新タイトル模索中…(新・北海道田園生活)
   新宿から移り住んだ札幌近郊での様々な出来事のブログの続編だったのですが、それも2007年10月に引き上げたので4年で終わりとなりました。次の住処が決まるまでタイトルも決められない「流浪のブログ」となります。
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ワケあって2007年秋まで北海道でのんびりと暮らすことになりました。客観的に見た北海道の話題と、家庭菜園や料理などの個人的な興味、さらにテレビやネットについて気になってることなどをテキトーにアップして

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 地図に残る仕事をする会社がブギス地区で手がけていた物件は…


今日は友人とウッドランズで待ち合わせをしました。

けっこう距離がありますのでMRTで行くのが普通なのですが、乗り換えが面倒なことと外の景色を楽しめないのでバスで行くことにしました。宿からバス乗り場に行くのに遠回りしたのですが、それは昨晩の夕食の帰り道に気がついた「地図に残る仕事」をする会社がパークビュー・スクエアの裏手に建設中のビルの昼間の様子をチェックするためでした。これは「DUO」という名前になるらしいのですが、その名の通りのモダンなデザインのツインタワーになるみたいですね。






友人と会ってからすぐに別のバスに乗りました。

バス同士の場合も乗り換えはほとんど追加費用が発生しないので、ウッドランズから歩いても行くことができるホーカーまでバスで移動することに。選択肢がいろいろある中でシンガポールで最後のランチに選んだのはやはり豚肉でした。それも焼豚とローストポークのW乗せという豪華版でしたが、濃厚なスープ付きで4ドルでしたので悪くはないでしょう。値上げされた日本の吉野家だったら牛丼を食べられない値段でしたからね。






食後に友人が購入した部屋の工事現場へ行きました。

まるで共産国のように政府による手厚い住宅への補助があるシンガポールでは気軽に不動産を購入できる仕組みなのですが、友人も今後のことを考えて無理がないローンを組んでの購入を決意したということでした。まだ建設が始まったばかりでしたので隣の集合住宅から見下ろしてみたのですが、隣は空き地でその先は空軍の飛行場ということで環境は良さそうでした。ちなみに空軍といってもヘリコプター部隊の専用空港で、発着回数はかなり少ないみたいでした。新しいMRTの駅も近くにできるみたいでしたし、快適に暮らせそうでした。






それから159番のバスでマレーシアに出国しました。

友人はシンガポール人専用の自動ゲートで数秒で出国を済ませていましたが、私はマレーシア人たちと同じ列に並んで15分くらいかかりました。今日はマレーシアのナショナルデーだったみたいですが、それを祝う気が無い若いマレーシア人たちはシンガポールに遊びに行ったりしていたのかもしれません。

夕方のニュースをチェックしてみたら永田町のデモの映像の次にクアラルンプールのムルデカ広場でのパレードの様子が紹介されていましたが、原油安で先行きが危惧されているわりにはそれなりに盛り上がっていたようです。ちなみにマハティール元首相は現政権に対して退陣を求めるデモに参加されたということでしたが、マレーシアも少し面白くなるかもですね。






マレーシア入国後にまずは対面のモールへ行きました。

入国を済ませて鉄道駅の「JBセントラル」を抜けると何度か映画を観たことがある「シティスクエア」というモールがあるのですが、友人じが数日分の両替をしていました。私はレートが悪い時に両替を済ませていたので悔しい思いでしたが後の祭りでした。モールではガンプラのイベントが行われていて、「進撃の巨人も上映中でした。日本文化が受け入れられていることは悪くないのですが、どうも歪な感じで伝わっている感じがします。どこかで軌道修正すべきかと思いますが。






