工夫は必要かもです。
 


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 これは博物館で撮影したわけじゃありません。

やはり中心部に並んでいる屋台のひとつなのですが、昔のように鍛冶屋さんがふいごで火を起こして鉄を打って鍛えているのを観光客に見せているのです。作っているものは暖炉用の火かき棒のセットやロウソクの蜀台、置物などのようでした「こんなものをこのサイズで…」とネットで見つけたデザインでも見せれば何でも作ってくれそうです。こういったものの値段はさっぱりわかりませんが、観光地ですから安いわけはないでしょう。

この鍛冶屋は以前にブダペストに来た時もあったと思いますが、よく21世紀になっても経営が成り立つものだと感心します。鉄関連のものはホームセンターで安いインド製のものなどが並んでいますので、特注品以外は売れないんじゃないかと思うのです。まあお金持ちが家を新築したり改装したりする時に、「ここに自分の家系の紋章を入れたい」などと発注したりするのでしょうが、それにしても経営が成り立つというのが不思議な感じがします。もしかしたら政府から伝承文化ということで補助金でも貰っているかもですけどね。



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 列車の出発時間に合わせて早めに夕食を作りました。

先日のカレーはトマトなどを入れて味を変え、それにジャガイモ料理をプラスしました。料理といってもスライスしたジャガイモをバターでソテーしたヤツにトマトソース味の魚の缶詰を加えて、最後にエメンタールチーズを乗せただけの簡単なものでしたが、普段はあまり料理をしない友人からは高評価でした。カレーはカルフールの安い米が無くなったので、わりと高い日本米に近いものを炊いてかけてみたのですが、安い米の方がアジアン・カレーには合っていました。

ワインは1本199フォリントの安いヤツで、夕食の時に飲んで余ったのをペットボトルに移し変えて夜汽車の友となる予定です。デザートは2個で250フォリントだったケーキの横にスライスしたバナナを並べ、259フォリントで購入したスプレー式のホイップクリームをたっぷりとかけていただきました。私はもうホイップクリームを使うことは無いのですが、友人宅の冷蔵庫では見当たりませんでしたので、これからのクリスマスシーズンに出番があるだろうと買っておいたのです。冬の寒い夜にはコーヒーやココアに浮かべても美味しいですしね。



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 夕食後にダッシュで歩いて東駅へと向かいました。

国際窓口のシェリー・ウィンタース似のマダムは私の顔と時計を見て、「まあ、あなた7分前よ!」と大袈裟に驚くふりをしてテキパキとブカレスト行きのチケットを用意してくれました。マダムにお礼を言ってわざとゆっくり出口に歩いて行き、ドアを閉めてからホームまで走りました。乗ってから列車は2分ほどで何のアナウンスも無く走り出したのですが、間に合ってホッとしました。

6人掛けのコンパートメントに私一人でしたので、「これは安眠できそうだな…」と思っていたら大間違いでした。まずワインを飲んでうたた寝していたら、22時過ぎにハンガリーのパスポート・コントロールがあったので起こされたのです。その20分後くらいに今度はルーマニア側のがやってきて、これでもう寝れるだろうと毛布をかぶって寝ていたらルーマニアの車掌が検札にやってきて、駄目押しは暗くしてカーテンを閉めていたのにコーヒー売りが勢い良くドアをノックして入ってきたのです。

ロンドンに入国して以来のパスポート・コントロールでしたが、この国境で時差も1時間ありましたし、日付が変わったら12月にもなりますし、今回の旅行のひとつの区切りになりました。年末の帰国用のチケットは購入済みですので、急に慌しい感じになったような気がしましたが、中東で少し寄り道をしたとしても飛行機に数回乗れば大丈夫ですから、火山噴火とか無ければ問題はありません。そんなことを考えながら深い眠りに落ちていたら、どこかの駅で数人が乗り込んできて起こされました。コンパートメントが静かだったのは最初の3時間くらいだけでしたので、寝台を取らなかったことを少し後悔しちゃいました。(笑)



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(2010/11/30(火) 23:59)

 ブダペストの友人の自転車を借りて日曜のリベンジに向かった先は…
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 先日の夕方から降り続いた雪はほとんど消えていました。

気温が上がったために雪が雨に変わったためじゃないかと思うのですが、今朝は日曜の西のブダオルシュのイケアのリベンジのために東のブダペストのイケアに友人の自転車を借りて行こうと考えていた私にとっては好都合でした。路面は濡れてはいましたが凍結してる所は皆無でしたので、iPod touchの地図でナビ機能を使って表示された6,9kmの道順をそのまま走り抜けました。途中で郊外のドームスタジアムやモダンなメトロの駅舎など撮影しましたので開店時間の10時には間に合いませんでしたが、最初の朝食の行列も終わったところだったみたいでスムーズでした。

ブダオルシュのイケアと同じシステムじゃないことを心の中で祈りつつトレイを持ってカウンターに行ってみたら、先日は無かった200フォリント(約80円)のハムとチーズのセットがありましたし、平日なのでコーヒーは無料でした。これに50フォリント(約20円)のパンを付ければ朝食の最小単位は完成するのですが、このイケアには他では見たことが無い高級デリカテッセンのような品揃えの量り売りコーナーがありましたので試さずにはいられませんでした。10gが45フォリントと先日の冷たい朝食の25フォリントの倍くらいしましたので、ほんの少量づつを皿に盛ったのですが、130gでしたので585フォリントでした。普通は100g単位でしか買えない高級デリカテッセンに並んでるようなものを好きなものだけチョイスして食べることができて、総額で835フォリント(約330円)でしたから満足でした。「来年になったら中心部から郊外に引越しをしたい…」と話していた友人にブダペストのイケアの近くで部屋探しをしてみたらと強く勧めたいと思ったのですが、先日の印象が悪かったので無理なようです。(笑)



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 イケアと広場を共有する商業施設に行ってみました。

イケアの客層が上品な雰囲気のファミリーが多かったので、ちょっと高級なブランドでも揃っているのではと思って中に入ってみたら、予想に反してかなり大衆的なモールでした。MATCHという地元のスーパーが核店舗で、欧米ブランドは少なくて地元の知らない名前の店が並んでいました。私はそのことに関しては欧米に毒されていないと好意的に思えるのですが、トイレが70フォリントと有料だったことは許せませんでした。モールマニアの私からしてみると、モールの概念から逸脱した消費者への裏切り行為に見えてしまいますのでね。

クリスマスシーズンですからモールの最上階には白熊たちがクリスマスソングを演奏する機械仕掛けのディスプレイがあったのですが、単に体を縦や横に揺するだけという素朴さが逆に新鮮でした。最近はホンダのアシモのような自立歩行型のロボットやトヨタの楽器演奏ロボットなどが当然と思っていますので、青い作業服を着たハンガリーの職人さんたちがグアーシュを食べながら作ったようなローテクな人形たちは好感が持てました。子供たちも気持ちは同じようで、左右や上下への単純な動きの白熊たちを一心不乱に見つめていました。この子供たちが大人になる頃には日本では金持ちの家には老人介護用のロボットが普通に導入されている時代になっているのでしょうが、さてハンガリーはどうなっているのでしょうか?



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 このエリアにはもうひとつ別の商業施設がありました。

道路と駅を挟んだ所に多くの駐車場も備えた別のショッピングセンターがあり、お互いの3階部分が吹き曝しのブリッジで結ばれていました。それを渡ってみたら今度も大衆的なモールでしたが、こちらの方が最近になって建てられたみたいでH&Mなどの欧米ブランドも入っていました。1階にフードコートがあったのでWiFiを拾ってメールチェックなどを済ませたのですが、何も買わなくても誰からも文句が言われないので便利です。イケアで朝食を食べてコーヒーを5杯くらい飲んだ後でしたので、何も必要じゃありませんでしたからね。

この商業施設にはスズキのスイフトが展示してあったのですが、これはどうやらハンガリーで作られた国産車のようです。プライスリストを見てみたら3157000フォリントからのようでしたが、日本円にしてみると126万円くらいですから安くは無いみたいです。ハンガリーのマクドナルドなどの時給は300円程度と韓国並みのようでしたから、かなり頑張らないとマイカーを持つことは難しいでしょう。それに無理して買ったとしてもガソリン代は周辺国と同じくらいですから、休日に気軽にドライブという感じでもないと思います。

スズキがヨーロッパでの生産拠点にハンガリーを選んだ経緯や今後の展望などにも興味があるのですが、それは時間切れで次回になりそうです。友人は6?7年ほど滞在予定ということですから、また円高が続いているようなら友人が居る内にハンガリーには再訪できると思います。しかし中国のバブルが崩壊して日本も巻き添えを食うような感じになれば、今回が最後ということになるかもです。いくらLCCの路線が増えて割安に旅行できる時代になっているとしても、円換算でイケアの朝食が1000円を超える時代になれば海外旅行に出かけようという気になれないでしょうからね。



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 その後に長距離バスターミナルへ行ってみました。

ネットで調べたユーロラインの他に地元のローカルのバス会社がいろんな国へのバス路線を持ってるんじゃないかと予想したのですが、ここでもEU統合の弊害でユーロラインの独占状態だったのです。もちろんハンガリー国内へはいろんな会社がバス路線を持っていて、国境の町までそれで行って歩いて国境を越えたりすることはできるのでしょうが、ハンガリー語は無理としてもドイツ語かロシア語くらいは少し理解できないとキビシイでしょう。時間と料金の面ではスロベニアのリュブリャーナに向かうのがベストだったのですが、2008年にすごくイヤな思いをさせられた国ですので行きたくないのです。そこで滞在せずに乗り換えるだけとしても、多少の金額をスロベニアに払うことになりますからね。

「やはり今回は夜行列車でブカレストかなぁ…」と考えつつ向かったのは、長距離バスターミナルから1kmほど先のユーロパークという商業施設でした。iPod touchの地図で中心部へ戻る面白そうな道を探している時に偶然に見つけたもので、ロシア式の団地が並ぶ郊外でしたから期待はしていませんでした。体育館をリノベーションしたようなわりと新しい商業施設でしたが、ほぼ私の予想通りでしたが独自のWiFiが用意されていたのは意外でした。なぜかマクドナルドのと共にアクセスはできませんでしたが、電波は飛んでいたのです。



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 友人宅への帰路はドナウ寄りの道を選びました。

先日の朝にブダオルシュのイケアに行く途中に渡った橋の上から見えた工事中のガラスの現代建築が気になったからでしたが、近くで見たらほとんど完成間近でした。2つの古い建物の上に覆い被さるような感じでトラス構造のガラスの屋根がかけられていたのですが、この手法はストラスブールの駅舎あたりを参考にしたのかもしれません。何になるかはわかりませんでしたが、このあたりには近代的なオフィスビルがたくさん建てられていましたので、これもオフィスビルでガラス屋根の下はフードコートみたいになるのかもしれません。

この建物の南側のドナウ河岸には欧米の有名な企業が入居するビジネスゾーンになっていて、北側には中華の食材を買いに行った中央市場があるのです。中心部の広場からも歩行者天国のヴァーツィ通りを10分ほど歩けば辿り着ける場所ですし、なかなか良い立地だと思います。河岸でかなり目立つ建物ですので、もしかしたらドナウの船旅の基地にもなるかもですが、現在も東京湾の松本零士デザインのモダンな船に似た観光船が運航されていますので、そういったもの新たな発着場所になるのかもです。



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 夜は友人とアジアン・テイストのカレーを作りました。

私は今回はエアアジアに追加料金無しで乗りましたので、あまりアジアの食材を買ってくることができなかったのですが、インスタントの粉末のカレー粉を3種類ほどバッグの底に忍ばせてきたのです。今回はそれを使って先日のイケアの後にフランス資本のオーシャンというスーパーで買ってきた鶏肉のカレー作りにチャレンジしてみたのです。まず鶏肉の表面に焦げ目をつけるためにオリーブオイルでソテーして、その油で玉ねぎなどの野菜を炒めました。鍋に沸かしたお湯にインスタントのイエローカレーと具材のすべてを入れて、調味料で味を整えて完成という簡単なものでしたが美味しかったのです。

米はパリのベルシー2のカルフールで買ったムチャ安いものでしたが、これも日本食には不向きでしたが、カレーにはベストマッチでした。サラダはイケアの1階の北欧食材コーナーで390フォリントのものが290フォリントに値下げされていた便詰めの魚と、99フォリントで売られていた安いヨーグルトのような粘度のチーズの組み合わせにしてみたのですが、これもかなり良い組み合わせでした。飲み物はいつもの500mlで100フォリント前後の安いビールでしたが、これも日本の発泡酒よりマシでしたので悪くありませんでした。今回は友人宅のキッチンを使うことができましたので、あまり外でハンガリー料理を食べていないのですが、安上がりで美味しいので文句はありません。またハンガリーを出たら外食ばかりの生活になりますしね。



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(2010/11/29(月) 23:59)

 ブダオルシュのイケアの残念な朝食を慰めてくれたものは…
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 今日はブダペスト在住の友人とイケアに行きました。

友人は「東の郊外にあるブダペストのイケアには買い物には行ったことがあるけど、朝食の存在は知らなかった」と言ってましたので、イケアの朝食マニアの私はいかにコストパフォーマンスが高いかとイケアの世界戦略について長々と力説したのです。そして「実際に食べてみればわかるはず!」と片道160フォリント(約65円)のバスに乗って開店時間を少し過ぎた10時15分くらいに西の郊外のブダオルシュのイケアに到着したのです。2階のレストランに上がり朝食メニューを探したのですが、ケースの中に並べられているものは790フォリントもするサーモンのサラダでした。

カウンターで朝食っぽいPOPを見かけて白衣のお兄さんに注文しようとしたら、笑顔で私の背後を指差されました。そこにはセルフ方式でスクランブルエッグとベーコンを好きな分量だけ取って、パラグアイの食堂のように重さで支払うシステムになっていました。あまり魅力的な朝食では無かったのですが、10gが10フォリントと安かったのでわりと多めに皿に盛りました。またそれだけじゃサミシイので、10gが25フォリントの冷たい惣菜コーナーからもいろんな食材を盛り付けました。日曜でしたからコーヒーはイケアのカードホルダーでも無料にはならず、結果的にすべて合計すると980フォリントも支払うことになりました。

日本円にしてみますと400円弱で、ユーロ換算でも3ユーロとちょっとでしたから高いわけじゃありませんでしたが、友人に「食べてみればわかる」と言ったことを恥ずかしく思う結果となりました。私一人なら「今回はハズしたけど、次回は…」という気持ちになるのですが、友人をわざわざ郊外にまで連れ出したのにと悔しい思いだったのです。ブダペスト周辺にはもう1軒東の郊外にイケアがあるのですが、リベンジに行くべきか悩んでしまいます。今日と同じようなシステムなら交通費をかけて行く価値はありませんからね。



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 朝食後に近くの駅まで歩くことにしました。

その途中の墓地で久しぶりに猫を見かけましたので、ブダオルシュのイケアへの不満が少し和らぐことになりました。私は猫マニアというわけじゃ無いのですが、これまでの人生で猫は常に身近にいたので今回のように2ヶ月近くも猫に触れないことは珍しい体験だったのです。近づいたら逃げるかと思ったのですが、鉄のフェンスの向こう側で安心していたのか大丈夫でした。

しばらく猫の毛触りを楽しんでから駅に向かったのですが、貨物列車ばかりが走っているようで通勤電車風のものは無さそうでした。「平日の通勤時間しか電車が走っていないのかも」と考えて、駅の表側に見えたTESCOに行ってみたら入り口に時刻表がありました。我々がそれを解読しようと頑張っていたら、親切なマダムが次は13時30分であることと、無料のシャトルバスであることを教えてくれました。どこに着くのかブダペストに5ヶ月住んでいる友人も知らない地名でしたので、マクドナルドの前に行ってiPod touchの地図で検索してみたらドナウの西側の鉄道駅でしたので、午後に西側を歩くつもりだった私には好都合でした。



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 TESCOのバスは20分ほどで駅前に到着しました。

周辺は町工場などが残っている場末の雰囲気がするエリアだったのですが、そこにメトロの4号線と思われる工事が始まっていました。案内板には川の下を通って走る7つほどの駅の名前が書いてあったのですが、ブダペストのメトロは中心から放射線状に延びていますので、これも完成したら中心部と西の郊外を結ぶ路線となるのでしょう。

ちなみにこの駅の東西自由通路は落書きだらけで、エミネムなどのPVの撮影に使えそうな雰囲気でした。ブダペストの中心部の華やかな雰囲気とはまるで違う、かつてのソ連式の郊外団地やEU統合の影響でTESCOやMETROなどの外資の大型店の進出が増えて倒産した町工場などを見てきましたが、友人が言っていた「ハンガリーは自殺者の比率が高いらしい…」というのも理解できるような気がしました。




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 駅から30分くらい北上したらモールがありました。

マクドナルドのサインもありましたのでフードコートでネット接続できるかと思ったら、1階の入り口付近のソファで拾うことができました。私の他にも数人がノートPCを開いていましたので、無料のWiFiエリアとして地元では知られていたのでしょう。メールチェックやブログの更新などを済ませた後にブダペストからの脱出方法を探ってみたのですが、あまりLCCが飛んでいないので飛行機は割高なようでした。PCのバッテリーが残り少なくなったのでバスや列車の情報は途中であきらめなきゃなりませんでした。

充分に暖かい場所で休憩もできましたので館内を歩き回ってみたら、3階にWASABIという日本食店やシネコンもありました。わりと小型の部類に入る商業施設ですが、スーパーもありましたので近所の人には便利そうでした。日本人観光客がわざわざ行くようなものは何もありませんでしたけどね。



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 モールを出たら暗くなっていて、雪も降っていました。

今日の最後の目的地は30分ほど北上した所にある別のモールでしたが、バスに乗るほどの距離じゃないので歩いて行くことにしました。これが雨だったらバスを探したかもしれませんでしたが、雪ならあまり濡れずに済みますからね。途中の駅で800フォリントの中国製のスニーカーを買い、ルーマニアやスロベキア方面への時刻表も手に入れましたので、歩いて正解だったようです。

次のモールは道路を挟んで左右に建っている中規模なものでしたが、日曜の夕方ということもあって混雑していました。ウエストサイドやプラザアリーナは駅に隣接しているので、地方からやってくる買い物客が多そうでしたが、こちらは9割以上がブダペストに住んでいる人みたいな感じがしました。わりと古そうな商業施設でしたが、フライデーの隣にスターバックスの3号店が工事中でしたので、テナントの入れ替えはマメに行っていて新鮮なイメージを保っているのでしょう。


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 モールから友人宅にも歩いて帰ることにしました。

iPod touchの地図をチェックしてみたら、城の下の細い路地を通るとわりと近いようでしたし、雪が降る中でドナウの真ん中で両岸を見たらキレイだろうなと想像したのです。橋の上は風を遮るものがありませんでしたのでけっこう寒かったのですが、私は北海道に住んだ経験がありますので我慢できる範疇でした。寒さと引き換えに幻想的な景色を眺めることができたのですが、橋の上に長居する気にはなれませんでした。

ブダペストの友人宅はWiFi以外の設備は整っていて快適なのですが、雪が2日も続くと「早く南へ逃げるべきでは…」という気になってしまいます。イスタンブールに行くためにはルーマニアやブルガリアを抜けるコースとバルカン半島を南下してギリシャを通る方法があるのですが、どちらも一長一短があるので迷っているのです。まだ行ったことが無いコソボやアルバニアは魅力的なのですが、天気が悪いとスニーカーとコロコロが付いた荷物を持って真っ白な大地に降り立つことになりかねませんからね。(笑)



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(2010/11/28(日) 23:59)

 深夜のブダペストの街に訪れた歓迎されざる者の正体は…
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 今朝は何かに導かれるように早起きしました。

一昨日からお世話になっている友人の部屋の窓は防寒のため、二重の窓の内側に木製の鎧戸が付いています。何か胸騒ぎのようなものがしましたので鎧戸を開けてみたら、昨晩とは違う景色に変わっていました。夜の間にブダペストの街にこの冬初めての白い使者が音も無く舞い降りていたのです。私は今回は出発が1ヶ月ほど遅れてしまったので、いつかこんな日が来るんじゃないかなと予想していたのですが、それは11月最後の土曜日のブダペストの街でということになりました。

今年は1月6日から夏のオーストラリアと常夏の東南アジアに出かけたので、雪は7月にアメリカをドライブした時にロッキー山脈あたりの高地で見かけただけでした。久しぶりの雪でしたからちょっと嬉しかったのですが、雪が解けてぐちゃぐちゃになったり、それが凍結でもしたら面倒です。わずかな期間だけのためにスノーシューを買うのもバカらしいですし、できれば雪も雨も今年は最後であって欲しいのですが…



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 昼過ぎに街の様子を見に行ってみました。

週末の観光地だけあって早朝から雪かきされたらしく、路面はすっかり乾いていました。雪が降った痕跡は火を使わない雑貨などの屋台の屋根と中央に集められて解けきらない少量のものだけでした。まだ人生の中で7?8回しか冬の雪を体験したことが無い子供は楽しそうにこの小さな雪山への登山を繰り返していましたが、それに付き合わされるお母さんは「何が面白いのかしら…」といった感じでした。

この広場には観光客が引っ切り無しにやってきますので、今日の雪は日付が変わる前にすべて消え去ってしまうことでしょう。ちなみに札幌でもホワイトイルミネーションが始まったみたいですが、このブダペストのものに較べるとちょっと見劣りしてしまいそうです。電球の数は札幌の方が圧倒的に多そうですが、醸し出す雰囲気がまったく違うと思います。その一例がこちらではマグカップで飲み物が提供されていますが、札幌ではおそらく紙コップでしょう。



