新タイトル模索中…(新・北海道田園生活)
   新宿から移り住んだ札幌近郊での様々な出来事のブログの続編だったのですが、それも2007年10月に引き上げたので4年で終わりとなりました。次の住処が決まるまでタイトルも決められない「流浪のブログ」となります。
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ワケあって2007年秋まで北海道でのんびりと暮らすことになりました。客観的に見た北海道の話題と、家庭菜園や料理などの個人的な興味、さらにテレビやネットについて気になってることなどをテキトーにアップして

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 2日目のバンガロールで出来なかったことと出来たことは…
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 高原都市のバンガロールの朝は実に爽やかでした。

今日もインド旅行で最後になる夜行列車に乗ることになっていましたので、チェックアウトの後に駅に行って10ルピー(約18円)を払って荷物を預けました。身軽になったところで駅の北2kmほどの街外れにあったショッピングモールまで歩いて行ったのですが、予想していたものより大規模なものでした。しかしKFCやタコベルはあったものの、マクドナルドは出店していなかったのでベジタリアンの朝マックを再び試すことは出来ませんでした。

まだ早い時間でしたのでモール内はガラガラだったのですが、最上階のシネコンだけは行列ができていました。朝マックを試すことは出来なかったのですが、インドで安く映画を観ることもできませんでした。パイレーツ・オブ・カリビアンの新作は時間が合わずに、カンフーパンダ2は早朝の回なのに座席の残りが少なく、さらに3Dでしたので観る気が無くなってしまったのです。まあ600万人の大都市のバンガロールには映画館はたくさんありそうですから、焦る必要はありませんが。



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 朝マックはあきらめて、インド式を試してみました。

マサラドーサは面白くないので、カジュアルなレストランのメニューでよく見かけるセットドーサというものを注文してみたのですが、たくさんの気泡が開いたパンケーキ風のものが出てきました。熱々のものを片手でちぎってカレーソースに浸して食べるのですが、断面や気泡の部分が水分を吸ってくれますので食べやすいものでした。なぜセットという名前になったのかは疑問でしたが、どなたかご存知ならコメント欄で教えてくださいませ。

鉄板で焼いたばかりのものを手でちぎるというのは問題なかったのですが、焼いた面は油を含んでいたので食後にiPod touchを触ったらギトギトしてたいへんでした。店の水道で手を洗ったのですが、石鹸でよく油分を落とさなければダメみたいでした。ペットボトルに液体洗剤を入れたヤツを用意してある店もありますが、今日の店には無かったのです。



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食後に2kmほど歩いて別のモールへ行ってみました。

このシグマモールはそれほど規模が大きくなかったのですが、マクドナルドとシネコンが入っていました。残念ながら11時過ぎの到着でしたので、朝マックの時間は終わっていました。それじゃシネコンはと最上階に上がってみたら、チケット売り場は地下の駐車場にあるという話でしたので驚かされました。普通は1階のモールの入り口付近かシネコンと同じフロアにありますが、なぜ常識外の地下に作ったのか謎です。

ここでも3Dの「カンフーパンダ2」しか時間が合わなくて、インドで観るのは断念しました。帰国前にはマレーシアでのんびり過ごす予定ですが、クアラルンプールの劇場の午前中の回なら安いですから、インドで無理して観ることもありませんからね。それに「カンフーパンダ2」なんて見逃したとしても何の問題ありませんし。「CARS2」ならなんとしても観たいのですが、残念ながら世界公開は7月になるのでしょうね。



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 モールの後に街の中心部まで歩いて行きました。

人口が600万とも言われている大都市のバンガロールでは交通渋滞も深刻なようで、メトロという名前ながら空中を走るLRTが建設中でした。見た目がバンコクのものに酷似していましたが、もしかしたらそっくり同じシステムを採用したのかもしれません。

私は個人的には地下鉄より景色が見えるLRTの方が好みなのですが、経費が高くなるとしてもバンガロールの中心部では地下鉄を選ぶべきだったと思います。職を求めての人口増が予想され、LRTだけでは足りなくなるのが目に見えていると思うのですが、乗り換え駅などを作る場合は地下の方がなにかと有利だと思えるからです。



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 歩き疲れたので休憩のためにも髪を切ることにしました。

海が見えるビーチのパームツリーの下というのが理想でしたが、それを追求する時間が無くなりそうでしたのでバンガロールで切っておくことにしたのです。しかし人口が多いはずなのに理髪店の数は少なめでしたし、料金も割高でしたので困ってしまいました。まあ割高といっても50ルピー(約90円)でしたが、私の許容範囲の30ルピー(約54円)とは開きがあったのです。

4軒目の店でも50ルピーと言われたので立ち去ろうとしたら、「40ルピー!」と呼び止める声が聞こえました。それで「ムンバイじゃ30だった」と適当なことを言ったら「それじゃ30で!」と無事に値切りに成功しました。店の親父や内装はとてもラブリーとは思えない理髪店でしたが、テクニックは抜群でアッという間にキレイに仕上げてくれました。屋外で切れなかったのは心残りですが、また次回にでもチャンスはあるでしょう。次の目標は屋外のイスだけの床屋で20ルピー(約36円)です!(笑)



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 夕食は久しぶりにマトンにしてみることにしました。

中東はマトンが多かったので敬遠していたのですが、これから先にあまり試す機会も無さそうでしたのでマトンが入ったビリヤ二を注文してみたのです。値段は90ルピー(約162円)と少し高かったのですが、肉がたくさん入っているのだろうと想像したのです。しかし出てきたものは皿の上に黄色い炊き込みご飯が山盛りになっただけのものでした。

「マトンを入れ忘れたのでは…」と疑ってしまったのですが、ちゃんと底の方に肉は存在していました。味も悪くは無かったのですが、ちょっとこの盛り付けには問題があると思います。料理は見た目も大事ですからね。



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(2011/05/31(火) 23:59)

 満員の深夜バスで久しぶりにやってきたバンガロールで驚かされたことは…
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 夕暮れにゴアを出たバンガロールまでの深夜バスは満員でした。

そのバスは日付が変わる前に一度だけの食事休憩という非人間的なスケジュールにも驚かされたのですが、常識的に翌朝にはバンガロール駅前のバスターミナルに到着するものだと思っていたのですが、駅裏の辺鄙な場所で降ろされたので驚きました。バンガロールは2度目ですが、何もランドマークが無い所で降ろされて、「この先はリキシャに乗って…」と言われたので腹が立ちました。リキシャのお兄さんは20ルピー(約36円)で駅まで案内すると言ってきましたが、1,5kmほどと近いみたいでしたし荷物も重たくなかったので歩いて行くことにしました。14時間もバスに乗っていましたので、さらにリキシャになんか乗りたくもありませんでしたしね。

現地人に道を尋ねながら久しぶりにバンガロールの駅に辿り着いたのですが、インドのシリコンバレーと言われてIT産業で盛り上がっているはずの街の駅としてはサミシイ感じでした。私はてっきりモダンな駅舎にでも改装されているものだと予想していたのですが、大きくハズしてしまいました。またこの駅には外国人専用のチケット売り場は無くてシニアと同じ窓口でしたので、次のトリバンドラム行きのチケットを購入するためにえらく時間がかかってしまいました。



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 駅の近くの安宿にチェックインしてランチに出かけました。

インド滞在も残りわずかですので、今日はカジュアルな店のミニミールにしてみたのですが、立ち食いの店でしたのでこの量で22ルピー(約40円)と安いものでした。もちろんカレー類は高価なバターやギーなどは使ってなさそうなチープな味でしたし、ヨーグルトも中華料理に使う水溶き片栗粉みたいに薄いものでしたが、ご飯は高校球児の夏の合宿並みの大盛りでしたので文句は言えないでしょう。(笑)

「インド経済を推進してるバンガロールでも庶民はこんなものを食べて頑張っているのか…」と考えながら完食して、ミニミールと共に購入しておいた8ルピー(約15円)のコーヒーのレシートを窓口に出して受け取りました。もちろん最初から砂糖とミルクがたくさん入れられているヤツでしたが、インド滞在も11日目となって甘い飲み物にも慣れてきたせいか抵抗はありませんでした。



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 食後のデザートは屋台のパパイヤにしてみました。

(これからまた夜行列車ですので続きは後ほど…)




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(2011/05/30(月) 21:10)

 アンジュナ・ビーチの海が見えるレストランでランチを食べた理由は…
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 海に近い宿での目覚めは快適とは言えませんでした。

部屋の外は心地良い風が吹いていたのですが、部屋に換気のための窓が無かったためか少し蒸し暑かったのと、深夜と早朝にインド人の宿泊客が大声で会話していたために安眠できなかったのです。まあ外に出てみたら気持ち良く晴れていましたし、午前中は気温もそれほど上がっていませんでしたので快適ではありましたが。シャワーを浴びた後に荷物の整理をして、先日の午後に目を付けておいたWiFiのサインがあったレストランに行ってみたのですが、そこでは1時間につき40ルピー(約72円)も取るということでしたので止めておきました。食事の客は無料でWiFiにアクセスできるのが普通の国の一般常識ですが、目先の利益を求めるアホな経営者がいたらしいのです。そのレストランは内陸にあってファンを回しても暑苦しかったので、海辺に戻ってランチを食べることにしたのです。

今日はパスタとイカのフライにしてみたのですが、パスタはアルデンテと念を押したのに茹で過ぎでしたしイカのフライは悪い油で揚げたせいか黒くて食欲が落ちてしまうものでした。まあビールも飲んでの料金は2人で350ルピー(約630円)でしたし、海風が吹き抜けるロケーションは抜群でしたので文句は言えないかもですが、海岸での最後の食事がこれだと心残りでした。インドが経済成長していてゴアの良さが失われていましたので、私はもう2度とゴアには来ないと思います。



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 アンジュナ・ビーチからの移動も快適とは言えませんでした。

(深夜バスでの移動の疲れのため続きは後ほど…)



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(2011/05/29(日) 23:59)

 インド的な朝食後に久しぶりに行ってみたビーチで見たものは…
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 今朝は久しぶりの曇天で過ごし易い感じでした。

今日はビーチエリアへ移動することにしていましたので、このまま雨季に入るのではと心配でしたが、雲の切れ間からは青空が覗いていましたので大丈夫そうでした。昨晩の内に朝食用のパンを買うことができなかったので近所の地元の常連さんたちでほぼ満席状態のカフェに食べに行くことにしたのですが、上手い具合にすんなりと座ることがえきました。

ブラックコーヒーと27ルピー(約49円)のマサラ・ドーサなどを頼んでみたのですが、さすがに人気店だけに安くて美味しいものでした。ちなみに普通のインド食堂ではコーヒーが置いてなかったり、あってもミルクや砂糖入りの甘ったるいものしか提供できないという店が多いのですが、ポルトガル色が強いゴアではブラックコーヒーを問題なく味わうことができるようでした。ただしコーヒーのクオリティはまったく期待できませんけどね。



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 朝食後にチェックアウトしてビーチエリアへ移動しました。

(深夜バスでの移動の疲れのため続きは後ほど…)



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(2011/05/28(土) 23:59)

 ゴア到着後のランチの時に飲んだインド製ビールの味は…
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 ムンバイからの列車は少し遅れて到着しました。

駅前のリキシャはどうせ外国人料金を要求するだろうと無視することにして、3kmほど先のオールド・ゴアまで歩いてからバスを拾ってパナジまで行こうかなと考えていたのですが、駅から幹線道路に出たところでタイミング良くバスが止まりましたので乗ることにしました。20分ほどでパナジのバスターミナルに到着して、その建物内にあった観光案内所で最新のモールの情報など聞いてから、次のバンガロール行きの時刻表などもチェックしておきました。バスターミナルから20分ほど歩いて宿にチェックインして、すぐにランチに出かけることにしました。

海岸に面したゴアではいろんなタイプのシーフードを楽しむことができるのですが、まずは街の中心部の広場に面したテラス席がある小さなレストランを試してみることにしました。どうやらオーナー夫妻はポルトガル系の子孫のようでしたが、もしかしたら30年ほど前にインド旅行に来て住み着いてしまった人たちなのかもしれません。フィッシュカレーも美味しかったのですが、10日ぶりに飲んだビールの味も格別でした。値段は2人で400ルピー(約720円)と少し高かったのですが、料理の味も良くて大満足でした。



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 食後に30分ほど歩いてモールに行ってみました。


(ビーチエリアの通信事情が悪いため続きは後ほど…)



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(2011/05/27(金) 23:59)

 ムンバイ最終日に日本円の両替に苦労させられた後に見たものは…
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 インドは広いのでムンバイ滞在は今日までにしました。

陸路移動は時間がかかる上に、6月になると西海岸のエリアは雨季に入ってしまうので交通機関の乱れも注意しておかなければならないのです。イザという時は国内線で飛べばなんとかなるのでしょうが、庶民の足の列車に較べるとムチャ割高ですから乗りたくないですしね。

(これから夜行列車に乗りますので、続きはゴアから…)



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(2011/05/26(木) 02:52)

 ムンバイでいちばん賑やかな駅前マクドナルドで起きた珍事とは…
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 ムンバイは今朝も雨が降る気配はありませんでした。

インドの西海岸は6月になると雨季に入って旅行者泣かせの雨が降り続くようなのですが、毎日40度近くまで上がる酷暑も旅行者を苦しめるには充分なのです。ムンバイの中心部のエリアはタクシーばかりで割安なサイクルリキシャが走っていませんので、今日も宿の朝食後に歩いてCST駅まで次のゴア行きのチケットを買いに行きました。

CST駅は東京駅みたいなものですから駅前にもマクドナルドの店がありましたので、今日も2度目の朝食をと考えたのですが、ここでちょっとした珍事が起こりました。なんと世界的なファストフード店なのに、マシントラブルか何かでコーヒーが出せないと言うのです。食べ物よりもコーヒーの方が目的でムチャ交通量が多い交差点を渡ってきたというのに、店員は「私の責任じゃ無いし…」といった態度で腹が立ちました。

ドアを蹴って開けて出ようかとも思ったのですが、クーラーが効いた店内で休憩してゆくために食べたくも無い20ルピー(約36円)のベジタブルピザを注文して、水で流し込みました。コーヒー党の私としては朝からチャイを何杯もお代わりしても満足できないのです。早くムンバイにもイケアの支店がオープンしてくれないかな…(笑)



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 CST駅で明日のチケットは簡単に購入できました。

それでCST駅から空港の先の郊外型ショッピングモールをチェックしてみることにしたのですが、電車を乗り継ぎもあったので40分ほどかかりました。ちょうど駅を降りたらランチタイムとなったので、駅前型のカジュアルな食堂でランチを食べることにしたのですが、50ルピー(約90円)のミニ・ミールとの名前でしたが、量はたっぷりで満腹になりました。

