新タイトル模索中…(新・北海道田園生活)
   新宿から移り住んだ札幌近郊での様々な出来事のブログの続編だったのですが、それも2007年10月に引き上げたので4年で終わりとなりました。次の住処が決まるまでタイトルも決められない「流浪のブログ」となります。
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ワケあって2007年秋まで北海道でのんびりと暮らすことになりました。客観的に見た北海道の話題と、家庭菜園や料理などの個人的な興味、さらにテレビやネットについて気になってることなどをテキトーにアップして

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 まるで廃墟のようなカイロ駅から35ポンドの列車で出かけた先は…
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 急に予定を変更してアレキサンドリアに行くことにしました。

(宿にWiFiが無いので、続きは後ほどアップします)




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(2011/04/30(土) 23:59)

 カイロの中でヨーロッパ的な街並みの中州エリアで見たものは…
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 本日の午前中はネットで情報収集していました。

旅行者からの情報でカイロから成田まで片道4万円ほどで飛ぶことができるということでしたので、エジプトビザが切れる前に帰国しようかと考えたのですが、やはりLCCを乗り継いで東へ戻ることにしましたので、その手配などに時間を食われてしまったのです。アブダビ経由の豪華な機内食が出るという航空会社で帰国する方が安いのですが、LCCで数回に渡って東に進んだ方がいろんな国に行くことができますし、時差ボケにもならずに済むので楽なのです。

次のルートをほぼ決定して、午後からはナイル川の中州のエリアまで散歩に行くことにしました。これはその途中で見かけた映画館なのですが、建物のデザインや手描きの看板が現代アート風で魅力的でした。何の映画かわからないのですが、どうせ入場料は15ポンドくらいのものですから試してみたいものでした。しかし先ほど予定を変更したために、今回はその時間は無くなってしまいました。この映画館ははたして次回まで生き残っていてくれるでしょうか…?



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 ナイルを渡る時に橋から係留されている船が見えました。

(都合により続きは後ほどアップします)



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(2011/04/29(金) 23:59)

 珍しく雨が降ったカイロの街で見たもの、そして食べたものは…
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 砂漠気候のカイロで珍しいことに雨が降りました。

ウィキペディアによりますとカイロの年平均降水量は26.7mmと低いのですが、まだ5月までは降雨が観測されるようです。それで6月から10月までの酷暑の時期にはまったく雨が降らなくなるようですが、そういえばカイロの街で雨傘をさして歩いてる人は見たことがありません。私のバッグの奥にはダイソーで購入した傘が入っているのですが、もし滞在中にもう一度雨が降ったら傘をさして歩いてみようかな。かなり注目を集めることでしょうね。(笑)

今朝は傘をささずに近所のパン屋まで出かけたのですが、先日のプレーンな味のヤツではなく、ちょっと大き目の1ポンド(約14円)のゴマ付きのパンにしてみました。レジで店主に料金を払うと子供の頃からこの店で働いていそうな初老のおじさんがジェスチャーで「半分に切るか?」と訊いてきました。雨が降っていなければ長いままで構わなかったのですが、今日は頷いておきました。店の前で撮影を済ませてから食べながら宿に戻ったのですが、焼きたての美味しいパンを安く食べることができる幸せも噛み締めました。私にとってエジプトのパン屋はピラミッドより魅力的な存在なのです。



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 ランチは知り合った旅行者と近くの食堂に行きました。

今晩の飛行機で帰国されるということでしたので、コシャリなどのローカルフードをという話でしたが、コシャリは最後の夕食用に残しておくという話になり、普通の店より品揃えが豊富だったサンドイッチ屋を試すことにしました。10種類ほどの具材の中から私はゆでたまごと肉をミックスしたものとチキンのフライを挟んだものを選びました。

普通の店には置いてない珍しいものを試すことができて悪くなかったのですが、5ポンド札を出したら0,50ポンドしか返ってこなかったので驚かされました。3~4ポンドくらいかなと予想していたら4,50ポンド(約63円)もしたのです。やはり立ち食いといっても店ですから屋台より割高なようです。



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 食後に25日にも行ったバスターミナルに行ってみました。 

スーパーマーケットが建物のいちばん奥のフードコートの真上で開店準備中で、金曜にオープンするということだったので日本人としての一番乗りを狙ったのですが、なんとまだジョブトレーニングみたいなことをやっていました。棚には商品が並んでいて、レジにも人が座っていたのでオープンしてると思ったのですけどね。

次の金曜日、つまり5月6日にオープンするということでしたが、それならバスターミナルの入り口にサインでも出しておけばと思いました。カルフールのような外資系のスーパーなら開店の2週間前くらいから開店記念のお買い得品を満載した印刷物をあちこちに置くと思うのですが、これは地元のスーパーみたいでのんびりしているようです。



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 裁判所らしき建物の前でなにやら騒いでいました。

数名の若い人の顔写真をバナーに仕立ててあったのですが、添えられていた文章はアラビア語でしたから理解できませんでした。しかし1枚のバナーには英語で「彼女はどこに行った?」と書かれていましたので、秘密警察あたりの組織に連行された後に行方不明になった友人たちを探しているのではと思えました。

1月25日から数えてみると3ヶ月が過ぎているのですが、まだ積み残した問題がたくさん残っているようです。ムバラク後の暫定政権は8月か9月に行うと言われている民主的な選挙を無事に行うことに集中していて、小さなことは置き去りにしてそうですからね。日本でも1万人以上の行方不明者がいるというのに、政府の土木関連業者との関係が深そうな議員たちは復興庁の新設のために奔走しているようですが、実に浅ましい考えですよね。



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 今日も先日と同じ店のアイスに手を出してしまいました。

今晩の飛行機に乗る予定の旅行者の方もエジプトの最後の思い出にアイスクリームを食べたいということでしたので、4ポンド(約56円)の店で食べることにしました。今日は「カフェ」というコーヒー味のヤツと「バナナ」の組み合わせにしていたのですが、なかなか良いコンビネーションでした。

アイスを食べた後に摂取したカロリー分は運動せねばと考えて、政府の観光案内所に行ったり、旅行代理店を回ったりしました。1月の騒動の影響で外国人観光客数が減っていてたいへんそうなのですが、どこの窓口ものんびりムードでした。ある旅行代理店でレンタカーのことを訊いたら、21世紀だというのに「我が社では運転手付きの自動車しかご用意できませんが…」ですって。(笑)



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 エジプト最後の食事はやはりコシャリになりました。

夕方に宿に戻ったらルクソール方面を旅行してきたシンガポール人が戻ってきていましたので、帰国される方と3人でコシャリを食べることにしたのです。私は食事にコーラは好まないのでビールと共にテイクアウトして宿で食べることにしました。アルコール類は透けて見えない黒いビニール袋に入れるほど戒律が厳しいエジプトですので、コシャリ屋でビールを飲むのは外国人であってもNGでしょうからね。

この見た目が大きなスモールサイズのコシャリは3.50ポンド(約49円)、ビールの中身が5,50ポンド(約77円)、そして食後にいただいたライスプリンが2ポンド(約28円)でしたので、今晩の夕食は日本の330mlの缶ビール1本以下の値段でした。帰国される方に東京にもコシャリ屋ができたことを伝えてみたら、試してみますということでした。私も帰国したら試してみたいのですが、コシャリに500円は出せないので無理だなぁ。(笑)



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(2011/04/28(木) 23:59)

 カイロの屋台を2軒ハシゴして手を出してしまったヤバいものは…
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 今日のカイロは曇り空で小雨が降りそうでした。

まだ初夏という感じで暑くは無いのですが、2000万人近い大都市ですから人が多くて暑苦しい感じはしています。しかし人口が多いということは競争が激しいということでもありますので、食べ物の値段も安かったりします。朝食用に購入した焼きたての大きめのコッペパン風のものは0,50ポンド(約7円)でしたし、ランチに食べたソーセージ入りのサンドイッチは1,50ポンド(約21円)でしたからね。

ランチに小さなサンドイッチだけじゃ物足りなかったので、裏通りの屋台でフールという干しソラマメを煮込んだ料理を試してみました。インドのダルに似ていますが、エジプトのヤツの方が美味いと言ったら周りの客たちが喜んでいました。このフールに小さなサラダ、エジプト的なピタパンが2枚付いて2,50ポンド(約35円)だったのですが、庶民はこういったものを毎日のように食べて乗り切っているようです。ムバラク氏の総資産は兆の単位だったらしいですが、彼らが革命を起こしたくなる気持ちが理解できますよね。(笑)



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 カイロ歴史地区は1979年に世界遺産に登録されています。

そのためかカイロは大都市特有の高層ビルが見当たらず、現在でも高さ187mのカイロタワーがいちばん高いのではと思えてしまうほどです。しかし実際は郊外に30階を超えるビルはありますので、カイロタワーは今世紀に入ってから最高層の座を他に譲っているとは思うのですが。カイロの中心部にはそれなりに新しそうなビルも建っているのですが、国土の5パーセントほどにしか植物が生えていない砂漠の国の首都ですから、建物の外壁はダスティな感じですから古ぼけて見えてしまいがちです。

古い街で道路も広くなく交通渋滞がヒドいのですが、その理由のひとつはこんな動かない古い自動車が道路を占領しているためでしょう。こんな光景を見ることができるのはキューバのハバナとこのカイロくらいのものでしょうが、なぜ置きっ放しにされているのか不思議です。空港近くの郊外にでも博物館を作って展示すれば良いでしょうに…



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 街の中心部でちょっとヤバいものに手を出してしまいました。

カイロに着いた日から毎日のように「EL ABD」という菓子屋の3ポンド(約42円)のアイスクリームを食べ続けているのですが、その店にはフレーバーが4種類しか無いのでそろそろ飽きはじめていたのです。しかし「EL ABD」の2つの支店の中間あたりの映画館の前の別の菓子屋にはフレーバーが20種類以上もあって、量も「EL ABD」より少し多いような感じだったので試してしまったのです。

値段は4ポンド(約56円)と「EL ABD」より少し高かったのですが、このボリュームとクオリティですから文句はありません。問題はこの店のフレーバーを全制覇した後に得ることができる満足感とお腹の周りの脂肪が表裏一体ということなのです。(笑)



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 タフリール広場の近くでは新しい工事が始まっていました。

完成予想図にはノボテルとありましたが、カイロ中心部の街並みの雰囲気を壊さない落ち着いたデザインの10数階建てのものになるようです。おそらく1月25日以前に工事は始まっていたのでしょうが、例の騒ぎで工事は完全に止まってしまったのでしょう。

その後に工事が再開されたかどうか、当初の計画通りに外資系のホテルが投資を引き上げないかどうかは不明ですが、この場所は考古学博物館にも近い一等地ですから、多少の遅れはあっても開業するのでしょう。ちなみに同じフランス系のカルフールも空港の近くにフルアイテムを揃えた大型店を工事中という話でした。



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 カイロ市内にはたくさんの映画館があるのですが…

しかし歩いて行くことができる範囲の劇場では昭和の日本映画の雰囲気がするエジプト映画ばかりが上映されていますし、たまにハリウッド作品が上映中でもエジプトの大衆向けの「スクリーム4」のようなホラームービーなどしかやっていないので困っています。郊外のモールのシネコンでも封切りが遅いので、マレーシアで観たようなヤツばかりでしたのでガッカリでした。

そんな中で見かけたのが、このパイレーツ・オブ・カリビアンの新作のポスターでした。予告編は何度も観て面白そうだと楽しみにしていたのですが、公開日が5月18日に決定したようです。しかし私がエジプト入りしたのは4月18日。滞在期限は30日ですから、スニーク・プレビューでもなけりゃ観れません。映画のためにビザの延長手続きもしたくありませんし、残念ですがあきらめるしか無いみたいです。



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 今日は18時過ぎから街外れの有名な市場に行ってきました。 

中心部から東に2kmほど歩いた所にあるハーン・ハリーニという土産物屋が集まる市場で、毎週の月・水・土の夜にエジプトの伝統舞踊を無料で観ることができるということでしたので、友人から頼まれた品物を探すついでに行ってみることにしたのです。しかし警備のおじさんに訊いたら12時からということでしたので、不思議でした。まあ別にどうしても観たいというものじゃありませんでしたし、また次に試す機会もありそうですから構いませんでしたが。

最近のハーン・ハリーニ市場には日本人観光客は少ないみたいで、あちこちで「コンニチワ」とか「ニーハオ」と声をかけられましたので居心地は良くありませんでした。テロ事件後のイスタンブールのグランドバザールも似たような雰囲気でしたけど。この画像はある土産物屋の店頭ですが、古い建物の外壁を照らすために埋め込まれたライトの上に商品を並べていましたので笑ってしまいました。つまり公共のライトを私物化しているのですが、このあたりの庶民の逞しさが将来のエジプト復興の原動力なのかもしれませんよね。(笑)



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(2011/04/27(水) 23:59)

 1万円を両替して大金持ちになった勢いで注文したものは…
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 物価の安いエジプトですが、ついに現金が尽きてしまいました。

それで宿から歩いて5分ほどの両替屋に行ってみたのですが、円高のおかげで1万円が722ポンドでした。4月18日は712ポンドでしたので、10ポンド(約140円)も得したことになります。日本円にしてみるとたいした金額じゃありませんが、カイロだと10ポンドで軽いランチと食後のアイスクリームまで楽しむことができるのです。

両替前は財布の中はコインしか入っていなかったのですが、今は100ポンド札が7枚も入ってますので、ちょっとした金持ち気分です。物価の安い国ではいつもそういった錯覚に陥ってしまいがちですが、両替前と総額はまったく変わっていないのですけどね。(笑)



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 ランチは数日前から気になっていた店を試しました。

この「EL TABEI EL DOMYATI」というチェーン店は常に多くの客で賑わっていますので、安くて美味しいのだろうと踏んだのです。サラリーマンたちはお買い得な1.75ポンド(約25円)のファラフェルなどを買っていたようですが、財布に100ポンド札が7枚も入っている成金の私はそんなものじゃ満足できるはずありません。「この店でいちばん高いものは…」と料金表をチェックしてみたら、4,50ポンド(約63円)のフライドポテトとエッグとチーズのサンドイッチでしたので迷わず注文しちゃいました。