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 ブダペストでも1ユーロショップを見かけました。

店内の商品や雰囲気はドレスデンで見たものと同じでしたが、ここはユーロ圏じゃありませんので、350フォリント均一と微妙な値段に設定されていました。街の両替所では1ユーロは275フォリント前後で買われているのに350フォリントは高過ぎるんじゃないかと思ったのですが、けっこう客は多かったですからブダペストの人たちには適正価格に映るのかもしれません。

350フォリントは日本円にしてみると140円になってしまいますが、円高が急速に進む前の1ユーロという感じです。私は特に必要なものは無かったのですが、友人宅のバスルームを掃除するブラシが古くなっていましたので新しい取っ手が付いたものを購入しておきました。それはヨーロッパらしい洗練されたデザインのもので、私も自分用にひとつ買って帰りたいくらいのものでしたが、荷物になるものは小さくてもダメなのです。最後のクアラルンプールで帰国前に不要な洋服類を捨ててしまった後なら考えられないことも無いのですけどね。



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 これはブダペスト東駅の近くにできていたモールです。

PLAZA ARENAという1?2階の低層のもので、1階部分はなだらかな斜面の土に埋もれているという珍しい構造の商業施設でした。採算性を重要視しない美術館などの公共施設ではよく見かけるタイプなのですが、駅の横の立地ですから普通は駐車場などに有効利用しちゃうのですけどね。この右端の飛び出た部分はシネコンになっていて3DのIMAXシアターまであるみたいでした。かなり横に長いモールで、左のいちばん奥にTESCOがありました。

フードコートの電波を拾ってメールチェックなどを済ませた後でTESCOでビールや果物などを買ったのですが、やはり品揃えと安さではいちばんのようでした。冬用の靴もチェックしてみたのですが、昔のように地元の町工場で作ってるようなものは無く、ZARAのようにEU内は均一価格で販売されるような味気ないものしか置いてありませんでしたので見送りました。この後に大雪が降ったりしたら買うことになると思うのですが、晴れが続けば逃げ切ることもできそうですし…



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 ブダペストの街はもう年末っぽい雰囲気です。

雪が降ってあちこちが白くなったこともありますが、観光客にアピールするためと自国内の消費を促すためでもあるのでしょう。スーパーや小売店ではクリスマスの飾りつけを済ませて年末のクリスマスモードに突入しようとしてるところは日本と共通なのですが、もうひとつ似てる部分があります。それはフランスやドイツが昔から営業している小さな商店や地域のコミュニティを守るため、そして家族の絆を大事にするためもあって日曜はショッピングモールやイケアなどの大型店は休まなければならないように規制があるのですが、ハンガリーでは営業できるらしいのです。日本人にとっては日曜に営業することは当然のことでしょうが、私はちょっと残念に思えました。

私はモールマニアですから日曜に営業しているのは好都合なのですが、基本的にフランスやドイツ式の方針に賛成なのです。クリスチャンじゃありませんから家族で教会に行くことなんて考えられないのですが、日曜は家族で遊んだり会話したりして過ごすのが良いと思います。思春期の子供は嫌がるかもですが、親子喧嘩するのも数年のことですから悪くないと思うのです。日本では岡田が幹事長をやってるくらいですし、大型店の日曜定休なんて法案を出しても通ることは考えられませんが、ハンガリーならユーロ圏への加盟の条件にすれば実現できるかもしれません。ソ連との関係が深かった時代がありますので信仰心は薄いかもしれませんが、クリスチャンの国ですから「安息の日」を再定着させるのも意外にすんなりといくかもですし。



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 今日の夕食はタリアテッレにしてみました。

ウィーンで買ったインスタントのマッシュルームスープがありましたので、それに具材を足してパスタにかけることにしたのです。まずベーコンとスライスした玉ねぎを炒めて、そこに牛乳を入れて粉末のマッシュルームスープを加え、最後にスライスしたマッシュルームを加えて水分を飛ばしました。マッシュルームスープには塩分が入っていましたが、具材を足したぶんだけ薄くなってる感じがしましたので最後に塩・胡椒で味を調えました。

こうすれば高価な生クリームを買わなくてもそれなりの味のクリームパスタができあがるのですが、タリアテッレの品質に問題があったのが残念でした。以前にイタリアのトリエステから旧ユーゴに入国した直後に試したパスタの不味さに愕然としたことがありましたが、今回はそれほどじゃないにしてもイタリア産のものと較べるとかなり違いましたからね。パスタの品質を上げることをハンガリー政府にユーロ圏への加盟の条件にすべきかもしれません。(笑)



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(2010/11/27(土) 23:59)

 ハンガリーで最後の両替となるかもしれないという可能性は…
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 今朝はまずフォリントの両替に出かけました。

友人宅から近いヴァーツィ通りには両替店がたくさん並んでいましたので、目に付いた店の両替率をすべてチェックして回りました。友人からは最近の両替率は100円が240フォリントくらいと聞いていたのですが、10数軒をチェックした結果、いちばん最初に値段をチェックした店が244でいちばん良かったのです。まだ最近のハンガリーの物価がわかりませんでしたので、とりあえず5000円を換えたのですが12200フォリントになりました。つまりハンガリーの料金を4掛けすれば日本円になる感じでしたが、以前に較べると高くなっているような気がします。

友人の話によりますと、ハンガリー政府もユーロ圏に入る道を模索しているということでしたが、私は今日の両替が私にとって最後の経験になるとは思えません。国際経済に詳しくないのでスロバキアは入れたのにハンガリーはなぜダメなのかを理論付けて説明することはできないのですが、ギリシャ問題があったことで臆病になっているEUの首脳たちが経済的な魅力に乏しいハンガリーの加盟を許しはしないだろうと思えるのです。単に旅行する分には国境を越える時に両替の手間がかからない方がありがたいのですが、ハンガリーがユーロ圏に入るのは20年ほど早い気がします。



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 両替後に友人との待ちあわせした場所に急ぎました。

西駅の近くのウエストエンドというショッピングセンターのフードコートでランチを食べるためでしたが、WiFiを拾うことができるスターバックスの前で待ち合わせをしましたので待ってる間も退屈はしませんでした。ランチタイムでフードコートは席を確保するのさえ難しいような混み具合でしたが、今日はDon Pepeという店の焼きたてのピザにすることにしましたので、すぐに購入できて席も上手い具合に天窓の下の明るい場所で確保できました。

私はフォンギのピザとホウレンソウとチーズを牛肉で巻いてオーブンで焼かれた料理を食べたのですが、ピザはどの種類でも1枚380フォリントと割安感がありました。またどこの国の料理かわからない480フォリントの牛肉巻きの方もなかなか美味しゅうございました。ちなみにフードコートのケンタッキー・フライドチキンでも無料のWiFiが用意されていましたし、モール内では数ヶ所で拾えるようでした。



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 食後に友人と別れて一人で観光に出かけました。

ここでもiPod touchの地図で現在位置を確認しながら、普通の観光客が足を踏み入れなさそうな面白そうな路地を攻めることにしました。歴史がありそうな建物から道路に向かってステンシルの文字がくりぬかれたモダンなひさしが迫り出している現代美術館みたいなビルがあったのですが、その前の歩道には鉄の鎖で作られた総重量が数トンもありそうなオブジェとベルリンの壁が置かれていました。鉄のオブジェには「1949‐1989 IRON CARTAIN」という文字がありましたが、ハンガリーの冬の時代を重くてとても開けられそうにない鉄の鎖のカーテンで表現しているのでしょう。

現在ではマクドナルドやTESCOなど欧米のチェーン店が目立つブダペストの街ですが、かつて入国するのに25ドル程度のビザが必要だった時代には鉄の鎖のカーテンは人々の頭の中で重くのしかかっていたのでしょう。密輸品のダビングを重ねて画質が悪化した欧米の娯楽映画を見て、自分たちとの生活レベルの格差を感じていたと想像できます。このオブジェの近くのビルの上にはLGとサムソンのロゴが輝いていましたが、かつては「火を噴くテレビ」として恐れられていた旧ソ連製のブラウン管テレビで隠れてハリウッド映画を見ていたのが、今では韓国製の大型液晶テレビで堂々と画質が良いDVDを見ることができるように生活レベルが変わっていると思います。



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 ブダペストでは歩行者は不便を強いられることがあります。

それは大きな交差点で自動車の通行を優先させるために、歩行者は階段を使って地下通路を歩かなくてはならなかったりするのです。たいていはそのような大きな交差点の地下は地下鉄の入り口も兼ねていて、多くの人々が忙しそうに行き交っています。私は地下鉄がどのくらいまで郊外に延伸しているかをチェックするために地下鉄乗り場の方に行ってみたら、地下鉄のエスカレーターの手前でこんな光景を見かけました。

ウィーンやチェコなどでは一度も見かけなかった無賃乗車を取り締まる検札のようでしたが、こんなに大勢でやる必要があるのかなと疑問でした。これだけいれば走って逃げようとする輩はいないかもしれませんが、ちょっと人件費の無駄遣いに思えます。検札してる人は中高年ばかりでしたので、退役した警官や軍人がボランティア的に行っていることかもしれませんが、この出入り口で行うというのはスマートじゃないと思います。



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 夕方に街の南側の中央市場に行ってみました。

ランチにピザと米を食べたので、夜は友人宅のキッチンで炒麺でも作ろうと考えて中央市場の地下のグルメショップで中国製の乾麺を購入したのです。隣のスーパーでベーコンや野菜などを購入して1階に上がってみたら、中央の広い通路で日本フェアみたいなのをやっていました。入り口にはホンダのCR?Z、そして日本食材や雑貨類、この盆栽コーナーなどがありました。

日本人らしき人はハッピ姿のお姉さんが一人だけで、後はすべて現地の人たちで運営されていました。現地の日本人会のような組織も後援していたわけじゃないみたいでしたので、少し日本を誤解したようなブースもありました。ブダペストでの日本製品の評判は相変わらず良いみたいですが、先ほどLGやサムソンの大きなサインを見たばかりですので複雑な心境でした。



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 夕食はベーコン入りの炒麺とビールの組み合わせでした。

中国製の幸福麺というのはマルちゃんのカップうどんに入ってるような感じの麺で、油との相性が良くてこういった料理に向いていました。4人前で300フォリントくらいしましたので、中国でのおおよその価格を知ってる私からしてみると高い素材でしたが、日本からウィーン経由でブダペストにやってきた友人は安く思えたそうです。このビールは店でいちばん安かった149フォリントのヤツですが、60円くらいですからスロバキアより少し高い感じでした。

今日はその他に洋ナシや白ワイン、朝食用のトルティーヤなども買って総額3000フォリントくらい使いました。これで数日間は食事がまかなえますので高くは無いのですが、以前のハンガリーの物価を知る者からしてみると高く感じてしまうのです。フォアグラの缶詰も小さいものが3000フォリントくらいしていましたしね。久しぶりにトカイワインと共に食べたいと考えていたのですが、残念ながら実現の可能性が低くなってしまいました。



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(2010/11/26(金) 23:59)

 ユーロ圏最後のイケアで試した1.30ユーロの朝食の味は…
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 今朝はユーロ圏最後のイケアに行くことにしました。

もしもギリシャに行くようなことがあれば最後じゃないのですけど、おそらくこのスロバキアには1軒しかないブラチスラバのイケアがユーロ圏では最後になるはずなのです。ブラチスラバのイケアのウェブサイトで見た画像はチェコのものと似たような感じでしたので期待していなかったのですが、実際は左側のセットが1.30ユーロでありましたので、かなり得をしたような感じでした。

このブラチスラバのイケアでも3種類のセルフ式の温かい朝食が用意されていましたので、ソーセージとオムレツ風の玉子料理を追加してみたのですが、2つで70セントでしたから全部で2ユーロでした。私はこの中からハムとチーズをランチのサンドイッチの中身として持ち帰ることにしたのですが、それでランチ代も浮きますので70セントのバス代などの交通費を含めたトータルでも高くはないのです。旧東欧圏のイケアはコーヒーの種類が少なかったり、ココアが無かったりしますが、それでも充分に満足できるものでした。



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 イケアの隣の郊外型のモールにも行ってみました。

AVION SHOPPING CENTERというもので、ブルノの郊外にあったものと同じ組み合わせでしたが、雰囲気は少し違っていました。こちらの方がアメリカのアウトレットモールのように建物がローコストな感じがしましたし、モール内にスケートリンクがあることも相違点でした。

スケートリンクはお子様用のようでしたが、このブラチスラバでは2011年にホッケーの国際イベントが解されるらしく、中では屈強な体格の選手たちが練習中でした。大会までに人が多く訪れるモールでデモンストレーションして盛り上げていこうということなのでしょうが、ちょっとこのキャラクターでは時代遅れのような感じがします。まあそれがスロバキアらしいのかもしれませんが。



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 ドナウ川を渡った所にあるモールにも行ってみました。

ウィーンからの国際が到着する直前に右手に見えたAUPARKというものでしたが、AVION SHOPPING CENTERで買ったバスのチケットが60分間は乗り降りが自由なもので、時間が余ったので行ってみたのです。ここは先日と今朝のモールと較べると古くて冴えない印象でしたが、わりと繁盛してるみたいでした。特に収穫も無かったので、このモールにはトイレを借りに行ったようなものでした。

橋を渡って旧市街に戻り、広場の陽だまりの中でサンドイッチを食べてから宿に預けてあった荷物を鶏に戻りました。最後のメールチェックなどを済ませて駅に向かうことにしたのですが、ブラチスラバではなかなかのんびりできました。どうせたいしたことは無いだろうから、スルーしようかと考えた国でしたが、イケアがあったので1泊することにしたのです。(笑)



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 駅でユーロコインを使い切る方法を模索しました。

さすがに今度こそユーロを使う国は最後だろうからと財布の中のコインを処分したくて、駅の構内を歩き回ったのですが、なかなか買いたいものが見つからなかったのです。あきらめかけた最後の奥の店が旧東欧っぽい雰囲気のグラス売りの酒屋でしたので嬉しくなりました。ここでは地元の親父連中が列車に乗る前に一杯ひっかけていく新橋の立ち飲みの店のような所で、グラスワインよりビールの方が売れているようでした。

PIVO(ビール)にはアルコール度数の違う2種類があり、大きさが300mlと500mlの2種類があり、大きい方にはコインが足りませんでしたので、小さい方の度数が高いのを選んだのです。それが1杯55セントでしたから、スーパーで缶ビールを買うよりは高いのですが、駅構内の売店で買うよりも安いということになりました。日本円にしてみると65円くらいですから、高くはなかったので良かったです。



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 ブダペスト行きのチケットは14,2ユーロでした。

定刻より10分ほど遅れて駅にやってきたのは旧東欧時代から走っていそうな感じの列車で、レトロでなかなか良い雰囲気でした。チケットには日付しか入っておらず、どの時間の列車のどの席に座っても構わないという大らかさでした。列車はブラチスラバの駅を出たら5分ほどで民家がまばらな田舎の風景の中を駆け抜けるようになり、いつの間にか太陽も地平線の下に沈み暗闇が訪れました。

今日の列車もどこかで国境を越えたはずでしたが、検札には2カ国の車掌がやってきたのにパスポートや荷物の検査はありませんでしたので、いつハンガリーに入ったかもわかりませんでした。同じコンパートメントのスロバキア人とブダペストに着く30分くらい前から世間話をしたのですが、ブラチスラバの若い男女の80パーセントくらいが英語を喋ることができるということでしたので驚かされました。また最も重要な国際間のパートナーはと訊いたら「ドイツです」と迷わずに答えていたのが印象的でした。やはり今後のヨーロッパはベルリンを中心に回るようになるみたいですね。



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 10分遅れの列車は10分遅れで東駅に到着しました。

第二次世界大戦を舞台にした映画のロケに使えそうな古めかしい駅舎に到着してみたら、久しぶりにタクシーの客引きや今夜の宿を勧誘する人々に遭いました。私は春からブダペストに住み始めた友人が迎えに来てくれることになっていましたので、首を横に振り続けて出口近くまで行ったら見たことがある顔のアジア人が笑顔で手を振っていました。

友人の家に向かう前に食事をして行くことにしたのですが、「何でも構わない」と言ったらテーブルクロスがかかったイタリアンレストランになっちゃいました。普通のパスタなら友人の家のキッチンを借りて私が作った方が美味しそうでしたから、「ラザニアとか他のものはないか?」と訊いてみたら、「ダンプリングならあります」ということでした。「ダンプリングはニョッキのことだろう…」と想像してロゼワインと共に注文してみたら、ニョッキを円形に並べたものにクリームソースがかかったものが運ばれてきました。料金は2人で総額が3200フォリントくらいでしたから、1人あたりだと650円くらいでした。ユーロ圏に較べれば安いのですが、やはり以前に較べると微妙に高くなっていましたので、「ハンガリーもユーロ圏に引っ張られて経済成長してるんだな…」と長居はできない国になっていることを痛感させられました。





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(2010/11/25(木) 23:59)

 ウィーンから片道6ユーロで行くことができるツインシティとは…
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 今朝も早起きしてバスターミナルへ行きました。

地下鉄の24時間チケットの時間が迫っていたので、シャワーを浴びずに荷物をまとめて出かけたのですが、結局10回以上も乗っても一度も検札がありませんでした。たくさん乗って元は取ったと思うのですが、ちょっと損した気分になりました。まあ最近はオーストリアに着いたばかりの観光客にも無賃乗車の罰則は厳しく適用されるようですからただ乗りは止めておくべきですが…(笑)

先日のガソメーターのひとつ手前の駅で降りたら、高速道路の下に小さなバスターミナルがありました。そこからスロバキアの首都のブラチスラバ行きのバスが出てるのですが、70km程度と近いので料金も6ユーロと今回の国境を越える旅で初めて1000円以下でした。私は窓口で態度が悪いおばさんから購入したのですが、小さな自動販売機もありました。目立つように置いてあれば朝からイヤな思いをせずに済んだのにと残念でした。

バスターミナルには「twincity」という広報誌が置いてあったのですが、ドナウ川を挟んだ隣町とはいっても少し遠過ぎると思います。リニアでも走らせればツインシティのコンセプトもしっくりくるとは思うのですが。しかしオーストリアにはドイツ企業の進出が増えていましたが、経済的に飲み込まれてしまわないように何か独自路線を模索中で、その最大のポイントは旧東欧圏に近いという立地なのでしょう。そのことを生かして成長戦略を構築しょうとしているのでしょうが、はたして国際競争力に勝っていけるのでしょうか?



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 バスは1時間ちょっとでブラチスラバに到着しました。

今回も国境ではパスポートのチェックなどが一切無かったので、その分が早い感じでした。地下鉄の検札と同じで、たまに国境でバスが抜き打ち検査されるということですが、これだけ自由だと中東方面からドイツに不法労働者が集まるというのも理解できます。バスは旧市街への橋を渡った所に停まったのですが、ブラチスラバの街は狭いので今日はトラムの券を買わずに歩いて回ることにしました。

久しぶりのブラチスラバの旧市街はすごくキレイに整備されていて、観光案内所の対応も東欧時代の名残りをまったく感じさせないものでした。明日の朝の郊外のイケアへの行き方などを教えてもらってから街中を歩いてみたのですが、もうクリスマスまで1ヶ月ほどですから広場には屋台がたくさん出ていました。

日本の国旗が見えたので屋台で寿司でも売ってるのかなと思ったら、それは屋台の後ろのビルの日本大使館のものでした。バンコクの日本大使館もナイトマーケットの近くで飲食には便利だと思っていたのですが、ここの大使館は冬の時期だけとはいっても目の前が屋台ですから、世界でいちばん買い食いするには便利かもしれません。しかし大使館の職員たちはあまり屋台は利用しないかもですが…(笑)



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 こちらは旧市街の外にあった政府の建物です。

晴れていたのでナウシカに出てくるような軍服を着た直立不動の衛兵たちはサングラスをしていたのがミスマッチで面白かったので撮影しようかなと思ったのですが、ロンドンのバッキンガム宮殿とは違って観光客らしき人はまったく見当たりませんでしたので、鉄柵からカメラを差し入れて撮影するのははばかられたのです。

チェコとの連邦制を解消して20年ほどになると思うのですが、小さな国で特に近隣国との大きな問題も抱えていないようで平和な感じがしました。しかし今回は選挙前なのか、やたらとにこやかに微笑むポスターや看板が目に付くのです。まあその結果がどうなっても国際社会にはほとんど影響は無いのでしょうが…(笑)



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 宿に荷物を置いて、さっそくランチに出かけました。

晴れていても風が冷たかったので、何か身体が温まるものが食べたいなと考えながら歩いていたら、上手い具合に古そうな食堂に10人ほどの行列ができているのを見かけました。入り口に貼ってあったスロバキア語のメニューは100パーセント解読不能でしたが、すべて3ユーロ前後の値段だということは理解できました。窓から中の様子を覗いてみたら、学食のようにトレイを持って並んで注文するタイプで、ほとんどの皆さんが同じものを食べていましたので私もそれを注文することにしました。

スープは3種類くらいあったので赤いのを指差したら「はい、ボルシチね」という返事でしたので、これから食べるものの料理名が判明しました。もうひとつの白い蒸しパンのようなものとカレーみたいなものの料理名はわかりませんでしたが、牛肉とキャベツの千切りの煮込み料理で美味しゅうございました。両方で4,40ユーロでしたので日本円にすると500円ちょいでしたが、物価はフランスやドイツの半額といった感じでしょうか。



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 食後にあちこち歩いていたら雨が降ってきました。

ちょうど良い所にブラチスラバで最新のショッピングセンターであるギャラリアがありましたので、濡れる前に逃げ込むことができました。このショッピングセンターは地下2階以下が駐車場で、地下1階から2階までの3層構造のモール部分がいくつかの事務所やホテルのビルの真ん中を通って結んでいるという感じのものでした。

H&MやNEXTなどの中流のスロバキア人でも手が届くブランドが揃っていて、このショッピングセンターとオフィスの中ではセーター姿で英語だけでも生活できそうな感じでした。トイレはキレイで無料でしたし、地下にはBILLAというスーパーもありましたので、このショッピングセンターの中だけで充分に生活ができそうな感じでした。(笑)