インド人は熱い料理も手で食べていますが、私は慣れていないのでデザート用に置いてあったスプーンを使って食べることにしました。インド人からしてみると寿司をフォークで食べるみたいに変に感じるのかもしれませんが、熱い料理を手で食べるのってキビシイですから勝手に許してもらいました。(笑)



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 駅からオベロイ・モールまでは30分ほどかかりました。

幹線道路に面したよくあるタイプのモールで、どこでもやっていそうなディズニーのキャンペーンをやっていました。ただし人口が多いインドでも国内にはまだディズニーランドは無いので、香港のディズニーランドのヤツでしたが。やはりインドからは千葉やLAやパリは遠くて割高なのでしょうね。

このモールは何も面白いものが無くて10分で飽きてしまったのですが、フードコートでPCの充電をやりながらWiFiを拾うことができましたのでマクドナルドの20ルピーのコーラフロート1杯で1時間以上ものんびりしてしまいました。これまでの宿はどこでもWiFiがあったので苦労は無かったのですが、ムンバイは大都市のわりにWiFi完備のカフェが極端に少ないので困ってしまうのです。



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 オベロイ・モールから次のモールまでも歩きました。

iPod touchの地図で見たら3kmほどでしたので、オートリキシャに乗ればすぐだったのですが、郊外の街の変化の様子をじっくりと見るために歩くことにしたのです。交通量が多い幹線道路を30分ほど歩いたら目的のイロノビット・モールが見えてきたのですが、空き地の向こうに建設中のタワーマンションと共に見える雰囲気が15年ほど前のバンコクにソックリだなと思いました。

こちらのモールの方が少し大きくて、カルフールのようなスーパーも入っていたのですが、やはり魅力的なテナントは皆無で退屈でした。ちなみにこちらのモールではWiFiコーナーの表示はあったのですが、パスワードが必要でしたし、電源の確保も難しいようでした。



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 イロノビット・モールのフードコートでコレを試しました。

最近は夏バテ気味で食欲が落ちているのですが、夕食を抜くと体調を崩してしまいそうでしたから、何か軽いものを食べておくことにしたのです。フードコートの店をすべてチェックしてチョイスしたのが「Dahi Wada」という丸いものにヨーグルトのようなものがかかっていた1品でした。

バラナシの屋台で食べた料理と似ていたのですが、丸いものは揚げパンみたいなもので、それに少し甘いヨーグルトソースがかかっているデザート感覚のものでした。料金は63ルピー(約113円)とちょっと高かったのですが、胃袋に優しい味でしたので悪くありませんでした。インド旅行はもう少し続きますので、カレーに飽きないような工夫が必要なのです。



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 モールからバスで帰る方法は諦めざるを得ませんでした。

インフォメーションでコラバ地区へ行くバスを聞いたら、「バスはあるのですが、交通渋滞が激しいために3時間はかかりますが…」と言われてしまったのです。夕食も食べたことですし急ぐ予定も無かったのですが、さすがに3時間はイヤだなと素直に電車に乗ることにしました。

モールから駅までの間は古い住宅や店が残っていて活気があって面白かったのっですが、ある一角だけ鮮魚を売る屋台が並んでいたのに驚かされました。先ほどのモールのスーパーには鮮魚コーナーが無くて冷凍のものしか置いていなかったので、ムンバイ市民はあまり魚を食べないのかと思ったのですが、少しは口にしているようです。ムンバイは海に面していますので当然かもしれませんが、夕方でも30度以上はありそうな気温の中ではとても鮮魚を買う気にはなれませんでした。



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(2011/05/25(水) 23:59)

 2度目の朝食をマクドナルドで食べてから見て回ったエリアは…
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 今回の宿には食堂での簡単な朝食が付いていました。

パンとゆで玉子とバナナ、そしてお代わり自由のチャイという内容でしたが、コーヒー党の私としてはWiFiが完備されていないことと共に不満でした。もちろんビジネス客も多いムンバイですから数倍の料金を払えば、WiFiもコーヒーも完備した宿はあるはずですが。ゆっくりと朝食を食べた後に今日はチャーチゲート駅から4ルピー(約7円)払って電車に乗って、郊外のモールに行ってみることにしました。

ロウアー・パネル駅を降りてiPod touchの地図で近道と思われる細い路地を10分くらい歩いたら、工場の跡地を再開発したらしいフェニックス・モールの正面玄関に出ました。テロ対策らしいセキュリティゲートを抜けたら、どこかで見たことがあるようなモールの広場に出ました。とりあえず休憩するためにクーラーが効いているマクドナルドに逃げ込んだのですが、まだ11時前でしたので朝食のメニューがありましたので試してみることにしました。1日に2度の朝食は変ですが、別に早めのランチとしてもおかしくないベジタブルバーガーでしたので問題はありませんでした。料金はこの3種で75ルピー(約135円)でしたが、コーヒーに最初から砂糖とミルクが入っていたこと以外は不満はありませんでした。



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 食後に広場から上がった所のシネコンをチェックしました。

ここでも「パイレーツ・オブ・カリビアン」の最新作をやっていましたが、3Dでしたので止めておきました。おそらく田舎町では3Dじゃないヤツが安く上映されているはずですから、ムンバイで焦って見る必要も無いですからね。他のインド映画も興味を引くものはありませんでしたので、今日はモール内の探検と近場のモールのハシゴということに決定しました。

このフェニックスモールには高層タワー部分が増築中でしたが、その下層フロアは既に営業中でした。照明を落とした高級感がある造りでしたが、モールの入り口はZARAとバーバリーでしたからたいした内容じゃありませんでした。「まあ2011年のインドだったらこんなものかな…」と歩いていたら、日本にも数店舗が営業中のエド・ハーディーの支店がありましたので驚かされました。最近は海外のモールでエド・ハーディーをよく見かけるのですが、オーナーは独特の世界戦略を持っていらっしゃるのでしょう。



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 モールの地下でこんなインド風な人形を見かけました。

3種類ともバービーですが、さすがに人口が多い国ですから企業戦略もそれに合わせてあるようでした。左のは普通のバービーにインド風のドレスを着せたもので、日本だったら着物を着たバービーという感じなのでしょう。中央のはインド風な顔立ちと服装のものでしたが、これはボディだけは世界共通のものを使ってあるのでしょう。右のは化粧品の広告などにも出ているインドの有名女優から型を起こしたもののようで、こんなのは世界的にも珍しいんじゃないでしょうか。

インドは独自の文化が強く、さらに今後の発展も期待できるということで玩具メーカー側もマーケティングを駆使して新商品開発に熱心なのでしょう。日本でも経済界のおじさまたちによるインドセミナーやインド視察の類はたくさんあるようですが、まだインドを将来の有望な消費市場として捉えて足がかりを築こうとしている動きは見かけません。ユニクロは次はタイ進出のようですが、インドはインドネシアやオーストラリアより後回しになりそうな感じでしょうしね。



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 次のアトリアというモールは微妙な位置にありました。

フェニックスモールのインフォメーションで訊いたら「タクシーで行くしかありません」ということでしたが、iPod touchの地図で見たら頑張れば歩いて行くこともできそうでした。午後のムンバイの気温は40度近くまで上がっていたのですが、面倒なタクシーの値段交渉をしたくなかったので歩いて行くことにしたのです。

しばらく歩いていたら横丁に屋台街がありましたので、その中の中華風の屋台で炒麺を試してみることにしました。インド人の親父が器用に中華鍋を操って美味しそうな炒飯や炒麺を作り続けていたのですが、味付けがちょっと塩辛いのが残念でした。まあ値段は玉子入りのベジタブル炒麺で30ルピー(約54円)と安かったので問題は無かったのですが…



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 次のアトリアモールに着いた頃には汗だくになっていました。

iPod touchの地図が間違っていたので、地元の人に何度も聞いてようやく辿り着いたのです。苦労したわりには規模も小さく、WiFiのあるカフェもありませんでしたからガッカリでした。最上階のフードコートでちょっと休憩しようと思ったのですが、PCの電源も確保できませんでしたから用はありませんでした。

このアトリアモールは入り口に3周年記念というデコレーションがありましたので、わりと最近のものみたいですが、古く感じましたし、テナントもバラバラで理解に苦しみました。中のブランドは大衆的なものが多かったのですが、1階にはロールスロイスやドゥカティの店があったりしましたからね。(笑)



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 今回のムンバイはこの建物が目当てのひとつでした。

経済発展しているインドではいろんな新興財閥がいるらしいのですが、その中でもトップクラスのリライアンスという石油メジャーのムケシュ・アンバニ会長のご自宅らしいのです。以前にネットで読んだ記憶によりますと、自家用車のコレクションを並べることができる数フロアに渡る駐車場や映画館などもあるそうで、コックやメイドなどもたくさんいるみたいなのです。

アメリカの領事館を見下ろすようにそびえるこの高層ビルこそ現代のインドを象徴する建物に思えるのですが、中がどうなっているのか見てみたいものでした。おそらくインド成金っぽい豪華なインテリアだと思います。その内に日本のテレビカメラが入るかもしれませんね。



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(2011/05/24(火) 23:59)

 インド大陸横断の列車の旅に欠かせないものはコーヒーかチャイか…?
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 予想していた通りに大声の雑談で起こされました。

インドは人口が多くて子供の頃から雑音の中で生活してきたためなのか、「遠来の旅行者がまだ眠っているので静かにしておこう…」なんてメンタリティは無いようです。インドのおじさんたちは自分たちの流儀で列車の旅を楽しんでいるようでしたが、そこに文化が違うアジア人旅行者が乗り合わせると馴染めないので困ってしまうのです。まあそんなことは予想の範囲で、覚悟の上で乗ったので目覚めは最悪ではありませんでしたが。

目覚めて最初の駅でチャイ売りが何人も列車に乗り込んできましたが、コーヒー派の私はここでも馴染むことができませんでした。それで駅に降りてみたらキオスクでコーヒーを売っていましたので7ルピー(約13円)払ってみたら、チャイと同じ小さなカップでしたのでガッカリでした。一口飲んでみたら砂糖とミルクが入った日本の昔の缶コーヒーみたいな味でしたので、更にガッカリでした。私はコーヒーの美味しい飲み方をわからない国にはどうも馴染めません。



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 バラナシからの列車は予定より早く到着しました。

しかしそこは中心部から少し離れたダダールという駅でしたので、4ルピー(約7円)を払って近郊列車に乗り換える必要がありました。線路の幅が広いインドの列車はかなり多くの人間を詰め込むことができるのですが、それでも最初の列車は満員で乗り込む余地がありませんでした。やはりここでもインドの絶望的な人口爆発を痛感させられたのですが、次の電車にはなんとか乗り込むことができました。

開けっ放しのドアから身を乗り出して風と景色を楽しむことができたのですが、もうひとつ隣の電車との競争も楽しいものでした。やはりムンバイでも女性専用車両が走っていたのですが、インド最大の大都市ですからサリーを着ていない人の割合も多いようでした。まあ経済発展してる国ですから当然なのですが、バラナシからやってきたばかりですから少し違和感がありました。


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 満員電車は15分ほどで終着駅のCTS駅に到着しました。

そこはかつてのヴィクトリア駅という名前の方がしっくりくる重厚な造りの建物でした。おまけにイギリス風な2階建ての市バスも走っていましたので、8月終わりのロンドンに降り立ったような感じでした。物価はロンドンの10分の以下といった感じなんですけどね。

CTS駅から宿まではバスに乗れば10円程度で楽に行くことができたのですが、26時間以上も乗り物に乗った後でしたので歩いて行くことにしました。今日のムンバイの最高気温は37度くらいまで上がったようですから暑かったのですが、海風が吹いていましたのでわりとマシだったのです。どれくらいムンバイの街の様子が変わったのかも見てみたかったのですが、駅前のエリアは植民地時代の歴史ある建物ばかりですので変化は少ないようでした。


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 宿にチェックインしてすぐに散歩に出かけました。

駅の近くの屋台でサモサなどを食べたので空腹じゃなかったのですが、ここでもクーラーを求めてマクドナルドに逃げ込みました。今日は日本には無い25ルピーのMcAloo TiKiというバーガーとコーラフロートにしてみたのですが、ファラフェルの中身のような植物性のフライが挟んであるもので、悪くありませんでした。

またソフトクリームは15ルピーなのですが、このコーラフロートは20ルピーですから喉が渇いている時にはこちらの方が良さそうでした。もちろんどこのマクドナルドでも水は無料でもらえるのですけどね。余談ですがバラナシのマクドナルドはガラガラでしたが、ムンバイのは混んでいました。高くても購入できる人がたくさんいるということなのでしょう。



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 西海岸に出てみたら高層ビルがたくさん見えました。

しかし私が意外に感じたのは、40階を越えていそうな現代的なものが少ないことでした。建設クレーンを使う最近の手法なら超高層タワーを建てるのも苦労は少ないでしょうし、たいていの大都市ではビルのオーナーは高さを競い合うので高くなるのが普通なのですが。地震の心配は少なそうですが、ムンバイは島の間を埋め立てて作った場所が多いという話ですので、地盤が軟弱なのかもしれませんね。

まあインド経済は飛行機で例えると前輪が上がり始めたような感じで、離陸するまでにはまだまだ時間がかかりそうですから、軟弱地盤を改良して超高層タワーが建設されるのはもう少し先の話になるのかもしれません。次のムンバイ訪問はいつになるかわかりませんが、かつてはせいぜい7~8階までだったムンバイの街の建物がどのように変化するか楽しみです。



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 夕方にムンバイの観光名所であるインド門に行ってみました。

以前はこんなたいしたことが無い場所にやってくる人は少なかったのですが、インド人も裕福になって国内旅行する人が増えたためなのか大勢の旅行者で賑っていました。ずいぶんと警官の姿も見かけたのですが、インド門のためというよりも近くのタジマハール・ホテルの警備のためなのでしょう。

このルイ・ヴィトンなども入居している高級ホテルは2008年にテロによる爆破事件があったことが記憶に新しいのですが、現在ではそういうことがあったとは微塵も感じさせないように落ち着いていました。またホテルの周辺には金持ちの旅行者相手の高級な店がいくつも進出していたのですが、神戸の居留地の変化と似ているなと思わせました。もしかすると次に訪問する時には植民地時代の古い建物をリノベーションしたモールができているかもしれません。



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(2011/05/23(月) 23:59)