これは友人がシンガポールから密輸したビールです。

…というのは冗談で、同じアセアンのメンバー同士ですから国境での荷物チェックも無く、少量のアルコールであれば申請せずに持ち込めるはずです。私がシンガポール入国時に免税店でウォッカを買ってきたので、気を利かせてフェアプライスで安く買うことができるビールを運んできてくれたのです。私はこれから帰国までウォッカを飲んで過ごす予定ですが、もしかしたら今回の旅行では最後のビールになるかもしれません。






日暮れ前にバスで東の免税ゾーンに出かけました。

私はこれまで知らなかったのですが、JBセントラルの東側の海岸線にはインドネシアのバタム島へ行くことができる国際ターミナルがあり、その陸側には数軒の免税店があるという話でした。対岸のシンガポールを眺めながら食事できるレストランもあって不思議な雰囲気でしたが、このコーズウェイが見える方が人気があるようです。しかし視線を西側に移すと武骨な雰囲気の火力発電所があり、景色がかなり悪くなりました。






夕食はシーフードを食べることにしました。

免税エリアは地元では「ZON」という名前で親しまれているようでしたが、もちろんこれは英語のZONEからのものでしょう。海峡沿いには多くのレストランが建ち並び、美味しそうな匂いが充満していまあいた。我々はその中でカジュアルな店を選んでイカのホイル焼きやフィッシュケーキなどのシーフードを注文したのですが、料理が運ばれてきた時には暗くなっていました。ちなみに料理をほぼ食べ終えた時に最初に注文したサテーが運ばれてきましたが、焼き場が団体さんの注文に追われていたからのようでした。






免税エリアは意外に静かな雰囲気でした。

インドネシアのバタム島行きのフェリーが発着する時には賑やかになるのかもしれませんが、祝日の夜ということもあったのか商業施設の中は海沿いのレストランに較べるとかなり客数が少ない感じでした。免税でも安くは無いのだろうと売り場をチェックしてみたら、飲んだ記憶がないドイツ製のビールが3リンギで安売りされていましたので試してみることに。クアラルンプールでは3本で11リンギというのが最安なのですが、これは3本買っても9リンギですから安いですよね。






免税エリアからは歩いて帰ることにしました。

満腹で涼しい海風が吹いていましたので3kmほど歩いて帰ることにしたのですが、まず埋立地に巨大なKFCがあることに驚かされました。友人の話によりますと、ジョホールバルの実力者がマレーシアのKFCの大株主だということでした。チキンが大好きなモスリム国にピッタリと判断して多額の投資をされたのでしょうが、マレーシアでは他のファストフード店を凌駕してると思えます。

さらに歩いてJBセントラルの近くまでやってきたら、高層ビル群の工事現場が見えてきました。友人によりますと資金問題などで工事は進んでいないらしいのですが、シンガポールとを結ぶコーズウェイの両側にシンボルとなる2棟の高層ビルを建てて、MRTを走らせる計画があるそうです。これを見て関空の対岸のゲートウェイビルを連想したのですが、マレーシアの不動産会社からしてみると、「縁起が悪いので止めてください」と言われそうですね。(笑)






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(2015/08/31(月) 23:59)

 友人とシンガポールの郊外で待ち合わせした後に食べたものは…


今日は友人と郊外のモールで待ち合わせをしました。

待ち合わせした場所はわかりやすいマクドナルドでしたが、生まれも育ちもシンガポールの友人が連れて行ってくれたのは隣のローカルな雰囲気のホーカーセンターでした。「まだ鶏肉以外のものを!」という私の希望で選んでくれたのは豚肉と豆腐の煮込みと肉団子のスープでしたが、キンキンに冷えたビールとも合って美味しゅうございました。またデザートにと用意しておいてくれたドリアンもサッパリしていて最高でした。






食後に猫型の無料シャトルバスに乗りました。

友人と待ち合わせをしたJ キューブからこの地区では最古参のIMMというモールを結んでいるものでしたが、歩くと15分くらいかかりそうですから嬉しいサービスでした。つまりジュロンイースト駅の西から猫バスに乗って、東の端のIMMまで楽に移動してから、その後は新しく開発された病院やモールに立ち寄りながら歩いて再び駅に戻るという合理的なコースでした。さすがに地元の人は街に詳しいですね。