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 ショッピングセンターはふたつに分かれていました。

地下ではつながっていたのですが、1?2階部分は途中で途切れていてドナウ川を望む広場が作られていたのです。その広場に面する2階部分がフードコートになっていたのですが、そこにドイツのシーフード・チェーンのNORDSEEがあったので驚かされました。まあスロバキアはユーロ圏ですしドイツからの距離も近いので当然かもしれないのですが、ドイツ内でもモール1階の玄関口などでは見かけたことがありましたが、フードコートの中というのは初めてでしたので意外な感じがしたのです。

私はいつもドイツを旅行するとNORDSEEで1.99ユーロの青魚のマリネしたものを挟んだパンを食べるのですが、今回は冬ですので冷たい料理には手が出ないのです。フードコートはTシャツ姿でも大丈夫なくらい暖房が効いていましたので、この魚のマークのテーブルで食べて帰ろうかなと思ったのですが、ランチがボリュームがあり過ぎて身体が受け付けようとしませんでしたので断念しました。まあNORDSEEはこの先のブダペストあたりにも進出してるかもですので、どうしてもというわけではありませんでしたが。

ちなみに夕食は宿のキッチンをお借りして、TESCOのプライベートブランドの12セントのインスタントラーメンと69セントのニシンの缶詰で済ませました。500mlの缶が45セントの地元のビールと合わせても全部で150円ほどでした。この料金でTESCOが日本にも上陸してくれると嬉しいのですが…(笑)



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(2010/11/24(水) 23:59)

 調子に乗って高くついてしまったウィーンのイケアの朝食の話です
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 ウィーンでも当然ながら朝食のためにイケアへ行きました。

さほど街から遠くないのですが、電車とバスを乗り継いで30分ほどかかりました。ここのイケアには朝食メニューが3種類、そして冷たいオードブルタイプとスクランブルエッグやベーコンなどの温かい料理の量り売りタイプのものまでありましたので悩んでしまいました。しかし最初はベーシックなものから攻めるのがスジだろうと考えて、安い1,45ユーロのヤツにしてみたのです。普通のパンは2個だけど、ナッツなどがまぶされた高級なパンは1個ということでしたので、こんな組み合わせになりました。

パンを1個にしたせいもありましたが、ちょっとボリュームが少なかったのでもの足りませんでした。それで朝食の量り売りのコーナーでスモークサーモンを中心に皿に盛ってレジに持って行ったら150gくらいありましたので3ユーロもかかってしまいました。まあトータルでは500円を少し超えるくらいですから、オーストリアの物価を考えれば高くは無いのですけどね。やはり調子に乗ってしまってはいけません。今後の教訓にしたいと思います。(笑)



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 イケアから10分ほど歩いた所に電気屋がありました。

私の壊れたノートPCの電源アダプターを宿のお兄さんに見せて、入手できそうな所を調べてもらったら、偶然にイケアの少し手前に郊外型の家電の量販店があったのです。この店はPC類だけでなく、オーディオや家電まで置いてある店でしたので、大丈夫かなと不安だったのですが、意外に簡単に問題が解決しました。

昨年の7月17日にメキシコシティで電源アダプターが壊れた時には適合するのを見つけるのにアキバのように小さな店が集まったビルの中を探し回ったのですが、この店ではプロレスのレフリーのようなスキンヘッドのおじさんがプロっぽい仕草でノートPCと電源アダプターの裏側を見て、24.90ユーロのこの商品を差し出しました。

その場で充電ができることを確かめさせてもらって、すぐにレジに持って行こうとしたら、そのおじさんが電源アダプターを元通りの箱に仕舞おうとするのです。「箱は重要でないから…」と言ってもおじさんの流儀らしくて聞いてくれないのです。おじさんは電気や部品に関する知識はあっても、手先は不器用で無理やり押し込んだもので箱が変形しちゃいました。まあコレを撮影した後に捨ててしまったので、何も問題は無かったのですが…(笑)



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 電気屋からはバス、トラムと乗り継ぎました。

今日は24時間だけ自動車を借りることも考えたのですが、ウィーンは道がゴチャゴチャしている上に駐車する場所を探すのもたいへんですから、市内の公共交通が乗り放題になる5.60ユーロの1日乗車券を買うことにしたのです。イケアに向かう直前に購入して、1日あちこちを乗り回ってから明日の同じ時間までにバスターミナルに行けば効率的だと考えたのです。

郊外の電気屋の前のバス停にはどこに行くかわからないバスがやってきましたので、とりあえず飛び乗りました。それでトラムを見かけた所で降りて適当に乗り換えたりして、どこかの地下鉄の駅を目指しました。トラムの路線図まではチェックしていませんでしたが、地下鉄のものは昨晩のうちにダウンロードしておきましたので、「U」のサインが見えたら安心というわけでした。



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 次に向かったのはドナウに面した再開発エリアでした。

イケアに向かう途中に見えたのでいろんな交通機関を乗り継いでやってきたのですが、商業施設などは最低限しかない陸の孤島のようなエリアでした。駅を中心にして数本の高層ビルが建設されていたのですが、次にこのクレーンの場所に建設されるものが220mクラスでエリア内の最高層タワーとなるようでした。もしかしたらその低層階にショッピングセンターができるのかもしれません。

しかしウィーンではあちこちに高層タワーが建設されているようでしたが、個人的な意見としてはもう少し中心部から離れた所に建設すべきと思います。どうも歴史ある街並みがないがしろにされているように思えて仕方がなかったのです。それはロンドンでも思ったことなのですが、あちらはオリンピックバブルですからね。



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 ランチは中華のファストフードを試してみました。

久しぶりにウィーンに来てみたら、このような中華のテイクアウト専門店がたくさんできていたのですが、どこもけっこう繁盛してるみたいなのです。パリではこのようなボックスタイプの容器でイタリア料理のパスタなどを提供する店が増えていましたが、なぜかウィーンだけでこんなタイプの中華の店を多く見かけたのです。

ドイツ語のメニューと格闘して3.20ユーロの肉入りの炒麺をオーダーしてみたのですが、見た目は悪くなかったのですが美味しくありませんでした。味付けが塩ばかりといった感じで、素材の持ち味を殺していたのです。おそらく安いから本当の中華を知らないウィーンの若年層の間で流行っているだけで、アジア旅行経験者は食べないと思います。寒い中で食べたので、料理が温かかった分だけは救いでしたが、冷めたらとても食べる気にはなれないでしょう。



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 ランチ後に一度宿に戻ってPCの充電をしました。

陽が暮れてきたので空港に行く途中の街外れにあるガソメーターという施設を見学しに行くことにしました。私はウィーンには5?6回は来てるのですが、この古いレンガ造りの連続した建物があることを知ったのは21世紀になってからでした。1928年から翌年にかけてガスタンクとして作られたものをジャン・ヌーベルやコープ・ヒンメルブラウなどの著名な建築家たちによってリノベーションされたもので、現在では低層階はショッピングセンターに、そして上層階はオフィスや住居として使われているようなのです。

地下鉄のガソメーター駅で降りて地上に上がると、そこがもうショッピングセンターの入口になっているのですが、駅は普通でしたから残念でした。ガソメーターはそれぞれがガラスの通路で連結されているのですが、どうせなら地下の駅からレンガ造りの建物をぶち抜いて移動できるような仕組みにしてもらいたいものでした。またショッピングセンター部分は老朽化していてテナントも抜けていたりしましたが、ここはデザイン関係に特化したテナントばかりにするなど工夫の余地があるのではと思いました。



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(2010/11/23(火) 23:59)

 ブルノのイケアでの朝食の後に向かった先は…
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 チェコ第2の都市のブルノでもイケアに行きました。

宿には昼前に戻るからと言って部屋に荷物を置いたまま、まずは駅方面に歩きました。地元の青年に訊いたら無料のシャトルバス乗り場が駅の裏側ということでしたので、そこから黄色いバスの始発に乗ってイケアを目指しました。郊外のショッピングセンターの一部として開発された典型的なスタイルの店でしたが、朝食もプラハのものと似ていました。それだけじゃ面白くないので、アラカルトで用意されていたソーセージなども買ってみました。

朝食の後で隣のAVIONというショッピングセンターにも行ってみたのですが、さほど特色が無い普通のモールでしたので退屈でした。帰りはまた無料のシャトルバスで戻り、駅裏に開発されていた別のモールを早足でチェックして宿に戻りました。



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 荷物を取って再び駅方面へとんぼ帰りしました。

次のウィーンの街まではバスが安くて便利だと宿の人に教えてもらい、駅の横の小さなバスターミナルに向かったのです。キオスクのような小さなブースでチケットを買い、屋台で余ったコインでチキンと茹でたジャガイモのセットを購入してチェコ通貨をすべて使い切りました。

イケアがありましたし、スロバキアへの通過点上にあったので1泊だけしてみたブルノでしたが、たまにはこういった小さな町でのんびりするのも悪くありませんでした。もしもレンタカーで旅行していたらブルノの町の地面に足をつけることなくザッと1周だけして通り過ぎたことでしょうが。(笑)



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 国際バスでは久しぶりにいちばん前の席に座れました。

左ハンドルのバスでは右端のいちばん前が特等席だと思うのですが、コンダクターからそこに座るように指示されたのです。隣にはモロッコ人の青年が座っていたのですが、彼は私が日本人だとわかると「これ知ってる?」とバッグから村上春樹の小説を取り出しました。「海辺のカフカ」の翻訳本で、まだ読み始めたばかりだけど面白いと言っていました。

そういえばチェコの地下鉄でも村上春樹の小説の広告を見かけましたが、海外の若い人たちを惹きつけているのはジブリだけでは無かったのです。美内すずえさんが「ガラスの仮面」の連載を再開させたのもイタリアのファンからの熱烈な手紙だったらしいですし、日本人作家の作品はじわじわと世界に広がっているようですね。



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 バスは昼寝をする暇もなく、ウィーンの街に到着しました。

(都合により続きは後ほどアップします)



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(2010/11/22(月) 23:59)

 静かな日曜日のプラハの街から黄色いバスで移動した先は…
ウィーンでのPCのトラブルはなんとかなりました。

ノートPCの電源コードが不良で、iPod touchでブログの更新を試していたのですが、フリック入力に慣れていなくてなんとも面倒だったのです。電源コードの問題は意外と簡単に金で解決できたのですが、以下は後日に回復したノートPCでアップしたものです。



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 日曜日のプラハの街はかなり静かな感じでした。

先日はプラハの西の郊外のイケアの朝食を試しましたが、連泊した宿は朝食付きでしたので無理して2度も朝食を食べるのは止めておこうと考えて、東の郊外にあるもう一軒のイケアに行くことは止めておきました。Googleマップで見た感じでは東側のイケア周辺の環境は先日の西側のものと大差無い感じでしたし、意外に高い往復の交通費がバカになりませんからね。

宿でのイケアに較べたら貧弱な朝食後に、わずか3駅でも地下鉄は均一料金で26コルナもしますので節約のために歩いてバスターミナルに向かったのですが、その途中の広場の近くで路上のマーケットが開催されているのを見かけました。地元客向けに野菜や生活必需品を売る店から、あきらかに観光客向けのプラハ以外で大量生産されたっぽい土産ものまでズラリと並んでいたのですが、まだ開店準備中でしたので観光客もいなくて静かなものでした。ちなみに地元客向けと観光客向けの店は品揃えと値段と雰囲気でわかるのですが、簡単に見分ける方法はクレジットカードが使えるかどうかです。もちろんすべての店に当てはまるわけじゃありませんが…



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 観光地ですから、こんな自動車も走ってるようです。

(都合により続きは後ほどアップします)




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(2010/11/21(日) 23:59)

 久しぶりのプラハで地下鉄に乗って出かけた先は…
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 今日のプラハは久しぶりに太陽が顔を出しそうでした。

宿でシャワーと朝食を済ませた後に、地下鉄B号線で東の郊外に出かけました。この地下鉄は戦争中には防空壕として使うことを想定したロシア式の地下深くを走るもので、駅の中も広告が少なくて西側とは少しばかり雰囲気が違いました。均一料金のチケットは26コルナ(約125円)と西側並みでしたけどね。

終点のCerny Mostという駅で降りると隣の地下にさらに郊外へ向かうバスのターミナルになっていて、その先に郊外型の中規模なショッピングセンターがありました。それを抜けるとようやく目的地のイケアが控えていました。イケアまでは2km近くの距離がありましたので、先ほどのバス乗り場からは無料のシャトルバスが出ていたのですが、朝食が提供され始める9時30分まで時間があったのでショッピングセンター見学も兼ねて行きは歩くことにしたのです。



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 チェコのイケアには2種類の朝食メニューがありました。

今日の宿は朝食付きでしたので2時間ほど前に食べたばかりでしたので、ボリュームが少ない19コルナのハムとチーズの盛り合わせの安い方を選びました。すべてが2枚づつありましたので、半分はその場で味見をして、残りの半分は用意してきたパンに挟んでランチ用に持ち帰ることにしました。19コルナといえば日本円にしてみると100円以下なのですが、これだけの量のものが出てくるとはさすがにイケアです。ただし地下鉄代を含めてトータルで考えると安さが感じられなくなってしまいますが。もうひとつの29コルナの朝食メニューの方も制覇したいものですが、今日は満腹でしたから明日以降となりますが、交通費を考えると悩んでしまいます。

ところでこのプラハのイケアは土曜日だったためか、異常な混雑ぶりでした。イケアはどこの店でも朝食後には売り場を通って行かなければならない構造になっていますが、買い物客が多過ぎて真っ直ぐに歩けないほどの状態でした。私がこれまでに訪れたイケアの中でいちばん混雑していたのは中国の広州の店でしたが、それに次ぐ賑わいだったのです。ちなみにこれまででいちばんヒマそうだったのは神戸の六甲アイランド店でした。(笑)



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 イケアからメトロに乗って中心部へと戻りました。

広場の観光案内所に行こうと考えてNamesti Republikyという駅で降りてみたら、地下鉄のホームからパラディアムという都市型のショッピングセンターにつながっていたのでチェックしてみたのです。このショッピングセンターは200店舗規模のもので、おそらくプラハではいちばんのものなのでしょう。テナントはたいしたことが無かったのですが、かつての共産国だった時代からするとスゴい変化です。

旧東欧圏の中ではチェコやハンガリーがいちばん西側に近いような気がしますが、EU内ではギリシャの金融問題などが発生しましたので、このあたりの将来像が見えにくくなってると思います。共産時代を知らないチェコの若年層はすっかり西側的な感覚で育っていると思うのですが、まだ古い体質の人たちもたくさん生き残っているでしょうし、そういった人たちは裏で何をやってるかわかりませんからね。世代交代によりユーロ圏になることは間違いなさそうですが、その時期はもう少し先になるのでしょう。



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 観光局で地図や資料を貰って、街をぶらつきました。

予想はしていたのですが、今日は週末で晴れたこともあって街の中心部は浅草の仲見世並みの混雑ぶりでした。プラハにもルイ・ヴィトンなどの高級ブランド店が進出していましたが、それは予想の範囲でしたので、特に何も感じませんでした。

街の土産物屋にもありきたりの商品が並んでいて退屈だったのですが、このカフカをデザインのモチーフとした一連のシリーズはちょっと気になりました。こういった雰囲気のものは日本でも宮沢賢治関連であると思うのですが、ご当地有名人を金儲けの材料に使う浅ましさは共通しているようですね。



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 たくさんのキャンドルが置かれている場所がありました。

壁には1989年と書いてありましたから、ビロード革命の前後で自由を求めて亡くなられた方たちを追悼するためのものなのでしょう。1989年の11月9日にベルリンの壁が崩壊した時は私はストックホルムの友人宅にお邪魔していたのですが、ニュースを聞いてデンマークの後に急遽ベルリンへ向かったのです。当時はインターネットで簡単に情報が入手できる時代じゃありませんでしたので旅行者同士で情報交換しながら旧東欧圏にも民主化運動が広がっているらしいというのを聞いて11月末にプラハに入ったと思います。

霙混じりの雪が降る中で多くの市民がバーツラフ広場に集まって、建物の上から拡声器を使って読み上げられる名前を聞いていたシーンに遭遇したことがあるのですが、その名簿にあった人たちは民主化運動で命を亡くして現在ではこの場所で追悼されているのでしょう。20年以上前のことですが、日本ではベルリンの壁の崩壊やルーマニアのチャウセスク政権が倒れたことは多く報道されたと思うのですが、チェコの民主化運動に関しては扱いが少なかっただろうと思います。またプラハを訪れるほとんどの観光客はここを訪れることなく、美術館やブランドショップ巡りをして帰ってしまうのでしょうね。



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 プラハの街ではフーターズもこんな感じです。

日本でもついに赤坂に1号店がオープンすることになったというアメリカの飲食チェーンのプラハ支店ですが、景観条例が厳しいみたいでファサードはちょっとサミシイ感になっていました。しかし窓から中の様子を覗いてみたら、あちこちにある液晶テレビではESPNのようなスポーツ番組をやっていましたし、小さめのフーターズのTシャツを着た女性たちが笑顔を振りまいていました。

私はプラハの街で体の線を強調した服を着ている女性たちを見かけると、「プロの方かな?」と勘違いしてしまうことがあります。それはアムステルダムやマカオなどで旧東欧系の出稼ぎの女性たちをたくさん見たせいだと思うのですが、どうも変な感じがしてしまいます。観光地ですからプロの方もいらっしゃるのでしょうが、街を歩いていても闇両替の声はかかっても、「シャチョウ、オンナ」みたいな声は一度もかかりませんでしたから意外と少ないのかもしれません。



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(2010/11/20(土) 23:59)

 久しぶりに晴れたのでドレスデンの駅まで歩いてみたら…
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 ドライブ疲れで今朝は起きるのが遅れました。

それでも夜が明ける前に目覚めたのですが、明るくなってきた窓の外を見たら路面がすっかり乾いていました。今日は先週の日曜日以来の晴れでしたので気持ちも明るくなりましたが、レンタカーを返してしまったのでイケアにも行けませんし、プラハ行きのバスか列車に乗るためにはドレスデン駅までトラムに乗るか歩くしかないのです。レンタカーを返した後は荷物がメチャ重たく感じてしまいますので、今日はトラムに乗って楽しようかと思ったのですが、料金が2ユーロもすると聞いたので歩いて行くことにしました。

ドレスデンのような石畳がたくさん残っている街は車輪が付いたバッグを引っ張って歩くには不向きなのですが、ジャケットの前を開けて歩けるくらいの暖かさでしたので気分は爽快でした。それに歩くといろんなものを発見することもできますので悪くないのです。これは橋を渡った所に建てられていたモダンな建築ですが、ヘブライ語で何か書いてありましたので戦時中に迫害を受けたユダヤ人の追悼施設みたいなものじゃないかと思います。



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 のんびり歩いて12時過ぎに駅に到着しました。

まずは鉄道の自動販売意でプラハ行きの時刻をチェックしてみたら13時10分発がありました。次に裏手のバス乗り場に行ってみたら12時発が出たばかりでしたのでガッカリでした。プラハ行きは1時間に1本くらい出てるのかと思ったら、朝と昼と夜の3便くらいしか出ていないみたいだったのです。たまには列車の旅も良いかと考えるようにして、出発までに時間があったのでバス乗り場から見えたREWEというスーパーに行ってみることにしました。ユーロのコインが邪魔でしたので、何か買って財布を軽くしようと思ったのです。

ちょうどランチタイムでしたので、スーパーの惣菜売り場の立ち食いコーナーでは地元の皆さんが食事中でした。日替わりのメニュー表には金曜日は3種類があるようでしたが、ドイツ語は解読できませんでしたのでカウンターの中のマダムにメニューを指差して現物がどれなのか教えてもらいました。その中から2,90ユーロの鶏肉がたっぷりのスープ風の料理を選び、付け合せはポテトにしてもらいました。日本円にしてみると牛丼並みの350円くらいのランチでしたが、なかなか美味しかったですし、コインを減らすこともできました。



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 プラハ行きの片道は30.70ユーロもしました。

2時間ほど乗るだけなのに日本円にしてみると3600円くらいですから、「新宿から梅田への高速バスと同じくらいかかってしまうのか…」と12時発のバスを逃したことを悔やむことになりましたが、国際列車だから仕方がないかとあきらめることにしました。

しかし日本のJRも高いですけど、ドイツのDBも負けていません。高いのはわかっていたので最近はレンタカーばかり乗っているのですが、レンタカーで国境を越えると高くついてしまいますので仕方がなかったのです。ドイツの鉄道も割引制度はありそうでしたが、1回のために調べるのも面倒でしたのであきらめることにしました。



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 DBは高いだけあって、席に電源が付いていました。

外観は古そうな車両でしたが、ノートPCを持ち込んでいる客も多いみたいで電源が用意されていたのです。しかし考えてみればノートPCや携帯電話が一般的になってかなり経ちますので、ビジネスマンが多い新幹線くらいにしか電源が用意されていない日本の方がおかしいのでしょう。ノートPCなどの電力消費なんて微々たるものですから、利用者の利便性を考えれば当然のことですよね。

ちなみに私が乗った2等の車両は半分くらいが自転車を収納するスペースになっていました。春から秋にかけての観光シーズンは自転車と一緒に旅行する人が多いのでしょうが、最近は寒くて雨が多いためか1台も持ち込まれていませんでした。



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 列車はほぼ定刻通りにプラハの中央駅に到着しました。

どこか途中の駅でチェコに入ったはずですがパスポート・コントロールが無かったので、到着後にEUとそれ以外に並ばされるのかと思ったのですが、改札も何も無い旧東欧的な雰囲気の駅ロビーに出てしまいました。売店なども無くて、両替所に数人の客が並んでいたのでレートを見たらそれほど悪くは無さそうでした。「観光地だからユーロの現金で払える店も多いだろう…」と考えて、両替は明日にしようかとも思ったのですが週末で両替率の変動は無いかもと考え直して20ユーロだけ換えておくことにしました。