 インド国内列車の旅が楽しみでもあり、憂鬱でもある理由は…

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 今朝もガンジス川の対岸に大きな太陽が昇ってきました。

今回も特に何も面白いものが無かったバラナシから鉄道に乗ってインド最大都市のムンバイへと移動することにしました。飛行機も国内線なら国際線に較べると割安ですから利用することも考えたのですが、やはりインドの広さを実感するためには26時間の大移動も悪くないだろうとファンだけの3等寝台車選んだのです。明日のチケットを買いに行くという旅行者と宿からサイクルリキシャをシェアして行ったのですが、目標の20ルピーは難しく最安値は25ルピー(約45円)でした。

駅までは4kmほどありましたので1kmあたり10円ほどと安いのですが、鉄道は1500kmほどの距離で434ルピー(約781円)でしたので1kmあたり約3円と激安でした。経済成長しているというインドでも、まだまだ一般大衆の賃金は低いことを証明しているような値段でした。私のように時間に余裕がある旅行者には鉄道はありがた存在です。都市部の交通渋滞とも無縁ですしね。



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(都合により続きは後ほどアップします)




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(2011/05/22(日) 23:59)

 無料食堂と米系ファストフードのチェーン店が両立する死者の街で…
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 今朝は旅行者の方と無料の食堂を試してみることにしました。

インド中から死に場所を求めて多くの人がやってくるバラナシの街には、どういった理由かはわからないのですが簡単な食事を無料で提供してくれる食堂があるという話でしたので、どんな内容なのかチェックしてみることにしたのです。店の外観は普通の店と変わりないものでしたが、口コミで噂が広まっているようで席に着くまで10分ほど待たされるほどの盛況ぶりでした。

まずステンレスの皿とカップが配られ、そこにカレーと店頭で揚げられていた丸いパンのようなものが置かれました。それから客の名前を聞いてメモしていましたが、何の意味があるのかは不明でした。味はごく普通の安食堂といった感じで、最後に線状に揚げたパンに甘い砂糖水を吸い込ませたようなデザートもありましたので文句はありませんでした。ちょっと不思議な体験でしたが、ずっと違和感がありましたので私は一生に一度で充分でした。



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 一度宿に戻って、午前中はのんびりと過ごしました。 

午後からは先日は暑さに負けて辿り着くことができなかった鉄道駅に列車のチケットを買いに出かけたのですが、今日はなるだけ日陰を歩くように心がけて、水分補給に気をつけました。しばらく歩いていたら白いライスプリン風のものを売ってる屋台がありましたので試してみることにしました。

私はデザートかと思っていたのですが、ファラフェルの中身のような豆をつぶして揚げたようなヤツを皿に並べて、それにヨーグルトソースをかけた軽食の一種でした。揚げ物の表面がヨーグルトで覆われてしっとりして、なかなかサッパリした味で悪くありませんでした。料金も10ルピー(約18円)と庶民的で良かったですし。



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 1時間ほど歩いて、今日は無事に駅に到着しました。

観光案内所に行って地図をもらい、外国人向けのチケット売り場の場所を教えてもらいました。その売り場はすぐ近くにあり、ドアを開けたら冷蔵庫を開けた時のような冷気が噴出してきました。バラナシでいちばんクーラーが効いているのではないかと思わせるくらい設定温度が低い中でムンバイ行きのチケットをあっさり購入できました。

購入後にインド人たちの窓口の様子を見に行って見たら、そこはチケットを求める人の長蛇の列で、ちょっと前の中国を思い出させました。まあそう遠くない将来にインドは中国を抜いて世界一の人口の国になることが確実視されていますので当然かもしれませんが。しかしこの人たちはクーラーが無いフロアで2時間ほど立ったままで行列に並び続けなければならないのでしょう。実にお気の毒です。



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 時間の余裕があったので駅裏に行ってみました。

このエリアは新興のビジネスエリアかなと予想していたのですが、実際は軍の施設などがある地味なエリアでした。駅方面に向けてインド空軍の宣伝の看板があったのですが、まるで田宮模型のパッケージのようでなかなかのクオリティでした。しかし手前にはリキシャが置いてありましたので、弱そうに見えてしまいましたが…(笑)

インドは女性的なイメージ、そしてパキスタンは男性的なイメージがあるのですが、インド軍もあまり強そうじゃないと思えます。それはインド人男性の平均身長が日本人より低そうだということから私が勝手に想像しているだけですけどね。



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 駅からの帰り道も歩いてみることにしました。

行きとは違う道を20分ほど歩いてみたらIPモールというのがあり、1階にマクドナルドがありましたのでメニューをチェックしてみたら、ちょっと変わったものがありましたので試してみることにしました。85ルピーのマックチキングリルのセットでしたが、税金が加わって96ルピー(約173円)になってしまい、まったく割安感はありませんでした。

コーラやポテトは万国共通でしたので何も言うことはありませんでしたが、このインド独特のチキンのハンバーガーはボリュームがありませんでしたし、味の方も良くありませんでした。またマクドナルドは築地のマグロ倉庫並みにクーラーが効いていて寒くて仕方ありませんでした。店内をギンギンに冷やすのが途上国の流儀のようですが、困った傾向ですよね。



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 夕方18時過ぎには宿の近くへ戻って来れました。

バラナシから出るチケットも買ったことですし、最後にガンジス川の様子でも見に行くことにしたのですが、夕暮れで多くのインド人が岸辺に集まってきていました。以前に較べると格段にキレイになっていて、インドだって変わるものだなと感心させられました。以前はガンジス川にゴミと共に遺体が流れていたりしましたが、今ではそんなことは滅多に無さそうでした。

バラナシではこの岸辺で遺体の焼却作業が延々と続けられてきたわけですが、インドの人口は増え続けるわけですから今後もこの岸辺で火が消えることは無いのでしょう。その火を眺めながら人生について深く考えたりする旅行者は多いのでしょうが、先を急ぐ私はそんな暇はありません。暗くなる前に宿に戻ることにしました。



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(2011/05/21(土) 23:59)

 ガンジス川に吹き渡る涼風で安眠できていたのを邪魔したヤツは…
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 今朝はガンジス川に吹き渡る涼風で安眠できていました。

しかしそれをけたたましい騒音で邪魔するヤツらがいました。宿の屋上に上がってその犯人を捜してみたら、やはり傍若無人なサルたちの仕業でした。このあたりには旅行者相手のゲストハウスがたくさんあるのですが、旅行者の中には無知な人がいて、「わ~、かわいいっ!」と窓からエサをあげたりしたのでしょう。サルたちは中の人間が入れ替わっていることなんか理解できないでしょうから、「なんで今朝はくれないのっ?!」と半切れ状態になるみたいなのです。

このあたりの宿は道路からは遠いので、久しぶりにクラクションの音に邪魔されずに安眠できていたのに、サルたちのせいで台無しになりました。まあ彼らもインド人相手に頑張って生きてるのでたいへんだとは思うのですが、ハッキリ言って邪魔者です。催涙スプレーでもお見舞いしてやりたいところですが、このあたりでは入手困難でしょうし、あったとしてもムチャ高くて現実的じゃないでしょう。木の枝とゴムでパチンコでも作ろうかな…(笑)



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 シャワーの後に知り合った旅行者とランチに行きました。

昨晩はハズしたので今日は無難にインド定食のターリーにしようということになり、地元客で賑っている小さな店に入りました。皆さんは同じ35ルピー(約63円)のプレーンターリーを選ばれたのですが、全員が同じじゃ面白くないので私は100ルピー(約180円)のスペシャルターリーを注文してみました。

皆さんにはすぐに普通のターリーが運ばれてきて、私のはかなり送れてやってきたのですが、丸い皿の上に独立した4つの皿が乗っていて見た目もずいぶんと違いました。私のは3種類ともカレーでは無くてマイルドでありながら深みがある煮込み料理でたいへん美味しゅうございました。日本にある高級インドレストランなら2000円ほど取りそうな水準の料理でしたので大満足でした。



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 食後に鉄道駅方面に歩いて行くことにしました。

いつものようにiPod touchの地図で宿から駅までの道を表示させ、それに従って歩いていたらシネコンが入ったやや高級なモールがありましたのでチェックしてみました。ボリウッド製のインド映画に混じって「パイレーツ・オブ・カリビアン」の最新作の上映も始まっていましたので嬉しくなりました。金曜から日曜は割高な週末料金のようでしたから観ませんでしたが。

クーラーが効いたモールから午後のバラナシの炎天下に出たら軽いめまいがするほどでした。おまけに自動車とバイクの切れ目が無いクラクションの音に悩まされ、もしもマシンガンを持っていたら乱射していたことでしょう。変な妄想をしながら「いかん!クールダウンしなきゃっ!」と思ったら、目の前にカキ氷の屋台がありましたので試してみました。ここのヤツはハワイのシェイブド・アイスを固めて棒に刺したようなタイプのヤツで小さくて物足りませんでしたが、料金が5ルピー(約9円)と安かったので仕方が無いのでしょう。



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 暑さと騒音のせいで駅への道を間違えてしまいました。

WiFiの普及率が低いインドではiPod touchの地図に現在地を表示させることもできませんでしたし、通りの名称表示も無いことから現在位置を把握することができなくなったのです。これまでの経験から歩いて来た方向の地図を拡大して目印となる銀行やホテルなどを探したのですが、一致するものを発見できませんでした。

「リキシャに乗るというのは安直過ぎる!クールダウンして考えれば道は開けるはずっ!」と今度はジュースの屋台に立ち寄りました。マンゴーはネパールでたくさん食べたので10ルピー(約18円)のバナナジュースにしてみたのですが、喉がカラカラでしたからお代わりしたいくらいの抜群の美味しさでした。



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 しばらく歩いたらガートを示すサインが現れました。

ガートとはガンジス川に降りていく堤防の階段のことで、そちらがバラナシの東側であることがわかりました。駅は明日にすることにして、今日は宿に帰ることにしたのですが、途中でランドマークになりそうなダイヤモンドホテルとこのショッピングモールがありましたので、建物の中に入ってWiFiをチェックしてみることにしました。しかし中のほとんどの店は閉店していて、電波はまったく飛んでいませんでした。

涼しい建物の中で冷静にiPod touchの地図をチェックしてみたら、ダイヤモンドホテルは出ていたのにショッピングモールは表記されておらず、付帯施設のシネコンしか表示されていなかったのです。最初に行ったショッピングモールも劇場名しか表示されていませんでしたが、それも私を迷わせる要素でした。他の国ならこれだけ大きな建物ならショッピングバッグのマークが付いたモール名が出てるはずですからね。先進国のGoogleの地図は完璧に近いのですが、途上国だとメインストリートでさえストリートビューが無かったりします。Googleは儲かってるはずですから、もっと頑張っていただきたいものです。



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 モールからガンジス川までは徒歩10分くらいでした。

歩き疲れていましたので宿に直行してベッドに倒れ込みたいところでしたが、金曜でしたので両替を済ませておくことにしました。観光地のバラナシでは週末でも両替はできるのですが、レートが下がる恐れもありましたのでね。何軒か回ってもなかなか上がりませんでしたので、とりあえず5000円だけ換えておくことにしたのですが、2700ルピーでしたので1ルピーは1,85円となりますが面倒なのでこれまでと同じ1.8で計算することにします。

両替を待ってる間に列車の情報などを聞き、明日のリベンジに備えることにしました。すべてを終えて宿に帰ることにしたのですが、途中の路地で欧米人観光客がアイスを食べていましたので「どこで買ったの?」と訊いたら、「そこの路地を曲がったゲイロードアイスクリームの工場だよ♪」と教えてくれました。そんな場所に工場などがあるのかと半信半疑でしたが、たしかにしゃん亭という和食屋の近くの角を曲がった左手に街で見かける屋台が置いてありましたので工場だとわかりました。何も表示が無かったのですが、階段を上がって中に入ってみたら5~6人の職人さんたちがアイスを作っている作業場がありましたので、そこで10ルピーのマンゴアイスを試してみました。暑かったのでムチャ美味しかったのですが、それは工場直売だからというわけじゃ無さそうです。



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(2011/05/20(金) 23:59)

 ネパールから久しぶりのインドへ入国して久しぶりに見たものは…
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 今朝ルンビニで目覚めてみたら、予想外の大雨でした。

韓国寺はWiFiもあって居心地は悪くありませんでしたから出発を明日に延期したいところでしたが、今日はネパールの滞在ビザが切れる15日目でしたので、他の旅行者2人と軽のワンボックスのタクシーをシェアしてインド国境に移動することにしました。値段は3人で800ルピー(約960円)と高かったのですが、韓国寺のレセプション横の軒先からネパールのイミグレの前まで快適に、そして最短時間でほとんど濡れることなく移動できましたので甘受できました。

国境の町のスノウリに着く前に雨も上がり、ネパール出国は実にスムーズでした。インド人やネパール人は両国間を自由に移動できるためでしたが、そのために旅行者も何のチェックも無く国境を越えて移動できるのです。このゲートをくぐってインド側に入って500mくらいの左側にインドのしょぼいイミグレがあったのですが、そこでは不慣れな旅行者相手に理不尽な金を要求していましたので注意が必要です。まあダメ元という感じでしつこくはありませんでしたので、許容範囲でした。「面白くないジョーク、早く押して。次のバスの時間が迫ってるから!」と言ったら、すぐにスタンプを押してくれました。



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 次のバラナシ行きの直行バスには間に合う時間でした。

しかし値段の交渉が折り合わず、固定料金のボロいバスでゴーラクプルという町まで出て、そこでまたバラナシ行きに乗り換えることにしました。手元には昨年末にイスタンブールで旅行者と両替しておいた1000インドルピー札(約1800円)が1枚だけでしたので節約せねばなりませんでしたし、直行バスは席がガラガラでしたのでしばらくは出発しそうにありませんでしたからね。

追いかけてきた直行バスのコンダクターと再び値段の交渉をしていたら、そこに絶妙なタイミングでゴーラクプル行きのバスが通りかかりましたので飛び乗りました。71ルピー(約128円)と日本なら市バス並みの値段でしたが、これがインドでは3~4時間も走る都市間バスの値段なのです。しかし車掌がハンディ端末を持っていて、チケットが印字されたものだったのには驚ろかされました。しばらく来ないうちにインドはそんな国になっていたのです。(笑)



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 久しぶりのインドですから、見慣れない車もありました。

これは日本でも30万円自動車が話題だったTATA社の小型車でしたが、オート・リキシャとワンボックスの中間くらいを狙ったものなのでしょう。10人ほど詰め込むことができそうな後部座席はホロにして軽量化を図ると共に、イザという時はホロを外して規格外の大きなものを運んだりできるように考えて設計されたものだと思います。