日本じゃサンドイッチにフレンチフライを挟んだものは見かけないのですが、中東各国ではわりとポピュラーです。肉類を使っていないので、あっさりしていてなかなか美味しゅうございました。欲を言えばピクルスでも付いていれば嬉しかったのですが、庶民的な値段ですので不満があるわけじゃありませんでした。



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 食後にナイル沿いのヒルトンホテル方面まで歩いて行きました。

ヒルトンのワールドトレードセンタービルに入居しているエティハド航空にネットではわからない詳細を訊きに行くためでしたが、その途中の考古学博物館の裏手で焼け焦げたビルを見かけました。おそらく以前はエジプト政府関係の事務所が入っていて、暴徒化した一部の市民が火を点けたのでしょうが、私は1月25日の前後は日本にいて毎晩のようにニュースを見ていたのに、このビルが炎上するシーンは見たことがありませんでした。

これと似た光景はモスクワやベオグラードでも見たことがありましたが、カイロでは騒動の痕跡をはっきりと残しているのはこの建物だけですし、この近辺はカイロで高級ホテルが連なる一等地ですから、近いうちに取り壊されて高級ホテルが建つことになうのでしょう。個人的には大英博物館からエジプトからの出土品を返還してもらって、この敷地まで考古学博物館を増築すべきだと思うのですが、イギリスは屁理屈を主張して応じないのでしょうね。(笑)



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 1月25日前後に活躍したと思われる道具を見かけました。

日本の機動隊などは軽いジュラルミン製の盾を採用していますが、エジプトでは街の鉄工所のオヤジが3時間くらいで作ったようなものを使っているようでした。鉄板は重たいのでスーパーのショッピングカートみたいに押して使うみたいで、傷だらけでしたし覗き窓のガラスは割れていましたので迫力がありました。

騒動が終わって平和になった今では、公共の建物の前に路上駐車できなくするためのバリアー風に再利用されていましたが、またタフリール広場で騒動が起きるようなら本来の使われ方をするのでしょう。もちろん私はエジプトがこのまま平和が続いてくれるのを願っているのですが、新政権が発足して目に見える効果が現れないと不満が高まって騒動に発展することは十分に考えられます。



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 本日の目的の航空会社はかなり北の方にありました。

ウェブサイトでタフリール広場近くのヒルトンホテル内にあるとあったのでGoogleマップで確認もせずに行ってみたら、ドアマンにナイル沿いに北上した所に別のヒルトン系のビルがあるのでタクシーで行ってはと薦められました。財布に100ポンド札が7枚も入っている成金の私にとって無理がない提案でしたが、「最近ちょっと運動不足だから歩いて行くよ」と断りました。徒歩10分ほどでヒルトンのツインビルが見えてきて、その事務所棟の9階に航空会社があったのですが、かなりバブリーな雰囲気でした。

航空会社としては珍しく男性職員ばかりだったのですが、彼らの作業スピードがのろくてイライラさせられました。これは待ち時間に目を通していた地元の新聞なのですが、やはりこちらでも英国王室のロイヤルウェディングは大きく取り扱われていました。式典にはエジプト政府からも在英大使館から数人が出席したりするのでしょうが、獄中のムバラクの息子が「本当は俺が出席するはずだったのに…」と悔しがっているのかもしれませんね。(笑)



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 宿に戻る途中にビールとつまみを購入しました。

ルクソールビールが6.50ポンド(約91円)、そして屋台で購入した豆を似たヤツが2ポンド(約28円)だったのですが、両替と航空会社という2つの大仕事を終えた後の冷えたビールは格別でした。ちなみにビールは瓶入りの方が5,50ポンド(約77円)と少し安いのですが、デポジット代を1ポンド払わなくちゃならないので面倒なので、今日は現金がたくさんありましたので缶ビールにしちゃいました。

ビールを飲みながらiPod touchでニュースをチェックしていたら、リビアのカダフィ氏は健在のようでしたがイエメンで大統領は辞任を示唆したとか。今日のエティハド航空で日本の大型連休の後にでも割安に帰国するというということも魅力的ですが、イエメンが安全になるようならエチオピアなどと周遊するというのもアリかなと思えました。どちらもまだ一度も足を踏み入れたことが無い国ですからね。



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(2011/04/26(火) 23:59)

 春香祭、そしてシナイ半島解放記念日のランチに選んだものは…
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 今日は春香祭、そしてシナイ半島解放記念日でした。

春香祭(シェンム イン ナシーム)とはイースターのように春の到来を、そしてシナイ半島解放記念日は中東戦争で負けてイスラエルに占領されていた土地を返還してもらったことを祝うものみたいです。どちらも旅行者にとっては関係が無い話ですし、休日であっても大都市のカイロでは店は開いているので不便はありませんでした。そろそろ両替をしなきゃならないのですが、どこでも受け取ってもらえそうなドルの小額紙幣も持っていますので心配はありません。

今日はタフリール広場周辺の航空会社や旅行代理店を回ってみようと考えていたのですが、休んでいるところが多そうですから明日にすることにしました。昼前にダハブで知り合った旅行者と再会しましたので、シンガポール人と3人でランチに出かけることにしたのです。今日はエジプト人は燻製の魚を食べる日のようですが、我々がその伝統に合わせる義理もありませんでしたので、数日前に発見した中華レストランを試すことにしたのです。

店の表にあった料金表をチェックしてみたら、我々が注文できそうな料理は炒飯だけでしたが、さすがにそれだけじゃサミシイので野菜炒めを1品オーダーして3人でシェアすることにしました。ランチタイムというのに無人の店内に入る時に「シェフはチャイニーズですか?」と訊いたら「イエス」だったのですが、シンガポール人が「シェフと中国語で話がしたいけど…」と言ったら急に「今は出かけています…」に変わりました。エジプト人のシェフじゃ期待できないかなとあきらめていたら、意外にちゃんとした中華料理が出てきました。料金もサービス料などを含めて50ポンド(約700円)くらいでしたから、一人当たりだと250円以下の牛丼並みの値段でテーブルクロスのかかった店で食事できちゃいました。



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 食後はいつもの3ポンドのアイスクリームを食べました。

いつも多くの買い物客で賑わう「EL ABD」という菓子屋なのですが、マクドナルドのソフトクリームと同じ3ポンド(約42円)で2スクープの美味しいアイスクリームを食べることができますので毎日のように通ってしまっているのです。私はビーチで醜態を曝け出さないためにアイスクリームもビールも1日に1度と決めているのですが、歩き疲れて甘いものを体が欲っすると誘惑に負けそうになります。

しかし混んでいるレジと、この4種類というバラエティの少なさが思い止まらせてくれています。これがもし31アイスクリームのように種類が豊富なら、全種類を制覇してやろうという気持ちになってしまうことでしょう。この店はこの4種類だけで長年カイロ市民に愛されてきたのでしょうが、変に近代化せずにこのままの雰囲気で末永く営業を続けていただきたいものです。



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 夕方にシンガポール人を見送りに行きました。

実は夜行列車で南の観光地に行くというので一昨日も鉄道駅まで見送りに行ったのですが、線路が破壊されたとかで戻ってきたのです。それで次は夜行バスでルクソールまで行くというので、このゲートウェイというバスターミナルまでやってきたのです。カイロは2千万ほどの人口を抱える大都市ですから、さぞバスターミナルもにぎやかなことだろうと予想していたのですが、建物の内外の人影はまばらでした。

中に入ると大きな吹き抜けがあり、地方都市のショッピングモールといった感じでしたが、開いてるみせより閉まっている店の方が多くてサミシイ状態でした。エスカレーターやエレベーターなども動いていなくて、奥のフードコートも活気がありませんでした。映画館があると聞いていたので楽しみにしていたのですが、近場の映画館でもやっているエジプト映画でしたのでガッカリでした。



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 そんなバスターミナルにも明るい話題がひとつありました。

いちばん奥のフードコートの上の中2階といった場所にスーパーマーケットが工事中で、次の木曜にオープンするという話でした。現在は多くの作業員が陳列作業を行っていましたが、建物の中でいちばん活気がありました。HYBER MARKETというくらいですから、わりと大きめの店で我々旅行者にとっても買い物が便利になりそうです。

しかし不思議なのが英国の影響が強くて英語が普通に通じる国でのスペルの間違いが多いことです。街を歩いていると可笑しな看板を多く見かけるのですが、こちらでは校正という概念が無いのでしょうか。この「HYBER」という表示も他の場所ではちゃんと「HYPER」になっていたりしましたので、単純なミスだと思います。でも普通なら直したりしますよね。再出力する金を惜しんだのかもですが、エジプトの将来を暗示するかもようです。



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 1階にあったカフェでこんなティッシュボックスを見かけました。

アメリカのレインフォレスト・カフェをマネしたようなジャングルっぽい内装のカフェだったのですが、そこの備品として1月25日の騒動を記念したティッシュボックスを使っていたのです。おそらくタフリール広場で撮影されたであろう1枚の画像を前面に出し、横にはアラビア語で1月25日と書いてあるのでしょう。私は数字しか読めないので間違ってるかもですが…

しかし1月25日から3ヶ月が過ぎて、一時期の高揚感も消えうせているようです。もちろんエジプトの一部の若者は将来への希望や野心を持ち続けているのでしょうが、線路の破壊のためにやむおえず来ることになった開店休業状態のバスターミナルの客がまばらなカフェでこんなものを見ると複雑な気持ちにならざるを得ません。エジプトはよほど優れたリーダーに恵まれない限り、将来はかなり厳しそうですからね。



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 バスターミナルからの帰りにこんなのを見かけました。

昭和時代の日本の食卓にあったハエを排除する小型の蚊帳のようなものですが、日本ではハエがいなくなったので姿を消してしまいました。エジプトではカイロという大都市でも馬やラバが多いためかハエが多いので、エアコン完備で窓を閉め切った生活をする富裕層以外の家庭ではまだまだコレを必要としているのでしょう。

奥に見えるのは昭和の日本では見かけませんでしたが、底の部分がカーブしているので赤ちゃん用のゆりかごなのでしょう。赤ちゃんがハエや蚊などに邪魔されずに安眠できるように中国あたりで考案されたものなのでしょうが、ネコたちも喜びそうです。ちなみに壁側に見えるオレンジ色のヤツは大人用の蚊帳で、35ポンドとか言っていました。500円で安眠が買えるのですが、軽くても荷物になるので躊躇ってしまいます。カラーがシックなグレイだったりしたら衝動買いしちゃっていたかもですが…(笑)



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(2011/04/25(月) 23:59)

 エジプト、いやマグレブ、もしかしたらアフリカ最大のモールとは…
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 今日もシンガポール人と郊外のモールに行きました。

Googleマップで見たらメトロの駅からは遠かったので、ホテルのおじさんに行き方を訊いてみたら「駅前のラムセス広場から東に行くミニバスで簡単にアクセスできる」という話でした。本日の目的地のシティスターズモールにはシネコンがあることはわかっていましたので、冷房対策の長袖のシャツを着て出発。10分ほどで広場に着き、いちばん最初に訊いたワンボックスのミニバスが1,50ポンド(約21円)で行くというので乗り込みました。

15分ほど走ってスタジアムの先のナサルシティのエリアで降ろされたのですが、その周辺は日本の団地みたいに同じ規格で建てられた集合住宅が建ち並ぶアッパーミドルクラスのレジデンシャルエリアでした。幹線道路から4~500mほど歩いた所にこのエジプト風なデザインのモールの入り口があったのですが、ここではイスラエル並みに荷物検査やボディチェックが行われていました。かつてエジプトでは日本人が亡くなる爆破テロ事件が起きたことがありますが、平和に見えても警戒を怠るわけにはいかないのでしょう。



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 モールに着いて、まず最初にシネコンに直行しました。

上映時間と値段の確認をして、割安な13時からの回のチケットを購入。お昼前でしたが、ワンフロア下のフードコートに降りてランチを食べることにしました。シンガポール人はバーガーキングの12ポンド(約168円)のお得なハンバーガーセットを、そして私は26ポンド(約364円)の中華プレートにしてみました。

牛肉の炒め物はアメリカのド田舎のモールのフードコートの中華屋と同水準でしたが、炒飯の方はエジプト人の好みに合わせるためかロンググレイン米が使われていたので残念な味でした。先日の午後にカルフールでインスタントヌードルを買ったこともあって米を選んだのですが、炒麺にしておくべきでした。ちなみにシンガポール人は小さなハンバーガーでは物足りなかったようで、KFCのセットを追加購入していました。ピラミッドの前でもKFCを食べていましたが、毎日でも構わないほどのチキンフェチのようです。(笑)



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 今日の映画は「リンカーン・ロイヤー」を選んでみました。

運転手付きのフォード・リンカーンの車内をオフィス代わりにに使う弁護士をマシュー・マコノヒーが演じている作品でしたが、設定がいかにもアメリカっぽくて面白そうだったのですが、何度か他の映画で観たことがあるような展開でしたので楽しむことはできませんでした。この弁護士がもっと正義感に満ちているか、あるいはもっとアウトローだったら少しは感情移入できたかもしれないのですが、中途半端でしたので最後まで距離を置いたままでいるしか無かったのです。

映画についてはネタバレになってしまいそうですから書けないのですが、初めて入ってみたエジプトの映画館についていくつか。まず料金は午前中と13時台の料金が15ポンド(約210円)とマレーシア並みに安く、午後になると30ポンド(420円)、夜は45ポンド(約630円)と高くなるみたいです。それと前の席との間隔が異常にあり、足を伸ばしても届かないくらいでした。また上映後の1時間ほどで突然に休憩があったのには驚かされました。5分後くらいに何も無かったかもように始まりましたが、2時間の映画に休憩なんて必要ないのにと不満に思えました。



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 このモールはアフリカ最大規模を誇っているようでした。

様々な業種の500店舗ほどの店が競い合っていたのですが、エジプトやマグレブ地方では文句なしの最大手であることは間違いないでしょう。以前に南アフリカを旅行した時にケープタウンでアフリカ最大というモールに行ったことがありますが、私はこちらの方が大きいと思います。ケープタウンのヤツは屋外の駐車場が広かったみたいですから、敷地面積ではいちばんだったのかもしれませんが。