IMMも改装してキレイになっていました。

日曜ということで買い物客も多かったのですが、構造が変わったわけじゃありませんので見るべきものはありませんでした。そのIMMの対面の空き地にいつの間にかモダンな建物が完成していたのですが、それは富豪の寄付により運営されているという長ったらしい名前の病院でした。

その街を分断しそうな巨大な病院は地元に配慮して建物の中を健常者が通り抜けることができるように工夫してあったのですが、隣のビッグボックスという商業施設にはペデストリアンデッキが架けられていて、ご丁寧に最短距離で移動するには病院内のフードコートを抜けるように設計されていました。新しい時代の病院の姿を模索されている医療関係者の方には良い見本となりそうです。特に姫路駅の近くに作られる予定の病院関係者の皆さんは必見の物件なのではと思いますが。






ビッグボックスは昨年末にオープンしたという話でした。

このグリーンの外壁にワンポイントの赤が効いてる建物は内装にお金をかけない倉庫型の集合店舗で、家具や生活雑貨に特化した新しいタイプの商業施設でした。

驚かされたのが2階にイギリスのインテリア大手の「ハビタ」があったことですが、昔の植民地時代の経緯からしてみても不思議じゃありません。もしかしたら高級路線のコンランショップもシンガポール進出の計画があるのかもしれませんね。






それからMRTで終点のブーンレイに移動することに。

駅前に開発されている「フェアプライス・ハブ」というシンガポール流通大手の会員制の大型のスーパーセンターをチェックするためでしたが、ジュロンイースト駅のプラットホームで電車を待っていたら遠くに「ゲッティン」という社名のビルが目に入りました。友人に何の会社か尋ねてみたら、マレーシアでリゾートホテルなどを開発してる大手企業とのことでした。そういえばクアラルンプールの近くに「ゲッティンハイランド」とかあり、たしかホテルの面積が世界一とギネスで認定されたとかニュースで読んだ記憶があります。

なんとこのビルの裏手にクアラルンプールと結ぶ予定の新幹線の駅舎を開発する計画があるとか。2020年の開業を目指して日本や中国が売り込み合戦の真っ最中ですが、ほとんどの線路はマレーシア国内に作られますので最近の原油安で先行きに懸念があるマレーシアは躊躇しているようです。安さで中国をパートナーに選んだ後に本格的にバブルが崩壊しちゃったら計画が中止になりかねませんので。






ブーンレイからはバスに乗って移動しました。

MRTに乗ってから45分以内にバスに乗った場合は公共交通機関の乗り換えということで料金が極端に安くなるのを利用したのですが、日本も見習って欲しいシステムです。ジュロンポイントという郊外型のモールに到着してから、マレーシア風な店舗が集まるフードコートで2ドルのチェンドルを食べて休憩しました。マレーシアなら3リンギくらいでしょうから倍くらいの値段でしたが、アイスカチャンも最近は2ドルくらいしますので最低価格なのでしょう。






フードコートではこんな配慮を見かけました。

イケアのように食べ終えた食器が乗ったトレイを収納する棚が用意されていたのですが、それがハラルとノン・ハラルに分かれていたので感心させられました。日本の警察でモスリムの外国人容疑者に豚肉が入った料理を出したとか問題になっていましたが、そんなことは論外としても2020年のオリンピックまでには日本の大型商業施設などでも改善すべきポイントじゃないかと思います。モスリムの来日客がハラル対応の店で料理を購入した後にハラル専用の洗い場があることがわかれば気分が良いはずですからね。日本人はキレイになりさえすれば良いだろうと考えるでしょうが、敬虔なモスリムは豚肉などでけがれた食器と同じ水で洗ってもらいたくないのでしょう。