またロードサイドの風景は以前とさほど変化は無かったのですが、ガソリンスタンドだけが近代的な外観に変わっていることに気がつきました。中にはガソリン価格をデジタル表示しているものもあり、石油業界が儲かっていそうな雰囲気がありました。貧富の差が激しいインドでは自家用車に乗る一部の金持ちはちゃんとした外観のスタンドを好むということなのでしょう。庶民が使うトイレはムチャ汚いのですが、ガソリンスタンドのトイレは日本並みにキレイなのでしょう。



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 ネパール同様、インドでも猫はまったく見かけませんでした。

しかし久しぶりに象使いが操る象を街中で見かけました。何も無い田舎町でしたので、観光用では無く現役で荷物を運んだりしているのでしょう。インド象はかなり大きいのですが、車高が高いバスの窓からでも見上げるほどの巨大さでした。窓から手を伸ばせば耳にタッチできる距離を通り過ぎたのですが、なかなか嬉しいサプライズでした。

しかし今日はゴーラクプルでの乗り換えも入れて10時間ほどバスに揺られていたのですが、その道中で牛とヤギと犬と3匹の死体を目にして複雑な気分でした。インドは人間の数が中国を抜きそうに多く、好景気で自動車やバイクも増えていそうですが、それにより被害に遭う動物も増えているようなのです。以前のインドなら不幸な動物はすぐに地域の長老の命により処理されていたのでしょうが、最近ではそういったことも少なくなっているのかもしれません。



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 道路では以前と変わらないインド的な生活が営まれておました。

路上の木陰の床屋は実に快適そうでしたが、私はコロンボで切った髪がかなり伸びていますのでインドを離れる前にどこかのビーチのパームツリーの下で切りたいと考えています。右の小さな小屋は高床式の個人営業のコンビニで、少ないアイテムながら地域の客のニーズに合ったものを取り揃えて頑張っているのでしょう。

しかしこの大きさなら4~5人で店ごと盗んでいけそうな感じでしたが、万引きはたくさんいても大掛かりな犯罪に走る人間は少ないので安全なのかもしれません。まあ店ごと盗んだとしてもアイテム数が少ないので、儲けもたいしたことは無さそうですしね。(笑)



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 バラナシの手前で混んだので、バスの到着は20時過ぎでした。

インドでも都市の交通インフラが人口増に対応しきれていないようですし、インド人は譲り合いの精神に欠けているために、あちこちで渋滞が発生して無駄な時間を過ごさなければなりませんでした。電車の乗り降りと同じで譲り合いをした方が結局は早く到着できるはずなのですが、足し算や掛け算などは得意なインド人も相変わらずそういった計算は苦手なようでした。

バラナシは観光地ですから中央駅近くのバスターミナルから安宿があるエリアまでのリキシャの値段交渉もたいへんで、宿に着いたのは21時過ぎでした。荷物を置いてとりあえず夕食に出かけたのですが、もう半分ほどは閉まっている感じでしたので、客席が異常に少ない屋台に毛が生えた店でガマンすることにしました。そこで25ルピー(約45円)のチョウメンを試してみたのですが、味付けが薄くてネパールに戻りたくなりました。(笑)



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(2011/05/19(木) 23:59)

 世界珍遺産であるルンビニの釈尊生誕地聖域計画の将来は…
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 深夜バスは6時前にはルンビニに到着しました。

バスを降りたのは数人だけでしたが、とりあえず目の前にあった店に入ってチャイを飲みました。小さいカップでしたから2杯飲んだのですが、1杯7ルピーでしたので2杯で14ルピー(約17円)でした。もう少しのんびりしていたい気分でしたが、太陽が昇ると逃げ場が無くて暑くなりそうでしたので今晩の宿である韓国寺へ急ぐことにしました。

ルンビニは2度目なのですが、前回はまだ仏教に特化したテーマパークのような釈尊生誕地聖域計画はスタートしたばかりの頃で、現在とは大違いの原っぱでした。現在でもまだまだ空き地は多いのですが、中国やタイ、ミャンマーなど様々な国の寺が建立されていたのです。この右のヤツは日本の寺だと思うのですが、ちょっと貧弱ですよね。日本人建築家の丹下健三がマスタープランを作成したわけですから、もっと頑張ってもらいたいものでしたが…



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 韓国寺に到着したら、ちょうど朝食の時間でした。

(都合により続きは後ほどアップします)



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(2011/05/18(水) 23:59)

 我が人生で最後となるであろうカトマンズでランチに選んだものは…
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 ついに12日間も滞在したカトマンズを離れることにしました。

私は自動車やバイクが増え過ぎたカトマンズに幻滅してしまいましたので、今回が我が人生で最後の滞在となると思うのですが、その最後のランチに選んだものはネパール料理では無く和食レストランでした。ネパール人には違うと言われそうですが、この後はインドですから似たような食文化のものは選択肢には無かったのです。病み上がりで胃に優しい料理を食べたいということもあったのですが。

それで宿の近くのふる里という店の親子丼を注文してみたのですが、キッチンに鶏肉の在庫が無くてその辺の鶏を捕獲に行ったのかと疑いたくなるほど時間がかかりました。ちょっと味付けが甘過ぎましたし、鶏肉が細かく切られ過ぎていましたが、190ルピーにサービス料が付いて209ルピーでしたから文句はありませんでした。デザートのスイカが最初に運ばれてきて、漬け物などが無かったのは少しサミシイ感じでしたが。



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 今日はこちらではブッダの誕生日の休日でした。

それで仏教徒の人口が多いという隣町のパダンという街まで歩いて行くことにしたのですが、その途中の競技場の壁面に「Guest is God」と書いてあるのが目に付きました。今年はネパールの観光年で、そのことを国民に知らしめるための広告のようでした。援助慣れしたネパール人は観光客のことを「神」ではなく「金づる」と考えているようですので、効果は無さそうですが。

日本では大昔に「お客様は神様です…」と言ってた演歌歌手がいましたが、ネパールでも国民に人気がある地元の有名人に「Guest is God」と連呼させれば良いかもしれません。私がドバイからカトマンズに飛んで来た時に入管でビザ代の25米ドルを支払う時に「日本円ならいくら?」と訊いたら「2500円」と円高の為替相場を無視した答えでしたので驚かされました。日本政府がネパールに行っている援助額はトップクラスらしいですし、観光客数としても上位らしいのですが、「Guest is God」とはまったく思われていないようですから二度とネパールにはやってこないでしょう。かなり貢献しているのに評価されないのはムカつきますからね。



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 パダンの祭りはかなりしょぼいものでした。

揃いのサリーを着た婦人サークルの皆さんが歌いながら歩いた後に小さな神輿のようなものを担いだ人たちが路地を巡るといった感じのものでしたが、いくつかの道路を通行止めにしてあったので自動車やバイクの混雑が激しくて不愉快な思いをさせられました。自動車やバイクは神輿が通り過ぎたら通れるようになるので、しばらく大人しく待っていれば良いのに、バイクはUターンして別の抜け道へ行こうとあがいていましたし、自動車はクラクションを鳴らし続けていたのです。

自動車の真横を歩いている時に聞かされるクラクションは音の暴力と言っても良いくらいだと思うのですが。「うるさいから鳴らすな!」と何度ドライバーに怒鳴ったか数え切れません。おかげで喉が枯れてしまいましたので、クールダウンをするためもあって屋台で10ルピーのスイカを買ってしまいました。まったく昔の静かなネパールはどこに行ってしまったのでしょう。たいへん残念です。



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 パダンの街角でこんな人の肖像を見かけました。

つい最近、ネットで訃報を見たばかりのサイババ氏でしたが、ネパールでも有名だったようですね。ブッダ関連の祭りを見にきて、無関係な人を発見しちゃいましたが。無神論者の私にはどちらも「自分の生活に何の関係も無い人」として共通しています。ここにサイババ氏のシールが貼られたのは最近のことなのでしょうが、隣国ネパールで何のためにと不思議でした。

この後に15ルピー払ってバスに乗り、タメルに戻ってビールと夜行バス用にパンを買いました。買ったばかりのビールをスーパーの前で飲んで、すぐに宿に荷物を取りに戻って最後のメールチェックを済ませました。同じように夜行バスで旅行するという人がいたので、北部のリングロード沿いの新しいバスターミナルまで20分ほどかけて一緒に歩いて行くことにしました。



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 500万都市のバスターミナルは混んでいました。

(夜行バスの疲れにより続きは後ほどアップします)



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(2011/05/17(火) 23:59)

 気がつけばネパールビザの期限が迫り、病み上がりの体で…

 本日のカトマンズは快晴でお出かけ日和です。

インドビザが取れたらすぐに出国する予定が原因不明の腹痛と発熱で延期続きに。ネパールビザの期限が迫ったこともあり、今日は病み上がりの体で国境まで移動することにしました。

(ネット環境も無さそうなので、続きはインドから…)



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(2011/05/17(火) 11:48)

 原因不明の病気の病み上がりに食べた韓国料理の味は…
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 カトマンズの今朝の目覚めはダルくて最悪でした。

夜中に原因不明の発熱があり、その熱を感知した蚊が何度も襲来して安眠できなかったからでした。ブランケットを剥いで、シーツ1枚を被って寝ていたのですが、それでも暑くて眠れなかったのです。インド行きは明日以降に延期するとして、明日はブッダの誕生日で銀行が閉まるということでしたのでフラフラでしたが両替に行きました。5月6日にも良いレートだったヒマラヤン・バンクは今日も抜群に良く、4000円が3524ルピーになりました。

昨晩も今朝も食欲が無くて水しか口にしていなかったので、少し早めのランチに行くことにしました。和食は最後の日のランチにとっておくことにして、今日は韓国料理を試してみることにしました。メニューを見てサッパリした麺類でもと注文しようとしたら、今日は提供できないということで無難なビビンバにしてみたのですが、5種類の小皿と共に味に深みが無くて満足できるレベルじゃありませんでした。料金は250ルピーにサービス料が付いて275ルピー(役330円)と高いわけじゃありませんでしたが、和食の2連荘にしておくべきだったかなと少し後悔しちゃいました。



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 韓国料理屋の帰りにいつものスーパーで買い物しました。

先日はバト・バテニスーパーで紅茶とのミックスという変なコーヒーを買ってしまったので、今日はちゃんとパッケージの成分を確かめて、ネパール産の100g90ルピー(約108円)のコーヒーを買いました。それにインド行きのことも考えて10ルピーのミネラルウォーターを2本と20ルピーのアイスで総額130ルピー(約156円)でした。

今日は購入点数が少なかったのですが、これ以上は荷物を増やしたくなかったというのもあるのですが、甘いクッキーなどは最後にインドとの国境でお金が余ってから買えば良いと考えたのです。私はネパールには二度と旅行しないつもりですから、現地通貨を使い切る必要があるのです。もちろんインドルピーと両替はできるでしょうが、それほど残らないはずですからね。



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 宿の近くでこんな日本語の看板の店がありました。

カトマンズの街では旅行者は昼間でも怪しげな売人から声がかかったりするのですが、こちらは合法的なヘンプ製品を扱っている店のようです。日本では下北沢にヘンプ製品で有名な店がありますが、ネパールの商品も扱っているのかもしれません。私は7kgまでという荷物の重量制限があるLCCの航空券を購入してしまいましたので、ヘンプ製品に関わらずお土産類は何も買えなくなっております。

最終地のクアラルンプールで着古した服や履きくたびれたサンダルなどを捨ててしまえば、多少の余裕ができますので、東京の友人たちへのお土産に香辛料などを購入予定です。最後にLCCTのターミナルの免税店で酒を買って終わりという感じです。



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 これは近くのコンクリート製の橋の継ぎ目です。

高地のカトマンズとはいっても真夏は強い日差しのせいで暑くなりますので、その膨張分を吸収するための工夫なのでしょうが、あまりにも間隔が開き過ぎのようです。足元部分も7~8cmの隙間があって、そこから眼下の川が見えるのですが、少し怖い感じでした。

怖いといえば、この川の汚れ具合いはちょっと異常でした。岸辺にゴミが散乱しているだけでなく、あちこちからヤバそうな排水が流れ込んできていたのですが、こんな汚い水がインド側に流れているとすると下流でかなりの健康被害が出ている可能性があります。カトマンズの人口膨張に廃水処理が追いついていないためでしょうが、これこそ日本の援助でなんとかすべき問題じゃないでしょうか。



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 ネパールの解決すべき問題として給電の問題も重要です。

こちらでは日本政府の援助もあって水力発電がメインのようですが、人口増に給電がまったく追いついていないようで停電が日常的なのです。それで発電機を備えている家庭が多く、街では発電機の専門店さえ存在しているのです。私が泊まっている宿でも停電になると発電機が回りだして、最低限の明かりは確保してくれているのです。

停電になると廊下だけしか明るくないため、トイレなどに入る時にはiPod touchの画面を懐中電灯の代わりに使うことになります。日本の地震の後に懐中電灯になるというアプリは入れたのですが、それを使ってもたいした違いは無いので使っていませんが。



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 これはどうやら陶器製の貯金箱のようです。

カトマンズの近くには陶器作りで有名なティミという町があるようですが、そこで職人さんたちによりせっせと作られているのでしょう。コインを入れる穴だけあれば良いと思うのですが、壷のような小さな口が開いているのには何か理由があるのかもです。例えばコインを入れた時の音がキレイに響くようにとか。

もしくは貯金箱にお金が満タンになった時にこの口の部分だけをペンチのようなものでもぎ取って、中のコインを取り出した後に花瓶などとして再利用したりするのかもしれません。ネパールのコインは小さいですから、この口の部分を取り去ったら、ちょうど取り出せる大きさになるような気がします。



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(2011/05/16(月) 21:22)

 もしかするとネパールで初めてかもしれない日系の飲食チェーンとは…
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 今朝目覚めてみたら体調はかなりマシになっていました。

それでカトマンズの西側の観光名所であるサル寺へ歩いて行くことにしたのですが、その前に噂に聞いていたカルディコーヒーをチェックしてみることにしました。日本ではイオンと共に成長してきた感じがするチェーン店ですが、いつの間にか海外事業にも乗り出していて、ウェブサイトをチェックしてみたらタイとイタリア、そしてこのネパールで展開していたのです。モモやチョルパが60ルピー程度で食べれる国でコーヒー1杯に100ルピーは出せないので店内に足を踏みいれることはありませんでしたが、WiFiも普通に使えてお金持ちの旅行者には便利そうでした。

2011年だというのにマクドナルドやバーガーキングが出ていない500万都市なのですが、そんなLLDCな首都になぜかカルディは進出していたのです。海外で見かける吉野家やペッパーランチなどのチェーン店はここ10年は絶対にネパールには出店しないと思うのですが、カルディはネパール産のコーヒー豆の輸入などでカトマンズにコネができたのかもしれません。進出第一号だと思うのですが、撤退第一号にもなるかもです。(笑)