2011年ですからエジプトでもアップル製品の専門店があったのですが、iPad2はもちろんのこととして旧型のiPadも置いてなく、店内はかなりしょぼい感じがしました。またなぜかモール内に免税店があったのも不思議な感じがしました。いちばん驚かされたのは、地中海を飛び超えてドイツのNORDSEEが店を出していたことでした。昨年の暮れにイスタンブールに進出していたのに驚いていたのですが、まさかエジプトにまで進出済みとは頭が下がりましたよ。



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 早めの夕食を「AL TAZAJ」という店で食べました。

サウジアラビアに本店があり、カイロに7店舗を展開中の中東版のKFCみたいなカジュアルなチェーン店で、日暮れ前の早い時間でしたので、看板メニューの「ファッルージュチキン コンボ」というのをシンガポール人とシェアすることにして、オーダーする時にチキンを半分に切ってくれと頼みました。このコンボだけだと34ポンドくらいで、それにドリンクをオーダーしましたので、税込みで42ポンド近くになりました。それを半分払ったので、一人当たりは21ポンドくらいでした。

レモン風味が利いた若鶏は絶妙に焼けていて美味しかったのですが、二人で食べるにはボリュームに欠けていました。しかし我々は空腹じゃ無かったのでちょうど良かったのですが。また私はペプシ系の炭酸飲料はあまり好みではありませんので、やはりこんな料理にはビールを合わせたいところでした。この店では単品をテイクアウトして、砂漠に沈む夕陽を見ながらビールと共にいただくというのが正解だと思いますよ。



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 これらはモールのスーパーで購入してきたものです。 

ドバイなどで何度か見かけたことがあるスピニーズという大型店がモールにあったので、5個入りで7,99ポンド(約112円)だったドーナッツなど割安感があるものだけをチョイスして購入したのです。その他には1個0.75ポンド(約10円)のキィーウィー・フルーツ、朝食用に2.25ポンド(約32円)だった平たいパン、イワシ缶や野菜など合計で26.75ポンド(約375円)でした。

デザインがホワイトホースに酷似しているウィスキーはカイロの中心部に戻ってきてから購入したのですが、26ポンド(約364円)とマレーシアでは信じられないくらいの値段でした。もちろん味やクオリティは値段並みのものでしたが、この古ぼけた街で飲むのには充分だと思います。あまり美味しくないので少量しか飲まないので、二日酔いにもなりませんし。(悪)



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(2011/04/24(日) 23:59)

 なぜかメトロの駅にあった祈りのスペースの壁にあったのは…
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 カイロ3日目も快晴に恵まれ、上着が不要なくらいでした。

今日はシンガポール人と1ポンド(約14円)のメトロに乗って南の郊外にあるモールへ行くことにしたのですが、ナサル駅のチケット売り場でこんな光景を目にしました。数人の男性が壁に向かって祈りを捧げていたのですが、我々以外には当たり前の光景のようで、何も無かったかのように急ぎ足で通り過ぎて行きました。

私もいくつものモスリムの国を旅行した経験がありますので驚いたわけじゃないのですが、地下鉄の構内でしたから違和感があったのです。イスラム教を国の宗教と定めているのは珍しくないのですが、地上のいたる所にモスクがあるわけですから、わざわざ駅のチケット売り場の横で祈らなくてもと考えてしまうのです。まあ何かそれなりの理由はあるのでしょうが、無宗教の私にはまったく想像できません。



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 メトロの駅から目的のモールまでは1kmほどでした。

てっきり高層住宅が点在してるようなエリアかなと想像していたら、低層のいろんな国の大使館が建ち並ぶ静かな住宅街でしたので、モールまでの行程も退屈せずに済みました。そのお屋敷街を抜けて使われなくなっている線路を越えた所にモールがあったのですが、グランドモールという正式名称やブランドなどが表に表示されていなくて殺風景な印象でした。

入り口に制服姿の男性は立っていましたが、イスラエルのような荷物検査などはありませんでした。久しぶりのショッピングモールでしたので期待していたのですが、かなり古めかしいモールでテナントも面白いものが無くて退屈してしまいました。いくつかの飲食店は点在していたものの、モールには付き物のフードコートやシネコンも無く、WiFiもキャッチできませんでしたのでガッカリの連続でした。まあここまでの交通費は安いものですから、実害は無かったのですけどね。



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 なぜかモールの横には刑務所風の高い壁が存在していました。

監視所の中には銃を持った兵士風の姿が見えましたので実際に使われている施設のようでしたが、中に巨大なパラボラアンテナが何本かありましたので刑務所じゃないのかもしれません。アメリカやサウジアラビアなどとの通信のための施設で、セキュリティのためや電波の干渉を防ぐために使われなくなった刑務所をそのまま再利用したりしているのかもしれません。

しかしモールのすぐ隣に砂漠のような巨大な空き地があったり、高い塀の刑務所のような施設があったりして不思議な感じがしました。もしかしたらムバラク氏などの政府の中枢にいた人物の近親者が国有地を払い下げてもらって、まずモールを建設して周辺の土地の価格を上げて、それが上がりきった頃を見計らって空き地に高層のコンドミニアムなどを開発するという2段構えの計画があったのかもしれません。まったく根拠は無く、私の想像なんですけどね。



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 モールから15分ほど歩いて、次の目的地に着きました。

ネットで見かけたのでカイロに数件のカルフールがあるのは知っていたのですが、グランドモールの近くで看板を見かけたので、それを追って歩いて行ってみたら残念ながら「エクスプレス」というカテゴリーの小型店でした。店の中は普通にキレイでしたが、この店の外観はサインなどが破壊されていたこともあってかなりみすぼらしいものでした。この画像ではあまり伝わらないと思いますが、実物は埃にまみれて汚い感じがしていたのです。

ここで買った商品は最後にアップしますが、この店でエジプト製品の比率が少ないのはカルフールが外資系だからというわけじゃ無さそうです。もちろんヨーロッパのカルフールで見かけるPB商品の占める割合も他のスーパーよりは高いということはあるのでしょうが、何よりも消費者が欧米の製品に比べたら見劣りするので選ばなくなり、それで結果的に棚を占める面積を減らしているのでしょう。エジプトは多くの人口を抱えていて、中東やアフリカなどに輸出するハードルも低そうですから、優良な商品開発を積極的に行うことが急務だと思うのですが、カルフールの品揃えを見てる限りでは難しそうです。



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 買い物を終えて、中心部へ帰る方法を探しました。

たいていの大都市では中心部に向かうバスを探すのは簡単なのですが、カイロでは数人に訊いてみたものの確実と思えるものはありませんでした。シンガポール人は来た道を戻ってメトロで戻る方法を主張したのですが、同じ道を戻ることを極端に嫌う私は「たとえ10kmほどを歩く羽目になるとしても戻るのはイヤだ」と告げました。それじゃお互いに好きな方法で帰ることにしようということになって廃線となった線路のあたりで別れたのですが、しばらく線路上を「歩いて帰ろう」を歌いながら歩いていたら、こんなカフェがありました。

ここから500mほど歩いて北に向かうミニバスのドライバーに訊いてみたら、56番のバスに乗れということでしたので、それを待って帰ったのですが郊外の町を抜けて走ったので時間はメチャかかったのですが、面白いものをいろいろと見ることができました。やはりメトロで帰らなくて正解でしたよ。



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 カルフールで買ったものはこんな商品でした。

ツナ缶とマヨネーズと紫玉ねぎはサンドイッチ用で、その他に地元産のピーチとインドネシア製インスタントラーメン2個、ウエハースとチョコレートという9点の品で全部で24,50ポンド(約343円)でした。カルフールではアルコール類は売っていなかったので、ルクソールというビールは近所の酒屋で6,50ポンド(約91円)で購入しました。つまりここに写っているものをすべて合計してもワンコインで済むという安さでした。

まだカイロは暑くありませんので長期滞在するのに向いているのですが、そろそろ次にどこに行くかを決めなければなりません。いちばん行ってみたいリビアも、そして2番目に行ってみたいイエメンも今の所は渡航するのに適していませんので、他の選択肢を模索しているのですが、なかなか良い案が浮かばないのです。まあ焦る必要はありませんので、週明けから久しぶりに航空会社巡りでもしてみるつもりです。



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(2011/04/23(土) 23:59)

 2度目のギザのピラミッド訪問で初めて行ってみた場所は…
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 今日はシンガポール人とギザのピラミッドに行ってきました。
 
いちばん最初のエジプト旅行の時に見たので、今回も客引きがしつこそうな超有名な観光地には足を踏み入れる気は無かったのですが、シンガポール人が行くというのでギザの町の変化の様子を確認するために行ってみることにしたのです。以前はカイロの中心部からピラミッドのすぐ近くまで行くバスがあったのですが、現在では1ポンド(約14円)のメトロでギザの端の方に行き、そこから0.75ポンド(約11円)のバスに乗るのが一般的なようでした。

カイロ大学の2つ先のギザ・ステーションという駅で降りた途端にしつこいタクシーの客引きが始まりましたが、ウソを言ってバスが通っている幹線道路とは反対側に誘導しようとするので悪質でした。客引きに騙されて反対側に降りてしまったら、「バスは通っていないからタクシーで行くしか方法は無い!」とでも言うつもりなのでしょう。仕事が激減して収入の道が限られてる彼らの苦しい立場も理解できるのですが、観光客を騙すことはエジプトの評判を落とすことになり、リピーターを減らすことにもつながりかねないので自分で自分の首を絞める愚かな行為だと私は思います。

バスに乗り換えて、10分ほどでピラミッドが見える終点に到着しました。そこから入り口までは0,50(約7円)のポンドのワンボックスが頻繁に走っているようでしたが、1kmほどということでしたので歩いて行くことにしました。驚いたのはピラミッドのすぐ近くまで家や商店が建ち並ぶように変化していたことで、ここでも貴重な観光資源の周辺整備を怠っているエジプト政府の無策を批判したくなりました。これはKFC好きなシンガポール人が記念に食べたいというので入ったピラミッド前の店の3階の客席から撮影したものなのですが、この部分だけは100年前とさほど変化していないと思います。しかし左右には新しい建物がどんどん建てられていて、しつこい客引きたちと共に雰囲気を悪くしているのです。



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 ピラミッドへの入場料は60ポンド(約840円)だったそうです。

まったく再訪する気が無かった私がそんな法外な金をエジプト政府に恵んでやる必要は無いですから、シンガポール人と別れて帰ることにしたのですが、ピラミッド周辺の店は高そうでしたからランチの店選びはメトロの駅周辺が無難かなと思いました。しかし幹線道路に出てみたら、安そうな屋台があったので値段を訊いてみたら3ポンド(約42円)というので試してみることにしました。

鶏のレバーを野菜と炒めたヤツとソーセージを煮込んだヤツの2種類があったのですが、一切れ味見をさせてもらってソーセージのヤツに決定しました。味はごく普通の街のB級グルメでしたが、ピクルスや青唐辛子が付いていましたので得な感じがしました。



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 バスの発着場所に歩いてたら、こんなのがありました。

このピラミッドまで続く通りの両側には「パピルス研究所」などの私設のミュージアム的なものがたくさん並んでいたのですが、これはエジプト絨毯の織り方を教える専門学校のようでした。おそらく1月に起きたタフリール広場での騒動の前にはピラミッド観光に訪れた西洋人たちが体験入学して基礎知識を学び、いくつかをお土産として買って帰っていたりしたのでしょう。

しかし騒動の様子が全世界に流れ、エジプトは危険ということで渡航先のリストから外され、このスクールも存続できなくなったのでしょう。祝日の金曜日であってもピラミッドの中は賑やかさに欠けていたようですし、日本の大型連休の空の便は回復基調にあってヨーロッパ方面に飛ぶ人は多そうですが、エジプトに来る人はまだまだ少なそうです。私は治安に問題は無いと思うのですが、明確な根拠があるわけじゃありません。渡航されたい方は自己責任でどうぞ。



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 ギザの町でふたつの課題を一度に解決することができました。

ひとつはエジプトのケーキのクオリティを確認するというのと、もうひとつはイスラエルのビーチで失くしてしまったカギを買い換えるということでした。2ポンド(約28円)だったカギは中国製の一般的なもので、ケーキは3ポンド(約42円)もしたのに味は敗戦直後のようなレベルでした。もちろん中東戦争の当時のことを知ってるわけでは無く、あくまでも想像の範囲なのですが…(笑)

マレーシアとはイスラム国で英国の植民地であったという共通項がありますので、シークレット・レシピのような美味しいケーキ屋があるかもと期待していたのですが、それはカイロでは望んではいけないみたいです。ムバラク氏の長い支配が続いたせいもあって、マレーシアに比べると中間層が育っていないようなのです。



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 ギザからは行きとは逆の行程で中心部まで戻りました。

つまりバスとメトロに乗ったのですが、まったく同じじゃ面白くないので鉄道駅の近くまで行ってから歩いて帰ることにするつもりでした。ところがなぜかGoogleマップでは表示されなかったアタバという駅に電車が停まりましたので、そこで降りてみることにしたのです。

人口構成の若年層が多いことから、まだまだ人口が増えそうなカイロでは東側は空港まで伸びる予定の地下鉄3号線を建設中なのですが、このアタバ駅は2号線との乗り換え駅となるみたいなのです。これは7月26日通りの東端のつきあたりの工事現場の様子なのですが、近い将来にはここに地下に降りる広い階段が作られることになるのでしょう。この奥は公園が整備中ですから、英国調の温室のようなデザインとなるのかもしれません。



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 夕食はピザとビールという黄金コンビにしてみました。

今日もシンガポール人と一緒でしたので、昼間に見つけた北京飯店という中華レストランを試すのも良いかなと思ったのですが、メニューを見たら予想していたものより高過ぎましたので地元の客で大賑わいのGADという店を試すことにしたのです。注文を済ませた後にシンガポール人にピザが焼きあがり次第に持ち帰ってくれるように頼み、私は酒屋へビールを買いに行きました。