夕食は宿の近くで食べることにしました。

郊外から中心部までダイレクトに移動できるバスが無かったので乗り換えがありましたが、それがちょうど昔のタンジョン・パガー駅の前の停留所でした。シンガポールの鉄道駅がウッドランズになった後は植民地時代の雰囲気を持った駅舎の再利用法がまだ決まっていないようですが、おそらく美術館などの文化施設として生まれ変わるのでしょう。シンガポールはそのあたりのことが得意ですので、数年後が楽しみです。






ラベンダー駅の近くに着いたら暗くなっていました。

この辺りはインド人街にかけて川の両岸が整備されていましたので夕暮れのシーンを撮影したかったのですが、残念ながら10分ほど遅く着いてしまいました。まあ夜景も悪くは無いのですが、汚い部分をすべて隠してしまいますので好みではありません。昔はたくさんのゴミが浮いていたのですが、周辺の住民の意識が変わったためか少量だけに激減していました。おそらく数年後にはクラーク・キー並みにキレイになるのでしょう。かつてクラーク・キーもそうでしたから。






友人は夕食に老舗の洋食店を選んでくれました。

老舗といっても建国50年の国ですから30年か40年くらいしか歴史が無いと思いますし、店は普通のホーカーと同じような場所にありました。オーナーさんはオーストラリアでコックの修業をしてから母国に戻って店を開いたようですが、懐かしい感じの料理の写真が並んでいて悩みました。

最近は魚を食べていなかったので6.50ドルの白身魚のソテーを選んでみたのですが、シャンピニオンソースが効いていて美味しゅうございました。シンガポールの後はマレーシアですので、このあたりで洋食をはさんでおくのは良いタイミングでした。帰国すれば飽きるほど和食を食べることができますが、洋食は日本でもそれなりに高いですからね。





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(2015/08/30(日) 23:59)

 シンガポールでいちばん最初の食事に選んでみたものは…


シンガポールの朝食と言えばカヤトーストでしょう。

その代表格の「ヤクン」は今やシンガポール以外でもあちこちの都市に支店がありますが、私はあまり好みではありません。食べ慣れていないためか、カヤペーストが美味しいと思えないのです。カヤペーストとベジマイト、どちらかを一生食べられないとしたらカヤペーストを選ぶと思います。そんな朝食事情のシンガポールで選んだのは2、50ドルだったイケアのミーゴレンとオレンジジュースのセットでした。今日は土曜日だからイケアの会員でもコーヒーは50セント取られると思ったのですが、会員カードを見せてみたら無料でした。

初日からイケアのアレキサンドリア店に出かけたのは近くに住んでいる友人と待ち合わせをしたからでしたが、シンガポールのイケアではこういったアジアンな朝食は初めてでしたので再訪した甲斐がありました。やはり日本のイケアでもそろそろ和風な朝食を出すべきでは。ちなみにイケアの朝食マニアとしては10月に熊本にオープンするという小型店でも何か簡単な朝食を出して欲しいと願っています。フランスみたいにクロワッサンとカフェオレだけでも構いませんので。






シンガポールは建国50周年を迎えたばかりです。

それで街のいたるところで「50」とデザインされた紅白のロゴを見かけたのですが、友人によりますと「税金の無駄遣いだから50周年を祝うのは止めろ!」といったような反対運動はインドネシアとは違って皆無だったそうです。

まあ人口600万くらいの淡路島程度の小さな都市国家ですし、自分たちの生活が50年の間に右肩上がりで良くなっているので不満が少ないことは理解できますが、反対がゼロというのはちょっと気持ちが悪いですよね。次の選挙も近いのですが、また与党が大多数の議席を確保するのでしょう。ちなみにこの模型は図書館の1階のイベントスペースで見かけたものですが、50年前のシンガポールを再現したものなのでしょう。