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 カトマンズにはフーターズも出店していました。

しかしマクドナルドも無い国ですから本物であるはずもなく、単に名前だけパクったものでしょう。最近はジーンズをはいてミニバイクで颯爽と駆け抜けるネパール娘をよく見かけるのですが、いくら時給が高くてもフーターズのコスチュームを着て西洋人観光客の相手をしようという女性は少ないと思います。

この他にも土産物屋ではハードロックカフェ・カトマンズのような存在しない店のTシャツを売っていたりするのですが、ちょっとカナシイものがあります。まあ地元産業が少ないLLDCの国の首都ですから仕方が無い面はあるとは思うのですが…



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 サル寺の途中の店でこんな商品をみかけました。

これは主にチベット仏教で回せばご利益があると信じられているマニ車なのですが、太陽電池で回り続けているようでした。マニ車は側面にはマントラが刻まれていて、回転させた数だけ経を唱えるのと同じ功徳があるとされているのですが、経を読まずに手で回転させるだけでも手抜きだと思っていたのですが、それを太陽電池で動かすとはあきれてしまいました。

世の中には変な戒律の宗教も多いのですが、チベット仏教は特に変わっていると思います。五体投地とかちょっと信じられない苦行をやってたりしますのでね。今回は宗教関連施設には足を踏み入れていませんので、そういった熱心な信者は見かけてはいないのですが。



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 サル山の手前に似つかわしくない建物がありました。

なぜかモンドリアンカラーをあしらった新しそうな建物でしたが、観光名所に近い場所ですから周辺に配慮したデザインにすべきだと思えました。まあこの奥の小高い山の上にあるサル山の金ピカの仏像に比べたら、このデザインは大人しいものだったのですが。(笑)

急な階段を上がって20分ほどかけて頂上近くまで行ってみたら、宗教施設なのに入場料を払うブースがあって驚かされました。またその料金が現地人が50ルピー、外国人が200ルピーと4倍もの価格設定がしてありましたので腹が立ちました。警備員がチケットはそこで買えと促したのですが、「誰がそんな金を払うもんか!」と悪態をついて降りることにしました。これで確実にこの国には二度とやってくることは無くなりました。



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 サル寺の敷地をぐるりと回ってリングロードに出ました。

それでバスに乗って先日のバト・バテニスーパーの新しい支店に行ってみたのです。このスーパーは金曜に行ってみたらゼネストで臨時休業だった店でしたが、今日はにちようでしたし普通に営業していました。本店より少し小さめでしたが、こちらの店には下りのエスカレーターもあって買い物は便利そうでした。

今日はランチ用にビールとピザのようなものを、そして午後のおやつ用にコーヒーとドーナッツなどを購入したのですが、このコーヒーがとんでもないものだったのです。カルディの製品でコーヒー売り場にあったので間違いないと購入してみたら、コーヒーと紅茶をブレンドした代物だったのです。誰が企画したものか知りませんが、これは日本の恥になると思いますので、売り場から回収すべきでしょう。



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 スーパーからの帰りにまたいつもの店に立ち寄りました。

アイスクリームなどの乳製品を扱うデイリー・デベロップメント社の工場直売所でしたが、もうアイスは飽きたので今日は40ルピー(約48円)の400g入りのヨーグルトを試してみることにしました。カップではなくてビニール袋に入ったヤツで微妙に甘かったので好みではありませんでした。

しかしコレが原因かどうかはわからないのですが、夜からお腹の調子が最悪になってしまいました。夜中には熱も出て、数時間ほどしか眠ることができなかったのです。せっかく風邪が治ったと思ったら、今度は腹痛と原因不明の発熱という情けない状況になり、インド行きを延期せざるを得なくなってしまいました。そんなこともありましたので、私はネパールは二度と旅行しないでしょう。




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(2011/05/15(日) 23:59)

 LLDCの国の和風もどき朝食と猫と最大規模のスーパーの話です
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 昨晩の夕食はスープとパンだけの簡単なものでした。

昼にダルバートをお代わりしてたらふく食べたので夜はあまり空腹にならなかったのですが、今朝はかなりの空腹でしたので朝食をガッツリ食べることにしました。選んだのは最初にカツ丼を食べて美味しかった日本食レストランでしたが、店の前を通る度に朝食の看板を見かけていましたので、どんな内容なんだろうと興味があったのです。

5月12日の衛星版の新聞を読んでいたらコレが運ばれてきたのですが、ダシ巻き玉子はわかるとしてなぜ朝から野菜炒めなんでしょう。ご飯と味噌汁は普通に美味しかったのですが、野菜炒めは厨房に行って料理人の頭を張り扇で殴りたくなるようなレベルでした。昼のカツ丼や天丼は美味しかったので、もしかしたら早朝は経験が浅い若手が担当しているのかもしれません。220ルピーに税金がかかって242ルピー(約290円)もしたのに失敗でした。



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 朝食後はネットでの航空券探しに精を出しました。

週明けに体調が回復したら陸路でインドへ降りる予定で、6月にマレーシアから羽田に飛ぶ航空券も片道5600円という破格のものを購入済みなのです。ですから後はネットでインドからマレーシアに渡る航空券を買えば良いのですが、いちばん安いヤツでも1万円近くしちゃうのです。LCC以外では2万円以上する距離ですから高くは無いのですが、5000円前後のキャンペーン価格が出ないかと毎日ウェブサイトをチェックしているのです。うかうかしていると9000円台のチケットが売り切れてしまうかもですが、自分の運を信じてインド入りするまでは粘るつもりです。

今日は午後からカトマンズ最大規模というスーパーまで歩いて行くことにしたのですが、その途中の商店のカウンターの上でついに猫を発見しました。店主のおじさんにノミを取ってもらいながら気持ち良さそうに寝ていましたが、店の看板猫で客から触られるのに慣れていて、私がアゴを撫でたら「コッチも苦しゅうにゃいぜよ…」と奥側を突き出してきました。ネパールに入国して10日目で初めての猫の感触でしたが、やはり落ち着きますよね。



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 スーパーでは野菜とパンと飲み物を買いました。

トマトとニンジンとパプリカは3つ合わせても100ルピーもしなかったのですが、パンは和風のまほろばベーカリーのものでしたから中身の無いアンパン風のが17ルピー、やけに平たいメロンパンは30ルピーと安くはありませんでした。謎のファイティング・カンガルーという飲み物は20ルピーでしたが、中身はオロナミンCのような味でした。

総額で159ルピー(約191円)と高くは無かったのですが、それは地元産のコーヒーの小袋が置いて無かったからでした。1週間前に購入したヒマラヤコーヒーが切れてしまったので、次は別のブランドのコーヒーを試すつもりでしたが、大型スーパーにはファミリー向けの大きな袋の商品しか置いてなかったのです。売り場は広いのでコーヒーの小袋を置くスペースはあるはずなのですが、仕入れ担当者が頭が悪いのでしょう。



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 これはスーパーのオモチャ売り場で見かけたものです。

私は大型スーパーに行ったらオモチャ売り場でどんな人形を置いているかをチェックしているのですが、ネパールでは意外にアメリカ的な品揃ええしたので驚かされました。ネパールはLLDCの国ですから自国で人形を作ってはいないだろうと予測していたのですが、棚はインド製や中国製のものが多いだろうと読んでいたのです。もちろんバービーやハイスクール・ミュージカルなどは中国製でしょうが、もっとアジアンなものが並んでいると思っていたのです。

しかし「ハンナ・モンタナ」の人形がたくさん置いてあったのには驚かされました。LLDCの国に明日の大スターになるのを夢見る女の子たちが多いとは意外な感じがしたのです。もちろんネパールはわりと英語が通じる国ですから、擦り切れるほど「ハンナ・モンタナ」のDVDを見て育った女の子が全米デビューする可能性はあると思います。しかしそれは長井秀和がアメリカを代表するコメディアンになるのと同じくらいのかなり低い確率でしょう。



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 遅いランチはスーパー前の屋台でモモを買いました。

考えてみたらネパール料理の代表格であるモモをまだ一度しか口にしていなかったので、60ルピー(約72円)のベジタブル・モモを注文してみました。8個ほど入ってこの値段ですから期待はしていなかったのですが、マサラソースとホットソースが強烈すぎて美味しく感じることができませんでした。

前回のネパール旅行ではポカラで美味しいモモを味わうことができたのですが、スーパーの前の屋台に多くを求めること自体が無理があったのかもです。それに私はどうもこういった使い捨ての容器で食べることを好まないのです。使い捨ての容器でもインドのように葉っぱ数枚で作った自然素材の皿なら文句は無いのですけどね。



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 スーパーの帰り道に急に頭が痛くなってきました。

数日前から風邪気味でしたが、今日はスッキリと晴れて暖かくなりましたので昼前にシャワーを浴びて洗濯を済ませたのです。水温が充分に熱くなかったことが原因かもですが、カトマンズの自動車やバイクのせいでもあると思います。前回はこれほどじゃなかったのですが、ここ数年で人口が急増して自動車やバイクも増えて大気汚染がヒドくなっているのです。

おまけにLLDCの国ですからドライバーたちがクラクションを鳴らし続けて運転しているので、うるさくてたまらないのです。先日はゼネストでしたから騒音はマシでしたが、また今日から通常通りにクラクションを浴び続ける生活に戻りました。今年はネパールの観光年だそうですが、私はクラクションを鳴らされる度に「ネパールに二度と来るな!」と言われているような気分になります。ネパールは良い国なんですけど、もう二度と足を踏み入れることは無いかもしれません。



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(2011/05/14(土) 23:59)

 カトマンズで2回目のネパールの国民食というべきダルバートの味は…
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 今日のランチはネパールの国民食にしてみました。

次のインドがカレーばかりになりそうなため、そして和食を含めたまともなアジア飯を安く食べることができますので、ついついネパール料理は後回しになりがちなのですが、ダルバートと呼ばれる定食は安くて美味しいですから宿の近くの店で試してみることにしたのです。

175ルピー(約210円)のノン・ベジタリアンのダルバートはチキンかマトンを選べたのですが、同行者がマトンにされたので私はチキンにしてみました。この肉料理とヨーグルト以外は何度でもお代わりが可能な仕組みですので、大食漢の人でも満腹になれることは確実なありがたい料理です。自動車が普及する前は1日にいくつもの山を歩いて越えて移動するような生活だったでしょうから、そんな時代の名残りなのでしょうね。



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 今日のカトマンズはいつもと様子が違っていました。

それはネパール共産党毛沢東主義派(通称:マオイスト)たちによるバンダというゼネストが実施されていたからなのですが、そのおかげでいつもは渋滞でクラクションの音が止まない中心部の道路が元日の大手町ように静かだったのです。銀行や商店も休んでいるところが多いのですが、私の生活にとって大事なスーパーや安食堂などは営業していましたので問題はありませんでした。

この景色を見てバンダの日にはカトマンズで映画を撮影するのに良さそうだと思えました。つまりここに昔の古い自動車を走らせれば1950~1970年代を簡単に再現できるというわけです。黒澤や小津の雰囲気のモノクロームの映画とかをゲリラ的に撮影したら面白そうだなと思えたのです。



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 大使館の前でこんな悲しい張り紙を見かけました。

インドビザセンターの対面の英国大使館の掲示板にも3名の行方不明者の情報を求める張り紙がありましたが、日本人もお気の毒な方が1名いらっしゃるようなのです。もちろんここでは笑顔の本人もなのですが、日本で安否を心配されているご家族やご友人たちの気持ちを想像すると無関係の私まで切ない気持ちになってしまうのです。

それというのも私も以前に行方不明者のリストに載りそうになったことがあったからでした。アフリカの田舎町で原因不明の高熱と下痢と嘔吐に苦しんだことがあって、2日後に自然回復したことがあったのですが、もしあの時に衰弱死していたら金目のものだけをホテルのボーイたちに盗られて、遺体は裏山にでも捨てられただろうと思うのです。もちろんこの前途有望そうな青年も英国人の3人も無事であってもらいたい気持ちなのですが、世の中は矛盾に満ちていますし、この世には神なんていませんから張り出された行方不明者たちが見つかる可能性はかなり低いのでしょう。



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 大使館前の道を北上し続けたら、リングロードに出ました。

ネットの情報で交差点から東に500mほど歩いた所の左側に地元のバト・バテニというスーパーの新しい店がオープンしたという話でしたので行ってみたのですが、残念ながらゼネストで休みでした。入り口のゲートが閉まっていましたので、中を窺い知ることができなかったのですが、2つの棟が空中廊下で結ばれていることからネパール最大規模のスーパーであることは間違いないでしょう。

ゲートの守衛のおじさんに訊いたら明日の土曜日も明後日の日曜も営業するという話でしたので、年に数日しかない休みの日に偶然に来てしまったらしいのです。まあ今日どうしても欲しい商品なんてありませんでしたから文句は無いのですが、ちょっと損した気分になってしまいました。あてにしていたまほろばパンの違う種類も買えませんでしたしね。(笑)



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 これはリングロードに近い、ある超大国の大使館です。

歩きながら撮影すると警備の兵士に怒られてしまいそうでしたから、マニラのジープニーを小型化したような10人乗りくらいの交通機関に乗って窓から撮影したのです。偶然に兵士の顔が写っていますが、彼は一瞬のことでしたので、自分が撮られていることに気がついていないことでしょう。

ちなみにこの超大国はこの国ではインドや中国に続いて3番手のようでしたが、それはかつて王族派を支持していたということも理由のようです。もちろん現在では現実路線で仕切り直しをしているようですが、この超大国にとってネパールは地下資源が無い、つまりさほど利用価値が無いその他大勢の国のひとつでしかないのでしょう。まあそれでも国の威信がありますから、こんな立派な建物を建てて移転したようなのです。



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 宿に戻る途中にこんなホッとする光景がありました。

いつものようにiPod touchの地図を片手に「この路地は抜けられそうだな…」と歩いていたら、急にこんな歴史がありそうなエリアが出現したのです。地面をかなり掘り下げてあるのですが、井戸水が使えることは理解できるのですが、動力が無い時代にどのように排水をしていたのか不思議です。

中国製のハイアールの洗濯機が安く買える時代に洗濯板で作業しているご婦人方がいることも不思議なのですが、今日は天気も良かったですから楽しそうでした。しかし冬の寒い時期にはかなりツラい作業だと思うのですが、現在のネパールの経済状況からしてみると、もう10年くらいは続けられるのかもしれません。もちろんバブル景気に沸く中国やインドの富豪に狙われたら5年後くらいにホテルやマンションに変わってしまう危険性だってあると思います。行方不明者が見つかることと、この景色が将来も維持されることを勝手に期待しています。



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(2011/05/13(金) 23:59)