SAKARAというブランドの500mlの缶ビールが6,50ポンド(約91円)、シュリンプピザが26ポンド(約364円)だったので、合計が455円と少し高かったのですが、どちらもまずまずのクオリティでしたので悪くはありませんでした。しかしピザ生地は私の好みでは無い肉厚なタイプでしたので、この店では二度とピザは注文しないと思います。シンガポール人が注文したシュワルマは安くて美味しかったそうですから、近いうちに試してみるつもりです。



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(2011/04/22(金) 23:59)

 深夜バスで早朝のカイロに到着して真っ先に食べたものは…
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 23時ダハブ発の深夜バスは6時頃にスエズを通過しました。

ダハブからカイロまでの深夜バスは90ポンド(約1260円)の22時発と80ポンド(約1120円)の23時発の2便があったのですが、節約したい場合と急ぎで無い場合は遅く出る便の方が郊外じゃなくカイロ駅前に到着するのでオススメです。それに23時発の方が充分に明るくなってからスエズ運河のトンネルをくぐるので、その様子を見たい人は後者を選ぶべきでしょう。今回も同行したシンガポール人はぐっすり熟睡していて見逃していましたが、運河を通行する船が見えるわけじゃないですから問題ないと思って起こしませんでした。

深夜バスは8時前に改装工事中のカイロの駅前に到着したので、シンガポール人が次の観光地行きの列車のチケットを買いに行きました。私はホコリだらけの椅子に座って中東各国でパスポートに張られてしまった迷惑なバーコード類のステッカーをはがすために格闘していたのですが、駅構内に充分な案内板の表示が無かったために何度もチケット売り場を訊かれてしまいました。ステッカーも駅の表示が無いのも迷惑な話ですが、まあダハブのツーリスト価格とはオサラバできましたので悪くないでしょう。ちなみに駅の近くのパン屋で買った焼きたての丸いパイ風のパリパリした食感のパンはこの大きさで1ポンド(約14円)と庶民には嬉しい値段でした。



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 駅から10分ほど歩いていつもの宿にチェックインしました。

到着が早過ぎるから少し待ってと言われるかもと危惧していたのですが、やはり1月にタフリール広場で起きた騒動の映像が世界中に発信されたことで旅行者は少ないようで、すんなりと部屋に通されました。宿には2004年の時には無かったWiFiも完備されていましたので、しばらくコーヒーを飲みながらネットのニュースなどをチェックしてから中心部へ出かけることにしました。

当然ながら真っ先にタフリール広場に行ってみたのですが、以前に比べて少し雰囲気が変わっていました。ムバラクを退陣に追い込んで勝利したことを祝う類のTシャツやステッカーなどが売られていることは予想していたのですが、アジア人観光客を見かけてもセールス・トークを始めないのは意外でした。一人の少年に「ウェルカム トゥ エジプト!」と一言だけ声をかけられただけでしたので。どうやらアジア人は買わないので愛国精神を持つ現地人に照準を合わせる戦略のようでした。



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 カイロで最初に食べるものはコシャリと決めていました。

ウェキペディアによりますと、「コシャリ(كشري)とはアフリカ大陸北東部に位置するエジプトの料理の一つで、米やマカロニとヒヨコ豆などをミックスし、揚げた玉ねぎとトマトソースをかけた料理…」とありますが、日本の牛丼的な地位を占めるエジプトのソウルフードといった感じの軽食なのです。それでどこにでもあるはずと思ってタフリール広場方面に行ってみたら、なかなかコシャリ屋を見つけることができなくて苦労させられました。

本当は屋台か、それに毛が生えた程度の店で食べたかったのですが、歩き回った末にようやく見つけたのはコシャリのチェーン店でした。まだ試したことは無いチェーン店でしたし、それなりに流行っているみたいでしたから5,50ポンド(約77円)のミディアムサイズを買ってみたのですが、酢も辛味ソースもマイルドで美味しゅうございました。前回に比べるとけっこう値上がりしていましたが、イスラエルの後ですから許容範囲でしたよ。



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 食後のデザートに繁盛店のアイスクリームを試してみました。

多くの人がこの「EL ABD」のアイスクリームを食べながら歩いていましたので、「これは安いか美味いかで地元で人気があるんだろうな…」と予想していたのですが、試してみたらその両方でした。手頃な2スクープのアイスクリームが3ポンド(約42円)だったのですが、フルーツの味がしっかりしていて美味しゅうございました。

この店も店員にお金のやり取りを任せないエジプト方式でしたので、メチャ混んでいる店内で長い行列に並んで料金を先払いする必要があったのですが、それだけの価値がある店だと思います。他のケーキ類も美味しそうだったのですが、多くの客はホールや箱で大量に買っているため、1個だけくださいとは言い出しにくい雰囲気があります。そのうちに空いてる時を見計らって試してみたいものですが。



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 今日の地元の新聞の1面にムバラク氏の画像がありました。

日本のニュースサイトではあまり見かけなくなっていますが、こちらでは拘束中のムバラク氏の様子が詳細に報道されているのでしょう。もちろん私はアラビア語がまったくわかりませんので、この新聞に「ムバラク氏が復権!」とあっても理解できないのですが…(笑)

しかしムバラク氏のことをGoogleニュースのサイトで検索していて、「元閣僚ら獄中サッカー、激やせムバラク氏次男は不参加…」とあったのには笑ってしまいました。やはりエジプトでもサッカーが人気で、ムバラク前政権で閣僚を務めた連中がサッカーチームを結成して試合を行ったらしいのです。ムバラク氏の次男は檻の中の食事が口に合わなくてサッカーどころの雰囲気じゃ無いのでしょう、



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 夕食は近くのシーフードのレストランを試してみました。

本当は白身魚のグリルを食べたかったのですが、売り切れていたので15ポンド(約210円)だったシーフードの具沢山のスープを頼んでみました。シンガポール人が頼んだはエビフライのプレートは20ポンド(約280円)と少し高めでしたが、味見させてもらったら下に敷かれた香草との相性が抜群で美味しゅうございました。ダハブでは高くて手が出なかったシーフードが200~300円程度で食べれただけでも良かったと考えるしかないですよね。

食後に昼にアイスクリームを買った「EL ABD」という店に寄って、大きめのクロワッサンなどが4個入った9,75ポンド(約137円)のお買い得パックのようなものを明日の朝食用に買って帰りました。本当はデザート用にケーキも買いたかったのですが、今回も長い行列のためにあきらめざるを得ませんでした。



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(2011/04/21(木) 23:59)

 ダハブの海岸には似合つかわしくないATMがひっそりと置かれた理由は…
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 ダハブの最終日は心地よく晴れてくれました。

暑くも寒くもない最高のコンディションでしたのでランチ後にでもシュノーケリングに行こうと決めたのですが、その前に何か面白いものは無いかと近所を歩き回りました。ダハブは主にヨーロッパからの旅行者向けに開発された小さな町ですから端から端までゆっくり歩いても1時間もかからない感じです。そんな町なのに旅行者のために小さな銀行の支店とATMが3台ほど置かれていたのですが、これはけっこう違和感がありました。

こういった町ではインド系の住民が土産物屋の奥の手作りの両替商のブースに座っていたりするのが普通なのですが、このダハブではそういった店を見かけないのです。もちろん観光客相手のレストランや土産物屋などではユーロやドルはそのまま通用するのでしょうし、ヨーロッパからの旅行者はATMに慣れていて機械相手の方を好むのかもしれません。しかしダハブに両替商の店が見当たらない理由は別のところにあるのかもです。例えばムバラク時代に外貨が地下経済に流れることを懸念したとか。まあそのあたりについてはエジプト情勢に詳しい人を見つけて訊いてみたいものです。



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 1本しかない商店街にはこんな外観の店もありました。

何の店だか知らないのですが、狭い導入部分がスフィンクスで、奥にガラスのピラミッド状の明り取り窓が見えますので、ギャラリー風な土産物屋だと推測しています。元々は広い敷地にあったスフィンクスの横に新しい店が次々とオープンしたようにも見えますが、実際は横の店が先にあって後からスフィンクスを押し込むように作られたのでしょう。

ダハブに1週間ほど滞在してヒマを持て余すようなら、こんな店の中もチェックしてみようという気になるかもですが、下手に入ると店主が日本人のカモが来たと喜んでしつこく喋りかけるかもしれませんので怖くて入れないのです。なにしろ日本人もですが、ヨーロッパ人の旅行者の数も減っていて、朝夕などは商店街の客より店員の数の方が多いような状態が続いているようですからね。



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 今日のランチは近所の店でファラフェルを試してみました。

先日の昼のように海沿いのビーチリゾート風のレストランに行って豪華なランチを値切って食べることもできたのですが、ダハブで最低ランクのものも試しておこうかなと考えたのです。もちろんここもエジプトですから庶民の味方のコシャリ屋もあったのですが、このファラフェルの方が少し安そうだったので選んでみました。

観光客が多いメインストリートでは1個3ポンドほどするファラフェルですが、裏手でひっそりと営業していた無愛想な親父の店では2ポンド(約28円)というので安いなと思いました。しかし運ばれてきたものは具材が少なくて見た目が貧相でした。また最も重要なヒヨコ豆のペーストのフライも揚げたてじゃなかったのでガッカリでした。また我々の後で同じファラフェルを注文したエジプト人客は1個1,50ポンドしか払っていなかったようですが、もし現地人価格とツーリスト価格が設定されているとしたら許しがたい愚行だと思います。



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 食後にダハブの南側の海岸線を散歩してみました。

こちらは最近になって開発されたエリアのようで、カリブ海の島にありそうなプール付きの豪華なホテルなどが並んでいました。海側に建物が無いので開放感があって悪くは無かったのですが、タフリール広場での騒動以来に観光客が激減したためか道の真ん中で犬が昼寝できるほど閑散とした雰囲気でした。カイロも含めて治安は良くなっているはずですから、もう少し経てば割安な休暇を過ごすために多くの外国人が再訪するようになるのでしょうが、それは新政権により新たなスタートが切られてからになるのかもしれません。

しかし私が気になったのはダハブの町の商店主たちのズレた感覚でした。散歩の途中でアイスクリームを買おうといくつかの店で値段をチェックしてみたら高い店は5ポンド(約70円)で、普通の店は3ポンド(約42円)でした。前回の記憶から高過ぎると判断して買わずに出ようとしたら、2,50ポンド(約35円)でいいと言い出したのですが、そんな観光客をバカにするようなことを続けていたら評判が悪くなって客足が遠のいてしまうのにと心配になりました。



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 メインストリートには安っぽい絵画を売る店もありました。

魚やダイバーなどをモチーフにしたものが多かったのですが、この手のものは他のリゾートでもそっくりのヤツを見かけます。ですから私は中国の内陸部の小さな村あたりで、ベルトコンベヤー方式で1色毎に担当者が決めて大量生産しているんじゃないかなと疑っています。

こういった定番中の定番とも言える土産物を誰が買っていくのだろうと不思議なのですが、店が存続しているということは誰かが買っているということなのでしょう。しかしこんなのを土産にもらったら困るでしょうね。せめてもの救いは嵩張らないので押入れの奥に仕舞っておけば邪魔にならないということでしょうか。(笑)



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 気温が下がり出す前にシュノーケリングをやってみました。

宿で水着に着替えて、お借りした道具を持って目の前の海に足を踏み入れてみたら水が冷たく感じました。シュノーケリングをあきらめて引き返そうかとも思いましたが、紅海で後悔しちゃいけないと覚悟を決めて海の中へ。しばらく沖に進むと急に深くなり、そこにはたくさんの魚が泳いでいました。15cmほどの刺身にしたら美味しそうな魚を目で追いつつ、しばらく浮遊体験を楽しんでいたらクラゲの大群と遭遇してUターンすることになりました。

ダハブではシュノーケリングでも十分に楽しめましたが、ゴミがけっこう多かったのが残念でした。水がキレイで透明度があるだけに、ゴミの存在はいっそう腹立たしく思えたのです。ダイビングなどで観光収入を得ている地元の人たちは海を大事にしていると思うのですが、観光業とは無関係なエジプト人の中には心ない人もいるのでしょう。ゴミの無いキレイな海や、ツーリスト価格を廃した万人に平等な料金体系が旅行者の満足度を上げてリピーターの獲得につながると思うのですが、残念ながらダハブは落第でした。おそらく私はここには再訪しないでしょうし、人に薦めることも無いでしょう。イスラエルから国境を越えた所で75ポンド(約1050円)のわけのわからない税金を取られたということも大きな理由のひとつです。国家によるツーリストへの搾取といった感じのものでしたからね。



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(2011/04/20(水) 23:59)

 10ポンドの朝食と15ポンドのランチ、そして7ポンドの夕食の勝者は…
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 イスラエルとの1時間の時差のため早起きできました。

欧米はもとより日本人のダイバーにも人気の観光地であるダハブの朝は遅いのですが、昨晩の内にパンを買っておくのを忘れてしまいましたので、今日は久しぶりに朝食を食べるためにシンガポール人と近所のレストランに行ってみることにしました。エジプトは反ムバラクの民主化運動が世界に報道されたために、ダハブの観光客数は通常よりもかなり少ないみたいでした。それで交渉次第では定価からかなり値切ることができるという話でしたので頑張ってみました。

詳しい経緯は省きますが、メニューにあった価格の半分以下の10ポンド(約140円)でリゾート地らしい見た目の朝食を試すことができました。飲み物はコーヒーか紅茶が付いてるものだと思っていたら別料金ということでしたので、それだけが残念でした。まあコーヒーは出かける前に飲んでいましたので、問題は無かったのですけどね。



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 ダハブでは多くの飲食店がキレイな海に面しています。

この土産物屋や飲食店が集中しているゾーンは砂浜は少ないのですが、シュノーケリングやダイビングには向いてるようで人気のようです。午前中で気温は十分に上がりきってはいなかったのですが、1組の早起き組の欧米人たちが潜りを楽しんでいるようでした。この観光地の物価は競争が激しいカイロに比べると高いようですが、日米欧の先進国の半分以下の割安な料金でダイブできるようなのですが、私はまったく試す気にはなれません。