人相が悪い両替所のお兄さんは私の20ユーロを受け取って、400コルナしか差し出しませんでしたので、「残りは?」と催促したら「5パーセントのコミッション…」とつぶやきやがったので腹が立ちました。完璧に日本人観光客をナメた態度に激怒して「金を返せっ!」と日本語で怒鳴りました。結局は駅から少し歩いた所にあった別の両替所でコミッション無しで5000円を1025コルナで両替したのですが、駅の両替所のことがあったのでチェコの第一印象は最悪でした。ドレスデンでは晴れていたのに、プラハ到着前から小雨が降り出したこともあったとは思うのですが…



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 プラハの中心部はかなり雰囲気が変わっていました。

旧東欧時代は薄暗いイメージの街でしたが、今では欧米のチェーン店が進出していて、目隠しして連れて来られたらスペインあたりかと勘違いしそうなくらいでした。ここはおそらく旧東欧時代は棚がスカスカの国営百貨店だったと思うのですが、今ではマークス&スペンサーになっていました。

この時点で16時くらいでしたので広場の観光局に行ってみようかと思ったのですが、ロンドン並みに日暮れが早くて雨も降っていたので明日にすることにしました。観光局は冬は15時までの営業なんてこともありそうでしたし。ちなみに駅から500mおきくらいにWiFiの野良電波をチェックしていたのですが、バーツラフ広場のスターバックスでようやく拾うことができました。



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(2010/11/19(金) 23:59)

 ドイツ最終地のドレスデンに到着して見て驚いたものとは…
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 ドレスデンではイケアの前に給油しておきました。

いつもは下僕の自動車より人間様の方が先なのですが、レンタカーの返却時間が迫っていましたので逆にしたのです。人間様は1ユーロの朝食などを食べて喜んでいるというのに自動車は大食漢で、今日も50ユーロ以上もかかってしまいました。給油を終えて少しだけ車体をキレイにしてから郊外のイケアに向かったのですが、ちょうどドアが開けられて常連さんたちが入店するところでした。

今日はドイツのイケアは最後でしたから、食べるのは2.95ユーロのチーズとサラダの一皿に決めていました。ドイツにも1ユーロのクロワッサンとコーヒーだけの朝食があったのですが、フランスのものと似たようなものでしたから、それを制覇するのはあきらめました。またドレスデンではイケアにはソーセージやベーコンとスクランブルエッグなど、アラカルトの朝食メニューもあったみたいですが、これも胃袋がひとつしか無いので次回の楽しみとすることにしました。この朝食もパンは1個で充分でしたので、ランチ用に1個は切れ目を入れてマスタードやケチャップなどを注いで持ち帰ることにしました。自動車に買い置きしたハムなどがありますので、レンタカーを返却した後にどこかで食べれば経済的ですからね。



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 中心部の交通規制のせいで返却が少し遅れました。

iPod touchの地図を見ながら運転していて、次を右折すれば時間内にレンタカーのオフィスに辿り着けたはずですが、なぜか直進のみでしたので予定が狂ってしまったのです。時間に正確でレンタカーをキレイに使うという日本人の評判を落としたくなかったのですが、変な規制のせいで遅れてしまったのです。しかしレンタカーのオフィスではカール・ホーガンのような女性が笑顔で迎えてくれ、自動車のチェックは一切無かったので拍子抜けしちゃいました。

今回の自動車はフィアットのPUNTOという5ドアの小型車でしたが、なかなか良く走ってくれました。アイドリング・ストップ機能が付いていたので長い信号待ちの時には役にたったのですが、借りる時に何も説明してくれませんでしたので最初はエンストかなと戸惑ってしまいました。フランス国境のアーヘンからチェコ国境に近いドレスデンまで1週間で3200kmほど走ったのですが、レンタル料金は200ユーロ程度でしたのでドイツ国内を列車移動することを考えればマシでした。ガソリン代は怖くて計算する気になれません。(笑)



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 レンタカーのオフィスの近くに商業エリアがありました。

私の旅行用のバッグはイケアに行く前にドレスデンで泊まる宿に預けてありましたので、ノートPCや郊外のスーパーで買った食料などを持って小雨の中を歩いて行ったのですが、10分ほどの距離がえらく長く感じました。第二次世界大戦末期の激しい空爆で瓦礫の山となったドレスデンの街はエルベ川の周辺の歴史的な建物は戦前のままの状態に復元され、中央駅までの道路の両脇にはデパートなどが誘致されたようですが、その中心部にはベルリンのソニーセンターに雰囲気が似たショッピングセンターが建設されていました。

これは隣の商業ビルとの間のアーケードで、雨は防いでくれるだけの空間でしたので人通りはまばらでした。しかし左のショッピングセンターに入ると暖房が効いていて、地元の買い物客の皆さんで賑わっていました。テナントは面白いものが無かったので退屈でしたが、ここも金持ちやセンスが良い人たちはベルリンまで行ってしまうので割り切っているのでしょう。まあ私としては雨と寒さから逃れられただけでも良かったので、不満はありませんでした。
 


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 久しぶりにドレスデンの歴史保全地区にやってきました。

前回はこの左の塔などの復元工事は終わっていたのですが、右のクレーンで工事中の場所には番号が振られた瓦礫が転がっているような状況でした。右手には外観は昔のデザインを生かしたSWISSOTELが建設されるようでしたが、完成すれば欧米の富裕層が宿泊するようになるのでしょう。

しかしいつものことながらヨーロッパ人、特にドイツ人の過去の歴史を現代に再現するという執念のような情熱には感心させられます。焼け残った数枚のモノクロ写真や当時を知る老人たちの記憶を頼りに歴史的な外観を復元しているのでしょうが、崩れた瓦礫をパズルのように組み上げるなんて私には信じられないこだわりだと思います。もちろん重要で無い部分には普通の材料が使われているのでしょうが、戦後にコンクリートで城などの歴史的な建物を再建した日本とはえらく違うものだと思うのです。



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 古い外観の建物の内部はこんな感じになっていました。

建物は当時のままに再現されたようですが、かつては個人商店や民家だったものが博物館に活用されることになったようで、大英博物館のようにガラスの屋根がかけられていたのです。この中庭に面して博物館のチケットブースやミュージアムショップなどが並んでいたのですが、洗練されていて悪くありませんでした。公共施設ですから地下には無料のトイレもあり、アップルストアみたいなガラスの透明なエレベーターで行くこともできて面白い体験でした。

それらはヨーロッパでは古い建物を再建する場合によく使われる手法ではあったのですが、それはドレスデンでも効果的だったと思います。ここの博物館には戦後の瓦礫の山だった頃の資料や、再建された経緯などが展示されていたでしょうから見たかったのですが、入場料が10ユーロもしましたので無理でした。またロングドライブの疲れもあって、入場無料だったとしても今日は止めておいたことでしょう。



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 川を渡った新市街に1ユーロショップがありました。

アジアや北米、そして中近東あたりまではダイソーの支店がありますが、ヨーロッパでは見かけないので単一価格の店は成り立たない複雑な事情があるのかと思っていました。しかしこうやって1ユーロの単一価格で成り立っている店がありましたので、今後も円高傾向が続くとしたらダイソーはこの店の脅威となることになるかもです。

私はこの店で手袋を買おうか迷ったのですが、1ユーロとはいっても安っぽい雰囲気でしたので止めておきました。手袋は年末にマレーシアに戻ったら邪魔な存在でしかなくなりますし、無くてもなんとか耐えられるくらいの気温ですからね。それに次のチェコ共和国あたりでは旧東欧っぽいシックな製品が安く売られているかもしれませんし。まあプラハはすっかり欧米の富裕層に人気の観光地になってるみたいですから、期待はできないようなのですが…

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(2010/11/18(木) 23:59)

 世界一の水準かもしれないベルリンのイケアの朝食とは…
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 今回のドイツドライブ旅行もついに最終日になりました。

明日の朝にはチェコ国境に近いドレスデンでレンタカーを返さなければなりませんので、今日はロングドライブになることが決定的だったのです。これは私の悪いクセだですが、どうしても欲張って遠くまで行ってしまって最後のスケジュールがタイトになりがちなのです。ヨーロッパにはイケアの支店がたくさんあるので、国による朝食の違いも確認したかったので予定を組むのもパズルのようでたいへんでした。

今朝もベルリン郊外のイケアの朝食に間に合うようにiPod touchの目覚まし機能で早起きしてアウトバーンを130km平均で飛ばしました。飛ばすと自動車の燃費は悪くなるのですが、イケアの朝食を逃してしまうとかなり悔しい思いがしますので、多少の犠牲は仕方が無いのです。飛ばしたおかげで余裕で間に合ったのですが、ベルリンのイケアには新製品らしい3.95ユーロの豪華な朝食がありましたので悩んでしまいました。それというのも今朝は2.95ユーロのチーズがメインのヤツを食べようと決めていたからでしたが、イケアの朝食マニアとしてみれば嬉しいサプライズでした。「Neu」と書いてあったので、もしかしたら日本人では私が初めてだったかもしれませんし。

今朝の豪華版は皿もプラスチックじゃありませんでしたし、サーモンと生ハムは東京のデパ地下では高値が付けられていそうな水準のものでした。ハンブルグからのドライブ中に少しサラミやカマンベールを食べちゃっていたこともあって、とてもすべては食べ切れそうにありませんでしたので、1個のパンはランチ用にハムやチーズなどを挟んでサンドイッチにして持ち帰ることにしました。オランダの1ユーロの朝食に較べると4倍の高さでしたが、今日のランチも含めてのこの内容で500円以下と考えると安いと思います。値段だけならオーストラリアのイケアの朝食の方が高かったのですが、もしかしたらイケアの朝食としてはこれが世界一の水準かもしれません。世界一だとしてもワンコイン以下、これだから世界のイケア巡りは止められないのです。(笑)



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 ベルリンではいつも金色の天使が出迎えてくれます。

ヴィム・ヴェンダース監督の映画にも出てきたので日本でも有名だと思うのですが、ベルリンの中心部にある公園の中心にあり、天使の背後には歴史的な舞台となったブランデンブルグ門があります。この塔はかつてベルリンが東西に分かれていた頃には西ベルリンからは東の辺境にあるようなイメージだったと思いますが、時代は変わって今では新生ベルリンの中心よりやや西側といった感じなのでしょう。

変わりゆくベルリンを見ようと世界中から多くの観光客が訪れますので、この塔も化粧直しの最中でした。今日もドイツは小雨交じりの生憎の空模様でしたが、この天使には晴天は似合わないと思います。明日の朝まではレンタカーですので、返却後に晴れてさえくれれば私としては問題ありませんし。



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 ブランデンブルグ門の前で珍しい体験をしました。

信号待ちで停まっている時に門の前から何やらドイツ語でのアナウンスが聞こえてきて、その方向を見たら網に入れられた風船が揺れ動いていたのです。「何かのイベントで飛ばすみたいだけど、今飛ばしてくれるとタイミングはバッチリなんだけど…」と思った瞬間に風船が放たれたのです。イケアでもう一杯コーヒーをお代わりしていたら見ることができなかった光景ですが、私の今日までは雨でも良いという謙虚な気持ちが天使に通じたのかもしれません。(笑)

ドイツ語は単語を10個くらい知ってるだけですので、何のイベントの風船だったのかはわかりませんでした。東西分裂時代はブランデンブルグ門の前にやってくる人数は1日に3桁まではいかなかったと思うのですが、現在では6桁近くまで行く日もあると思われます。ですから自動車をどこかに停めて確認しようという気は起こりませんでした。日本語で検索しても情報は出てこないと思いますので、ドイツ語が得意な方がいらっしゃれば検索してみてください。何だったのかコメント欄で教えていただければ有難いのですが。



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 軽い風船を見た後は、今度は重たい石でした。

ミッテ地区に行こうと思ってブランデンブルグ門から500mほど南側に行った角を曲がったら、突然目の前に規則的に並べられた棺桶のような石が現れたのです。これは東西分裂時代に国境を越えようとして射殺されたりした罪無き人々を弔うために作られたものだと思うのですが、小雨が降る中を傘もささずに祈りを捧げてる少女の姿が印象的でした。

ベルリンの壁が崩れて、何万トンものコンクリートがどこかに撤去されたと思ったら、次はそれに匹敵するような大量の石が運び込まれたわけです。またベルリンはEUの首都になるべくあちこちで建設工事が行われており、そのための資材もかなりの量となるはずです。この石も基礎工事が終わった段階で中央に最初の1個が設置されたと思うのですが、それから最後の1個が置かれるまでに何日かかったのだろうと考えてしまいました。この画像では全体像は伝わりっこありませんから、一度はベルリンを旅行されることをオススメします。それも冬が良いかもしれません。この場所に限っては雨が雪にでも変わったとしたら最高でしょう。



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 夕方になるにつけ、渋滞が激しくなりだしました。

混雑を避けるために15時や16時に仕事を終えて帰宅の途につくフレックスタイムを導入した会社が増えているんじゃないかと思ったのですが、17時前には混雑が酷くなり過ぎて殺伐とした雰囲気になってきました。その渋滞のおかげでミッテ地区の変化はゆっくり確認することができたのですが、車はオートマチックではありませんでしたので左足が疲れました。

高級ブランドが軒を並べている中で、1軒だけ毛色が違う店があったのですが、どうやら州政府が環境に関する取り組みをアピールするためのPR施設のようでした。このショールームの近くにはロンドンで見かけたような電気自動車の充電ステーションがあり、そこにはスマートの車体にモーターを載せた特別な車が停められていました。日本でも日産のリーフが発売直前で、トヨタがステラと共同開発したモデルがお披露目されるなど2011年は電気自動車元年となりそうですが、日本では充電ステーションの方は大丈夫なのか心配です。



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 渋滞の中を抜けて新空港の建設現場を目指しました。

EUの首都としては空の玄関が貧弱過ぎたベルリンですが、郊外のシェーネフェルト国際空港を大幅に拡張して、増大するビジネス客や観光客に対応するという計画が進行中だったのです。アジアではシンガポールのチャンギ空港が韓国の仁川空港や中国の虹橋空港を抑えてメインの空港となりそうですが、ヨーロッパではこのベルリンの新空港がハブの中心になると思われるのです。

ヒースローの第5ターミナルは開業時に旅客の預けた荷物が出てこないなど深刻なトラブルが多発して世界の笑い者になりましたが、ドイツだったらシュミレーションを重ねてそんな醜態を晒すことは無いでしょう。新しい旅客ターミナルの地下にはSバーンやUバーンが乗り入れるみたいですが、チャンギを見習って完成度が高い便利な空港になると思います。

イケアの朝食マニアである前に、建設現場のクレーンマニアである私は新空港の建設現場を間近で見たいと思って、まずはしょぼいシェーネフェルト空港のインフォメーションで訊いてみたら、何も有益な情報を持っていなかったことに驚かされました。2011年10月の開港予定が2012年に遅れてしまいそうだからというのもあるのかもですが、未来のベルリンのシンボルともなり得る新空港の情報をほとんど持っていないというのにはあきれてしまいました。新ターミナルはシェーネフェルト空港の南に建設されていたのですが、テロ防止のためか工事車両しか立ち入れないようにしてありましたので、部外者の私は滑走路を挟んで遠くから眺めるしかありませんでした。まあ将来も円高が続いてくれると数年後にA380で新ターミナルに降り立つということもあり得るかもですが、急激な円安となればこれが見納めとなるかもですね。



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(2010/11/17(水) 23:59)

 フランクフルトとカッセルで試した2つの朝食の勝敗は…
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 早朝のフランクフルトはとても静かでした。

昨晩に行ってみたアップルストアは閉店後も店の照明やPC類の電源を入れっ放しでしたからWiFiの電源だけ切ることは無いはずと散歩がてらに行ってみたら、やはり30mほど前からネットに接続できるようになりました。ドイツはセキュリティに関する意識が高いためか、WiFiの野良電波をキャッチするのが難しい国ですから有難く店の前でメールチェックなどをさせていただきました。アップルストアの周辺ではまだパン屋さんでさえ開店準備中でしたので、中央駅まで飛ばして行ってマクドナルドで1ユーロの小さなカプチーノと同じく1ユーロの薄?いパニーニみたいなマックトーストというのを試したのですが、フランスのイケアの朝食の方がまだマシというレベルでした。

サミシイ朝食が済んでもフランクフルトのイケアの開店時間までは時間がありましたので、次の目的地であるカッセルのイケアに向かうことにしました。ちょっと道を間違えてドイツの田舎町を走ってしまい、カッセルのイケアに到着したのは朝食の提供が終わる10分前でした。急いで2階のレストランに上がり、地元の皆さんも食べている1.95ユーロの朝食にしてみたのですが、さすがにドイツといった感じでした。プラスチックの皿が残念でしたが、サーモンとチーズとハムとこれまでに無かった構成でしたのでイケアの朝食マニアとしてはコレクションが増えたみたいで嬉しいものでした。マクドナルドより少しだけ安い値段でこの内容ですから、朝から駐車場もレストランも混んでいるのが当然でしょう。ストラスブルグのイケアの店長さんにこの画像をメールしてやろうかなと考えましたが、朝はクロワッサンだけというのがフランスの伝統なのでしょうから止めておきました。(笑)



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 お昼前にカッセルの中心部へ行ってみました。

これは円形の広場に面して開発されたわりと新しいショッピングセンターですが、入り口を入った瞬間に帰りたくなるようなテナント構成でした。「金持ちやセンスが良い人たちはアウトバーンを飛ばしてフランクフルトに買い物に行くだろうから…」とあきらめているようで、ここは旧東ドイツの中流層に照準を当てたような感じだったのです。

ショッピングセンターの前の広場ではクリスマスシーズン用の屋台の準備が進んでいましたが、おそらく日本人観光客からしてみると中流志向のショッピングセンターより数倍は楽しめることでしょう。まあ普通の日本人観光客はカッセルにはあまり来ないとは思いますが…(笑)



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 ハノーバーの手前で懐かしい建物と再会しました。

退屈だったカッセルを早めに切り上げてアウトバーンを北上していたら、ハノーバーの手前でBMWなどのモダンな建物が目に付いたのです。「アウトバーンの路肩に停めて撮影するのはヤバいかな…」と考えていたら、サービスエリアの入り口があったので急ブレーキと急ハンドルで滑り込みました。サービスエリアの中で撮影ポイントを探していたら、上手い具合にモダンな建物が建ち並ぶエリアへの出口がありましたので出てみたら、この廃墟と化した現代建築があったのです。

昔のことですから思い出すまでに0.5秒くらいかかったのですが、ハノーバー万博が終了した後に私はここに来て似たようなアングルから壊されずに残ったパビリオンを撮影していたのです。当時は万博会場の跡地にはデカトロンのような郊外型の大型店が数軒だけパビリオンを居抜きで借りる感じで営業していたのです。現在はBMWやイケアなど多くの企業が進出していましたが、このパビリオンは普通の構造では無いので借り手が現れなかったのでしょう。



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 ハノーバーの中心部はさほど面白くありませんでした。

それでハンブルグまで飛ばすことにしたのですが、到着が20時前になりそうでしたので、まず郊外のショッピングセンターに入居しているアップルストアを目指しました。行き方はiPod touchの地図のナビで検証していましたので楽勝と考えていたのですが、アウトバーンの降り口を間違えたみたいで田舎道で迷ってしまいました。「ハンブルグ空港の近くだから、飛行機マークを追っていけば良いだろう」と楽観視していたのですが、空港の近くに行ってもショッピングセンターがありそうな雰囲気では無かったので不安になりました。

2ヶ所のガソリンスタンドで訊いて、なんとか辿り着くことはできたのですが、到着予定を大幅に過ぎて飲食店以外はすべて閉店した後でした。アップルストアに行ってみたら青いTシャツのスタッフが30人ほどレジの前に集まってのミーティング中でしたが、中から拍手や歓声が聞こえてきました。「噂のアップルがアップルの音楽配信をするって話のことかな…?」とiPod touchでアップルジャパンのウェブサイトにアクセスしてみたら、やはりビートルズのことが前面に出ていました。先日はもったいぶった予告でしたから、ビートルズの楽曲の一部を無料配信でもするのかなと期待したのですが、そんなことはありませんでした。



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 偶然に通りかかった夜の遊園地に行ってみました。

わりと郊外にありましたので以前にハンブルグをドライブした時には気がつかなかったのですが、今日は遠くに観覧車の灯かりが見えたので中心部に行く前に寄り道してみたのです。どうせ子供相手の退屈なものだろうとナメていたのですが、これが大人でも楽しめそうな迫力満点の絶叫マシーンが並んでいましたので驚かされました。

このコルクスクリュー・タイプのジェットコースターは五輪マークをモチーフにしていて、最低でも5回転はするようでした。ミュンヘンオリンピックの年に作られたものだとすると、別の意味で怖いマシーンだと言えるでしょう。この遊園地の乗り物の値段は5ユーロ前後が多かったのですが、夏だったら乗っていたかもしれません。小雨交じりの冬の夜には5ユーロくれるとしてもちょっと遠慮したい感じでした。



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 美味しそうな遊園地の屋台で衝動買いしちゃいました。

絶叫マシーンやミラーハウスなどの間にはいろんな食べ物の屋台が並んでいて目移りしたのですが、置き火の上の巨大な鉄の網の上で焼かれた豚肉が美味しそうでしたので、あまり空腹じゃ無かったのですが注文しちゃったのです。パンから半分くらいがはみ出すほどのボリュームがあり、別の鉄板で炒めてあった玉ねぎも入れてくれて4ユーロだったのですが、これはお買い得でした。