 屋台のカレーちょいかけネパール風炒飯の味と値段は…
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 今日はついに苦労させられたインドビザの発給日です。

取れたらすぐにカトマンズから出るつもりでしたが、風邪気味なので大事を取ることにしました。まあネパール政府には空港で25ドルも払ってやりましたので、15日間は滞在できるので問題ないのです。最近は和食と北朝鮮料理とアジア飯が続いたので、何かネパールのものを食べておこうと宿の近所をぶらついていたら空き地の屋台で美味そうな炒飯を食べている欧米人客が目に付きました。

「美味い?」と訊いたら「ベリーグッド!」ということでしたので私も試してみることにしたのですが、どこかの国の遭難した山岳隊が山の頂上に置いていったようなバーナーを使って器用に作られた炒飯にはほんの少しだけカレーがかけられていました。「カレーがかかってること以外は中華料理とたいして違わないな…」と思いつつ、美味しくいただけたのですが、屋台のくせに値段が80ルピー(約96円)もしたのには驚かされました。「60ルピーじゃないの?」と訊いたら、「玉子を入れるかと訊いたじゃないですか」ですって。微々たる金額だけど、どうも後味が悪いものでした…



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 食後にカトマンズの環7的なリングロードに行ってみました。

いくつかの川筋に自然発生的に成長してきたカトマンズですが、あまりに渋滞が酷くなってきたので中国政府の援助でリングロードが作られたらしいのです。私も空港からのバスで走ったことはあるのですが、街灯がほとんどなかったので暗くてよくわからなかったので、宿から近い所まで歩いてみることにしたのです。

屋台から2kmほど北上したら「あしたのジョー」に出てきそうな川があり、その少し先に目的のリングロードがありました。現在は片側1車線のしょぼい道路でしたが、将来の拡幅に備えて用地買収は終えていて、道路脇の空き地には屋台などが建ち並んでいました。リングロードの両側には1階部分が店舗になってる4~5階建ての集合住宅が多かったのですが、まだ空き地もけっこうあって、重要な建築資材であるレンガ工場もありました。そのうちにこの資材置き場にもビルが建設されるのでしょうが、その場合は外側にもうひとつ環8のようなリングロードが必要になるかもしれません。



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 今日もiPod touchの地図が大活躍でした。

カトマンズには道路標識らしきものが少ないですし、どの建物も似ていますので迷いやすいのです。目印となる郊外の映画館もすぐに見つかったのですが、そこは大衆向けなインド映画やネパール映画ばかりをやっている劇場でしたのでスルーしました。インド映画は来週以降にインドで安く観ることができるでしょうからね。

iPod touchの地図で「ショッピングモール」というキーワードを入力して出てきたリングロード沿いの「Kantipul Mall」に行ってみたらコレでした。たしかにブルーシートの屋根の下にはたくさんの店が並んでいるようでしたが、さすがのモールマニアの私でもコレは対象外にさせてもらいました。モール内の店はリングロード沿いの屋台と変わらない内容でしょうからね。(笑)



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 この赤いゲートはコカコーラ工場への入り口のようでした。

ネパール語はさっぱりわかりませんが、「HAPPY NEW YEAR 2068」だけはわかりましたので、毎年新しく掛け直されているのかもしれません。もちろんこれは西暦ではなく、ネパールのビクラム歴では4月に2068年を迎えたばかりだということのようでした。

この通りの奥の左側にネパール全土をカバーしていそうなコカコーラの巨大な工場があり、この通路はその企業門前町的な感じなのだと思います。つまり朝晩は従業員たちがこの前のリングロードでバスの乗り降りをして通勤・退社してゆくのでしょう。両側に建ち並んだ商店の店先も赤いコカコーラの看板だらけなのですが、わずかに2軒ほど青いペプシの看板を掲げている店がありました。



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 リングロード沿いは空気が悪くて気分が悪くなりました。 

それで休憩もせずに歩き続けてインドビザセンターに抜ける小道に逃げ込みました。まだビザの発給予定の17時までは時間があったので、その道沿いで休憩してゆくことにしたのですが、手頃なカフェが見つかりませんでした。「このままじゃインドビザセンターに着いてしまうかも…」と心配していたら、上手い具合にアイスやヨーグルトを売る小さな店がありました。

まずはガラスケースにあったプラスチックのコップに入った15ルピー(約18円)のものを試したのですが、それはミルクとコーンをミキサーにかけて滑らかにしたようなものを固めた、コーン味のヨーグルトといったものでした。次に試したのは日本の氷小豆的な手作りアイスでしたが、これはなんと5ルピー(約6円)という安さでした。これも甘さがかなり控えめで悪くありませんでした。



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 ようやくインドビザをゲットすることができました。

私が行った4軒の中ではネパールのインドビザセンターの対応がいちばんマトモだったのですが、それでも最後の日にむかつくことが2度もあったのです。このビザセンターでは午前中に一度来てパスポートを預けてお金を払い込み、午後にビザが押されたパスポートを受け取ると二度手間を強いられる非効率なシステムだったのですが、ここの係員はその2回とも30分ほど遅刻したために我々は余分に待たなければならなかったのです。

その係員はバイク通勤のようでしたから、「道路が混んでいて…」という言い訳も通用しないでしょう。ここでも係員が許認可権というものを身勝手に誤解して自分がさも偉くなったような錯覚を持ち、「あいつらは待たせておけば良いんだ…」とどこかで友人とのんびりとお茶を飲んでいたのかもしれません。今日だけで40人ほどがビザの発給を受けていましたが、1人2000円としてもハンコを何個か押すだけで8万円ほどの収入になったことでしょう。こんな非生産的で時代錯誤なビザというシステムはさっさと全廃させるべきですよね。



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(2011/05/12(木) 23:59)

 私が世界でいちばん行ってみたい国のレストランで食べたものは…
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 今日は知り合った旅行者とランチに行くことにしました。

行き先は私が世界でいちばん行ってみたい国である北朝鮮が外貨稼ぎのために開いていると言われている平壌玉流館というレストランのネパール分店でした。タメルの宿から徒歩10分程度の所にあるKFCの斜め前の路地を入って案内板に導かれるように2回ほどコーナーを曲がったらひっそりと玉流館が営業していました。2階に上がって店内に足を踏み入れたら美人の国家公務員が笑顔で迎えてくれました。予想していたように流暢な英語で「日本からですか?こちらにどうぞ♪」と窓際の個室に案内されて驚かされたのですが、原因は停電でステージがある広い部屋が暗かったからのようでした。

北朝鮮の料理はまったく初めてでしたので、選んだのはやはり平壌冷麺でした。100gが350ルピー、200gが450ルピーでしたので、みんなでパジョンをシェアすることを前提に小さな方を選びました。薄い緑茶とやけに地味な漬物をつまみながら待っていたら憧れの平壌冷麺が運ばれてきて、お姉さんが調味料を入れて混ぜてくれました。その様子を撮ろうとしたら、「私は写さないで」と怖い顔になりました。もしかすると体制崩壊後に玉流館で働いてたことがバレると困ると考えているのかもしれませんよね。

平壌冷麺はさすがに上品で美味しかったのですが、13パーセントの税金を加えて396ルピー(475円)払う価値はありませんでした。タメルの普通の韓国レストランなら似たようなものが半額程度で食べることができたはずですからね。それに昼間だったからか、歌や踊りもありませんでしたし。まあ日本円のワンコインで異国情緒を味わえるということでは意味がありますが、あまりオススメはしません。



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 食後に歩いて15分くらいのモールに行ってみました。

初日に空港から乗ったバスの窓から見たことがあったカトマンズモールとシネコンがあるシヴィルモールの2軒をハシゴしたのですが、シネコンのラインナップは既に観たものばかりでしたのでガッカリでした。それで地味な各フロアを回ってフードコートに行ってみたら、やはりそこも地味な雰囲気でした。スタジアムなどがある緑地に向いた眺望は悪くなかったのですが、モールマニアの私としてはモールの運営会社に助言してあげたいことだらけでした。

北朝鮮レストランでパジョンのオーダーが通っていなかったので何か軽いものを食べたいとフードコートを物色していたら、エスカレーターの通路付近にシュワルマの屋台がありましたので試してみることに。ネパールは鶏肉が美味しいので期待していたのですが、キャベツをマサラソースで炒めたようなものが入ったネパール風な味付けでしたのでシュワルマとは呼べないものでした。まあ値段は130ルピー(約156円)でしたから文句はありませんでしたが。



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 街角の雑誌売りのコーナーでこんな本を見かけました。

右は説明不要のオバマ大統領ですが、左のヒゲのおじさんはインドで新興宗教を興した故バグワン・シュリ・ラジニーシ氏だと思います。日本人の信者も少なくなかったことから「オショウ」の名で呼ばれていたラジニーシ氏ですが、アメリカに作った瞑想センターが地元の反発を買い、よくわからない理由で投獄されたらしいのです。その後アメリカを追われた後にインドで亡くなっているのですが、アメリカ政府から放射能被爆やタリウムを仕組まれたという説もありましたっけ。

ラジニーシ氏は日本のオウム真理教にも影響を与えたとも言われていて、もし彼がいなかったら、もしくはアメリカに行かなかったら、世界は今と少し違っていたのかもしれません。ラジニーシ氏はビンラディン氏などにはあまり影響は与えていないとは思うのですが、もしかすると「文化の違いを理解しないアメリカと対立するとラジニーシ氏のようになってしまう…」と反米感情を高める一因となったことがあったかもしれませんからね。この2冊は何の意図も無く偶然に並んでいるだけでしょうが、ちょっと面白いなと思ったのです。



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 モールの帰り道で初めて野良牛を見かけました。

ヒンドゥー教徒が多いインドでは牛は聖なる動物として守られているために街のあちこちでのんびり草を食んでいたりするのですが、ネパールに入国してから1週間で初めて見ました。これまで草地に羊が、インド大使館の塀の上では猿が、そこら中で犬や鶏は見かけたのですが、これだけ大型の哺乳類は初めてでした。

ここは街の中心部であっても川に近いですから、どこからか川沿いに歩いてきて迷って街の中心部に入り込んでしまったのでしょう。しばらく休憩して日が暮れる頃にはまた草が生い茂った河川敷に夕食を食べに戻ったのだろうと思います。しかし人口500万のカトマンズの中心部でまだ牛を見かけるのって楽しいことですよね。歩行者に対しては不躾なクラクションを鳴らしまくるドライバーたちも聖なる牛には遠慮してるからなのかもしれませんね。



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 土産物屋の店頭でゲバラのバッグを見かけました。

他のバッグはネパールの小麦や米が入っていた頑丈な素材の袋をエコバッグにリメイクしたものですから、ネパール土産として通用するのでしょうが、ネパールとは無関係に違いないゲバラをプリントしていましたので笑ってしまいました。まあこれを商品化した人を商魂がたくましいと褒めてあげたい気持ちはありますが、やはり何か少しはネパールと関連があるモチーフにすべきなのでしょうね。

ちなみにこの手の小型バッグの土産物屋の最初のプライスは350ルピー(約420円)でしたが、もちろん交渉すればかなり安くなるでしょう。私は荷物が7kg以下と厳しいLCCで帰国することに決めましたので、これ以上は買い物できないのですが、その制約が無いとしてもネパールでは何も買う気がしません。単価が低い商品のためにいちいち交渉するのもめんどくさいですからね。



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 いつものスーパーで今日はこの3点を買いました。

中央のは説明不要の10ルピー(約12円)の水で、右のビールは初めて買ってみた155ルピー(約186円)のスターゴールドという銘柄でした。栓の部分がアルミでカバーされてプレミア感を出していましたが、味の方はさほどでもありませんでした。ローンスターがネパールっぽくありませんでしたが、ブリュワリーのオーナーがアメリカのテキサスあたりに留学経験があるのかもしれませんね。

そして本日のハイライトは毎日のように食べているまほろばベーカリーのアンパンマンのパンです。30ルピー(約36円)と少し高かったのですが、これをカトマンズで見つけたら素通りはできませんでした。「なかなか良くできてるな~」と感心しながらガブリと噛み付いてみたらアンパンではなくチョコレートのクリームでした。甘さ控えめで美味しかったいのですが、なんか騙されたような気分でした。やっぱりアンパンマンの中はアンパンであるべきですよね!(笑)



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(2011/05/11(水) 23:59)

 カトマンズに不釣合いなアメリカンなバーガーを食べた後に観た映画は…
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 今日は久しぶりにハンバーガーを食べることにしました。

まだこのネパールに着いてマクドナルドやバーガーキングは見かけたことが無いのですが、欧米人の旅行者が多く滞在する街だけにハンバーガーを出す店はたくさんあるのです。ハンバーガーの類はずいぶんと口にしていませんでしたのでローカルの店を試してみたのですが、80ルピー(約96円)のカフェ・マキアートは当たりでした。

しかし150ルピー(約180円)のフィッシュ・バーガーはちょっとハズレでした。ナマズかもしれない魚のフライは悪くなかったのですが、バンズがいただけなかったのです。見た目は美味しそうでしたが、「美味しんぼ」の中で海原雄山氏が指摘したようにやはりハンバーガーはバンズと中身のバランスが需要ですよね。



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 午後の映画の上映まで少し時間がありました。

それで映画館の手前にあった「SHERPA」というアウトドア用品の専門店をチェックしてみることにしました。制服を着たドアマンに開けてもらって店内に足を踏み入れてみたら、商品も内装もパタゴニアにそっくりでした。お店の人に聞いてみたら、わりと歴史は浅いメーカーで、このフラッグシップショップの他にポカラとエベレストの近くに支店があるということでした。

店にはパタゴニアのと雰囲気が似ている立派なカタログが置いてあったのですが、その最後のページの海外拠点には「JAPAN」の文字もありました。知らないと思ったら住所は大阪でした。KENKOSHAという店のようですが、5月4日にオープンした梅田の伊勢丹から近いみたいですから、ついでにチェックしてみたいものです。



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 今日の映画は「ワイルド・スピード」の5作目となるものでした。

1作目の「The Fast and The Furious」は2001年だったようで、たしか飛行機の中で見たような気がしています。2作目は日本でテレビで見て、東京でロケした3作目以降は見ていませんでした。今回も観る気はまったく無かったのですが、いちばん安い前の方の席は75ルピー(約90円)でしたからチェックしてみることにしたのですが、その値段でしたから不満はありませんでした。

今回の舞台はリオで、ちょっと老けたポール・ウォーカーと太ってテリー・サバラスに似てきたヴィン・ディーゼルが自動車をガンガン飛ばして、アホみたいに100台以上をスクラップにしてくれていました。今回も特にこれといった工夫や見所は無かったのですが、今回からドゥエイン・ジョンソンを重要なポジションに迎えて、6作目にはもう一人が絡むようでした。それは映画を最後まで見ればわかるのですが、ネパール人たちはクレジットロールが始まると同時に席を立ってしまいましたので見逃していました。日本では「ワイルド・スピード MEGA MAX」という変なタイトルで10月1日に公開予定らしいですが、あまりにも遅過ぎますよねぇ。