それというのも人の指図を受けるのが大嫌いな私は、専門知識を持つインストラクターからのものであっても自分の行動を制限されることを好まないのです。また海に潜るのに特別なライセンスが必要という業界の常識に関しても懐疑的です。ダイビング業界は「事故を未然に防ぐためには不可欠…」と簡単に結論付けてしまいそうですが、私は海にライセンスなんてものは不要で、自己責任で楽しめば良いのではという考えの持ち主です。ダハブの料金は安いといっても私には十分過ぎるくらいに高いものですしね。



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 ダハブでは節約家の私もミネラルウォーターを買いました。

これまでの中東の国では喉が渇いたら水道水を沸かしてコーヒーを淹れて飲んでいたのですが、ダハブの水は海岸の近くの井戸水を水源にしているようで、塩分濃度が高くてコーヒーを濃く淹れても誤魔化せないレベルのものなのです。それで仕方なく近所のスーパーマーケットという名の小さな店で標準的な1,5リットルのヤツを購入したのですが、2,50ポンド(35円)と微妙な値段でした。カイロの郊外の大型店なら半額くらいの類似品を売っていそうですけどね。

ちなみにこの古そうな看板はダハブにやってきた観光客の半数が記念に撮影しているだろうと考えられるもので、ラクダと馬を海で洗うことを禁止しているようです。私はイスラエルとの国境近くの過疎地域のビーチでラクダを海に入れているのを見かけましたが、観光地に迷惑な「落し物」をしていきそうな大型動物はここには連れてくるなということなのでしょう。草食動物ですから落し物の匂いはヒドくないと思うのですが、量がムチャ多そうですからね。(笑)



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 ランチは今朝と同じ店で食べることになってしまいました。

魚が美味しいという評判を聞いて3軒先のレストランに行ってみたら値段交渉で折り合わず、次の店でも希望価格までは下げてくれなかったのです。それで朝食を試した店の前にやってきたら、店主が我々が2軒のライバル店で妥協しなかったのを遠くから見ていたためか、希望価格の15ポンド(約210円)で妥協してくれました。イスラエルのエイラットではピザ1切れの値段ですから、戦勝国と敗戦国の格差を思い知らされました。もちろんこの低価格の理由は民主化運動の影響で客数が少ないというのが最大の理由でしょうが。

値段交渉には成功したものの、メインディッシュが貧弱だったりしたら最初の店で妥協しておけば良かったと後悔しちゃうかもと心配していたのですが、うやうやしく運ばれてきた料理は質も量もまったく問題が無いものでした。簡単に説明しておくと、まずレモンたっぷりのウェルカムドリンク、そして6種類のホムスなどのディップ類とピタパン、メインの白身魚のグリルのプレート、そしてクレープとアイスクリームのデザートにハーブティーと文句の付けようが無いものだったのです。

また料理を食べ終える頃を見計らって数匹の猫がやってきて、「もうお腹いっぱいになったはずだから、そろそろ何かくれても良いのでは…」といった目でこちらを見つめていました。中東の猫は魚より鶏の方が好みだというのはわかっていましたので、同行したシンガポール人の皿からわずかに肉が残った骨の部分を差し出してみたら、バリバリと噛み砕いて全部食べてしまいました。日本の猫なら「骨にゃんか食べられにゃい!」と怒り出しそうですが、こちらの猫たちは敗戦後を生き抜いてきたためかワイルドです。(笑)



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 ダハブの町ではあちこちで猫たちを見かけます。

この黒猫は広場に面した土産物屋の「パピルス」という店の前を縄張りにしているようですが、これまでの中東各国の猫たちと違って人間を恐れていませんでした。ここは欧米人が多い観光地ですから、いろんな人の目があるのでいじめられることが無いので安全なのでしょう。ここに座っていれば観光客から頭や背中を撫でてもらえて、運が良ければ何か食べ物ももらえそうですしね。

私は久しぶりにシナイ半島にやってきて、この土産物屋のデザインのようにおバカな観光客にアピールするようなものが激増していたことにガッカリしていたのですが、この猫たちと割安な料金でかなり救われました。日本では自粛ムードが続いているようですし、エジプトは危ないのではと渡航先のリストから外される傾向が強いのかもしれませんが、私はその心配は無いと思っています。割高だったイスラエルからやってきて安く感じたためもあるのですが、エジプトはボラれさえされなければ基本的に悪くない国だと思います。



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 夕食は宿で作っていただいた親子丼をいただきました。

ダイビング目的で長期滞在されている旅行者は割安であっても外食に飽きてしまうというのもあるのでしょうが、あちこちの国に寄りながらファラフェルやシュワルマばかり食べてきて和食が恋しいというのもあるのでしょう。私やシンガポール人もキッチンがある宿では米を炊いたり、インドネシア製のインスタントラーメンを作って食べたりと工夫してきましたが、ダハブでは宿では材料費を払うだけで美味しい料理を出していただけるので助かります。

ちなみに今日の鶏肉たっぷりの親子丼は玉ねぎとピーマンとやや変わった組み合わせでしたが、キノコ類や絹さやなどは入手困難ですのであきらめるしかないのです。まあ材料費は1人あたり7ポンド(約98円)と安かったですし、近所の酒屋で買ったビールも5,50ポンド(約77円)でしたから不満があるはずないのですけどね。ちなみに日本人にとっては重要な米の品質なのですが、1kg4,50ポンド(約63円)で購入できるエジプト産の米が悪くないのです。宿の料理担当者が毎日のように鍋で炊いていて火加減を熟知されているということもあるのでしょうが、今日の勝者はいちばん安かった夕食というのが私とシンガポール人との共通意見でした。



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(2011/04/19(火) 23:59)

 イスラエルで食い物を胃袋に詰め込めるだけ詰め込んで出かけた先は…
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 エイラットの宿の朝食は豪華な食べ放題の方式でした。

(都合により続きは後ほどアップします)




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(2011/04/18(月) 23:59)

 ビザ取得のために1泊せざるを得なくなったエイラットで得たものは…
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 今日もエイラットは良い天気に恵まれ、暑くなりそうでした。

今朝は朝一番にエジプトの領事館へ行ってビザの申請を済ませて、シリアから一緒に旅行しているシンガポール人と我々の荷物をバスターミナルで降ろしてからレンタカーを返却する予定でした。数人の旅ブログをチェックしてみたら、ビザは75シェケル(約1875円)の料金で30分ほどで発給されたと書いてありましたので油断していたら、なんと100シェケル(約2500円)に値上げされていて24時間かかるということでしたので予定が狂ってしまいました。エジプト人の担当者に同行者のシンガポール人はビザを事前取得しているので、今日中に発給してもらえるとありがたいと丁寧に頼んでみたのですが、私が賄賂を渡さなかったためか首を横に振るばかりでした。

どうにもならない雰囲気でしたのでアホな制度のためだけに割高で退屈なエイラットでもう1泊することにして、シンガポール人をバスターミナルで見送ってからレンタカーの返却に向かいました。メーターで確認してみたら800kmほど走っていて3日間で107米ドルでしたので、1日あたりの走行距離は約270kmで約37米ドルかかったことになります。ガソリンは2回給油してトータルで367シェケル(約9175円)でしたから、レンタカー代より燃料費の方が高くなってしまいました。

レンタカーを返した後は荷物が異常に重たく感じるのですが、それを担いで宿にチェックインしてランチを食べに出かけました。高いビザ代を払ったので超節約ムードとなり、昼はビーチの近くの屋台に毛が生えたような店のシュニッツェル・バーガーで我慢することにしました。衣がサクサクしていて美味しかったのですが、この程度のものが15シェケル(約375円)もするなんて異常な国に連泊せざるを得なくなった原因を恨みながら、持ってきた宿の水で胃袋に押し込めました。まあ日本通のイスラエル人からは「日本のビーチの海の家の具材が乏しい焼きそばは500円くらいするじゃないか!」と反論されちゃいそうでっすけどね。(笑)



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 エイラットはリゾートですから、こんな光景も目にします。

タイのプーケットなどのリゾートのコンビニでは毎日のように飲んでいたスラーピーという融けかかったカキ氷のようなドリンクですが、イスラエルでは砂糖水に色が付けられただけのものでも5シェケル(約125円)もしちゃいましたので腹が立ってきました。エジプト側にあるかどうかは不明ですが、あるとすれば20円ほどでしょうからね。

しかしエジプト政府がビザなんていう時代錯誤のシステムを残しているために、何の罪もない観光客が物価が高いイスラエルで足止めを食らうことになったわけですが、これはエジプト政府にとって何の得にならないことでしょう。つまり観光客はかつてエジプトの戦争相手だったイスラエルに1日分余計にお金を落とすのみで、エジプトではその1日分を消費しなくなったりするわけですからね。おまけに旅行者は入出国する時に何度も金をせびられているように感じてしまいますので、もう二度と中東は旅行したくないと思ってしまうでしょうし。



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 ランチの後でビーチの観光案内所に行ってみました。

さすがにリゾートだけに日本語の観光案内の冊子も置いてありましたし、カウンターには飴が用意されていました。若いお姉さんの応対もこれまででいちばんマシで、エイラット滞在が2度目であることを伝えると「今回はどう?」と笑顔で訊かれましたので、「あまりの変化に驚いてしまいました」と無難に答えておきました。前回より良くなったとウソはつきたくありませんでしたからね。(笑)

(続きは都合によりエジプトに入ってからアップします)



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(2011/04/17(日) 23:59)

 死海で浮かんで、エイラットで飛行機を見ながら食べたものは…
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天気に恵まれて死海で浮かんできました。

今日もドライブ疲れで更新は無料です。詳しくはダハブに着いてからにします。



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(2011/04/16(土) 23:59)

 気持ちよく晴れてくれたので、久しぶりに地中海で泳いでみたら…
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 ドライブ疲れで更新できません。詳細はエジプトで…



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(2011/04/15(金) 23:59)

 レンタカー屋でちょっと古いヒュンダイを借りて出かけた先は…
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 今朝は早起きをして、朝食後にレンタカー屋に行きました。

(テルアビブに着きましたが、文章の更新は後ほど…)



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(2011/04/14(木) 23:59)

 無神論者の私が宗教を妄信する人たちに望みたいことは…
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 4日目エルサレムはまずまずの天気に恵まれました。

(今回の宿にはWiFiが無いので文章は後ほどアップします)



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(2011/04/13(水) 23:59)

 エルサレムから日帰りで行ったパスポートが必要な所とは…
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 エルサレム3日目の朝食はわりと豪華な内容でした。

アンマンではピタパンにゆで玉子とチーズだけという朝食が続いたのですが、イスラエルでは野菜やオリーブなども付くのが一般的なようですし、今朝は焼きたてのホウレンソウ入りのパイのようなものが出てきました。またイスラエルはロシア系のユダヤ人の人口も多いことから、ロシア風の黒パンが普通に売られているのですが、これも私の大好物のひとつなのです。

内陸のエルサレムは私の好みでは無いのですが、キレイな砂浜の海岸線を持ち毎日のように地中海に沈む夕陽を見ることができるテルアビブは私の移住先の条件を満たしているのですが、豊富な魚介類や国際色豊かな食料も魅力的です。しかし私の移住先の候補に載らない理由はイスラエルのハリネズミのような外交姿勢のためです。私は無防備にお腹をさらけ出している猫に頬擦りしたくなることがよくあるのですが、いくら性格が良くてかわいいハリネズミが同じ状態でも顔を近づけようという気にはなれませんからね。(笑)



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 今日は午前中から怪しそうな雲行きが広がっていました。

それであまり気乗りはしなかったのですが、知り合ったアメリカ人たちと郊外のラマラというパレスチナの政治の中心のような街まで行く約束をしてしまいましたので、片道6,50シェケル(約163円)も払って行くことにしました。ダマスカス門の近くのターミナルから25分ほど走ったら、右手にイスラエル名物の民族分離壁が見え始めたのですが、それが高速道路の料金所風に広がった所が事実上の国境とも思えるイスラエルとパレスチナの間のチェックポイントでした。

これはバスがそこを通過する時に車窓から撮影したものですが、200kmも続いているという民族分離壁のほんの一部が見えていました。その上には刑務所にあるような見張りのためのスペースが備えられていたのですが、自動車をほんの数秒で蜂の巣状態にできる連射銃の銃口がこちらを向いていると想像したら恐ろしくなりました。もちろん無垢な民間人に対する誤射なんて起きる可能性は飛行機事故に遭う確率より少ないのでしょうが、たまに欧米で起きる銃の乱射による無差別殺人の犯人のような歪んだ性格の人間がゲームセンターに居るような感覚でトリガーを握っていたら怖いなとついつい想像してしまうのです。



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 チェックポイントから10分ほどでラマラに到着しました。

ミニバスのターミナルから500mほど緩やかな坂を下ると街の中心部らしい放射状の道路の噴水に出たのですが、完成度が低いライオンの彫像が並んでいてトラファルガー広場のようでした。この画面の奥の建物の2階には旅行者の間で密かな人気の「STARS AND BUCKS COFFEE」の店があったので行ってみたら、タイミングが悪く停電で真っ暗でした。

コーヒーの値段は8シェケル(約200円)からで、本家のようにWiFiも完備しているようでしたが、停電ならPCの充電もできないわけで利用価値はゼロでした。数軒先のエッフェル塔がトレードマークのお菓子屋の2階のカフェも同様に停電でイタリア製のコーヒーメーカーは使えず、プロパンガスで作れる4シェケル(約100円)のトルココーヒーなら出せるということでした。このあたりでは自家発電気でミキサーを回しているジュース屋などもありましたが、ベイルートより軒先の発電機の数は少ないようでしたので、停電が起きる回数は意外に少ないのかもしれません。それともイスラエルはトルコ並みにガソリン代が高いので、発電機を回す燃料代が不経済なだけかもですが…



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 ラマラの街の市場は多くの買い物客で賑わっていました。

色とりどりの野菜や果物が並んでいる光景は楽しいもので、物価もエルサレムに比べると安いようでした。彼らの所得水準がどれくらいかはわからないのですが、資産として持ち運ぶのに便利な金製品を売る店がたくさん並んでいたことや、新製品じゃない方のiPadなどの広告があったりしたことから、シリアやヨルダンより多いのではと推測できました。