フランクフルトのスーパーで買っておいたビールも外気に触れて適度に冷えてくれていましたし、道の両側の旅情たっぷりの光景を見ながらいただいて幸せな気分になっちゃいました。夏の時期に医者から「残念ながら余命半年です…」と宣言されたら、この遊園地を再訪して絶叫マシーンに乗りまくって屋台をハシゴすることでしょう。(笑)



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(2010/11/16(火) 23:59)

 世界でいちばん美しい首都を持つ国の質素な朝食とは…
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 今朝はストラスブールのイケアに行ってみました。

フランスには1週間以上も滞在していましたし、パリの周辺には四方にイケアの支店があったのですが、車を借りなかったので試したことが無かったのです。私はかつてフランスのどこかのイケアで朝食を試したことがあるのですが、ブログを始める前のことで内容の記憶が無いのです。実はフランスのイケアのウェブサイトで朝食の画像は見てしまっていたので質素なことは覚悟していたのですが、ストラスブールのイケアではオレンジーナ1本が省かれてコーヒーとクロワッサンだけでしたのでサミシイものでした。

もちろんストラスブールはドイツに近いといってもフランスですから、クロワッサンは皮がパリパリでちゃんと良いバターの味がして美味しかったのです。これに較べたら香港のイケアで試した朝食の方が最下位かもしれませんが、やはり1ユーロで2品はあまりにも少ないのではないでしょうか。イギリスやオランダなどのイケアは早朝から自動車を停めるのに苦労するほどでしたが、ここでは駐車場もレストランもガラガラでした。この質素な朝食が原因なのでしょうね。



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 フランスを出る前に買い物しておくことにしました。

ドイツとではスーパーの食品の値段も大差ないようでしたが、バゲット1本とカマンベールチーズ、そしてサラミを1本購入しておきました。天気が良ければどこかの丘の上で牧歌的な風景を眺めながらピクニック気分を味わいたいと思って購入したのですが、日曜に少し晴れただけで雨が続いていますので期待できないのです。

これはパッケージからクリスマス時期を狙って出てるものだと思うのですが、中の白い物体の正体がわかりませんし、おまけに付いてるミニボトルもどうやって使うのか謎です。白いものがチーズで、それに強い酒をかけて火をつけて、溶けたのをバケットで掬って食べたりするものかなと想像したのですが、どなたかご存知の方がいらっしゃれば、コメント欄で教えてくださいませ。



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 ストラスブールの中心部もチェックしてみました。

2年前に訪れた時には未来チックなガラスに覆われた駅に驚かされ、ドイツからの列車のチケットでフランス側の路面電車も乗ることができましたので、試しに乗って観光しました。今回は自動車ですから好きな所に行けるので迷路のような中心部を探検するのは面白かったのですが、運転しながらだと撮影するのがちょっと難しかったのです。

これはストラスブールの中心部のシンボリックな電車の乗り場なのですが、数年前から世界的なブームとなっている低床式の路面電車のブームはここから始まったと言っても構わないと思います。日本でも富山市がここを参考に路面電車を整備して成果を上げていますが、今後は路面の緑化も含めてあちこちの都市でマネされそうです。



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 雨が激しくなり、カールスルーエはパスすることにしました。

2年前に行ったので、変わりが無いだろうと決め付けて先を急ぐことにしました。ハイデルベルグとマンハイムでは高速を降りて中心部をざっとチェックしてみたのですが、新しいビルはいくつもできていましたが、自動車を停めて見て回りたいというものは皆無でした。ちょっと欲求不満状態で時計を見たら、高速を飛ばせばフランクフルトのアップルストアに間に合いそうでしたので高速の入り口を探したのですが、こんな時に限ってなかなか見つからなかったのです。この時期は陽が暮れるのが早くて標識が見えにくいというのも原因でしたが、中心部の混雑を防止するためなのか、迂回路や一方通行が増えて複雑になっていたのも旅行者泣かせなのです。

大雨の中をなんとかフランクフルトに辿り着いたのですが、高層ビルが増えて街の様子がすっかり変わっていましたので戸惑ってしまいました。自動車を安全そうな所に停めて、アップルストアの前に着いたのは20時を少し過ぎていましたので、中では閉店後のミーティングみたいなのをやってるところでした。まあ世界中のアップルストアは同じ造りですし、新発売のアップルTVもオーバーハウゼンでチェック済みでしたので、店の外でWiFiを拾ってメールチェックなどをさせてもらいましたのでまったくの無駄足というわけじゃありませんでした。



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 雨のせいか、フランクフルトの夜は静かなものでした。

春から秋にかけては大勢の観光客で賑わっているのがウソのようでしたが、ドイツ経済の堅調ぶりを感じさせる新しい建物がいくつも建っていたのです。このショッピングモールもそのひとつですが、建物のファサードにブラックホールのワームホールのような穴が開けられていたのには驚かされました。これは風水や空調などには無関係の単なるデザインだと思うのですが、この楽器のチューブのようなガラスのトンネルに沿って1階から4階のフードコートまで1本のエスカレーターで上がることができるなど大胆な構造でモールマニアの私としては嬉しいサプライズでした。

20時を過ぎていましたので一部の飲食店などを除いてはクローズしていたのですが、ドイツですから店内に入って商品をチェックしてみたいと思わせるものは無かったので問題はありませんでした。ちなみにこのショッピングモールの近くにはエルメスなどの有名ブランドの店もたくさんできていました。フランクフルトはヨーロッパの金融の中心のひとつでもありますから当然なのでしょうが、昔のフランクフルトを知る者からしてみると感慨深いものがありました。



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 ショッピングモールの地下で買い物しました。

最上階から地下にエレベーターで降りてみたら、エッセンでも行ったKAWEというスーパーがあったのでビールを買うことにしたのです。ドイツでしたから有名・無名の様々な銘柄があったのですが、1色だけで印刷してあるプライベートブランドのビールがありましたので試してみることにしたのです。またスーパーの入り口ではソーセージなどのイートイン・コーナーがありましたので衝動買いしちゃいました。

ショッピングモール1階の閉店後のホリスターの前で撮影したのですが、この後は歩行者道路を歩きながら食べました。60セントほどのビールは室温でしたが、1,50ユーロのソーセージは焼きたての熱々で格別でした。ドイツならソーセージはどこにでもあるのですが、フランクフルトで食べると一味違うように感じます。単なる気のせいでしょうが…(笑)



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(2010/11/15(月) 23:59)

 ケルン駅のマクドナルドで朝マックできずに向かった先は…
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 今朝も早起きましたので、朝マックをと考えました。

日曜日は大型店のイケアが休みでしたので、たしかケルン駅にはマクドナルドがあったはずと行ってみたら、大聖堂側と駅裏に2店舗もありました。表のウィンドーには朝食メニューがあったので頼もうとしたら、なぜか用意できないみたいでしたから1ユーロのカプチーノだけを買って、明るくなるまで店内でブログの更新などをしていました。この店では他所ではあった無料のWiFiは無かったのですが、日本のマクドナルドと同じでドイツでも店によってバラつきがあるようです。

空が明るくなってきたので大聖堂側に出てみたら朝焼けがキレイでした。他の普通の観光客は大聖堂ばかりを撮影していたようでしたが、私は駅の時計を中心に写しました。ブログ用に縮小する前の画像にはハッキリ写っているのですが、この時の時刻は8時38分でした。10月末に冬時間になったということもあるのですが、冬のヨーロッパは夜が長くて朝が遅いのです。



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 ケルン駅の構内でこんな変なサインを見かけました。

駅のトイレとシャワーの入り口なのですが、McCleanとありましたので笑ってしまいました。これの企画書がよく通ったものだと感心したのですが、値段を見てあきれてしまいました。ガソリンスタンドなどの50セントでも高いと思っていたのですが、ここは1ユーロと暴利を貪っていたのです。シャワーは7ユーロということでしたが、円高になる前は1000円を越えていたということですからヒドいものです。

私はトイレが有料の地域は「観光客は帰れっ!」と言ってるのだろうと解釈するようにしていて、そこでは1円も使わないように心がけているのですが、マクドナルドで1ユーロ使って失敗しちゃいました。今後ケルンに観光するために検索してこのブログに辿り着いた方には、ケルンではなるだけお金を使わないようにお願いします。(笑)



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 ケルンからはボン、コブレンツと南下しました。

今日は日曜でしたから両方の街の中心部も静かなものでしたし、特に面白そうなものも発見できませんでした。コブレンツの中心部では正方形に巨大な穴が掘られていたので、「これは何か面白いものが計画されているのかも…」と期待したのですが、周辺の雰囲気から単なる広場の地下に駐車場が作られているだけなのでしょう。

間違えて乗った高速道路からは川沿いのマイクロソフトのビルの近くに建設中のモダンなオフィスビルが見えたりしましたが、それもわざわざ引き返して撮影したいレベルのものじゃありませんでしたし、「首都をベルリンに取られて、ボンの周辺は地盤沈下してるのかも…」と想像しちゃいました。しかし郊外にはTモバイルのオフィスビルが集結していましたので、それなりには成長しているのでしょう。



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 悩んだ末にルクセンブルグへ向かうことにしました。

ヨーロッパはガソリン代が日本より少し高いので止めておこうと思っていたのですが、地図を見ていたら久しぶりに天気が良かったこともあって、急に行ってみたくなってしまったのです。決定打だったのは、「そういえばヨーロッパで一度しか行ったことが無い国はあまり無いな…」ということでした。アイスランドみたいに離れている国は仕方がないとしても、ドイツ国境から短時間のドライブで行くことができますから、行っておくべきだろうと考えたのです。

羊たちが草を食む牧歌的な風景の中を110km程度で快適に高速道路をクルーズしていたら、その雰囲気とは合わないポスターを何枚も見かけました。ドイツ語ですから意味はわかりませんが、どれも心痛な趣の遺族が遺影を持っているもので、交通事故死しないようにとドライバーに安全運転を呼びかけるものなのでしょう。このシリーズのオチはペットの犬が飼い主の遺影を持ってるものだと思うのですが、それはまだ見かけたことがありません。(笑)



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 ドイツからルクセンブルグには一般道で入りました。

もちろん2010年ですから国境にはゲートもパスポートコントロールも無く、日本の県境を越えたような感じで通過しちゃいました。しかしルクセンブルグに入ったら両側にガソリンスタンドが15軒ほど並んでいましたので驚かされました。値段を見たらオクタン価が95のレギュラーが115.90ユーロとドイツよりかなり安かったのです。「アンドラと似たような政策で楽して稼いでいるのか…」と想像して、私も給油しておこうかなと考えたのですが、ルクセンブルグを出る時にした方が経済的だと思って止めておきました。

それから高速に乗り直して、案内板に沿って高速を降りて中心部に向かっていたら、まったく予想していなかった光景を見てしまいました。真っ直ぐな道路の両側に高さが揃ったオフィスビルがズラリと建ち並んでいたのですが、私の以前のルクセンブルグのイメージとはかけ離れ過ぎていたのです。ルクセンブルグが大胆な規制緩和を行ったりしてることは国際ニュースで見かけた記憶がありませんでしたから、こんなプチバブル状態には驚かされてしまったのです。ルクセンブルグの思いがけない変貌に関しては帰国後にでもゆっくり分析してみることにします。



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 ルクセンブルグの中心部もけっこう変化していました。

さすがに旧市街は地価も高くて景観条例があるためか、場違いな高層ビルこそありませんでしたが、新しそうなビルはいくつもありました。郊外のショッピングセンターにあるのならまだわかるのですが、旧市街にイギリスのSUPERDRYの路面店があったのには驚かされました。信号待ちで何気なく横を見たら「極度乾燥しなさい」という日本語のサインがありましたからね。(笑)

「油断してたけど、やっぱりいろんな国に行ってはみるべきだな…」と反省して、暗くなってきましたのでフランス側に南下することにしました。ルクセンブルグの中心部の広場のトイレも有料でしたので、「そんな国じゃ夕食を食べたり泊まったりしちゃいけないな」と考えたのです。高速をメッス方面に走っていたらサービスエリアがありましたので寄ってみたら、ここでもアンドラ状態でした。ガソリンスタンドは給油待ちのフランスナンバーの車があふれていましたし、タバコの税率も安いのかレジ前にも長い行列ができていました。その混み具合にうんざりして、「早くフランスに戻ろう」としばらく南下していたら、フランス国境を越えてしまいました。

まだメッスまでは40kmほどありましたので油断していたのですが、先ほどのサービスエリアが最後の給油ポイントだったようでした。ドイツとの国境のようにガソリンスタンドは何軒もあるだろうと思っていたらフランス側では状況が違っていたようです。それで高速を降りて再びルクセンブルグに戻って給油したのですが、Uターンできる場所が無くて40kmほども余分に走ることになってしまいました。3リッターくらいのガソリンと時間を無駄にしちゃいましたが、「最後の給油ポイント」と各国語で表示されていなかったことに腹が立ちました。



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(2010/11/14(日) 23:59)

 オランダからドイツに再入国する前に広場で買ったものは…
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 今朝も早起きしましたが、のんびり過ごしました。

先日は5分ほどの遅れでオランダのイケアの朝食を食べ損ねてしまいましたので、ドイツに再入国する前に試そうと時間調整をしたのです。オランダのイケアは平日は10時からのようでしたが、土曜日は9時からと開店時間が早いのも私には好都合でした。時間をつぶすためにイケアの手前にあったアーヘムという小さな町に寄り道してみたら、マルクト広場にたくさんの屋台が並んでいました。

他のものはドイツとあまり値段は違わないようでしたが、パブリカだけが異常に安かったので購入しておきました。この屋台は1.50kg入りが1.50ユーロと割安でしたが、持て余してしまいそうでしたから隣の屋台で6個ほど入った1ユーロのヤツにしておきました。色や形は不揃いのB級品でしたが、EU諸国の中ではいちばん安そうでした。



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 アーネムの町からイケアまでは10分ほどでした。

9時少し過ぎに到着してレストランに行ってみたら、私と同じように朝食目当ての人たちの行列ができていました。オランダのイケアでは2種類のパンとチーズと茹で玉子にコーヒーが付いて1ユーロという安さですから、人気があるのが理解できます。常連客の皆さんは別料金のヨーグルトやハムなども買っているようでしたが、私は各国で最初はベーシックな朝食を試すことにしていますので、ウェブサイトにも載っていた最低構成のものにしました。

常連さんの中には一人でこの朝食を2人分食べてる人もいましたが、それでも2ユーロですからメチャ安です。私も食べ終えた後にもう一度と考えましたが、レジに並んでる行列の長さを見て止めておきました。もしも朝食メニューがもう一品あれば、全制覇するために並んだと思うのですが、同じのでは価値が無いですからね。次はドイツのイケアの朝食ですが、どんなものか楽しみです。



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 欧州最大規模のショッピングセンターに行きました。

アーネムの町からドイツ国境を抜けると3号線に変わり、それをひたすら真っ直ぐに走って高速を自然に降りることになるとオーバーハウゼンの町の郊外になり、日本の地方都市でもお馴染みのショッピングセンター渋滞が始まりました。ショッピングセンターに近い駐車場は早起き客により占領されているようで、隣のアリーナの先に停めなくてはならなかったので私はうんざりでしたが、他のファミリー客は楽しげでした。

このショッピングセンターは2回目なのですが、週末ということもあり真っ直ぐに歩けないほど混雑していました。単に巨大なだけで特に面白いものがあるわけでは無いのですが、ドイツやオランダの国民性に合っているためなのかスゴい人気なのです。ドイツにはフランクフルト、ハンブルグ、ミュンヘン、そしてこのオーバーハウゼンという無名の街の外れにあるチェントロというショッピングセンターにアップルストアが出店しているのですが、もしかしたらこの店の売り上げがいちばん良いのかもしれません。



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 遅いランチはチェントロのフードコートで食べました。

ドイツらしく焼いたソーセージでも食べようかとも考えたのですが、それはこれから先の街の屋台向きでしたので、円形のフードコートをぐるりと一周してみたのです。最後の方にアラブ風の小さな店でファラフェルとコーラのセットが4,20ユーロでしたので試してみることにしました。これはパリのユダヤ人の店では単体で5ユーロもしていたものでしたが、少し割安でしたので妥協したのです。

しかしここのファラフェルは普通のピタパンの4倍くらいありそうなヤツを使っていたので、ずいぶんと雰囲気が違いました。大き過ぎたので最初はプラスチック製の小さなフォークで中身だけを食べて、ファラフェルの部分をちぎって口に入れるというのを繰り返さなければなりませんでした。これだけの量のファラフェルに対してコーラやフォークが小さいのがアンバランスで残念でしたが、味は普通でとりあえず満腹にはなりました。



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 オーバーハウゼンから隣のエッセンまでは25分ほどでした。

ルール地方の中では知名度がある古い街でしたが、私の目当ては街中に新しくオープンしたらしいショッピングセンターでした。チェントロのアップルストアのWiFiで行き方はiPod touchの地図で確認済みでしたので問題なかったのですが、夕方で道路標識が見えにくくなっていましたので少し迷ってしまいました。

その時に遠くにイケアの看板が見えましたので、順番を逆にすることにしました。トイレに行きたかったので、どちらでも近い方で良かったのです。ここのイケアは白いし、駐車場に入れるのにゲートがあってお金がかかりそうな雰囲気でした。しかし1ユーロのドリンクとホットドッグのセットを購入しても駐車券を機械に通して無料にしてくれましたし、この白いのは隣のホームセンターの建物でした。



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 イケアを出たら、目の前に目的地が見えました。

iPod touchの地図を見て「近いはずなんだけど…」と思っていたら、イケアとは隣同士だったのです。3角形に近い楕円形の敷地に建てられたLIMBECKER PLAYZ ESSENというショッピングセンターには立体駐車場しかなかったので、イヤだったのですが雨が強くなりだしましたので妥協して停めることにしました。

ショッピングセンターは3つの核店舗を持つ4層構造のもので、ほぼ正方形の通路をぐるぐると歩かなければなりませんでしたので疲れてしまいました。地下部分にスーパーがあったので、ワインや果物などを購入してレジで駐車券を出してみたのですが、ここでは無料にはなりませんでした。それで機械を相手に払う羽目になったのですが、1時間で0.50ユーロということでしたのでアホらしく感じました。ドイツですからどんなコインでも払えるようになっていたのは良いのですが、60円くらいなら無料にして高感度を上げるべきではと思えましたが。パリのべリブだって最初の30分は無料ですしね。



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(2010/11/13(土) 23:59)

 早朝のアントワープから急いで国境を超えて向かった先は…
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 脳に少しだけアジア時間が残っていて早起きできました。

アントワープの街の変化は昨晩の内にほとんど見てしまいましたので、街が通勤の自動車で混み始めないうちに国境を超えてオランダのロッテルダムに向かうことにしました。郊外へ向かう環状道路に出る前に駅の近くを通ってみたら、日本にあるスーツ専門店とそっくりな店がありました。

アントワープというば昔はダイヤモンドの取引や研磨加工で有名でしたが、15年くらい前からは先進ファッションの街として名を馳せています。たしかに著名な高級ブランドから聞いたことも無い新人デザイナーの店までたくさんあったのですが、街にはそれらとは縁が無い普通のサラリーマンもいるわけですから吊るしのスーツだって需要はあるわけです。考え過ぎかもしれませんが、この店はアントワープのファッションメーカーの経営者が来日した時に日本のスーツ専門店を見てマネをしたのかもしれません。(笑)



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 これは高速道路のガソリンスタンドで見かけた薪です。

移動途中に休憩とWiFiが無いかをチェックするために立ち寄ってみたのですが、トイレは0.50ユーロと有料でしたし、売ってるものもすべて街中の値段より高くて何も買うものがありませんでした。ガソリンスタンドの外には暖炉用の薪が置いてあったのですが、これが「1 SIX PACK」と書いてあったので悩んでしまいました。

1パックが7,95ユーロもするとなると高過ぎると思うのですが、小さなセルフ式のコーヒーが1,20ユーロする国ですので、1パックが950円くらいしてもおかしくないのです。ちなみにガソリンスタンドの周辺は見渡す限りの林で、ちょっと歩き回れば1パック分の枯れ枝なんてすぐに集められそうでした。(笑)



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 ロッテルダムの街にはたくさんの高層ビルが増えていました。

ヨーロッパの街では珍しいと思うのですが、景観条例が厳しそうな旧市街近くにもたくさん建っていたのです。これは街の中心部の歩行者道路の近くの広場ですが、裏手で工事用のクレーンが作業中でしたので、ここにもシンボリックな高層ビルが建つのかもしれません。

ロッテルダムは大阪のように海運で栄えた経済都市でしから、景観よりも経済を優先する道を選んだのかもしれません。それでリングと呼ばれる環状道路から見ると小さなニューヨークみたいに見えたのですが、もしかしたらヨーロッパではいちばん高層ビルの密集度が高い都市になってるかもしれません。



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 今朝はロッテルダム郊外のイケアで朝食の予定でした。

しかし私が道を聞いた人が「リングに乗れば空港のサインが出てきて、イケアは空港の先だよ」と教えてくれたので、その通りに走ったのですが空港のサインは出てきませんでした。朝食の終了時間が気になって北上しそうな高速を選んで行ってみたらハズレでしたので、高速を降りてガソリンスタンドでもう一度詳しく訊く羽目になりました。

それでなんとかイケアに到着できたのですが、1階の入り口のサインが取り替えられていましたので朝食には間に合わなかったことを知らされました。念のためにと2階のレストランにと上がってみたのですが、やはり終わっていてほとんどのお客さんは朝食を食べ終えていました。イケアの各国の朝食の全制覇を企んでいる私としては朝食でなければ意味がなかったのですが、コーヒーが飲みたかったので3.95ユーロのワイルド・バーガーという料理を試すことにしました。イケアのファミリー・カードでコーヒーは無料でした。