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 映画の帰りにスーパーに寄って変なのを見かけました。

「きれいな犬」という日本語のパッケージのドッグフードだったのですが、どういった経緯でこんなのが製品化されたのか不思議です。おまけにグリーンに着色されたチキンの加工品のようでしたが、こんなのを食べさせて大丈夫なのかと心配になりました。

スーパーにはキャットフードも置いてありましたので、ネパールでも室内で飼われていることが想像できました。それというのも入国して1週間ほどですが、犬は普通に道で寝ているのに、猫は一度も見かけたことが無いのです。ちなみにネパールの猫は鶏肉より魚の方が好きなのかもしれません。おそらくパキスタンかイランあたりが猫たちの食文化の境目となるのでしょう。



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 今日はスーパーでこれだけの商品を買ってみました。

1本10ルピー(約12円)のミネラル・ウォーター、朝食用の45ルピー(約54円)のまほろばベーカリーの食パンなどでしたが、すべてネパール製で総額では95ルピー(約114円)でした。日本からダイレクトに飛んで来たら安く感じるのでしょうが、これでもけっこう物価は上がっているらしいのです。

普段はミネラル・ウォーターを買わない私も宿の茶色い水道水は飲む気がしなくて、仕方なく購入しているのです。安い地元のレストランでは煮沸した水を冷ましたものを出してくれたりしますが、宿の水道水はタンク内が錆びているためか薄い茶色なのでその方法も使えそうにないのです。まあ1日1本くらいですから問題は無いのですが、安サラリーの地元の人たちはたいへんでしょうね。



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 夕食はもう1軒の和食レストランを試してみました。

前回は「桃太郎」という1階の店でしたが、今日は看板のお品書きに釣られてビルの2階にある「ふる里」という店をチェックしてみました。停電だったためか、店内は異常に暗くて客数も少なめでした。メニューを見たらまだまだ食べたいものだらけでしたが、200ルピーというお手頃価格の「豚みそ炒め定食」を頼んでみました。

「カトマンズを食べつくす」という古そうな本と「美味しんぼ」の第1巻を読みながら待っていたら、この店はまともにセッティングしてくれました。ちょっと豚肉もキャベツも硬い感じでしたが、こういった料理は久しぶりでしたので、ご飯のお代わりもしてモリモリと食べ尽くしました。お代わりは無料のようで、料金にサービス料が乗っけられただえの220ルピー(約264円)でしたので悪くありませんでした。



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(2011/05/10(火) 23:59)

 ネパールはインドという映画大国の横にある映画天国か…?
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 今朝は早朝の回から映画館に行くと決めていました。

5月1日にアレキサンドリアの郊外のモールで見逃してしまっていたケネス・ブレナー監督の「THOR (邦題:マイティ・ソー)」を今度こそ見逃さないためでしたが、なぜ9時45分の回に行ったかというとBIG CINEMAには4スクリーンしか無いために1日1回だけの上映だったからでした。アメリカで興行1位になった新作もネパールでは人気が無いためか、扱いが悪いみたいでした。ストーリーはよくあるパターンで新鮮味は無かったのですが、主人公が嫌味が無くて楽しむことができました。欲を言わせてもらえれば地球とのカルチャーギャップやパワーを失ったことでの挫折のエピソードをおっと丁寧に盛り込んでいただきたかったのですが、入場料は80ルピー(約96円)でしたから文句は言えないでしょうね。

わりとモールが新しいせいもあって劇場もキレイで、早朝だったのでガラガラで良かったのですが、ここでも映画を見ながら大声でお喋りするヤツがいましたし、途中で5分ほどのインターミッションが入るのには閉口させられました。驚いたことに字幕が無かったので私には好都合でしたが、もしかしたらネパールでは字幕を付ける費用を惜しんでいるのかもしれません。つまり英語をあまり理解できない低所得層はインド映画やネパール映画を見に行き、一部の上流階級の人間が字幕なしでハリウッド映画を見るというような図式なのではないでしょうか。もちろん庶民は数週間後に吹き替え版の海賊版のDVDでハリウッド映画を見たりするとは思うのですが。



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 映画の帰り道にこんな高そうな店の前を通りました。

1階がトルコの「koton」のマネしたような「bloom」という若い女性向けのブティック、そして2階がXストリーム系のカジュアル店のようでしたが、まさかこんな店がカトマンズにあるなんて予想外の出来事でした。もちろん店の中に入ってチェックしたわけでは無いので確信は無いのですが、このあたりがカトマンズでは最もトレンディなエリアなのかもしれません。

ちなみに欧米のブランドはモールにベネトンがあったくらいで、まだZARAでさえも出店していないようでした。まあ未だに女性の半分くらいはサリーか、それに準じた民族風の服を着ているお国柄ですので、ちょっと早過ぎるのかもしれませんが。もしかしたら大使館街あたりに高級ブティックがあるのかもしれませんが、ちょっと歩いて行くには遠いし、ゲロ混みのバスには乗りたくないしで…



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 映画の帰りにまたしても和食をいただきました。

モールのフードコートには良い店が無いのはわかっていましたし、タメル地区は土産物屋ばかりで選択肢が少ないということもありました。回り道をすればいろいろとあるのはわかっていたのっですが、風邪気味だったので昼の暑い時期にシャワーを浴びて、ついでに洗濯も済ませてしまおうと考えたのです。それで前回と同じ店に入り、今日は揚げ物のレベルをチェックするために天丼を注文してみました。

ネパールは海無し国ですのでエビが小さかったことは致し方ないとしても、ちょっと具材は地味でもの足りませんでした。しかしちゃんと衣は立っていたのには感心させられましたし、タレの味も悪くありませんでした。このレベルのものが250ルピー(約300円)程度で食べることができるのですから、やはりネパールは旅の途中の羽休めにピッタリの地なのでしょう。次は麺類を試してみようかな…(笑)



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 これらは映画の後で1階のスーパーで購入したものです。

右上のミネラルウォーターが17ルピー、インドネシア製のオレオが2個で1個分の63ルピー、トマトが500gくらいで20ルピー、パンが10ルピーでクロワッサンが22ルピー、すべて合計で132ルピー(約158円)という安さでした。もちろん安いものばかりを選んだのですが、日本でビール1缶の値段でこれだけ買うことができるのってちょっとした驚きです。

しかし安かったのはセールだったオレオ以外はネパール製だったからで、品質が少しだけマシそうなインド製品を選ぶともう少し高くなりそうです。このビッグマートというスーパーはインド製品ばかりが棚に並んでいてネパール製品を探すのに苦労するほどなのですが、もうネパールはインド製品なしでは生きていけないような感じに成り下がっています。人口は3000万人近くいるらしいので、その気になれば踏ん張ることもできるはずなのですが、どうやら国のトップが無理と投げ出しているような感じがします。アホらしい話ですよね。



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 ネパールは前回に較べて車とバイクがムチャ増えました。

そしてほとんどのバイクにはこのような大きなエンジンガードが取り付けられているのです。日本でもたまに小柄な人が転倒した場合に起こしやすいように取り付ける場合がありますが、ネパールではどうも違う理由みたいです。おそらく鉄の部分などは破損しても町の鍛冶屋で修理できるけど、アルミ製のエンジン部分は溶接が困難なのでエンジン丸ごとの乗せ代えとかになってしまうので、その莫大な支出を恐れての発想なのでしょう。

ネパールは都市部を除けば道路事情は悪いはずで、山がちな国土ですから雨が降った後にスリップして谷に落ちるなんてこともよくあるのでしょう。バイクをロープで引き上げてみたら、エンジン部分にダメージがあったりしたようなことが何度もあってのエンジンガードだと思います。ただこの部分に買い物したスーパーの袋などをぶら下げてる光景もよく見かけますので、それも普及したもうひとつの理由かもしれません。



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 ネパールのほとんどの紙幣には動物が描かれています。

わりと新しくてキレイな1000ルピー札は象が、500ルピー札にはタイガー、100ルピー札にはカバといった感じなのです。しかし2005年くらいまでは他の王政の国と同じように国王の顔が印刷されたものだったらしいのです。現在でもたまにお釣りで古い札が回ってくることもあるみたいですが、突然に使用停止になることを恐れて受け取りを拒否したり、もし受け取ってしまった場合も早く使ってしまうというババぬき状態にあるみたいなのです。

ちなみにコインは1ルピーと2ルピーのみですが、500円までがコインの日本とはずいぶんと雰囲気が違いますよね。個人的には50ルピーまではコインにしちゃっても良いのではと思えるのですが、もう少し時間がかかるのかもしれません。ちなみにここに写っている札以外に2ルピー札と20ルピー札があります。20ルピー札はアメリカの20ドル札の影響で作られたのかもしれませんが、日本の2000円札と一緒であまり必要じゃ無さそうなのですが…(笑)
 


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(2011/05/09(月) 23:59)

 晴天の日曜日に遅い朝食をいただいて出かけた先は…
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 今朝のカトマンズはスッキリと晴れてくれました。

昨晩の夕食後にパンなどを買い忘れてしまったので朝食に出かけることにしたのですが、店選びがちょっとたいへんでした。現地人ばかりの店は安そうえしたが美味しそうなものが見当たらず、西洋人ばかりのテラス席の店は山談義していそうで居心地が悪そうだったからでした。料理の値段はそこそこに安くて、あまり繁盛していないWiFi完備の店を探し続けたのですが、30分ほど歩き回って理想的な店を見つけたのです。

2階のテラス席のいちばん良い場所に陣取り、ネットのニュースなどチェックしていたら、注文したレギュラー・ブレークファストが運ばれてきました。ネパール風のちょっとカレー味っぽいオムレツも美味しかったのですが、コーヒーがイケアの10倍くらい美味しかったので、1杯60ルピー(約72円)と有料なのに珍しくお代わりしてしまいました。それで総額は225ルピー(約270円)にもなってしまったのですが、気持ち良く日曜の朝をスタートできましたので悪くはありませんでした。たまにはこんな朝食も良いものですよね。



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 朝食後は宿でのんびりネットをして過ごしました。

それで午後から出かけたのは近所の映画館でした。iPod touchの地図で「CINEMA」というキーワードで検索してみたら「該当なし」だったのですが、「MOVIE」で検索してみたら10件がヒットしたのです。その中から宿から近い2件をチェックしてみることにしたのですが、最初の単館は「ワイルドスピード」(原題 The Fast and The Furious)の5作目をやっていました。次はショッピングモールのシネコンでしたが、4スクリーンしかないしょぼいものでした。

とりあえず上映時間や値段などをチェックして、エジプトで見逃していた「THOR」は割高な週末料金では観ないことに決定。そのあたりの画像は面白くないため、モール近くの布団屋さんのお昼休みの光景をアップしてみました。ランチ後の習慣なのか、あるいは打ち直した布団の寝心地をチェックしているうちに睡魔に襲われたのは不明ですが、なんか涅槃像みたいでホッとする感じですよね。(笑)



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 ショッピングモールの最上階にフードコートがありました。

停電でも無いのにやけに暗くて、店も見たことが無いローカルなヤツが7~8店舗という感じで魅力的じゃありませんでした。一応メニューはアルファベットで書いてありましたし、写真もあったりしたのですが、素人が撮った料理は内容がよくわかりませんでした。さすがにモールの店員さんは英語が流暢でしたのでいろいろと料理について質問して、牛肉のスパイシー炒めといった感じの「BUFF CHHOILA」なる料理を試してみることにしました。

その場で140ルピー(約168円)の料金を払おうとしたら、「あのレジに行って250ルピー払ってください」と言われましたので困惑してしまいました。外国人は2倍払うのかなと思ったら、タイのモールのフードコートのように最初に多めに払っておいて、最後にキャッシュバックされるというシステムでした。

この料理は写真とまるで違ったので驚かされたのですが、一口食べてみて肉の堅さに再び驚かされました。外国人旅行者に仕掛けるビックリカメラじゃないかと疑って隠しカメラを探したほどでしたが、この肉の堅さは地元ではノーマルなのでしょう。スパイシーで美味しかったのですが、私は二度と注文はしないと思いますよ。(笑)



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 食後のデザートは屋台のフルーツにしてみました。

色合いはキレイでしたが、スイカとパパイヤの組み合わせはあまり良くありませんでした。料金は20ルピー(約24円)だったのですが、微妙に高いような気もしました。私より早く食べ終えたミニバイクのお姉さんは札を1枚しか払ってなかったようでしたしね。

しかしアイスなどは30~50ルピーもしていますし、一応このフルーツ屋台はオヤジの加工代が加算されていますので、20ルピーも妥当な感じもします。まあボラれてもわからない範囲ならガマンはできるのですが、オヤジが味をしめて観光客は高い料金を払って当然と考え出されると良くないと思います。ただでさえネパールには日本の援助が多いらしいですからね。



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 街では日本との関係を感じさせるものが目に付きます。

台北の街ほどじゃないのですが、カトマンズの日本語教室の数は近隣諸国より群を抜いていると思われるのです。自動車や家電などのイメージから日本語を習得してビジネスチャンスをつかみたいという若い人が多そうなのですが、今回の地震のせいもあって将来にはこの雲のような感じのものが立ち込めていそうです。

気になったのは日本語に続いて韓国語教室の看板も目に付いたことで、円高の隙をついてサムソンやヒュンダイが売り上げを伸ばしていそうな状況とリンクしているのでしょう。1億2千万の日本人の半分くらいしか喋っていないマイナーな言語をマスターしても価値は無さそうなのですが、向学心があるネパール人にそんなことを言ってはいけませんよね。近い将来に円安に振れたとしたら、韓国の輸出産業は窮地に立たされるであろうということも黙っておきましょう。(笑)



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 シティセンターモールのスーパーで購入したものです。

1階の奥に「BIG MART」という名前に反してあまり大きくないスーパーがあったのですが、たしかに私がネパールで見た中では最大規模のものでした。私はいつも地元のスーパーでは地元の製品を購入してみることにsvひているのですが、ここの商品の70~80パーセントはインド製みたいでしたから困ってしまいました。そんな中で懸命に探して見つけたのがこれらの商品なのです。