市場の中を歩き回っていて大衆的な食堂が目に付きましたので、何かローカル色が強いものを試してみたくなりました。上手い具合にほぼ満席の店内に小さなテーブルが空いていて、フレンドリーな店主にこちらの意思を伝えたら、この18シェケル(約450円)の昼の定食のようなものを薦めてくれました。右の温かいヒヨコマメのスープ、中央の野菜を細かく刻んだサラダ風のものをピタパンで食べるというもので、左のホットソース以外はすべて美味しく完食できました。ピクルスもお代わりしたいくらいでしたが、店が混んできましたので食後のデザートとWiFiを求めて市場を後にしました。



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 ラマラは歩き回るにはちょうど良いサイズの街でした。

ミニバスの中でアメリカ人から聞いた話によりますと、北のナブレスや南のヘブロンという街の方がやや大きいらしいのですが、日本政府の出張駐在官事務所が置かれていることからも推測できるように政治の中心であるのでしょう。私は人口100万以上の都市は渡航が困難な国を除いてほとんど行ったことがありますので、次は50万都市をターゲットにしていて、ナブレスやヘブロンにも行ってみたいのですが交通費以外の障害として、チェックポイントの存在が大きいのです。

以前にイスラエルを旅行した時も何度かチェックポイントという名の国境で待たされてイヤな思いをさせられたのですが、イスラエル側としては武器や爆弾を持ち込まれたらたいへんですから慎重にならざるを得ないのでしょう。それなら我々のようなニュートラルな立場の旅行者のために専用のチェックポイントを作ってくれたらありがたいのですが、イスラエルとしては「そんな経費は無い!観光客はテルアビブやエイラットでビールでも飲んで寝そべってれば良いのに、わざわざそんな所に行く方が悪いのだから、他の奴らと行列に並びやがれ!」とでも言ってるかのように感じました。これが天気が良い日で、しかも行列が短い時間帯だったら「友好関係にある日本からの旅行者の方にはご不便をおかけしますが、より安全に皆様にイスラエルを観光していただくためには必要な警備ですので…」という風に思えたかもしれませんが。(笑)



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 ラマラからのミニバスは新市街で途中下車すべきでした。

(都合により続きは後ほどアップします)



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(2011/04/12(火) 23:59)

 エルサレムでいつもより多くの日本円を両替して最初に食べたものは…
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 エルサレムの2日目は気持ちよく晴れてくれました。

まずはいつものように新市街で日本円の両替をしたのですが、ここの物価を考えていつもより多めの2万円にしておきました。今日のブルームバーグの為替レートでは1万円は405シェケルくらいでしたが、10軒ほど回っても400が最高でした。つまり2万円が800シェケルになったのですが、1シェケルが25円と昔のフランスフランみたいな感じですので計算するのには便利です。

前回のイスラエルはブログをはじめる直前の2004年の春だったと記憶しているのですが、記憶を呼び起こすキッカケとなる材料が乏しいので両替率がいくらだったかまったく覚えていません。ただ前回は新市街のひとつの両替所が計算間違いをして、儲かったことだけは鮮明に覚えています。なにしろお金に関してはプロのユダヤ人が間違えたわけですからね。今回は残念ながらそんなラッキーなことは起こりませんでした。まあイスラエルで両替して得することなんて交通事故に遭う確率より低いかもですが…(笑)



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 エルサレムの印象が前回と大きく違うのはコレのせいでしょう。

最近は世界中のあちこちの街で走り始めている低床式のトラムですが、それがエルサレムでも走り出そうとしているのです。現在は試運転中のトラムについて観光案内所で訊いてみたら、「北東から南西まで15kmほどの距離を8月くらいから結ぶ予定だけれど、まだウェブサイトも用意されていないだろう…」ということでした。

この車両はフランスなどで走っているものと同じだと思うのですが、イスラエル風の改良や味付けはされないようです。旧市街に近いこのあたりではストラスブールと同じように路面の緑化が行われていて、それがエルサレムの街を違った印象に変えているんじゃないかと思います。あまり観光客には利用価値が無さそうですが、次回の訪問時には一度くらいは乗ってみようかなと考えています。



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マクドナルドのWiFiでメールチェックした後に新市街で観光案内所を探しても見つからず、あきらめて旧市街に行くことにしたのですが、その前に腹ごしらえをしていくことにしました。エルサレムでの最初のランチに選んだのは消去法で10シェケル(約250円)のファラフェルになりましたが、具材が豊富で美味しゅうございました。マクドナルドのセットは安いのでも1000円近くしましたので、新市街の中心部ではこのあたりが最低ランクのようでした。

たしか前回はアレンビー・ブリッジを越えて入国してから100円程度でファラフェルを食べたような記憶があるのですが、イスラエルの物価はかなり高くなっているようです。円高基調の現在でさえ高く感じるわけですから、これが日本経済の破綻ということになるとイスラエルは高過ぎて観光旅行には向かない国になってしまうことでしょう。日本経済がアルゼンチン化して、このファラフェルが1000円以上になったとしたら手が出ませんよね。



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 食後にヤッフォ門の近くのモールに出かけてみました。

何かで「エルサレム旧市街の近くで大規模なショッピングセンターを計画中…」というのを読んで心配していたのですが、このマミラセンターの場合はその必要はありませんでした。イスラエルはヨーロッパ諸国並みに文化度が高い国ですから、大金を落とす欧米の観光客から批判を浴びるような陳腐なものは作らないだろうとは予想していたのですが、なかなか立派なものに仕上がっていたのです。

高低差がある敷地の形や大きさは表参道ヒルズに似ているのですが、ここではわざと中央の通路部分をフラットにして人口基盤でヤッフォ門と結ぶという手法を採用していました。これにより旧市街からはこのマミラセンターを通って自動車の往来に悩まされることなく新市街へ抜けることができるようになったのですが、もうひとつのメリットとして、このモールの屋上の一部を公共の広場として有効利用できることが挙げられます。

またこの画像では階段状にプラントが植えられている下層部分は駐車場となっていて、テルアビブやエイラットなどの地方都市から自動車でやってくる観光客の間でも利便性が高いと評判は良いのではと想像できます。地元以外のテナントはGAPやMANGOなどとたいしたことは無いのですが、テルアビブの実情にあった背伸びしていない水準のもので好感が持てました。もっと上のクラスのブランドの服を求める富裕層は仕事でロンドンやアントワープなどに行った時に買えば良いわけですしね。



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 それから市バスに乗って郊外のモールに行ってみました。

前回はその存在を知らなかった新市街の南西のスタジアムの前にあった「MALIHA MALL」という大衆的な大規模商業施設でしたが、驚かされたのはけっこう古そうなのにメチャ流行っていたことでした。構造はごく一般的なもので工夫が無く、テナントも特筆すべきものは皆無でした。それなのに全館で半額セールでもやってるかのように人が押しかけて来ているのは、近くにライバルが不在だからなのかもしれません。

昨年の秋にドイツのオーバーハウゼンのチェントロという巨大モールを再訪した時にも同じようなことを感じたのですが、それだけの集客があるなら増床すれば良いのにと不思議でなりません。また近くにライバルが出現しないということも何か裏があるのではと、ついつい懐疑的になってしまいます。資本主義社会なら当然なことが起きないのは何か理由があるはずですからね。



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 モールもですが、帰りのバスもメチャ混んでいました。

ちょうど夕方の買い物を終えて帰宅するという人が多かったせいもあるのかもしれませんが、混む理由のひとつが2両連結のワンマンバスなのにICカードが導入されていないということでした。イスラエルといえばハイテク分野で抜きんでているところがあると知られているのですが、2011年だというのに運転手が客の応対を手動でやっていたことには驚かされました。

新市街からモールまでは6,40シェケル(約160円)と高価だったのですが、運転手がお金の受け渡しや回数券にパンチを入れたりする雑用をこなしていたので時間がかかり過ぎていたのです。長い行列に並んで、ようやくバスが新市街に向けて出発して、しばらく走ったら前回は入り口で空港のような厳しいセキュリティチェックがあった市場が現在では普通に出入りできるようになっている様子が見えました。「イスラエルは民族分離の壁に費やした金を他の国民の生活向上に使えばかなりの成果があっただろうに…」と旧態依然とした市場の様子を眺めながらぼんやりと考えてしまいました。



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(2011/04/11(月) 23:59)

 アンマンから日本の国旗が描かれた橋を渡って辿り着いた先は…
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 アンマンからの移動日でいつもより少し早起きをしました。

朝食を急いで食べた後に、冷蔵庫に残っていた食材を刻んで炒めてピタパンの中に放り込んで移動用の弁当を作りました。今日の交通費を残してヨルダンディナールを使い切ったということもあるのですが、食材を無駄にするのももったいないですからね。それにピタパンなら持ち運びも楽で、国境通過の長い待ち時間に食べることができて便利だと思えたのです。すべての準備が終わって5日間お世話になった宿の清算を済ませ、国境への行き方を訊いてから今回も行動を共にすることになったシンガポール人と共にタクシーに乗りました。少し遠回りされてしまいましたが、20分ほどでアンマン郊外のセルビスタクシー乗り場に到着して4人揃うまで待つことになりました。このヒュンダイのセルビスタクシーはヨルダンの国境まで20ヨルダンディナール(約2440円)と決まっていて、急いで2人だけで行きたい場合は1人10ヨルダンディナール(約1220円)を払えばすぐに出発してもらえるようです。

しかし我々は急ぐ理由も無いですし、ヨルダンディナールの残りはわずかでしたから、定員の4人が揃うまで20分ほど待ってから5ヨルダンディナール(約610円)を払っての出発となりました。アンマンを出てしばらくは信号が無いフリーウェイ状態の広い2車線道路を快適にクルーズして、出発から30分を越えたあたりで1車線になって国境が近いことを感じさせました。車中ではヨルダン人のおじさんと世間話をしていて人口の話になり、私が「日本は出生率が1,8くらいで景気低迷の原因になっている」と説明したら、シンガポール人が「自分の所は1,2くらいです」と言ったのには驚かされました。ヨルダン人のおじさんは5人の子供がいるというのを聞いても「そんなものだろうな…」と驚かなかったのですが、英語を話せない痩せたドライバーの家には10人の子供がいると聞かされて度肝を抜かされました。ヨルダンの平均的な子供の数は4~5人くらいかなと予想していたのですが、未だにそんな「貧乏家庭の子沢山」が現実なんですね。(笑)



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 ヨルダンの出国手続きは実に簡単なものでした。

ヨルダン人のおじさんたちは別の場所から出国するみたいで早く降りてしまい、外国人用の窓口に先に並んでいたのは2人だけでしたからね。出国税の5ヨルダンディナール(約610円)を払っていたら、「次のアレンビー・ブリッジ行きのバスが出るから急いで!」と税関の係員に促され、荷物検査など何もなくVIPが乗るような豪華な造りのバスに乗り込むことになりました。

アンマンからのヒュンダイのセルビスタクシーはさほど暑く無かったので窓を少しだけ開けて走っていたのですが、このアレンビー・ブリッジ近辺は岩砂漠状態で少し暑かったのでクーラーが効いていました。VIPバスにはコーヒーメーカーやステレオセットなどが完備されていましたが、それらは政府の要人用のようで3ヨルダンディナール(約366円)しか払わない我々には使われることがありませんでした。

VIPバスはしばらく鉄条網以外は何も存在しない緩衝地帯を抜けて乾ききった水無し川に差し掛かったのですが、そのアレンビー・ブリッジと思われる橋には日本の国旗が描かれていました。中曽根か誰かの時代に我々の税金により援助されたものなのでしょうが、日本人以外は気にも留めないのではないでしょうか。橋を架け替える時に「ジャパン・ブリッジ」などに名称変更してもらえば少しは感謝されたのかもですが…(笑)



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 VIPバスは橋を渡った所で停まってしまいました。

イスラエル入国は審査が厳しいために時間がかかるので、立って待たなくても良いようにバスの中で待たせるという配慮がされているようでした。入国審査の係員を増やせば良いだけの話なのでしょうが、アラブ社会は当然として世界の国から好ましく思われていないイスラエルは、ここで高感度をアップさせようなどとはまったく考えていないようでした。

イスラエルへの入国希望者はバスの中で30分ほど、そして審査がある建物で1時間以上も待つことを強いられたのですが、今回は女性の入国審査係が笑顔で対応してくれたので前回より多少はマシでした。ただし無事に入国はできたものの、ここからエルサレム市内までの交通機関は38シュケル(約950円)のミニバスが最安値ということでしたのでヨルダンに戻りたくなりました。バスチケットは人件費が要らない自動発券機を導入して、値段を30シュケルに下げてくれればと思いましたが、イスラエル政府は高感度を上げようなんて考えていそうにないので通じないのでしょうね。



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 割高なバスは45分ほどでエルサレムに到着しました。





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(都合により続きは後ほどアップします)



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(2011/04/10(日) 23:59)

 500と250フィルスのコインで買える正体不明のサンドの味は…
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 居心地が悪くなかったアンマンもついに最後になりました。

最後のランチは何にしようかなと考えたのですが、先日の夕方に試したパニーニ風のサンドイッチが美味しかったので、今日も別の具材のものを試してみることにしたのです。先日はほとんどの客が注文していたファラフェルに似た団子状の肉が入ったものにしてみたのですが、この店は10種類以上のバラエティがありましたので悩んでしまいました。

その中で見た目がカニの甲羅に似たものがありましたので、iPod touchで撮影してキャッシャーのおじさんに「これを試してみたいんだけど何の肉?」と訊いたら英単語が思い出せないようでした。羊のどこかの部位ということはわかったのですが、何人かが集まっても英単語が出てきませんでした。一人のおじさんが深呼吸する真似をして胸の部分を指差しましたので、どうやら肺のようでした。正体がわかったところで0,75ヨルダン・ディナール(約92円)を払って買ってみたのですが、コリコリとした食感で鶏の砂肝のような感じでした。