今日のランチはもちろん豚肉を食べました。

前回の滞在時に偶然に発見したローストポークライスが2、50ドルと安い店に今回も行ってみたのですが、今日は行列が短くて5分ほどで購入できました。しかも食べ終わる頃には誰も並んでいない状態になっていましたが、たまにはそんなこともあるのでしょう。しかし行列がゼロだとなぜか美味しかったという満足感が少し減りますので不思議ですよね。






これはキャピトル劇場跡地の商業施設です。

前回はまだ工事中でしたが、もうほとんどの部分が完成していました。まだ工事中のテナントやマリーナベイ側に遅れがありましたが、そんなことは東南アジアでは普通のことみたいで、お客さんたちは最新の商業施設での買い物や飲食を楽しんでいるようでした。私は昔のキャピトル劇場の中に入ったことは無いのですが、展示されていた座席の古さから歴史ある劇場じょうであったことが推察できます。ちょうどオープンが50周年と重なりましたし、なかなかのクオリティの高さに感心させられました。次回がまた楽しみです。






クリフォードピアを抜けて埋め立て地へ行きました。

マリーナベイサンズに向かう途中の緑地ではテントとステージが作られていましたが、地元の大学の学園祭みたいなものが行われていました。ステージではまあまあ上手いバンドがコンサートをやっていましたが、ほとんどは遠くからテントの下で聴いていました。さすがにこの時間に炎天下では、よほどのファンで無ければかぶりつきで聴く気にはなれないようで…






マリーナベイでは水分補給をしておきました。

外国人はパスポートを提示するだけで無料で入場できるカジノではコーヒーやソフトドリンクなどが無料ですが、水もちょうど良いサイズのものが置いてあって便利です。ラスベガスやマカオみたいなアトラクションは無いのですが、夜になるとハーバーでレーザーと映像によるショーが始まります。

まあそれだけでも世界中から集客できているのですが、そろそろ次のアトラクションに期待したいものです。独立記念日のシドニー湾のイベントのような船とジェットスキーと花火の組み合わせとかならすぐにできそうですが、スケート場があるのでピエロ軍団のコミカルなショーでも良さそうですが。






マリーナ地区からオーチャードまで歩くことに。

拡張工事中のマリーナスクエアの最上階のフードコートからの見晴らしの良さを確認した後にサンテックセンターとラッフルズホテルとの間に建設が進んでいたユニークなデザインのビルをチェックしに行ってみたのですが、かなり完成は近そうでした。湾曲した屋根は単なるデザインだと思いますが、もしかしたら何か工夫があるのかも。年内にはその有無やテナントも明確になるのでしょうが、あまり期待していません。






オーチャードでは観光案内所に立ち寄りました。

無料のWi-Fiを使わせてもらってから疑問だったことを質問したのですが、日本語の資料が激減していたのには驚かされました。観光案内所を出て少し西に歩くと昔の観光案内所の建物があったのですが、キレイに消え去っていました。それでその跡地にはシンガポールの若手のデザイナーたちが作った作品を世に問うことができるショップが作られていました。ここから明日の東南アジアのファッションをリードしていくデザイナーが現われるなら安いものですが、どれも小さくまとめてる感じがしましたので税金の無駄遣いに終わるかもしれません。






それから高島屋の紀伊国屋に寄ってみました。

ジャカルタの店に較べると巨大で蔵書の数も桁違いでしたが、故リー・クワン・ユー氏に関する書籍の数のおおさには驚かされました。いちばん下の真っ白い表紙の本にはエンボス加工で「リーさん、ありがとう」と記されていましたが、亡くなられた後の市民の姿などを撮影しただけのユニークな内容でした。資源が無い小さな島国を破格のスピードで経済成長に導いた偉大なリーダーの死を悲しむ市民が多かったわけですが、それに較べてアメリカの言いなりで戦争法案をゴリ押ししようとする政治家が死んでも誰も悲しまないのではと考えると日本で税金を払うのがますますイヤになりますよね。






高島屋を出た頃には暗くなりかけていました。

MRTで宿に直行してチャンギ空港の免税店で購入しておいたビールを飲むことも考えましたが、お楽しみは後にして節約と健康もために歩いて帰ることにしました。夕食はそも途中のホーカーで食べることにしたのですが、食べたいものがあり過ぎて選ぶのに苦労させられました。結局はまたしても豚肉を使った料理にしてしまいましたが、このポークミンチヌードルはスープが別に付いていて3ドルでしたので悪くありませんでした。やはりシンガポールのホーカーは最高ですね!