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 イケアでブログの更新を済ませて、高速を北上しました。

最近は高速道路ばかりですが、このあたりの3桁国道はあまり景色が良くないので効率を優先して陽が暮れる前にアムステルダムに入ることにしたのです。A4からアムステルダムの中心部に向かう道路の両脇には見たことも無い高層ビルが建っていて、こちらはロッテルダムと違って中心部の景観条例が守られていることが窺えました。中心部へ進んで道を間違えてトンネルに入ってしまい、中央駅の裏側に当たるエリアに行ってしまったのですが、そこで偶然にこんな工事現場を見かけました。

まだ鉄骨を組んでいる段階でしたが、なにやらモダンなデザインの現代建築の美術館か何かになるのでしょう。その裏手にもたくさんのクレーンが稼動中でしたから、何か大きなプロジェクトが進行中なのかもしれません。後で中心部の観光局にでも行って何ができるか聞いてみようと考えてトンネルを戻って中心部に向かったのですが、大渋滞に巻き込まれてしまってダメでした。アムステルダムの中心部はトラムが頻繁に走っているのですが、自動車が増え過ぎていて慢性的な渋滞都市となっているようでした。道路に自走式のクレーンがありましたが、もしかしたら地下の自動車道か地下鉄を作っているのかもしれません。



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 夕方にアムステルダムからユトレヒトに移動しました。

金曜の帰宅時間になってしまったので高速道路は混んでいましたが、5車線もありましたのでマシでした。1時間もかからずに到着して中心部に向かったのですが、まだ19時過ぎというのに雨のためもあってサミシイ感じがしました。歴史保全がされていそうな中心部を走っていたら、こんな現代美術のようなものを見かけました。

その正体は4方向から使える男性用のトイレでしたが、こういったものを見ると試してみたくなる性質ですので裏側の暗い場所で利用してみました。誰にも見られているわけじゃ無かったと思うのですが、街の中心部でしたので不思議な感覚でした。中央にフックがありましたので、中が一杯になったらクレーンで吊り上げて処理場に運ばれるのでしょうが、他では見かけたことが無いので本来は工事現場用かイベント用なのかもしれませんね。



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(2010/11/12(金) 23:59)

 早朝にドイツのアーヘンに着いてレンタカーで向かった先は…
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 夜行バスは夜明け前にアーヘンに到着しました。

降りたのは私だけでしたが、このベルギーやオランダ国境に近いドイツの小さな街に用事がある人は少ないのでしょう。私はパリのレンタカーオフィスでドイツナンバーの小型車を見つけられなかったので、西の国境で借りてから東の国境で返すという手法を選んだので消去法でアーヘンになったのですが、降ろされた場所が郊外のバス乗り場でしたから、夜明け前に中心部まで3kmほど歩く羽目になりました。市バスの始発を待つという手もあったのですが、ドイツのバスは高そうでしたので節約と健康のために寒かったのですが、歩いて行くことにしたのです。数時間後にレンタカーを借りたら、また歩かないようになりますしね。

大聖堂あたりの中心部まで行けばマクドナルドなどのファストフードの店がやってるだろうと思ったら、開いてたのは早起き市民のためのパン屋さんだけでした。その中で長居ができそうな雰囲気の店を選んで入ってみたのですが、1.99ユーロのミルクコーヒーが値下げされて1.69ユーロ、そしてニンジンサラダと薄い茹で玉子が乗ったオープンサンドが0.99ユーロと日本並みの値段でした。「イケアならコーヒーのお代わりもできて2ユーロくらいかな…」と想像にながら食べたのですが、アーヘンの近郊にはイケアが無いで妥協せねばならなかったのです。



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 明るくなってからアーヘンの街を散歩してみました。

古い駅舎の中央駅に行ってみたらマクドナルドがあり、その前で仮装した人たちが談笑しながら朝からビールを飲んでいました。後に行った大聖堂近くの観光案内所のお姉さんによりますと、春のカーニバルを半年前から祝う初日だったみたいで、私がイギリスのリバプールなどで見たハロウィーンの仮装とは別物のようでした。

どこのパン屋さんにも並んでいたパイプを銜えたウェックマンというおじさんのパンは、このシーズンだけ子供向けに発売されるものということでした。貧乏な人たちにお金や服などをあげていたという善意の塊のような人をモチーフにしてるみたいでしたが、パイプの部分は食べることができない素材で作られているとのことでした。



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 レンタカーを借りる手続きはかなり簡単でした。

イギリスのスタンステッド空港じゃ携帯電話の番号が2つ必要だったり、書類にいくつも署名させられたりしたものでしたが、ドイツではクレジットカードのサインさえも不要でしたので驚かされました。スーパーのレジの用紙みたいな紙切れとカギを渡され、「あなたのフィアットは裏の8番に停めてありますから…」とダメージのチェックさえも省略されていたのです。念のために車を一周してキズをチェックしてみたのですが、気になる箇所はありませんでした。

メールチェックなどを済ませた後にすぐに高速に乗り、オランダ国境を超えてマーストリヒトの街に行ってみました。以前はすごく小さな街だったと記憶していたのですが、駅は昔と変わらず小さなままでしたが、中心市街地は拡大していて複雑になっていました。それだけ人々の生活スタイルが多様化したということでもあるのでしょうが、まだ高層ビルは景観条例でもあるためか皆無でした。




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 隣のベルギーのリエージュの駅は近代的でした。

このTGVの駅は深夜バスがリエージュで2人の客を降ろす時にも窓から見たのですが、かなり巨大で近くに行ってみると迫力がありました。ヨーロッパの駅には改札が無いので誰でも自由にプラットホームに行くことができますのでエスカレーターを上がってみたのですが、最上部からの眺めも壮観でした。

リエージュの市街地も広がっていたのですが、やはり本日のいちばんの成果はコレでした。ヨーロッパは相変わらずガソリン代が高いことからドイツから西に戻るのは止めておこうかと考えたこともあったのですが、やはりベネルックス側にドライブして正解でした。ちなみに今回はあまり期待できないルクセンブルグには行かないことにしました。行ったら何かあるかもですが、少し離れていますからね。



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 次のブリュッセルに行く途中にイケアがありました。

ランチはドライブしなからサラミやチーズで済ませたところでしたので、何か甘いデザートとコーヒーをと高速を降りて行ってみたのです。しかし駐車場がガラガラでしたので、「雨だからかな…?」と思ったら休みだったのです。ドイツのアーヘンの観光局では今日は平日だということでしたが、ベルギーでは休日だったようで大型店は休むことが義務付けられていたのでしょう。

18時前にはブリュッセルに到着したのですが、休日のせいもあって街はまったく活気がありませんでした。EU本部周辺にはいくつか新しいビルが建っていましたし、周辺にも街が拡大していて変化は感じられたのですが、雨の中を自動車から降りて歩き回りたいと思わせるものはありませんでした。



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 ブリュッセル郊外の大型店はすべて休みでした。

ランチに食べたサラミやチーズの残りはありましたが、夜も同じものじゃイヤでしたので次のアントワープに期待することにしました。高速を飛ばして20時過ぎに到着したのですが、街は静かで真夜中のようでした。もちろんテーブルにキャンドルが置いてありそうな高級レストランは営業していたのですが、カジュアルなスナックを出す店はなかなか見つからなかったのです。

「最悪の場合はガソリンスタンドのサンドイッチかな…」と考えながらドライブしていたら、ある路地で営業中のテイクアウトの店を発見しました。対面式の冷蔵ケースの中にソーセージなどの素材が並べられていて、客が注文するとフライヤーに入れて揚げてくれる感じの店でしたが、温かいものなら何でも良い気分でしたので助かりました。

さすがに国際都市のアントワープでしたから店員も普通に英語が通じましたので、「メニューは読めないんだけど、何かオススメは…?」と訊いてみたら、いろんな種類の揚げ物のミックスというのを提案されました。それとビールで4.20ユーロもしたのですが、夕食難民にならずに済んだので良かったかもしれません。しかし見た目には色も形も違った練り物でしたが、味はほとんど同じだったのが残念でした。



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(2010/11/11(木) 23:59)

 フランス最終日に日本円を両替して向かった先は…
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 雨続きのパリも最後にようやく晴れてくれました。

今晩のドイツ行きの夜行バスの予約は済んでいますので今日はゆっくりできるのですが、せっかくの晴れ間でしたから午前中は近所の散歩を兼ねて日本円をユーロに両替しておくことにしました。まだ現金の余裕はあったのですが、明日からのドイツは同じユーロですし、観光客も多いパリは両替率も悪くないはずですからね。

あえて歩いたことが無い細かい路地を選びながら馴染みの両替店に行ってみたら、先週は10000円が86ユーロだったものが86.50ユーロに上がっていました。つまり1ユーロは116円くらいの計算になるのですが、前回の180円近かった両替率が悪かった時期の残りがありましたので、これからこのブログでは1ユーロは120円で計算することにします。面倒ですから100円になってくれると嬉しいのですが、円が上がる要因はもう無いでしょうから来年にかけて円は下がりそうな予感がします。いつも当たらないですけどね?。(笑)



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 友人とランチの約束をしたので事務所に戻りました。

その途中の交差点で3輪自転車を見かけたのですが、このタイプは初めてでした。日本で駐車禁止の取り締まりが厳しくなってから宅急便のお兄さんが似たような仕組みの3輪自転車で配達したりしていますが、パリのヤツはどことなくデザインがお洒落な感じがします。

まあパリは中心部に石畳の道が残っていたりしますが、最近はべリブが増えたので自転車道の整備も進んだことから、このような3輪自転車での配送は理に適っていると思われます。マンガやアニメが好きな慢性的に運動不足なフランスのOTAKU青年が新作を買うためのアルバイト先としては最高じゃないでしょうか。(笑)



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 お昼は近所の韓国料理店を試すことにしました。

友人がランチメニューの豆腐チゲを選びましたので、私は石焼ビビンバにしてみました。ランチには3種類の前菜からひとつを選べるようになっていましたので、小さな皿に巻き寿司が3個乗っているのを注文したら味噌汁が付いてきました。韓国風の金属のスプーンと箸で味噌汁をいただいたのですが、ちょっと違和感がありました。ちなみに豆腐チゲのランチセットは12ユーロ、石焼ビビンバのランチセットは11ユーロでした。韓国レストランの定番のキムチなどの小皿は4種類と少し少なめでした。

前菜を食べ終えるとメインが運ばれてきたのですが、石鍋が良い感じに熱々になっていて美味しそうでした。韓国系の店員さんがフランス語で「良く混ぜてお食べください」と言ったと思うのですが、私はまず別々の素材を味わおうかと考えていました。しかしそれを慣れていない客だと思われたみたいで、奪い取るように強引にかき混ぜはじめました。店員さんの親切心からの行為だから黙って見ていましたが、本心は好きに食べさせてくれという感じでした。味がすべて混ざってしまうと私は途中で飽きてしまうことがあるからでしたが、途中で辛さを足して最後まで美味しくいただくことができました。



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 街角にこんなプロパガンダが貼ってありました。

サルコジ大統領が何かにノックアウトされているということらしいのですが、フランス語が難しくて友人も良くわからないということでした。最近のトピックスとしては高校生がストをしたという年金問題あたりかなと思うのですが、外交での失敗をなじられているのかもしれません。私はサルコジ大統領は日本の首相に較べれば外交面ではいやらしいくらいに上手くやってるように見えるのですが、どこの国でも最高責任者は風刺の的になるようですね。

しかしこの画像にはフォトショップなどで目のあたりに手が加えられているわけじゃないみたいですが、本当に3ラウンドくらいでKOされた弱っちいボクサーのように見えます。このポスターを作った人はサルコジ大統領の写真を見ていて、ハッと閃いたのかもしれません。座布団1枚差しあげたい気分です。(笑)



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 午後からパリの市役所に行ってきました。

偶然に今日からアンドレ・プットマンさんの展示会が無料開催ということでしたので、パリの最後の日にふさわしいと思って出かけたのです。BHV前のリボリ通りからこの威圧的とも思える大型看板が見えたので、すぐにここが会場入り口というのはわかりました。しかし初日のためか、あるいはアンドレ・プットマンさんの厳しい指導があったためか、会場は入場者数の制限が厳しくて40分ほど寒空の下で待たなければなりませんでした。

展示の方は過去の一連の家具や最近の海に面した別荘など彼女のデザインの集大成といった感じのもので、なかなか面白かったのです。私は彼女のデザインはちょっと上品過ぎて苦手なタイプではあるのですが、世界のインテリア業界、特にホテルの内装のデザインに与えた影響の大きさには敬服しています。しかし私は知らなかったのですが、香港には彼女の名を冠したホテル・プットマンというのがあるそうです。次回にでもチェックしてみたいものです。



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 ここはパリの市役所の前の石畳の広場です。

右の夕陽が当たって少しオレンジ色に染まっているのが市役所の建物で、その左の建物の上に旗がなびいているのが老舗のBHV、そしてメリー・ゴー・ラウンドの向こうにチラリと見えるのがポンピドー・センターです。それでは右下の不思議な形のものはというと、日本のショッピングセンターなどでお馴染みのふわふわではなくて、可動式のエアー・テントでした。

中では少年少女がフェンシングの練習に励んでいましたが、今はどこかで国際的な大会をやってるようですね。そういえば最近のネットのニュースで日本人のオリンピック・メダリストが活躍してる話を見かけたような気がします。これまで日本人とは縁が無かったスポーツが注目されるのは悪い話じゃ無いと思うのですが、ここの練習風景を見てると日本との根本的な生活レベルの差を痛感させられます。フェンシングは基本的に金持ちのスポーツですからね。



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(2010/11/10(水) 23:59)

 リヨン駅近くの7社のレンタカー会社をハシゴしてみたら…
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 今日はドイツに向けて出発する予定でした。

2年前にヨーロッパ旅行をした時にオーストリアのザルツブルグでドイツナンバーのホンダのシビックを借りてフランス国境近くで返却して交通費を節約したことがあったので、その方式がパリからも試せないかと思って午前中にリヨン駅近くのレンタカー会社に出向いて訊いてみることにしたのです。

さすがに外国人旅行者が多い主要駅の近くでしたから、レンタカー会社は英語が堪能な社員が配備されていて楽でした。まずはリヨン駅の1階にあったSIXTに行ってドイツナンバーの車が無いか、またそれを無料でドイツ内で乗り捨てできないかを訊いてみたら、「それは可能でドイツナンバー車はあるけど、すべて予約が入ってる」ということでした。空港はドイツナンバーの車が多いということで電話で聞いてもらったのですが、木曜からフランスは連休になることもあって空いてる車は無いということでした。

それでリヨン駅とブリッジでつながったビルの2階に並んでいたレンタカー会社をハシゴしてみることにしました。結果はほとんどがダメで、エイビスがドイツナンバー車はあるけど大型車だし乗り捨て料金が75ユーロかかるということでした。そんな金を払うくらいならバスでドイツに行った方がマシだと今回はあきらめることにしたのですが、次回があるとすれば早めにSIXTに予約を入れようと思いました。



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 リヨン駅の帰り道にWホテルを見かけました。

日本のファッションホテルみたいな内装で北米で人気のホテル・チェーンがついにパリにも進出したのかと驚かされたのですが、その外観は普通の建物の1?2階は事務所風に見えますので不思議な感じがしました。まあパリの場合は中が迷路になっていて裏手の建物に通じていたりすることもありますので、これもそんな驚きが隠された物件なのかなと思いました。

しかし友人の事務所に戻ってWホテルのウェブサイトをチェックしてみたら、パリはオペラ界隈に2011年7月1日にオープン予定となっていました。そのための準備オフィスかなとも考えられるのですが、名前が同じだけのまったく違う経営のホテルなのかもです。しかしWホテルのウェブサイトを見て驚かされたのですが、いつの間にかアジアやヨーロッパにも支店を増やしつつあるようでした。既に日本にはスターウッド・ホテル&リゾート系列のシェラトンやウェスティンホテルは10件以上ありますので、日本進出も近いのかもしれません。



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 パリも最後の日ということで、ランチに出かけました。

泊まらせていただいてる部屋はミニキッチンもあり、電気式のコンロも買っていただきましたので節約のために自炊をしていたのですが、最後くらいは外食をということになり近所のカフェに行くことになったのです。食べたいものを訊かれましたので、「昔のパリにあったみたいな地味な料理を出すカフェ!」という希望を伝えたのですが、もうほとんど絶滅しているということでした。

友人の知る範囲でいちばん私の希望に近い、古くから営業していそうなカフェに行ってみたのですが、店の内外装や雰囲気は20世紀的で悪くありませんでした。今日のランチメニューから前菜はヤギのチーズのサラダ、そしてメインは牛タンを選んでみたのですが、出てきたものは21世紀的な雰囲気のものでした。付け合せのカリフラワーのグラタンも美味しかったですし悪くなかったのですが、「青春プレイバック」することはできなかったのです。食後の小さなカップのカフェが昔のままだったのでかなり救われました。



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 思わぬ所で「青春プレイバック」することができました。

パリの街で偶然に20世紀に乗っていたバイクと再会することができたのです。日本でもフランスでもそれほど売れたモデルでも無いと思いますので、現在も現役で走ってるものは滅多に見かけることがありませんから私にとっては嬉しいサプライズでした。

偶然にも私が選んだバックミラーとそっくりなものに取り替えてありましたし、大事に乗ってるような感じがしましたので好感が持てました。撮影している時に「私のバイクに興味があるの?」とアンジェリーナ・ジョリーみたいな皮のツナギを着た女性が声をかけてこないかと妄想しちゃいましたが、もちろんそんなことは起こりませんでした。(笑)



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 探していた店が意外と近くにありました。

数日前にこの店の紙袋を持ち歩いている女性を見かけましたので、どんな店なのか興味があり探していたのです。私は雨の合間を狙ってiPod touchの詳細な地図を頼りにあちこち歩き回っているのですが、これまでこの店を見かけることがなかったのです。別に買い物したいわけじゃありませんでしたので、検索して調べようというわけじゃなくて、偶然に出会えば良いと思っていたら友人の事務所の近くにあったのです。

福岡のパルコで見たようなMUJIのコスメ専門店みたいな感じかなと想像していたのですが、店内は普通の街の類似点と似たようなものでしたからガッカリでした。もうひとつ友人からべリブの自動車版があると聞いたので探しているのですが、まだスタートしたばかりのようで、どこを歩いても見かけることがありませんでした。我慢できずに検索してみたら、オートリブという名前で、駐車場は地下にあるようでした。私はべリブみたいに路上に置いてあると思って探していたのですが、どうりで見かけないわけですね。



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 夕食は残り物を総動員した炒飯にしてみました。

今日はあちこち探してみたものの、ドイツナンバーの割安なレンタカーを見つけることができなかったので深夜バスでドイツに行こうと考えていました。バス会社のウェブサイトでは2010年だというのに当日の予約ができませんでしたので友人に電話で予約だけしておいて、バスに乗る前に窓口で支払うことができないかを訊いてもらったら、何と火曜日の夜はドイツ方面はベルリン行きしか出ていないということだったのです。それで夜行列車も調べてもらったのですが、金持ちの老夫婦がのんびり旅行するような寝台車しか無いみたいでした。最近はLCCの飛行機に押されて、夜行のバスや列車での旅行をしようという人は激減してるのかもしれません。

それでパリにもう1泊させてもらって、明日の夜に出発するドイツ行きのバスに乗ることにしました。なぜかクレジットカードでの決済ができずに時間がかかってしまったのですが、明日のバスもドイツでのレンタカーの予約も終わりましたのでボルドーワインを飲りながら炒飯を作っていただきました。不味いカルフールの米も炒飯にすれば美味しくいただくことができたのですが、それはマレーシアで購入しておいたフライドオニオンのおかげでもありました。かなり軽くて便利な食材ですので、日本に帰る前にクアラルンプールのカルフールで購入予定です。お土産に欲しい方はコメントかメールしてくださ?い。



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(2010/11/09(火) 23:59)

 雨の月曜日にトラム工事渋滞の中をドライブした先は…
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 ようやく森の家のカギの管理者と連絡が取れました。

それでランチ後に雨の中を友人の車で出かけてみたのですが、途中のサンドニの中心部ではトラムの工事が始まっていて渋滞していました。看板には2010?2011と書いてありましたが、もうかなり完成に近いような感じでしたので、2011年の春頃には一番電車が走り出すことになるのかもです。

工事はぺリフェリックのあたりとはずいぶんと離れた所から始まっていたのですが、パリの中心部へ向かうメトロの駅と乗り換えができなければ意味が無いと思われます。ですから今回の工事は第一弾で、第二次プランでワールドカップが開催されたサッカースタジアムあたりまで延伸することになるのかもしれません。



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 渋滞を抜けて田園地帯を走るとこんな光景が現れます。

フランスの田舎を走ると町の入り口に十字架が現れることが多いのですが、これもそのひとつなのでしょう。しかしたいていは鋳鉄製の十字架が多いのですが、ここはムーミンに出てくるにょろにょろみたいな細長いデザインのもので温かみがありました。

実は友人の自動車にはカーナビが付いていたのですが、日本製のヤツと設計思想が違うのでずいぶんと混乱させられました。まだ英語のガイドでしたのでマシでしたが、ランナバウトで早めにアナウンスされていましたので2回ほど道を間違えてしまいました。それでカギの管理人さんを待たしているのに遅刻してしまいました。



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 カギの管理人さんは優しそうなおじさんでした。

私は約束の時間より30分以上も送れたのにイヤな顔ひとつせずに暖かく迎えてくれました。しかし英語はまったく理解できない人でしたから困りました。知りうる範囲のフランス語でなんとか挨拶を済ませてヤボ用を済ませたのですが、その途中でついつい出てしまったスペイン語の単語に食いついてきました。