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 ランチの後でバスに乗って郊外のモールに出かけました。

その途中でバスの窓からモダンな高層ビルの工事現場が見えたのですが、面白くなりそうな雰囲気でした。工事現場の壁には「LIMITLESS」としか書いてなかったので検索して出てくるか心配だったのですが、地名のアンマンを加えて検索してみたら簡単に見つけることができました。私はプロジェクトの名前が「LIMITLESS」なのかと思ったら、本拠地がドバイにある開発業者の名前だったのです。

このプロジェクトは「SANAYA AMMAN」という名前のようで、複数の空中庭園によって結ばれたガラス張りの高層ツインビルが計画されているらしいのです。金曜礼拝の時にはモスク前の道路を封鎖して祈りを捧げているような保守的な感じがするアンマンには似つかわしくない計画ですが、資金繰りが上手くいくなら実現してしまうかもしれません。この工事現場にあったイラストは興味深いものでしたが、都市景観の観点からはマイナスが大き過ぎると私は思います。



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 バスはアンマン郊外の景色が良い所を走ってくれました。

いくつかの丘を越え、住宅が疎らに建つエリアは今も羊飼いが暮らすような牧歌的な雰囲気だったのです。その景色を楽しみながら走っていたら、要塞のような巨大な建物が見えてきました。セキュリティのためなのか建物に星条旗は掲げられていませんでしたが、装甲車やマシンガンを持った兵隊たちが見えましたので、すぐにアメリカ大使館であることが理解できました。

ヨルダンはアラブの敵であるイスラエルと国境を接していて、わりとニュートラルな立場にあることから欧米との関係が良好で安定しているのですが、その象徴がこの巨大なアメリカ大使館だと思います。アメリカは中東各地に拠点を置いていますが、その中でも最大規模のものなのでしょう。周辺有事の場合はここからの指令でいろんな部署の人間が動くことになるのでしょうが、それらは極秘扱いで決して表には出ないのでしょう。



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 目的のモールはアメリカ大使館のすぐ先にありました。

大使館や高級住宅街が多いアブドゥーン地区にあるアンマンでは老舗のモールらしいのですが、狭さをカバーするためにこのファサードの左隣では増築工事を行っていました。かつてはブランドショップが多く入居していたようですが、今ではG2000などの香港カジュアルの店くらいしか入居していませんでしたし、撤退した後の空きテナントも多くてサミシイ状態でした。

おそらくアンマンの富裕層は飛行機でヨーロッパに飛んだり、高級車でベイルートまでドライブした時に買い物をするので空洞化しているのではと推測できました。おそらく中間層が育っていないので、ブランドショップを維持することが難しかったのではないでしょうか。このアブドゥーンモールは食品スーパーを併設していませんでしたし、面白いものが皆無だったのですが、4つのモールを回ってアンマンの実情を大枠で理解できたように思えますので無駄足じゃありませんでした。



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 モールからシェラトンホテルまで歩いてみることにしました。

先ほどバスの中からアメリカ大使館を撮影したのを護衛の兵隊に見られてしまいましたので、大使館の前を歩くのは避けて裏道を歩くことにしました。公道からアメリカ大使館の外観を撮影しただけですので問題は無いはずなのですが、ヒマを持て余している兵隊に付き合う義務はありませんからね。

iPod touchの地図を頼りに高級住宅地のバラエティが豊富な街路樹の植栽を楽しみながら歩いていたら、ロイヤル・ヨルダン航空の建設中のモダンな建物が見えてきました。その先に貫禄があるシェラトンとフォーシーズンズの2つのホテルが見えたのですが、その手前にはセント・レジスが建つみたいでした。ここの工事現場の防護壁には完成予想図はありませんでしたが、クアラルンプールのようなモダンな建物になるのではと危惧しています。



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 シェラトンで休憩後に西へ1㎞ほど歩くことにしました。

このあたりからダウンタウンまでは6㎞以上ありますので歩いて帰るには遠過ぎますので、バスに乗らざるを得ないのですが、料金は均一ですから正反対に歩いても問題ないのです。シェラトンから見えた2本の建設中の高層ビルを近くからチェックしてみるために歩いてみたのですが、ここはあまり面白くなりそうにありませんでした。おそらく普通のビジネスビルで、低層階にファストフードのテナントが入ると想像できました。

ちなみにファストフードといえば、この近くの交差点にはPOPEYEとバーガーキング、そしてカールス・ジュニアと3つの郊外型店舗が仲良く並んでいました。休憩のためにバーガーキングで400フィルス(約49円)のソフトクリームを食べたのですが、貸し切られた2階の会場から大音量の音楽が聞こえてきて不愉快でした。おそらく欧米文化に憧れを持つ成金の息子の誕生祝いなどのイベントをやっていたのでしょうが、他人に迷惑になることは止めてもらいたいものです。まあここの成金も変な特権意識を持ってるようですから、先進国の常識は通じないのでしょうが…(笑)



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(2011/04/09(土) 23:59)

 祝日の金曜日に平和に見えるアンマンで見かけたものは…
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 今日はイスラム教では祝日となる金曜日です。

そのためか街はいつもより静かな感じがしましたが、中心部の商店は半分以上が開いていました。今日は金曜礼拝の様子を遠巻きに見るために少し前から出かけたのですが、野菜市場はいつものように営業していましたので、夕食用に2個の大きめのアボカドを500フィルス(約61円)で購入しました。店員が勝手に袋に入れようとするのを制して、もちろんワサビ醤油で食べるのに適したやわらかいものを選びました。

その後にアサーンが聞こえてくるまで市場の周辺をのんびりと歩き回っていたのですが、抜群のバランス感覚で焼きたてのパンを売る少年を見かけました。先進国なら児童虐待と批判されそうですが、旅行者の目線から見ると中東の伝統でしょうから、こんな風景が見れなくなってしまうと残念です。



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 金曜礼拝は12時半くらいから人が集まり出しました。

最初はモスクの中だけでお祈りをしていたのですが、そのスペースには限りがありますので、次第にモスク前の広場でも祈りはじめる人が出現しました。そして広場でも収容できなくなると一時的に歩行者天国状態になっていた車道に近所の商店から敷物が持ち出されて即席の祈りのスペースが用意されたのです。

そして1時頃から割れたスピーカーから何やら説教が始まると、それまで勝手に祈っていた人々が一斉に立ち上がり、ぶつぶつと祈りの言葉を発していました。地元の人々にとっては1週間の中での始まりか終わりの区切りとなる神聖な瞬間で、心の中で神と一体になっているのでしょう。無神教の私には彼らの心の内が想像できないのですが、旅行者の目線から見ると興味深い時間でした。しかし近くにいた韓国人の女性旅行者にとってはもっとインパクトが強いものだったことでしょう。なにせそのモスク前広場でたった一人の女性でしたからね。



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 ちょっと休憩した後に近所の高級ホテルに行くことにしました。

いつものように宿でiPod touchの地図にホテルまでの道のりを表示させ、それに沿って歩いていたら雨が降ってきました。西の空には青空が見えていましたので、しばらくインターコンチネンタルホテル前のバス停で雨宿りすることにしたのですが、そこから雨の中でも夢中でサッカーに興じている少年たちの姿が見えました。

もちろん専用のコートではなく、近いうちに工事が始まりそうな駐車場に棒を2本立ててゴールを作ってあるフットサル場レベルのものでしたが、実に楽しそうでした。雨宿りしながら彼らを眺めていたのですが、自分も雨の中で夢中になって遊んでいた時代のことを少し思い出してしまいました。現在の日本では雨の中で遊ぶ子供は激減しているんじゃないかと思うのですが、雨の日は室内でゲームして過ごす子供たちって、何か大事なものを失っているんじゃないかなという気がしました。(笑)



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 この郊外の高級ホテルはかなり高級な部類のものでした。

地元の建物と似た色調の外壁でしたし、高さもそれほどでもないずんぐりした印象でしたので、私は悪くは無いと思いました。ホテルの入り口には飛行場のような金属探知機があり、それを抜けた後はボディチェックを受けましたが、警備はそれほど厳重ではありませんでした。中央に楕円形の吹き抜けがあり、そこは高級レストランになっていましたが、どうせ縁がありませんから値段はチェックしませんでした。

このあたりは各国の大使館も近いことから、政府の要人がアンマン入りする場合には宿泊するのでしょう。ヨルダンはこの中東エリアでは政治的に安定していますので、近隣国で騒動が起きるとマスコミも前線基地を置くことで有名です。テレビ局のレポーターや新聞記者たちの中で偉い人たちはここを常宿にしてるのかもしれません。



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 高級エリアでこんな不思議なデザインのイスを見かけました。

この他にも棒の1本も立っていなかったダウンタウンとは違って立派なバス停があったり、ちゃんとリサイクルと一般ゴミが分けられたゴミ箱まで存在していたのです。大アンマン市という表示がありましたが、おそらく今後はこのようなモダンなデザインのものがあちこちに整備されてゆくのでしょう。

これらのデザインは他所では見たことが無いもので、オリジナル性があって悪くないとは思うのですが、ダウンタウンがキレイに整備され過ぎるのには反対です。近いうちに浅草の雷門の前にモダンなデザインの観光案内所が出現することになり、西洋人たちから批判が出ると予想しているのですが、私もアンマンのダウンタウンにモダンなデザインのものは不要だと思います。



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 そのダウンタウンでこんな商品を売っていました。

日本でも愛用者が多そうな死海の泥でしたが、アンマンから日帰りで簡単に行くことができる死海の無料の泥を売っていたので意外な感じがしました。まあイスラエル側に行かない旅行者がお土産に買って帰るのかもしれませんが、死海はプカプカ浮くのが楽しいので自分で行って好きなだけ持って帰れば良いのではと思いました。

私は今後もLCCに乗る予定ですので荷物を増やすことができないので無理なのですが、死海で泳いだ後に泥を洗い流すために飲み終えたペットボトルに水道水を詰めて持って行き、それで体を洗った後に泥を詰めて持ち帰ればちょうど良いはずです。ちなみに泥を合法的に日本に持ち込めるかどうかは知りません。荷物検査で見つかると没収の対象になるのかもしれません。



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(2011/04/08(金) 23:59)

 500フィルスコインで買えるファラフェルサンドの味は…
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 明日は金曜ですから、こちらでは休日になります。

休日でも大都市ですから営業してる店も少なくないということでしたが、今日の内に買い物と情報収集を済ませてしまうことにしました。午前中は宿で無料のお茶を飲みながらネットで情報収集して、午後から4㎞ほど北にあるモールへ行くことにしたのですが、宿を出た直後にサンドイッチの屋台がありましたので試してみることにしました。

私が作った方がマシだと思える手作りの屋台で、最後にいつ風呂に入ったのかわからないようなお兄さんが目の前で作ってくれたのですが、料金が1ヨルダン・ディナール(約122円)の半分の500フィルス(約61円)でしたから文句は言えないでしょう。ちなみに中身は少しサミシイ感じがしましたが、素朴で美味しゅうございました。



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 アンマンの街はいくつかの丘により成り立っています。

ここでも宿でiPod touchの地図に郊外のモールまでの道を表示させ、それに沿って歩いていたら丘の上の見晴らしが良い場所に出ました。今日は天気も良く、吹き渡る風は爽やかで最高の気分でしたが、前回は見かけなかった数本の工事中の高層ビルが気になりました。前々回のトルコ訪問の時に似た思いをさせられたのですが、「ついにアンマンにまで…」と複雑な思いなのです。

これらの高層ビルは街の西側の高級な住宅や大使館などがあるエリアに建てられていて、アンマンの旧市街からは見えないので問題は少ないとは思うのですが、どうせならもう少し郊外にまとめて建ててくれれば良かったのにと思いました。街から30kmほど離れてる国際空港のあたりなら、この丘に上からは見えないはずですからね。



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 郊外のモールまではゆっくり歩いて1時間ほどでした。

2008年にオープンしたというイステクラルモールでしたが、外観は10年以上は経ってるように薄汚れていました。幹線道路沿いで外壁の掃除がされていないためかなと思ってモールの中に入ってみたら15年は経っているように活気が無い商業施設だったのです。テナントとしてダイソーも入居していたらしいのですが、既に撤退していてエスカレーターに名前だけが残っている状態でした。

テナントの96パーセントくらいは初めて見る名前で、1階のC-TOWNというスーパーもまったく初めてでした。先日のシティモールのカルフールに比べると売り場面積は狭いものの、わりとコンパクトにまとまっていて便利そうでした。カルフールでは1ヨルダン・ディナール(約122円)以下のアジア食材は見かけませんでしたが、ここではフィリピン製の500フィルス(約61円)の乾麺がありましたので、安売りされていたパブリカやラディッシュなどと共に夕食用に購入しておきました。



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 イステクラルモールから次のモールに行くのは断念しました。

要塞のようなアメリカ大使館の近くにアブドゥーン・モールというのがあるそうでしたから、両方の様子をチェックしておこうと思ったのですが、ちょっと場所がわかりにくい上に遠かったので止めておくことにしたのです。TAXIに乗れば簡単にアクセスできるのですが、性質が悪いドライバーに当たると面倒ですので緊急時以外は乗らないことにしているのです。

それで来た道とは違う道を斉藤和義氏の「歩いて帰ろう」を口ずさみながら歩いていたら、どこかで曲がるのを忘れたみたいで、正面にシタデルが見えてきました。iPod touchの地図で確認してみたら、自動車と共にトンネルを通れば楽に帰ることができるようでしたが、それじゃ面白くないのでシタデルを見学して行くことにしました。実は3度目のアンマンでしたが、坂道が辛そうでしたので未体験ゾーンだったのです。

冗談みたいに長い住宅地の階段を上がり、近所の人が歩いたと思われる近道を抜けたら回り道してシタデルの正面まで行かなくても良さそうな隙間を発見しました。ちょっと危険でしたが、それを上がって行くと広々とした広場に出ました。そこの遺跡には猫がいたのですが、やはりここでもカメラを向けると逃げられてしまいました。やはりヨルダンでも猫は邪険に扱われているようですね。