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(2015/08/29(土) 23:56)

 インドネシア最後のランチに選んでみだ料理の感想は…


ついにインドネシアを離れる日になりました。

今回も広い国土のほんの一部しか見ることができない駆け足旅行でしたが、少しばかり飽きていましたので良いタイミングではありました。食べたかった料理もほとんど食べましたので、最後のランチは何にするか迷いました。チェックアウトする時に仲良くなった宿のご主人に何かオススメはと訊いたら「ナシ・アヤム」と即答されました。そして目の前の店を指差して「親戚の店だけどオススメだよ❤️」と付け加えました。

そう言われると他所で別のものを食べることができなくなり、「身贔屓はあるかもだけど、ナシ・アヤムならハズすことは無いだろう…」とテラス席に座ったら種類がいくつかあり悩みました。店員さんのオススメの18000ルピアの料理にしてみたら、チキンレッグの煮込み風なものが運ばれてきました。なかなか美味しかったのですが、やはり食傷気味のチキンでしたので満足感を得ることはできませんでした。まあ明日から豚肉メインの食事になるでしょうから問題はありませんが。






ジャカルタの猫たちとも別れの時が訪れました。

食堂の客の食べ残しを狙いにやってくるのですが、チキンの骨をバリバリと噛み砕く逞しさには感心させられます。日本の猫たちは柔らかいペットフードばかり食べているので生存本能が弱まっているんじゃないかとも思えたりします。子猫の方はおっとりしていましたが、まだ自分には骨は無理だとわかっているのでしょう。あるいはカワイイ上目遣い作戦でたくさんチキンを貰って満腹なのかも。






今日は少し早めに空港へ行くことにしました。

空港行くダムリバスが発着するガンビル駅までは徒歩10分くらいですが、線路沿いにショートカットすれば9分くらいでしょう。夜は女性は敬遠しそうな何も無い道ですが、昼間は緑が多くて散歩道としても悪くありません。その閑散とした通りに似合わない鉄条網を収納した専用車を見かけました。

これと同じものを南アフリカやイスラエルなどで見かけたことがありますが、警察署の奥では無くてすぐにでも使うことができる場所に置いてることは威嚇的な効果も狙っているのでしょう。日本ではほとんど報道されていないでしょうが、ジャカルタでは市民によるデモが警官への投石騒ぎに発展したりすることもあり、このような装置の出番も多いようです。






数年ぶりのガンビル駅は少し変化してました。

垢抜けない感じの駅舎の構造はそのままでしたが、内外のコンビニ主要メンバーが勢揃いしていたのには時代を感じました。また中央の柱には液晶によるデジタル表示があり、テナントにはスターバックスやクリスピークリームドーナッツが入居していたのにも驚かされました。もうジャカルタもそこまでの大都市に成長したという証拠なのでしょう。






空港行きのダムリバスは値上げされていました。

それでも40000ルピアですから、固定相場制時代の1ドル、つまり360円くらいで空港まで楽にアクセスできるのですが、おかげで残金は12000ルピアになってしまいました。どうせ空港にはビールは売っていないでしょうが、パンを1個買えるくらいしか残りませんでした。ちなみにダムリバスの座席には電源が完備されていましたが、Wi-Fiは遅くて使いものになりませんでした。