どうやらおじさんはポルトガルからの移民みたいで、スペイン語が母国語に似ていたので懐かしくて嬉しかったみたいでした。最後にお礼を言って帰ろうとしたらカフェに行こうと誘われたのですが、間が持たないと思って「時間が無いから…」とウソをついて辞退しました。私はスペイン語を理解する人ならご一緒したと思うのですが、ポルトガル語はオブリガード(ありがとう)とシルベージャ(ビール)しか知りませんでしたから無理だったのです。(笑)



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 森の家の近所のカルフールで買い物をしました。

前回はパリの友人の事務所の近くのフランプリで1.50ユーロくらいの最安値のワインを買って悪酔いしたのですが、ベルビルのベトナム料理屋で友人たちと食事をした時のアドバイスを元に今回は2,98ユーロのボルドーにしてみました。ちゃんとボトルの底の部分が凹んでいることも確認した上で購入したのですが、アタリかハズレかは飲んでみるしかないのですけどね。

その他にカルフールブランドの安いビスケットと、パリでいつもお世話になっている方へ12缶パックのビールを購入したのですが、今日は自動車ですので運ぶのは楽チンでした。いろんな物価が日本より少し割高な感じがするフランスですが、ワインやビールなどは日本より安いので毎日飲んでしまいがちです。以前に何かで1日に少量の赤ワインが健康に良いという話を読んだことがあるのですが、たしかに最近はぐっすり眠れるような気がします。



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 森の家の帰りはこんな光景を目にすることができます。

サッカーファンの方にはお馴染みの1998年のフランス・ワールドカップのスタジアムですが、近くで見ると巨大で存在感があります。以前は何も無い所にぽつんと作られた感じでしたが、今ではパリ方面からこのスタジアムに続くA?1高速道路沿いには著名な国際企業の本社ビルが建ち並ぶようになりました。

ロワシーのC・ド・ゴール空港にも近く、環状道路のぺリフェリックにも近いので、通勤にも外出する際にも便利な立地だけに集中することになったのでしょう。それに副都心として開発されたデ・ファンスに空き地が無くなったということも理由なのかもしれません。もうひとつは地上を走るトラムが近い将来にぺリフェリック沿いにパリの外周を環状に走るようになるという読みもあるのかもしれません。



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 陽が暮れる前にパリへ戻ることができました。

慢性的な渋滞が深刻なパリですが、帰宅渋滞とは逆方向ですからマシでした。感度が悪いリモコンで駐車場の自動扉を開け、初心者のドライバーならビビりそうな細い通路を下って車庫入れしたのですが、内側からリモコンで開けようとしても反応しませんでしたから焦りました。その駐車場のドアには街の公衆トイレにあるような非常用の脱出レバーがありませんでしたからね。リモコンを叩いたり暖めたりして5分ほどかかってなんとか反応してくれたのですが、誰か次の人が来るまで出ることができないかと心配しちゃいました。

自動車のカギや憎きリモコンを事務所に返却して表に出てみたら、すっかり陽が暮れていました。そこで見かけたのがこの懐かしきアップルのデスクトップのPCでした。この初代iMacはたしか最初は178000円だったと思うのですが、パリの街角に捨てられているとまるで高級な現代アートのようでした。(笑)



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(2010/11/08(月) 23:59)

 残り物の鶏の漢方鍋にシュレッド・チーズを乗せてチンしてみたら…
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 せっかくの日曜なのに朝から雨が降っていました。

こんな日は森の家までドライブしたかったのですが、相変わらずカギを持ってる管理人と連絡が取れなくてダメだったのです。雨が影響しないパリ郊外の大型のショッピングモールに出かけようとも考えたのですが、フランスは小売店保護のために大型店は日曜はお休みでしたからこれもダメでした。友人のオフィスは大口の契約でネット電話で日本の固定電話には無料でかけることができるということでしたので、めったに使わなくなったアドレス帳を開いてあちこちにかけてみました。パリからの国際電話の理由を何度も説明するのは面倒でしたが、古い友人たちとの会話はなかなか楽しい一時でした。

喋り疲れて遅いランチにすることにしたのですが、残り物の鶏の漢方鍋を食べてしまわねばなりませんでした。もう鶏はまったく原型が無くなっていたので、トマトや玉ネギをたくさん入れて味を変えてしまうことにしました。最後にシュレッド・チーズを乗せてチンしてみたら、アルザス地方の田舎料理風になってくれました。黄色いご飯は美味しくなかったのですが、野菜炒めなどがずいぶんとフォローしてくれました。



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 午後に雨が止んだのでマレ地区を散歩しました。

今日もiPod touchの詳細な地図を頼りにこれまで歩いたことが無さそうな小さな路地を選んで歩いてみたのですが、観光案内所で配ってる紙の地図では割愛されるような路地まで網羅されているので非常に助かりました。これまでの街歩きでは道を間違えて遠回りしたりすることを恐れて、ついつい知ってる無難な道を選んでしまっていたのですが、iPod touchがあれば迷うことがなくなりますので、知らない道もどんどん歩けてしまうのです。

それで思わぬ発見をすることも何度かあったのですが、知らない道ではこんな路上アートに偶然に出くわすということもありました。前もって用意されたステンシルとスプレーでほんの数秒で出現してしまう作者不明のアート作品でしたが、赤いヒールの靴の女性のシルエットがパリの街に合ってると思えました。



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 パリの路上のあちこちにこんなトイレが設置してあります。

かつては1フランを入れて入る仕組みだったと記憶しているのですが、現在では無料になっていました。このおじさんは初めてだったようで、説明文を読みながら首を傾げていました。英語の表記もありましたので、私がそれを読んでおじさんに使い方を教えてあげようかと思ったのですが、親切な人に先を越されてしまいました。

マレ地区からの帰りに私も使ってみたのですが、フラッシュボタンを押しても水が流れなかったので不安になりました。まあ人間が外に出たら便座が奥に引っ込んで強力な水力で洗浄されてしまうシステムでしょうから問題は無かったと思うのですが、わかっていてもちょっと不安になりました。それともしも停電になったら閉じ込められてしまうのかもと不安になりましたが、さすがに非常灯が点灯してドアの内側のレバーを操作することにより脱出できるようでした。



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 マレ地区の外れにはユダヤ色が強い通りがあります。

細い路地の両側につぶした豆を丸めて揚げた小さなコロッケ風のものを5個ほど野菜と一緒にピタブレッドに入れたファラフェルというファストフードを売る店が立ち並んでいて、10人ほどの行列ができている店もありました。私も以前は10?12フランくらいでしたので、よく食べていたのですが、今回はどこもベーシックな安いものが5ユーロと法外な値段でしたので手が出ませんでした。

これは東京や札幌の800円くらいするラーメンと同じで、原価を考えたら利幅が大き過ぎると思うのですが、どちらも行列が途絶えない限りは値下げされることは無さそうです。まあファラフェルはこれから先のトルコあたりで割安に食べることができるでしょうし、もしかしたら本家のイスラエルで口にできるかもしれません。ですからパリの観光地プライスのファラフェルなんて「地獄に落ちやがれっ!」といった感じでした。(笑)



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 フランスは独特のコミックやアニメ文化があります。

マレ地区の小さな書店の前にこのコミック版のドラキュラの飛び出す絵本が売ってあったのですが、定価の20ユーロが半額以下の8ユーロということでしたので心が動かされました。しかし考えてみたら1000円弱という高さでしたし、日本に帰る時には余計なお金がかからないように手荷物を7kg以下に抑えることにしていますので、余計なものを買う余裕はまったく無いのです。

最近はインターネットで何でも手に入る時代ですから、よほどの希少品以外は日本でお金さえ出せば入手できるので、「悩んだら止めておく」というのが鉄則だと思います。21世紀になったあたりから旅行の際の指針にしているのですが、そのおかげで荷物がずいぶんと減りました。もちろん旅行先やシーズンによるのですが、最近は7kg以下になるように心がけています。



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 パリにもスーパードライストアの支店がオープンしてました。

スーパードライといってもビールではなくてイギリスのファッションブランドなのですが、今年の1月のオーストラリア旅行中にもたくさん見かけたのです。ロゴの上に「極度乾燥しなさい」という不思議な日本語が付いているので印象に残ったブランドなのですが、まさかドーバー海峡を渡っているとは思いませんでした。

パリの店はずいぶんと小さなものでしたが、イギリスの郊外のショッピングモールでは大型店ばかりでしたので、もしかしたらパリ郊外のモールには大型店があるのかもしれません。まさか日本に進出することは無いと思うのですが、韓国には出店したらしいので実現するかもです。でもその場合は日本語を消し去るのでしょう。(笑)



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(2010/11/07(日) 23:59)

 久しぶりの雨のパリ、予定が狂って室内で修理したものは…
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 パリでは早朝から雨が降り続いていました。

本日は友人の自動車で郊外のロワシーのイケアで朝食を食べてから森の家に行く予定でしたが、カギの管理者と連絡が取れなくて断念せねばなりませんでした。観光客泣かせの雨でしたが、自然には勝てないから仕方が無いと近所のカフェで美味しいコーヒーを飲みながら週末の朝をまったりと過ごしました。実はパリのカフェでコーヒーを飲むのも10年ぶりくらいだったのですが、横では朝からワインを飲んでるおじさんがいたりして、たまには悪くないなと思いました。

カフェから戻って友人の古い照明器具の修理をしたのですが、これがなかなかやっかいでした。普通に使っていたら電球が破裂したということでしたが、分解してみたら根元の部分が黒コゲになっていたのです。どうやらどこかから水分が浸入してショートしてしまったみたいでしたが、そこ焦げた部分をドライバーでキレイにしておきました。ついでに電球ソケットも古い挿し込み式のものから新品のネジ式のヤツに取り替えておきました。これで大丈夫なはずですが、故障の原因がどこからかの漏水だとすると元を修理しなければ再びショートすることもあり得ます。歴史ある古い建物で古い器具を使い続けるにはそれなりの覚悟が必要なようですね。



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 パンの自動販売機らしきものを見かけました。

近くのスーパーのレジの手前に置いてあったのですが、近所の常連さんで朝からバケットだけを買いに来る人が多いというわけなのでしょう。かなり大型の機械でしたが、取り出し口は縦でしたのでお金を入れると単にストックからベルトコンベアーのようなもので横移動させるだけのシンプルな構造だと推測できます。

この自動販売機がいつ頃からあるのかは知りませんが、他では見たことがありませんので新しいのかもしれません。日本人の感覚だと道路に面して置いてあれば閉店後も買えて便利だと考えるのでしょうが、パリの中心部でも深夜にお金が入ってる機械を路上に置いておくのはヤバいので店内に設置してあるのでしょう。いくら自動販売機を頑丈に作っても、何とかこじ開けようとチャレンジする悪い奴らがパリには多そうですからね。(笑)



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 パリでも最近はBIOの看板を良く見かけます。

WiFiをウィッフィと発音する国ですから、BIOはバイオではなくてビオとなるようです。要するに有機食品や健康食品などを扱う日本で言えばナチュラルハウスのような小型のスーパーが増えているようなのです。たいていは無農薬素材で作ったサンドイッチなどの軽食を用意していて、店先のイスに座って食べることもできるようです。

パリは大都市ですからBIOの店が増えることは当然だと思うのですが、大型チェーン店は存在しないみたいで家族経営的な小型店が多いので、その品揃えや品質にはバラつきがありそうです。偏見かもしれませんが、フランスの有機食品の基準はグレーゾーンが多いような気がしますし、利益優先でBIOの範疇に入らないものまで紛れ込んでいるように思えるのです。



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 パリには各地から新線な魚介類が集まってくるようです。

現在お世話になっている友人の事務所の近くの部屋には小さいながらもキッチンがありますし、先日コンロも買いましたので何でも料理できるようになったのですが、魚介類はけっこう高くて手が出ないのです。まあこの先のドイツで海の近くに行くことがあれば地元価格の海の幸を楽しむことができるかもですし、年末に帰国するのはクアラルンプールからと決めましたので、もしも最後にお金が余ったら物価が安いマレーシアで魚介類をたくさん食べようと考えています。

それにマレーシアに行く前にタイのビーチリゾートあたりでのんびりすることだってあり得ますので、その時にたくさん食べれば良いわけですしね。バッグの中には日本のスーパーで貰ってきた醤油やワサビの小袋もいくつか入っていますので、タイやマレーシアの海沿いの町で新鮮な魚が売っていれば刺身を作ることだってできますし。



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 パリのメトロの雰囲気がほんの少し変わっていました。

到着駅を知らせる電光表示は前からあったと思うのですが、3つに別れたステンレスのバーにブルーのLEDのライトが付いたのは最近のことじゃないかという気がするのです。しかし私は2008年に来仏した時には友人の自転車を借りて走り回っていましたので、メトロには乗らなかったのです。その前はユーロになる前だったと記憶していますので10年以上も前ですから記憶が怪しいのです。

まあLED導入の時期は置いておくとして、地下鉄の電車に間接照明やLEDを仕込むところにフランスらしさを感じました。パリのメトロはそれほど新しい駅やラインが増えているわけじゃありませんが、現在は14路線で約300の駅があり、どこまででも1.60ユーロの均一料金で行くことができて便利なのです。ちなみに私は日本を出る前に友人から10枚綴りで11.60ユーロのカルネの残りをいただいてきたので、今回は電車代は1ユーロも使っていません。



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 これは昨晩の残りのデザートと正体不明の米です。

カルフールに行った時に大量生産された1kgで4ユーロのフランがプロモーションで半額になっていたので、ついつい安さに負けて購入してしまったのです。私は世界中のカルフールで似たようなホールサイズのケーキを買っていますので、これも見た目のわりには味はたいしたことが無いことは充分に想像できました。

それでクオリティの低さを誤魔化すためにダノンの生クリーム入りのプリンを買ってみたのですが、これを乗せると単体で食べるよりかなりマシになりました。ダノンのプリンは4つ入りで1ユーロで安売りされていたのですが、10人分ほどありそうなこれだけの大きさのデザートがたったの3ユーロということになりました。

この右のカルフールブランドの米も1kgで1ユーロちょいでしたから安かったのですが、これは買って大失敗でした。どこの国の米なのかわからなかったのですが、カルフールはアジア各国に進出していますので独自ルートで安いのだろうと考え、パッケージの写真を信じて衝動買いしたのです。しかし箱を開けたら中身は黄色い米でしたし、炊き上がりもパッケージとあきらかに違うのです。今回は安さに負けてしまいましたが、これを教訓に今後は多少高くてもビニールパッケージで色や形が確認できるものしか買わないことに決めました。



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(2010/11/06(土) 23:59)

 ベルビル近くの家電量販店で2口のコンロを買って作ったものは…
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 今朝はベルビル近くの家電量販店に行きました。

そこで悩んだ末に49.90ユーロの2口のコンロを買ったのですが、それは中華食材屋で購入したものを調理するためでした。高級感があるしっかりとした作りの1口タイプのものが45ユーロだったので、それでも良いかなと思ったのですが、2口あるとパスタを茹でながらソースを温めたりできるので便利だろうと判断したのです。

これは現在お世話になっている友人の事務所のキッチンに置くために購入したのですが、これで電子レンジで調理する必要がなくなりますし、作れる料理の幅も無限になります。しかしフランスは200Vの電圧ですが、このコンロは電気調理器ですから火力が弱くて炒め物などには向かないのですけどね。ちなみに私が何を作ったかは今日のブログの最後に明らかになります。



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 料理の仕込みをしてリヨン駅方面に向かいました。

今日は以前から注目している、世界図書館などがあるセーヌ左岸の13区の再開発エリアをチェックすることにしたのです。いつものようにiPod touchの地図を頼りに今まで一度も歩いたことが無いような道を選んでセーヌに向けて南下していたら、子供たちの歓声が賑やかな小さな公園が現れました。そこには日本の公園にありそうな滑り台があり、女の子たちが楽しそうに遊んでいたのですが、こういった光景を見ると子供が増えているということを実感できます。

少子化問題に悩んだフランスは様々な優遇策を採って、その効果がこのように現れているのですが、なぜ日本の政治家たちは参考にしないのかと不思議でなりません。日本で少子高齢化の問題が指摘されるようになって20年くらいになると思うのですが、自民党政権下でも民主党政権下でも女性が複数の子供を産んで育てたいと考えるまでの政策は執っていないのが現実なのです。若い人口が減れば活力に乏しい社会になるのは当然ですから、これまでの政治家たちを税金泥棒と非難しても構わないと思います。特に歴代の少子化担当大臣の責任はかなり重たいと思います。



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 子供が増えているので玩具も売れるのでしょう。

リヨン駅の近くにあったモノプリの売り場をチェックしてみたら、マテル社のバービーのようなメジャーなものを中心にいろんなものが並んでいました。その中で面白いと思ったのがサンリオ製のキティちゃんのTシャツを着た女の子の人形と、この3頭身くらいの幼児向けの人形でした。この人形はロングヘヤーでしたし、付属品にヘヤケアグッズやヘヤー・アクセサリーなどがたくさんありましたので、髪をいじって遊ぶタイプのもののようでした。

欧米ではこれからクリスマスに向けて玩具がいちばん売れるシーズンなのでしょうが、不況の日本ではどうなのかなと気になるところです。もう大阪から出発して1ヶ月以上になり、ネットのニュースだけでは日本の現状がわからなくなっているのですが、帰国予定の年末にかけて変な事件が起きなければよいけどと考えています。



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 リヨン駅に立ち寄った後にC・ドゴール橋を渡りました。

世界図書館の階段を駆け上がってフランス通りまで行ってみたら、何度かお邪魔したことがある13区の再開発エリアを紹介する平屋のプレハブ建築がまだありました。建物に入ってみたら模型が新しくなっていましたので、「これは15区のヘルツォーク&ド・ムーロンの高層ビルのような画期的な新しい計画があるのかも…」と期待したのですが、わりと平凡なものしか予定されていないようでした。

この模型のいちばん手前の高速道路の近くでは数本の高層ビルが建つことになってるようでしたが、どこかで見たことがあるような普通のデザインとなるみたいなのです。まあフランス通りの横を走る線路の上に計画されている店舗と事務所の複合ビルなどが完成してしまえば、このエリアはますます賑やかになると思うのですが、世界図書館に匹敵するような大胆な発想のものが見当たらなかったのでサミシイ思いでした。もう残ってる空き地も少ないのですが、これで終わりだとすると失望しちゃうのは私だけでは無いと思います。



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 かつての製粉所の建物と周辺もキレイになっていました。

ここはかつて製粉メーカーのグラン・ムーラン・ド・パリ社の工場だったと思うのですが、他の建物は壊されたのにこの建物など数ヶ所だけが保存されてリノベーションされていたのです。どうやら学校として新しい役割を担ったようですが、こういった歴史ある建物で学ぶというのは羨ましい限りです。学校の帰りに世界図書館にだって気軽に立ち寄ることができるわけですしね。

この建物の周りは数年前までは雑草しか生えていない荒地でしたが、今では園芸の専門家が腕を振るった都市公園に生まれ変わっていました。ゆるやかなアーチの橋の上に立ってみたら、「何も無かった殺伐とした場末のエリアがこれだけ変化するものなのか…」と感慨深いものがありました。



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 夕方にベルシー2で買い物して帰ることにしました。

セーヌ右岸のペリフェリックの外側にベルシー2という不時着した宇宙船のようなシルバーのショッピングセンターがあり、その中にカルフールがあるのを思い出しましたので久しぶりに行ってみたのです。今晩の料理に使う野菜や米などを購入したのですが、大型店ですし場所が悪いですから中心部のスーパーより少し安いようでした。

ベルシー2を出たらすでに真っ暗になっていて、時計をみたら18時を過ぎていましたので慌ててメトロで帰りました。今日の午前中に鍋にマレーシアのカルフールで買ってきたインスタントの漢方鍋の素とチキンを1羽入れて弱火でとろとろになるまで煮込んできましたので、メインディッシュは完成したのと同然でしたが、前菜などはぜんぜん用意していなかったのです。

30分ほどで戻って、マッハで指でつまんで食べることができるアンティーブの前菜や空芯菜とモヤシの炒め物などを作ってテーブルに並べました。漢方鍋は予想外に薄味でしたので、塩コショウで味を調えたのですが、私が持っている調味料だけでは限界がありました。またアンティーブの中に入れてみたベトナム・ハムや中国製のピクルスも主張が少なくてものたりませんでした。トータルでは悪くは無かったのですが、調味料の重要性を痛感させられた夕食でした。



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(2010/11/05(金) 23:59)

 数年後のパリに誕生するであろう輝かしい建築物とは…
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 3日目のパリもそれほど寒くはありませんでした。

今日はサンジェルマン方面をチェックして、最後にイタリー門近くで中華食材を買うことにしました。それでその途中のバスチーユ広場の近くにあるパビリオン・デ・アーセナルという施設に寄り道してみました。ここはパリに来る度に必ずチェックする所なのですが、パリの再開発の歴史やこれからの計画を展示してあり、私のような工事現場が大好きなクレーンマニアにはピッタリの施設なのです。それに建築模型や完成予定のCGならフランス語がわからなくても楽しめますしね。

期待してドアを開けたら、中央の吹き抜けの下に以前にも見たことがあるパリ全土の模型が置いてあるだけでしたのでガッカリでしたが、そこにポツンと三角形の黄色いアクリル板が置いてあるのが気になりました。2階と3階の展示を見終えて、「今回はあまり収穫が無かったな…」と1階に降りてきたら壁に見たことがないピラミッドのようなビルのCG映像を投影していましたので見入ってしまいました。

そのビルはパリの環状線であるペリフェリック沿いにある国際展示場のあたりに建築されるもののようでしたが、ピラミッドを薄くスライスしたような大胆なデザインだったのです。壁面はほとんどがガラスのようで、建物のいちばん鋭角な部分は周辺に高い建物が無いのでかなりの絶景となるようです。CGの最後にHerzog & de Meuronの文字が出たのですが、それで「な?るほど、そうだったのか!」と納得できました。スイスに本拠地を置く著名な建築家のユニットの最新作だったのです。これで次回の楽しみが増えました。