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 シタデルから降りて、買い物を済ませることにしました。

友人から中東を旅行中ならバラのエッセンシャルオイルを買ってきて欲しいと頼まれたのです。東京のマダム向けの店では小さな瓶に入ったヤツでも数千円することがありますが、こちらなら安いだろうということだったのです。まったく私には縁が無いエッセンシャルオイルでしたが、アンマンではあちこちで売っていますので、その中で最大規模の店を試してみることにしたのです。

先客の奥さまたちの買い物が終わるまで待ってから、「友人にローズフレーバーのエッセンシャルオイルを頼まれたのですが…」と切り出したら、背面の棚からうやうやしく1本のボトルを取り出し、マジシャンのような手つきでガラスのフタを開けて、私の鼻先に突き出しました。「トイレの芳香剤みたいだな…」という言葉は飲み込んで、「エクセレント!」と褒めておきました。店員が気を良くしたところで値段を聞いたら50ミリリットル入りのプラスチックボトルに入れて3ヨルダン・ディナール(約366円)、倍の100ミリリットルで5ヨルダン・ディナール(約610円)ということでした。後者の方がお徳なのですが、私はいつも荷物を機内持ち込みにするので小さな方にしておきました。機内には100ミリリットルまでの液体は持ち込めるのですが、空港のゲートで揉めるのは面倒でしたからね。



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 これは宿の近くの老舗が集まる商店街の工事の様子です。 

観光客向けの土産物屋や地元民向けの洋装店、ジューススタンドなどが軒を並べているアンマンではいちばん通行量が多いと思われる場所なんですが、そこで大規模な電線などの地中埋設や歩道の整備などが行われているのです。もちろん街がキレイになることに対して文句があるわけないのですが、その手法はいかがなものかと思ってしまいました。

それというのも歩道の整備がパリの街のそれと似ていて、中東らしさに欠けているようなのです。また歩道と自動車が走る道路とのギャップはわりと大きめで、しかもハンディキャップ用のスロープが作られないようなのです。アンマンでは車イスやベビーカーなどを見かけることは少ないので問題視されない国柄なのかもしれませんが、せっかくゼロから作るというのに残念でなりません。ここでも自動車でしか移動しない人種が都市計画課のイスに座っているのでしょう。



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(2011/04/07(木) 23:59)

 アンマンで退屈な遺跡見物を切り上げて出かけた先は…
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 昨晩の雨がウソのように今朝は晴れてくれました。

宿の朝食の後にシリアから一緒にアンマンまでやって来たシンガポール人から今日の予定を聞かれ、「ここは3度目なので、ウェブサイトで見かけた郊外のショッピングモールに行くつもりだけど…」と言ったら同行したいとのことでした。彼にとっては初めてのアンマンということですから普通にモスクなど見て観光してればと思ったのですが、他所の国でたくさん見たので毛色が違ったものを見たいようでした。まあモスクや遺跡は年中無休でしょうから明日でも大丈夫と考えて一緒に行くことにしたのですが、時間があったので近場のローマ時代の遺跡などを少しだけ見てからにすることにしました。

私も2度目の時には見に来なかったので「久しぶりに見てみるか…」との思いがありましたので、遺跡まで歩くのは苦痛じゃ無かったのですが、この陳腐な工事現場を見て「やっぱり来なきゃ良かったか…」と後悔させられました。どうやら遺跡の前を広場に作り変えるようですが、その整備の仕方が雰囲気を台無しにしそうだったのです。最初にこのエリアに来た時にシリアのパルミラ遺跡でも似たようなことをやっていてガッカリさせられたものですが、ユネスコが各国が勝手に浅はかなことをしないように諌めるべきではないでしょうか。



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 郊外に行く前に下町でランチを食べておくことにしました。

今日のショッピングモールは350店舗ほどの規模ということでしたのでフードコートも充実しているとは思ったのですが、ヨルダンに入国しての初めてのランチはローカル色が強い店の方が良いだろうと判断したのです。それでキング・フセインモスクの裏手の市場の近くで手頃なレストランを探したのですが、上手い具合にガラスケースの中に美味しそうな料理が並んでいるカジュアルな雰囲気の店がありましたので試してみることにしました。

私は魚料理を、そしてシンガポール人はローストチキンを選び、お互いの料理を1口づつ味見し合ったのですが、どちらもそれなりに美味しゅうございました。彼のが2,50ヨルダン・ディナール(約305円)、私のヤツが2ヨルダン・ディナール(約244円)と安くはなかったのですが、付け合せの無料のピクルスなども美味しかったので不満はありませんでした。



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 郊外までのバスを探すのに少し苦労させられました。

ウェブサイトで見たら43番と46番がモールの近くを通るらしいのですが、そのバスが発着する場所がわかりにくかったのです。アンマンではバス停も案内板も無く、地元の人に聞くしかないのです。日本人ならタクシーで行けばと言う人も多くて困ってしまうのです。ようやくバス乗り場を見つけて、30分ほど待って乗り込んだら大渋滞に巻き込まれました。そんな苦労の末に辿り着いたメッカモールは大きさは充分でしたが、中身が薄すぎて退屈でした。

6館ほどのシネコンでは面白そうなものは皆無で、しかも料金が7ヨルダン・ディナール(約854円)と高めでした。また不思議な場所にあったフードコートも良さそうな店が無かったので、ダウンタウンで食べてきて正解でした。ダンキンドーナッツのパクリのようなドーナッツファクトリーという店でコーヒーとドーナッツが0,99ヨルダン・ディナールということでしたので注文してみたら、税込みで1,15ヨルダン・ディナール(約140円)でしたので割安感はありませんでした。



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 退屈だったメッカモールの滞在時間は1時間ほどでした。

350店舗もあったみたいですから、普通なら2~3時間はかかるのですが、足を踏み入れて見たくなる店は皆無だったのです。それで期待はしないようにして近所のシティモールという商業施設まで歩いて行ってみたのですが、期待はしていなかったのに期待ハズレでした。テナントはメッカモールに比べると少しだけマシでしたが、やはり見るべきものは少なかったのです。

交通費は高くはなかったとはいえ、わざわざ時間をかけてやってきたのに両方ともハズレだったのでガッカリでしたが、このシティモールにはカルフールがあることはわかっていましたので、夕飯の材料などを購入しておくことにしました。私はカルフールなどの大型スーパーに行ったら、必ず女の子向けの人形売り場をチェックするようにしてるのですが、今回もちょっと変な人形を見かけました。中東の人たちの好みなのか、やたらとケバい顔の人形だったのですが、中国で企画されたものかもしれません。どんな人がどんな意図で企画したのか、ちょっと調べてみたくなっちゃいました。(笑)



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 シティモールでこんな集合住宅の販促ブースを見かけました。

わかりやすい模型が展示してあったのですが、ソウルのロッテワールドの屋根を取っ払ったような感じの「Dead Sea Lagoon」という名前の大規模な開発物件でした。ラグーンという名前の通りに5~6階の連なった建物の内側には淡水と思われる人口のラグーンが用意されているようで、塩分濃度がムチャ高い死海にしか面していない海無し国のヨルダンの憧れを象徴しているかのような物件です。

まだ新しいためか、Googleマップでは表示されませんが、アンマンからはほとんど信号が無い道を飛ばせば1時間以内には辿り着けるのでしょう。英国調のスーツを着た案内係のおじさんに「1週間からのレンタルもご用意しておりますが、いかがでしょうか?」と薦められましたので、「両親との旅行に良さそうなので、詳しいことはウェブサイトでチェックしてみますよ」と言っておきました。こんなバブリーな施設はまったく興味が無かったのですけどね。(笑)



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 シティモールの対面で帰りのバスを待ってた時の出来事です。

近くで「ガッシャーン!」と音がしたので振り向いたら、自動車が急ブレーキをかけながら近づいてきて、中央分離帯にぶつかってしまったのです。どうやら無理な追い越しか割り込みのために2台の自動車が接触して押し出されたようなのです。この自動車に乗ってた人たちに怪我は無く、エンジンがかからなかったので全員で押していましたが、クーラント液が漏れていたみたいですからレッカー車の世話になるしかないのでしょう。

アンマンはわりと道が良く、イギリス風にランナバウトが多いので一時停止すらしないドライバーが多いようです。つまり空いてる道はスイスイと走れるわけで、それでついつい飛ばしてしまうために今回のような事故が多いのでしょう。しかし旅行者の立場からだとムチャな運転をする車が多くて怖いのですけど。でも人口の大部分がモスリムのため、飲酒運転はかなり少なそうです。彼らからしてみると酔払い運転の自動車が走ってる方が怖いと言われそうですが。(笑)



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(2011/04/06(水) 23:59)

 気温が上がらない午前中からアイスクリームを食べて向かった先は…
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詳しいことは後ほどアップします。




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(2011/04/05(火) 23:59)

 歴史を感じさせる建物でアラブ式の朝食の後に出かけた先は…
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(2011/04/04(月) 23:59)

 レバノンのベイルートから国際バスに乗って出かけた先は…
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(2011/04/03(日) 23:59)

 ベイルートから1500レバノンポンドで行ける街で食べたものは…
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(2011/04/02(土) 23:59)

 レバノン南部への小旅行を延期した理由とお出かけした先は…
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 レバノン3日目も文句が無い晴天に恵まれました。

今回はベイルートの空港で1ヶ月有効のビザを無料で貰えたのですが、不動産バブルの影響で予想していたより物価は高めでしたから、あまりのんびりと観光して回る気にはなれません。今後のレバノンの変化も気になることですので、どうせ数年後には再訪する機会もあると思いますし、次回は空港でレンタカーを借りて北部のトリポリを含めてあちこち回ることになるはずですから、今回はバスで南部の街の様子を見に行くことにしました。

これはコーラという飲み物のような名前のバスターミナルに行く前に見かけた工事現場の看板なのですが、壁面に微妙な凹があるデザインのベイルートテラスという名前の高層住宅のようで悪くないと思いました。それもそのはずで、設計はヘルツォーク&ド・ムーロン事務所と表記されていたのです。一昨日の磯崎新の集合住宅の建設現場を見た時にも感じたのですが、世界的に有名な建築家に設計を依頼して付加価値をつけて高値で販売しようという業者の思惑が透けて見えるようで興味深い傾向でした。次は誰にオファーがあるかと想像するのも楽しいものです。



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 工事現場周辺を歩き回っていたら空腹になりました。

今日はレバノン風の肉類とフレンチフライが入ったサンドイッチでも買って、移動中のバスの中で食べようと考えていたのですが、工事現場マニアの私はついつい寄り道をしてしまったのです。それでベイルート滞在を1日だけ延ばすことにして、今日は近場でランチを食べてから、初日に見かけた西海岸のビーチでのんびり過ごすことにしました。まあビーチなら無料で楽しむことができますし、1泊くらいの延長なら節約すれば何とかなりそうですしね。

それでビーチに向かって西に歩きつつ手頃な店を物色したのですが、何やらガラスのショーケースの中に美味しそうな食材を並べているカジュアルな雰囲気の「Basha Zad」という店がありましたので試してみることにしました。テイクアウトやデリバリーにも力を入れているようで、英語も表記されたカラー写真付きのメニューが載った小冊子もありましたので便利だったのです。

メニューが豊富過ぎて悩んでしまったのですが、最近は口にしていない子羊の脳がありましたので、それをサンドイッチにしてもらうことにしました。店内の雰囲気も良くてイスも座り心地が良かったので、余裕があればプレートランチにしたかったところでしたが、1泊延長で節約せねばならないので4500レバノン・ポンド(約270円)のサンドイッチにして、1500レバノン・ポンド(約90円)のヨーグルト風な飲み物と共にいただきました。若い店員は英語が通じましたし、サンドイッチも美味しかったのでオススメできます。



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 ビーチまでは寄り道しながら40分ほどで到着できました。

一昨日は夕陽が沈んだ後に見たので無人のビーチでしたが、今日は快晴の金曜日だというのに人影はまばらでした。モスリムの人口が多くてもヨーロッパ的に日曜が休みということもあるのでしょうが、普通のレバノン人は自動車で少し走って、もっと良いビーチに行くのでしょう。ちょっと石がゴロゴロしている部分もありましたが、海水はキレイでしたし問題ありませんでした。

この地域には夕陽が見えるコンドミニアムが20棟ほど建設中でしたが、欧米でレバノン料理屋などを開いてコツコツと貯めた金で老後に暮らすことを夢みてる老夫婦が買ったりするのかもしれません。西海岸マニアの私もこのロケーションなら住んでみたいものですが、地震や津波などの自然災害の危険性は少ないとしても、北の軍事大国から再び攻撃される可能性は低くないので候補には入れることができません。まあ高くて手が出ないでしょうが…(笑)



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 ビーチで2時間ほど過ごしたらヤバくなりました。

私は東南アジアやスリランカなどで炎天下を歩き回っていましたので顔や腕は日焼けしていたのですが、露出していなかった部分は真っ白だったのです。コロンボでインドビザを待ってる間に南部のビーチに行って時間をかけて焼くつもりでしたが、アホなインド政府と浅はかなスリランカ人たちのせいで予定の変更を余儀なくされたのです。それで今日が今年の初ビーチとなったのですが、大事なお肌がこれ以上は危険な色になりましたので引き上げることにしました。ここはドバイのビーチのようにシャワーの設備がありませんでしたから、飲み終えたばかりのペットボトルに海水を入れて舗装された道路まで上がって、その海水で砂を流しました。

ビーチから真っ直ぐに伸びた道を上がったら、なにやら国旗が描かれた要塞風の建物が現れました。壁の高さは4mくらいあり、最上部には有刺鉄線が張り巡らせています。軍の施設で無ければ刑務所だと思うのですが、こんな街中に残されているとは驚きです。まあ西海岸に面した国土のレバノンでは特に海が見える土地なんて価値が無いのかもしれませんが、その内に「地中海を望む最高のロケーション」とでもキャッチフレーズを掲げた高層コンドミニアムが建設されるのではないでしょうか。その場合に起用される建築家はジャン・ヌーベル氏あたりかも…(笑)



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(都合により続きは後ほどアップします)



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(2011/04/01(金) 23:59)

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