右上から時計回りに米のぽん菓子風のスナック、ヒマラヤブランドのオーガニックコーヒー、水牛のジャーキー、マサラ風味のピーナッツ、そして日本風のまほろばベーカリーのクリームパンの5品でした。本当はビン入りの冷たいカプチーノ風のドリンクも購入したのですが、レジを出た所で飲んでしまったのでここには写っていません。総額で353ルピー(約424円)と少し高かったのですが、水牛のジャーキーが175ルピーもしたのが原因でした。総評としては日本風のまほろばパン以外は途上国の味で、日本にお土産にできる水準じゃ無いという感じでした。ネパールの製造業の皆さんには、もう少し頑張っていただきたいものですね。



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(2011/05/08(日) 23:59)

 カトマンズで評判の日本食レストランで試したカツ丼の味は…
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 週末のカトマンズは曇天で、周辺の山が見えませんでした。

インドビザの申請という大仕事も無事に終わり、3度目のネパールで特に観光したいというわけじゃありませんでしたので午前中は宿でのんびり過ごしました。そろそろどのコースで帰国するかを考えなければならないので航空会社のウェブサイトを手当たり次第にチェックしてみたら、昨年末に15000円ほど払って乗ったエアアジアの羽田行きが5000円くらいの日があったので心が動いてしまいました。当初の案ではバンコクから中国を抜けて韓国経由でと考えていたのですが、国内の高速バス並みの値段ですからねぇ…

まあビザ待ちはしばらくかかりますのでランチに行くことにしたのですが、今日は評判が良い日本食レストランを試すことにしました。マレーシア以来の和食ですので食べたいものだらけでしたが、やはり最初はイスラム圏では口にできなかった豚肉を使ったカツ丼を選びました。お茶をすすりながら5月5日の衛星版の新聞を読むという日本の食堂と同じシチュエーションで待つこと15分ほどで見た目が悪くない料理が運ばれてきたのですが、置き方はメチャクチャでした。

まずは味噌汁を味見してみたら普通に美味しく、次にカツを口にしてみたら抜群でした。米の品質も良かったですし、玉子がやや半熟気味のところなど感心させられました。またナスの煮びたしも美味しかったですし、これでサービス料込みで253ルピー(約304円)でしたから嬉しくなりました。日本のスキー場や学食より美味い和食が遠いネパールで食べることができるなんて信じられないことですが、また近いうちに他のメニューも確認しに行くことになりそうです。



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 満腹になってカトマンズの街を散策することにしました。

ヒマラヤ登山の基地でもあるのでダウンジャケットなどの登山用品を売ってる店が多いのですが、こんな美しいナイフの専門店も生き残っていました。登山といえばスイスのアーミーナイフが思い浮かぶのですが、チベットやネパールでは歴代の鍛冶職人によりこのようなデザインのナイフが作り続けられてきたのでしょう。

カトマンズの街ではあちこちの肉屋の前に解体されたばかりの巨大な部位がぶらさがったりしているのですが、そこでもこのようなナイフが活躍しているようでした。もちろんこんな土産物的なナイフじゃなく、ごつい感じの実用的なものでしたが。



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 書店の店頭で日本語混じりのPOPを見かけました。

右のビン・ラディンやロイヤル・ウェディングの雑誌じゃなくて左の黄色い枠の「回想 神から人間へ」というタイトルの本のPOPなのですが、「AVAILABLE NOW」の下に「利用可能になりました」と日本語で書いてあったのです。Scott Berryという人が書いたものを江崎秀隆という人が翻訳した本らしいのですが、出版元のウェブサイトや人名やタイトルで検索してもヒットしませんでした。

どうせ無神論者の私には関係が無い内容だと思いますので構わないのですが、なぜマイナーな内容の本が日本語化されたのか経緯が気になります。著者は東京で働いた経験があるみたいなのですが、それだけで日本語化されるとも考えにくいですしね。



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 午後に白いラッシー風の飲み物を試してみました。

ある店の前に人が群がっていたので美味しいのかと思って試してみることにしたのですが、40ルピー(約48円)のラージサイズじゃなく、無難に25ルピー(約30円)のスモールサイズにしておきました。金を払うとおじさんが大きな壺の中から長い柄杓で白い液体をグラスに注ぎ、それに少年がナッツ類を浮かべてくれました。

味はラッシーじゃなくて、ほんのり甘いヨーグルトドリンクでしたが、ナッツとのバランスも良くて美味しくいただけました。刻んだバナナを入れたら朝食に良さそうなドリンクでしたが、ヨーグルトですからシリアル系ともマッチしそうでした。



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 シバ寺院のあたりで小雨が降り出してしまいました。

ビザ待ちで来週まで滞在しなきゃならないので時間はたっぷりありますので、雨の中を傘をさして観光する必要も無いので早めに宿に戻ることにしました。その途中でこんな看板を見かけたのですが、「ネパールで子供に悪いことをしちゃうと16年間の牢獄生活が待ってるぞ!」という怖~い内容のものでした。

タイなどでも似たようなことが社会問題化していましたが、西洋人の中にはヤバい趣味の人がいて、自国じゃ世間の目が厳しいのでアジアの国で金で欲望を満たそうという旅行者が少なくなかったみたいなのです。それでこんな看板が立てられたのでしょうが、日本語での類似の内容の看板が設置されないことを祈りたいものです。(笑)



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 夕食は近所の店でチョウメンを試してみました。

これもトゥクパやモモなどと同様にチベット族経由で中国から伝わった料理なのでしょうが、今日の炒麺は麺の品質も良くて美味しくいただくことができました。しかし料金は肉や野菜入りのミックスのヤツが125ルピー(約150円)と安くはありませんでした。まあ屋台じゃなく、ちゃんとした店でしたから仕方が無いようですけどね。

しかし昼にカツ丼、夜に炒麺を食べても日本円でワンコインで納まってしまったわけですから文句があるわけじゃありません。インドに降りてしまっても日本食のレストランはあるはずなのですが、カトマンズの和食屋のクオリティと値段は期待できないので、カトマンズで満喫しておくべきなのでしょう。いくらインドのカレーが美味しくても、私は3日で飽きてしまうでしょうからね。(笑)



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(2011/05/07(土) 23:59)

 時差にもめげずに早起きして臨んだ4度目の兆戦の結果は…
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 先日まで滞在していたドバイとの時差は2時間もあります。

移動疲れもありましたので宿でのんびりネットでもしてのんびりしたいところでしたが、7時に起きて(ドバイ時間の5時!)1kmほど北上した場所にあるインドのビザセンターを目指しました。このブログの常連さんには説明不要ですが、私は今回の旅行でシンガポール、マレーシア、スリランカと3つのインドのビザセンターで申請したのです。シンガポールでは5日で発行するけど1ヶ月のシングルビザしか出せないと言われたので次のマレーシアで取ろうと思ったら「申請はできるけど発行される可能性は低いし、その場合の審査料の返還もできない」と言われて呆れてしまい、スリランカでは係員の悪質な嫌がらせのために「二度とスリランカには来るもんか!」と怒鳴り散らしてしまったのです。

私は今回の件もあって、元々それほど好きじゃなかったインドのことが嫌いになったのですが、外国人がミャンマーを陸路で抜けることが難しいためにインドを通過することを余儀なくされ、4度目の兆戦となったのですが、ネットに混んでいるという情報がありましたので早起きして行ってみたのです。早朝のカトマンズの街の様子を見学しながら30分ほどかけて歩いて行ってみたら門の前にフランス人が一人だけ並んでいました。「9時30分からですよね?」とすでにネットで知っていたことを質問して顔を覚えてもらい、まだ1時間以上もありましたので「両替してきます」と近所の散歩に出かけました。

どこも閉まっていたので早朝から店を開いていた商売熱心な旅行代理店のお兄さんに訊いてみたら、10時からという話でしたのでビザセンターに戻ってみたら行列は15人くらいに増えていました。しばらくして門が開いた時でも30人くらいでしたので、今回はすんなりといきそうな雰囲気でした。最初に番号札を貰ってから用紙に記入して番号が表示されるのを待ち、窓口で300ルピーを払って受領日が書かれた紙と申請用紙をもらって終わりという簡単なものでした。受領日に書き込んだ申請用紙と写真と日本人の場合は850ルピーを持ってくればパスポートにビザが押されるということになるみたいですが、インドのことですから最後まで油断はできません。しかしここのビザセンターは少人数で寡黙に仕事をこなしているようでしたので大丈夫そうでした。



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 300ルピーを払って残金はほとんどありませんでした。

カトマンズでは週末でも旅行者向けの両替商は開いていそうですが、銀行の方がレートが良いとの情報がありましたので午前中に換えておくことにしました。ビザセンターからしばらく歩いていたらネパールらしい古い建物の横に「ヒマラヤン・バンク」の文字が見えましたので、その手前の小さな小屋のような建物に入ってみたら銀行が両替専用に建てたもののようでした。

この銀行のレートは宿を出る前にブルームバーグのサイトで調べておいたものと比べて悪くありませんでしたので5000円だけ換えておくことにしたのですが、4405ルピー出てきちゃいましたので驚かされました。どうやら銀行の女性が売りと買いを間違えるというミスをやらかしてしまったみたいでしたが、彼女のプライドを傷つけてはいけないと思って黙って受け取っておきました。

先日の空港では1000円が780ルピーという最悪のレートでしたが、今日のヤツと合わせて計算すると1ルピーは1,16と半端なものになってしまいます。物価も安いので1ルピーを1円で計算しても良いのですが、円高が長く続かないことを想定して今回は1,2円で計算することにしました。ちなみに銀行を出た後に近所の両替商の数字をチェックしてみたら0.871というものが多かったようです。



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 今日のランチはトゥクパという麺料理を選んでみました。

トゥクパはモモと呼ばれる餃子と共に中国からチベット族が伝えた料理だと思うのですが、寒い冬の間はカラダの芯まで温めてくれるネパール風の五目煮込み麺といった感じのもので、昨日はビーフのモモだったので今日は60ルピー(約72円)のチキンにしてみました。

スープは薄味でしたし麺も小麦の質があまり良くないものでしたので期待ハズレでしたが、まあネパールの素朴さが出ている料理で悪くはありませんでした。薄切りのチキンはブロイラーとは違って、自然の中で育てられたしっかりとした味でしたしね。「唐辛子でもあれば入れたいけど…」とぼんやり考えていたら、ちょうど良いタイミングで小学生くらいの男の子が2種類のタレを運んできてくれました。右の赤いヤツがホットソースで、左のは正体不明でしたが酢に紫タマネギや香草などを刻んだものを入れたものだと思うのですが、これを加えたら抜群に美味しくなってくれました。久しぶりに名前とレシピを教えてもらいたくなった調味料でした。



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 食後にカトマンズの街をのんびりぶらつきました。 

前回に較べて人や自動車が激増していましたし、アブダビやドバイでは聞くことが少なかったクラクションの音に悩まされることになってうんざりでした。私は自分が不注意に歩いていて鳴らされるのなら我慢できるのですが、充分に車やバイクが通行できる幅があるというのに「これから横を通るよ~」といった挨拶感覚で鳴らされるのが異常に不愉快に感じるのです。途上国のドライバーは鳴らすのがクセになっているようですが、私はいつもキーを引き抜いて遠くに投げ捨てたくなります。(笑)

そんな雑踏の中のカトマンズですが、市内にはこんなホッとする光景も残っています。宿で聞いた話によりますとカトマンズ都市圏の人口は500万人程度とスゴいことになっているのですが、最高層の建物が16階程度とかわいいもので、ぐるりと見渡しても目障りな建物が無いのです。ビルの屋上に上ると周辺の山が見えるという心地良さはイランのテヘランとも似てると思いました。



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 食後はこのアイスクリームを試すことに決めていました。

インドのビザセンターからの帰り道で見かけたデイリー・デベロップメント社という乳業メーカーの直売所のようでしたが、値段は100ccのカップが30ルピー(約36円)と安くはないのにレジの行列が絶えないので美味しいのだろうと予想していたのです。

直売所なのに今はフレーバーはバニラとストロベリーの2種類しかないということでしたので、まずは様子見にバニラを選んでみたのですが、素朴で美味しくて人気の理由も理解できたのですが、並んでまで買うレベルじゃありませんでした。まあドバイのビーチでも少しお腹まわりの肉が気になりましたので、エジプト並みに安くて美味しくない方が誘惑に弱い私には好都合ではあるのですけどね。(笑)



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 誘惑に負けて地元のビールとラムを買ってしまいました。

流暢なアメリカ英語を喋る小さな酒屋でエベレストビールが140ルピー(168円)、「グルカズ・チョイス」というラム酒が170ルピー(約204円)とこちらの物価に較べてみると高いものでしたが、ついついパッケージに負けて買ってしまいました。(笑)

味はどちらも「ネパールはまだまだ途上国だなぁ…」と納得させるものでしたが、ネパールが諸外国に毒されずに素朴さを保ち続けている証拠でもありますので文句はありません。しかしある店のシャッターにはアサヒのスーパードライのロゴが大きく描かれていましたので少し心配になりました。自動車や家電などはこの国じゃ逆立ちしても作れないので輸入品を買うのは仕方ないのでしょうが、ビールなどの会社は数少ない自国の産業のひとつでしょうから頑張って守り抜いていただきたいものです。



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(2011/05/06(金) 23:59)

 砂漠の国のドバイ空港から4時間弱のフライトで出かけた先は…
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 今朝は昼のフライトに間に合うように早起きしました。

ドバイ空港までの距離はたいしたことが無かったのですが、もしも渋滞したら焦ってしまうかもと考えたのです。ネパールのカトマンズまでは今回もLCCですから、食事も映画も無いので寝不足なら寝て行けば好都合というわけですしね。まずは最後のメールチェックなどを済ませて、わざと高速に乗らずに一般道を走りました。みんなが通勤に高速を使うので、一般道の方が快適だろうという読みだったのです。

その読みが当たったみたいで一般道は空いていて快適でしたが、ある空き地の近くでこんな雄大な景色も見せてくれました。両側に高層ビルが建ち並ぶ高速道路の中を走るのも楽しいのですが、こうやって俯瞰で見るのも迫力があります。手前には昨年末には低かった新しい工事中のビルが見えたりして、ドバイの急成長ぶりを再確認できました。ここでコーヒーでも飲みながらしばらく眺めていたい気分でしたが、先を急ぐことにしました。



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 ダウンタウンで少しだけ寄り道していくことにしました。 

(都合により続きは後ほどアップします)



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(2011/05/05(木) 23:59)

 真夏のドバイ空港から初春と予想されるカトマンズ空港へ…


ドバイでのイケアでの朝食を終えました。

これから久しぶりのカトマンズに出発です。真夏から初春くらいになると思いますが楽しみです。




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(2011/05/05(木) 15:31)

 節約のために乗ったアブダビからドバイのバスで見たこのは…
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 ドバイに着きましたが、移動疲れで更新は…



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(2011/05/04(水) 23:59)

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