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 パリの街にはこんな自動車が走り回っています。

これだけ見ると治安が悪そうですが、パリの中心部はそうでもありません。都市部の治安の良し悪しを判断する材料として、リュックのようなものを体の前にしているかで判断することがありますが、パリの中心部ではほとんどの通行人は体の後ろに背負っていることが多いので、それほど治安が悪くないことを物語っています。

この商業車は置き場所が19区あたりの治安が悪いエリアにあるので、こんな悲惨な状態になってるのでしょう。つまり夜間に白い車体の自動車は街のギャングたちの標的になりやすいのでしょうが、この商業車の持ち主は消してもすぐに書かれてしまうので、あきらめてほっておくことに決めたのでしょう。



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 ランチは2年前と同じべトナムサンドにしてみました。

サンジェルマンから南に30分ほど歩いたあたりに中華系やベトナム系が多く住むエリアがあるのですが、今日はそのマーケットに買い物をしに来たのです。そのついでにベトナム系のファストフード店で2.30ユーロのサンドイッチを購入したのですが、パリのランチとしては最低金額ながら、なかなか美味しいのです。

世の中には強国の植民地化政策で独自の文化が奪われたり、あるいは食生活を歪なものに変えらリされたことが目に付くのですが、このベトナムサンドに関しては植民地化政策が上手く作用した結果なのではないでしょうか。パリに来る度に食べたくなる不思議な魅力を持ったファストフードですが、今後も良い意味での保守性を前面に出して、この値段と味を守り続けていただきたいものでした。



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 パリの南部の方では路面電車が新たに作られていました。

先進的にべリブというICカードで貸りることができる大規模な自転車システムを始めたパリですが、他の都市に比べて地上を走る軌道式の交通網は無かったのです。パリは子供が増えて全体的に若返ってはいるものの老人が多く済む街ですから、メトロ網の拡充よりも路面電車の方が市民から熱望されているのでしょう。

私はまだ乗ったことが無いのですが、この路面電車がパリをぐるりと1週するような規模になれば試してみたいと考えています。例えばこの南部のイタリー通りあたりから路面電車に乗り、ラ・ビレットなどをかすめ、ペリフェリック沿いにある国際展示場のあたりに建築されるピラミッドのような高層ビルを見に行くといった感じです。またもうひとつ試してみたいのはスタートしたばかりのべリブ・カーですが、まだあちこちにあるわけではなくて現物を見たことは無いのです。



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 最近この冷凍食品の店を多く見かける気がします。

日本ではこういった専門店は無いと思うのですが、冷凍食品メーカーの直営店みたいで、日本でいえば加ト吉が自社製品だけを販売する店舗を持つようなものだと思います。パリ在住の友人も最近は増えてうるようだと言っていましたが、けっこう美味しいらしいのです。

パリは老夫婦も多いですし、保護政策で子供の数が増えた働くお母さんが料理をする時間が無いというのも理由なのでしょう。フランス人は合理主義者が多いですから、料理は週末だけと割り切って平日は冷凍食品をチンしたもので済ませているのかもしれません。かつてレ・アールがパリの胃袋と呼ばれていましたが、今ではあちこちに点在するこの店がそうなのかもしれません。(笑)



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 夕食はベルビルのベトナム料理屋に行きました。

実は今晩は3人でしたので、私にとっては初めてのベルビルの中華風の鍋を食べに行くる予定だったのですが、残念ながらその店が閉まっていたのです。それでタイ料理はという話になったのですが、私はヨーロッパの帰りにバンコクに立ち寄るかもしれませんでしたから、2008年にも行ったベトナム料理店に行くことにしたのです。ベトナムには数年の内には行かないはずでしたからね。

それで昼も夜もベトナム料理になってしまったのですが、ここのレストランは本格的でありながら庶民的な雰囲気でしたので問題ありませんでした。この画像は前菜にいただいた青いパパイヤのサラダと自分で巻いて食べる生春巻きなどでしたが、香草をたくさん入れてたらふくいただきました。最後にそれぞれにフォーのプティサイズを注文したのですが、ビール3本とワイン1本と合わせて全部で70ユーロほどでした。つまり1人あたりだと2700円ほどになる計算でしたが、物価が高いパリではこれでも安い方なのです。



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(2010/11/04(木) 23:59)

 2008年4月のユーロの通貨レートと比較してみたら…
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 パリ2日目もそれほど寒くはありませんでした。

ロンドンでのロングドライブの疲れがあったためか、あるいはパリの友人宅が路地の奥にあるためにパリ市内とは思えないほど静かなためか、ぐっすりと眠れてスッキリと目覚めることができました。時差ボケはほぼ解消したようですし、今日からはまたアグレッシブにパリの街の変化を見て歩くことにしました。まだ手持ちのユーロは余裕がありましたが、ドイツに向かう前に少し多めに両替をしてゆくことに決め、いつものようにオペラ方面の両替所でレートをチェックしてみることにしました。

いつもの店は10000円が86ユーロ、隣のこの看板の店は87.50ユーロと、2年前の60ユーロを切っていた時とは大違いでしたので嬉しくなりました。つまり1万円を両替すれば2年前より3000円以上も多く貰えるということなのですが、インフレの分がありますので単純じゃ無いのです。2年ではそれほど高くなってるわけじゃ無いのですが、日本みたいなデフレ社会は世界では稀な存在ですから注意が必要なのです。



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 オペラ座近くのアップルストアに行ってみました。

ギャラリー・ラファイエットにも近い一等地の元は銀行だったらしい古いビルをリノベーションしたもので、全体的な雰囲気は悪くありませんでした。しかしコベントガーデンの店を見たばかりでしたので、ちょっと物足りない感じはしました。エレベーターがガラス製の透明のヤツじゃ無かったのもマイナスポイントでしたが、最大の欠点は地下のトイレが自由に使えないことでした。

パリは2010年だというのに白衣を着た人間が座っている有料のトイレが多いのですが、アップルストアは無料だと思うのですが、青いTシャツのスタッフに申し出てカギを開けてもらう必要があるみたいなのです。ルーブルの店もトイレはありませんでしたが、世界企業のアップルはフランスの常識に縛られることがあってはいけないと思います。アップルストアはパリの郊外にもう1店あるのですが、はたしてそこはどうなのでしょうか?



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 オペラ座近くのユニクロにも行ってみました。

アップルストアから歩いてすぐの悪くない立地でしたし、規模もなかなかのものでフランス人にも人気のようでした。このパリの旗艦店は1周年を迎えたばかりということでしたが、ディスプレイがマネキンが回転するだけでしたので少し古臭く感じました。

私はこれでようやくニューヨーク、大阪、上海、ロンドン、そしてこのオペラ店と主要な旗艦店はすべて見たのですが、次の銀座の店がどれだけ進化するのか楽しみです。また中国製品が多いのに日本で買うのがいちばん安いみたいですから、年末や週末の特売価格なども楽しみなのです。今回は年末に帰国しようかと考え出したところですが、もしそうなったら冬服が少ないのでオープンしたばかりのミッドタウン店に行って掘り出し物を探すつもりです。(笑)



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 今日のランチはキッシュにしようと決めていました。

この枯葉散る季節に熱々のキッシュを食べながらパリの街を歩くのも悪くないと思ったのですが、オスマン通りにはサンドイッチを売る店ばかりで、キッシュを並べてる店は見当たりませんでした。それでプランタンの間の賑やかな通りにモノプリがあったことを思い出しましたので行ってみました。予想したように惣菜売り場には2,50ユーロくらいで数種類のキッシュが並んでいたのですが、電子レンジが無かったのであきらめました。

他を探そうかと出口に向かっていたら、レジ横のパン屋のガラスケースの中にキッシュに似たものが1.90ユーロで売っていましたので購入してみました。このパン屋には電子レンジがあったので、熱々に加熱してもらったのです。キッシュのような生地にツナペーストを塗って、スライスしたオリーブなどを乗せてオーブンで焼いた感じのものでしたが、ちょっとクリーミーさに欠けていましたし、ボリュームもありませんでした。日本では座って牛丼が食べることができる値段ですが、サンドイッチでさえ4ユーロくらいするパリではそんなことはとても考えられないのです。



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 久しぶりにシャンゼリゼ通りまで歩いてみました。

地価が高いためか顔ぶれに変化は無かったので退屈でしたが、この季節の散歩は悪くありませんでした。グランパレのあたりまで歩いたら観光案内所のブースがありましたので、日本語の地図をいただいておくことにしました。最近はGoogleマップがありますので紙媒体の地図はほとんど使うことは無いのですが、パリの広域の全体像を俯瞰したい時には便利なのです。

ちなみに今日はシャンゼリゼ通りにフランスと中国の国旗が並んでいましたが、中国政府の要人が滞在中なのでしょう。パリにも昔から中国系は多いのですが、街で新しそうな中国語の看板の店をいくつも見かけましたので増えているみたいです。まあ世界中の街で中国人が減ってるところなんて皆無だと思いますが、特にパリは目に見えて増えている感じがしました。



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 パリの街の顔ぶれは少し変わりつつあるようです。

これはモノプリの小型店舗のMONOPですが、若い都市住民向けに冷凍食品やお菓子などのスナック類が充実しているようでした。日本のコンビニのように料金を支払った後にチンして食べることができるイートインのコーナーもあったりして、周辺のカフェやファストフードの店にとってはイヤな新顔なのかもしれません。この他にもカルフール・シティというシックな小型店を見かけましたが、いちばん増えているのはル・マルシェ・フランプリという小型店でした。

また最近の傾向として、手前に飲み物や持ち帰り用の食材の冷蔵ケースがあり、奥に温かい料理を発注するカウンターがあるようなモダンなデザインのカジュアルな店が増えているようでした。つまりコンビニ感覚で飲み物だけ買おうと思って入ったら、美味しそうなスナックが目に付くのでついつい衝動買いをしてしまいそうな店で、店内の背もたれが無い椅子で食べても良いし、テイクアウトもできるというカジュアルな雰囲気の店です。これらの店は来日経験がある人の経営じゃないかという気がしたのですが、もしかしたらロサンゼルスでFamima!!の店舗を見て参考にしたのかもしれませんね。(笑)



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(2010/11/03(水) 23:59)

 久しぶりに英仏海峡を船で渡って辿り着いたパリで見たものは…
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 ちょうど日付が変わる頃にドーバーを出航しました。

バスがフェリーに乗り入れてすぐに乗客は階段を上がって船室へ向かうのですが、まだアジア時間が残っていた私は眠くて仕方がないので、寝心地が良さそうなソファを見つけるなり倒れこむように寝てしまいました。3時過ぎにカレイ到着を告げるアナウンスで起こされたのですが、その時間はアジアでは昼過ぎでしたのでスッキリと目覚めることができました。

ソファに忘れ物がないことを確認して免税店をチェックした後にバスに戻ることにしたのですが、私の反対側で寝ていたおじさんが枕持参の見事な寝姿でしたので撮影しちゃいました。おそらく週に何度もフェリーで英仏間を往復しているトラックの運転手なのでしょうが、ギリギリまで寝てるつもりのようでした。英仏トンネルができても物流はこういった人たちが支えているのでしょうね。



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 イギリス時間で6時前にパリに到着しました。

パリの時間は7時でしたが、まだ外は薄暗い感じでしたから、しばらく到着フロアからエスカレーターを降りた所にあった暖房が入った待合室でブログの更新などして気温が上がるのを待つことにしました。9時になってそろそろ大丈夫かと出口に向かってみたら、地下鉄の上の商業施設のビルのAuchanが営業中でしたので朝食になりそうな食材を買いに行くことにしました。

0.29ユーロの細めのバゲット、1.74ユーロのチーズ、そして0.36ユーロの量り売りのニンジンの3品でしたが、トータルでは300円を超えていましたでのでイケアの朝食に比べれば高くなってしまったのです。もちろんパリにもイケアの支店はたくさんあるのですが、すべて郊外型の店舗ですから歩いて行くことはできないのです。まあ近いうちに試す機会はありそうですが…



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 朝食後に1時間ほど歩いて友人の所に到着しました。

まずは熱いシャワーを浴びてスッキリして、マレーシアぶりの洗濯を済ませました。ランチはアジアを出てから1週間ほど経っていましたので何でも良かったのですが、約2年ぶりのパリでしたからフレンチのカフェ飯ということになりました。この落ち着いた雰囲気のカフェのランチは3種類ほどあったのですが、私はしばらく口にしていなかったサーモンの一皿を選びました。

フレンチにしては珍しく油でソテーした野菜の上に分厚いサーモンが乗った料理が運ばれてきたのですが、なかなか美味しゅうございました。欲を言えば生クリームがたっぷりのフレンチらしい一品を期待していたのですが、これはこれでアリかなと思いました。食後のデザートは季節のリンゴのタルトにしてみたのですが、それもフレンチらしくて悪くなかったのです。



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 ランチ後は近場だけを歩き回ることにしました。

まずはバスチーユ広場からリヴォリ通りを西に向かったのですが、改装工事中のサマリテーヌの前にやってきました。ここはLVMH系列になってリノベーションして人気だったらしいのですが、防火装置の不備のような理由で突然に閉鎖されたらしいのです。その後いろいろとあってSAANAの妹島さんにより改装されることになったらしいのですが、近いうちに湾曲したガラスを多用したモダンな店舗として再スタートして話題を集めそうです。

歴史あるサマリテーヌがどのように変わるかは非常に興味深いものですが、私の次回のパリ訪問の目玉となるのは確実です。良い意味で期待を裏切ってもらいたいものですが、その結果は数年の内にこのブログで報告できるはずです。



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 ルーブルの敷地内のアップルストアに行ってみました。 

アイ・M・ペイ氏のデザインのガラスのピラミッドは有名ですが、そこから100mほど西に逆さのピラミッドがある地下広場があって、そこに面してアップルストアが作られていたのです。ルーブルの地下ということで場所のわかりやすさは最高なのですが、今日は火曜でルーブルの定休日でしたので、ガラスのピラミッドから西に行った所から地下に降りなければなりませんでした。

ここはアップルストアとしては普通の完成度だったのですが、世界的に有名な美術館の地下ですからインパクトは強いのです。個人的にはアップルの担当者にもう少し頑張ってルーブル側と交渉をして地上部に出入り口を確保してもらいたいものでしたが、さすがのアップルでもそこまでは無理だったのでしょうか。(笑)



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 ルーブルからの帰りにレ・アールに立ち寄ってみました。

この場所にはかつては「パリの胃袋」と言われた巨大な食品市場があったのですが、25年くらい前に再開発されて地下に文化施設や商業施設が作られたのです。当時としてはかなり大胆な発想で話題となったようですが、さすがに老朽化が進んでイメージも落ちていたのです。それで数年前から新しい発想で再開発されるという話が持ち上がっていたのですが、ようやくプランが決定したようなのです。

この模型の中央部分にオープンエアの広場があるのですが、今回のリノベーションではそこに湾曲した大屋根をかけることになっているようです。最近は地球温暖化のためかパリも猛暑日になることがあるみたいですが、この大屋根は適度に空気が抜けるように設計されているようです。こちらは2013年とか2014年に完成する予定らしいのですが、こちらも次回の楽しみとなりました。



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(2010/11/02(火) 23:59)

 レンタカーを返却して9ポンドのバスで向かった先は…
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 今朝も早起きして、高速のサービスエリアへ向かいました。

メールチェックやブログの更新を済ませて、まだ空が薄暗い内にロンドンの中心部に向かいました。レンタカーを返すまで少し時間がありましたので、街中の様子を見ておこうと思ったのです。それでM11がそろそろ都心に向かう渋滞が始まりそうな頃合いを見計らって、逆にスタンステッド空港に向かって北上することにしました。ロンドンから離れる道路だからガラガラかと想像していたのですが、北に向かう自動車が意外と多くて返却時間より少し遅れてレンタカーの事務所に到着しました。

朝からバタバタしていましたし、どうせロンドンに向かうM11は渋滞してるはずですから、PCなどの充電をしながらしばらく空港で休憩していくことにしました。9時半になったので、そろそろ良いかと思って9ポンドのバスに乗ってビクトリア駅に向かうことにしました。せっかく空港にいますので、どこかフランスの地方空港に飛ぶ安い航空券を探してみたのですが、割安なのが見つからなかったのでいつもと同じように夜行のフェリーでパリに渡ることに決めたのです。



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 高速バスは1時間ほどでヴィクトリアに到着しました。

いつものように観光案内所で地図などの資料を貰おうかと思ったのですが、どこかに移転したみたいで見つかりませんでした。まあ今回はiPod touchがありますし、ピカデリーのアップルストアにも行く予定でしたから問題はありませんでしたが。まずはロンドン脱出のチケットを確保するためにユーロラインのオフィスに行って、今晩のパリ行きの47ポンド(約6100円)のチケットを購入しました。出発時間は21時30分で1時間前からチェックインですから、それまで半日ほどロンドンの中心部の観光ができるというわけです。

パリ行きのバスが発着するビクトリア・コーチステーションに行ってみたら、荷物を預けるには2時間まで2ポンドで、それ以降は3.50ポンドとムチャ高いものでしたから、8kgほどのバッグを引っ張ってまわることにしました。中心部に行くとランチ代も上がりそうでしたから、ビクトリア駅の近くでランチを済ませて行くことにしました。

ロンドンですから今日のランチはフィッシュ&チップスにしようと昨晩から決めていたのですが、スモールサイズで5ポンド(650円)と値上がりしていました。店員に「10年前は3.80ポンドくらいだったのに…」と愚痴ったら10年前だったら当然だろうという感じで笑っていました。日本はデフレが長く続いていて、10年前と物価はさほど変わっていないのですが、人口増の社会ではこれくらいはインフレの内に入らないのかもしれません。ちなみにレジ横にフィッシュ&チップス誕生150年というステッカーが貼ってあったのですが、元は別々で食べられていたものが150年前から一緒に食べられるようになったとか。ちょっと疑わしいですけどね。



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 アップルストアの旗艦店はさすがに立派でした。

リージェント・ストリートの支店は世界に数ヶ所しかないフラッグシップショップのひとつですから当然なのでしょうが、建物が古いだけに迫力がありました。店内で展示してある商品は他のアップルストアと同じものなのですが、どうせ同じ値段で買うのならリージェント・ストリートの旗艦店でと考えるのはイギリスでも同じなようで、レジには長蛇の列ができていました。私はその行列を掻き分けて透明のエレベーターに乗って2階に上がってみたのですが、英国の長い歴史を感じさせる遅さでした。

あちこち歩き回って疲れていましたので、2階の奥のシアターで iLife のキーノートを聞くことにしました。当然ながらアップルの講師は早口の英語でしたので意味不明なところも多かったのですが、PCの作業をやりながらの話でしたので、おおよその意味は理解できました。途中で時差ボケのせいもあって眠たくなったのですが、講師のお兄さんが「これは日本に行った時の画像ですが…」と自分のプライベートな画像を紹介しだしましたので可笑しくて目が覚めました。考え過ぎかもしれませんが、私が眠そうな顔をしたので日本の画像を出してくれたのかもしれませんね。(笑)



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 街でかなり小さな電気自動車を何台も見かけました。

2012年にオリンピックを控えているロンドンでは環境に対する取り組みを世界中からやってくる観光客にアピールしたいみたいで、電気自動車に関しては手厚い保護を施しているように考えられます。実はロンドンでもバークレイ銀行が広告主となった、パリのべりヴのようなICカードで無人で借りたり返したりできるレンタル自転車のシステムがスタートしているのですが、その近くには電気自動車の充電ステーションが並んでいたのです。

そこにはゴルフ場のカートに屋根を付けたような小型車が停まっていたのですが、この充電装置にはお金を払う仕組みが見当たりませんでしたので無料じゃないかなという気がしました。ロンドン在住の友人からトヨタのプリウスは昼間の渋滞税もかからないという話がありましたが、行政側が電気自動車を普及させたいと考えれば街の中心部で無料で充電できるようにすれば良いのでしょう。集金方法を省けば充電ステーションの開発費はかなり低く抑えることができるのでしょう。日本でも思い切った行政の決断を期待したいものです。



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 ロンドンの中華街にも久しぶりに行ってみました。

イギリスの地方都市でもいくつか見かけた中華門ですが、やはりロンドンにもできていました。日本語交じりのおかしな看板の店も含めて店舗数は倍増してる感じで、ここでも中国パワーの拡大を痛感させられました。中華街の歴史は古いですからロンドンで生まれ育った中国系の住民も多いのでしょうが、中には2008年の北京オリンピックで儲けた金で渡英して、2012年にもう一度儲けてやろうと狙ってる猛者もいるのでしょう。

しかし私は北京では押さえ込めたテロがロンドンでは難しいのではと思っています。ミュンヘンオリンピックの時の惨事を上回る規模の流血騒ぎになってしまうのではと危惧しています。もちろんイギリス政府は万全の体制で臨むと思うのですが、あまりにも敵を作り過ぎたのではないかと思うのです。



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 中華街からコベントガーデンに移動しました。

リージェント・ストリートから歩いて行くことができる所にもアップルストアがあるということでしたのでチェックしてみたのですが、こちらの方が旗艦店ではと思うような規模でした。ここは昔の中庭部分に屋根をかけた吹き抜け部分ですが、昼間なら太陽光が降り注いで気持ちが良い空間なのでしょう。地下のトイレから3階まで全てのフロアに行ってみましたが、残念ながら2階のビジネスミーティングのスペースには入ることができませんでした。

この後はテームズ川を渡ってロンドン・アイの近くまで行って、ビクトリア駅のセインズベリーの小型店でコーニッシュパイやビールなどを買って疲れ果ててビクトリア・コーチステーションに向かいました。難民収容所的な雰囲気のコーチステーションで食べたのですが、ロンドン最後の夕食としては少しサミシイものでした。



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(2010/11/01(月) 23:59)

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