ダムリバスは中央部を迂回するコースを走りました。

西側に建設中の高層ビル群が見えてきたのですが、空港を利用する裕福な層に分譲物件をそれとなくアピールする狙いもあるのではと疑ってしまいました。この新興ビル街の北側には小さな湖があり、周辺はゴルフコースになっていました。ジャカルタの人たちのゴルフ好きは日本人の影響のような気がします。






ダムリバスは1時間で空港に到着しました。

しかし国内線の第1ターミナルから何度も停車して客を降ろしていたので、私がエアアジアに乗る第3ターミナルに到着できたのはそれから20分後でした。第3ターミナルはその一部だけが完成していましたが、今後の人口増を考えればそれくらいじゃすぐに足りなくなるでしょうね。

インドネシア政府は120kmほど離れたバンドンまで新幹線を整備することを決めたようですが、その途中に上海の虹橋空港のような巨大なものを作る計画がありそうですね。






第3ターミナルの工事現場は静かでした。

まさか中国の金融危機がここまでは影響していないとは思いますが、ランチタイムは過ぎているのに東南アジア独特の職人の多さが感じられませんでした。まあ最近は工場である程度組み立てた部材を運んできて、クレーンで取り付けるだけという手法に変わってきているためかもしれませんが、工事現場マニアとしては少しサミシイものがありました。






今日のエアアジアは1時間近く遅れました。

シンガポールまでは距離が近いので1時間半くらいのフライトでしたが、チャンギ空港の第1ターミナルに着いてから入国するまでにかなり歩かされて時間がかかりました。スムーズな入国審査とフリーパスの税関を抜け、免税店でマレーシアの高額な酒税に備えて酒とビールを購入しておきました。

待合スペースにはシンガポールの建国50周年に合わせて作られたと思えるブースがありましたが、懐かしいコンコルドの模型などもあって時代の変化を感じさせられました。ちなみに免税店の人の話によりますと、第1ターミナルはさらに拡張して、2年後には新たなショッピングゾーンが誕生予定とか。ますます成田がショボい印象になりそうです。






すぐにスカイトレインで第3ターミナルに行きました。

免税店で3缶パックのタイガービールを購入したのですが、第3ターミナルのフェアプライスというスーパーで安ければ冷えたビールと何かツマミになるものを買うつもりでした。スーパーの棚にはインドネシアの数倍の品種が並んではいたのですが、値段も倍以上でしたので断念してヌルいビールで我慢することに。ちなみに遅い時間には酒類は販売を自粛することにしたようです。チャンギ空港で酔客が暴れたりしたのかも。






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(2015/08/28(金) 23:59)

 もうインドネシア旅行も最後なので試してみた料理は…


アッという間にインドネシア旅行も終わりそうです。

明日からのシンガポールは冷えたビールが楽しみですが、ビール以外の物価は高くなりますので複雑な心境です。まあGoogleマップを見る必要が無くなることは気分的にかなり楽ですけどね。どこでも普通に英語が通じますし。逆に自分の英語力の低さも痛感させらりたりしますが。

もうインドネシアで食事をするのも残り数回ですから、今日のランチにはガドガドをライスにかけた「ナシ・ガドガド」といった感じの料理を試してみました。これで10000ルピアでしたし悪くは無かったのですが、やはりガドガドは普通のロントン入りのものが美味しいと思いました。






食後のデザートにアイスクリームを食べました。

ここでも最後だからと普段なら注文しない5000ルピアのドリアン入りを試してみたのですが、やはりドリアンが強過ぎました。もちろん少量のドリアンがバニラアイスにはさまれていただけなのですが、それでも1時間以上は口の中にねっとりとしたドリアンが残っている感じがしました。






タナアバン駅に向かう途中に近道を探しました。

Googleマップの歩行ルートでは表示されませんでしたし、駅までショートカットできる橋は存在しないことになっていました。それにしては路地の歩行者が多かったので路上の物売りに駅まで行くことができるか訊いたら大きく頷いてくれました。

イオンモールに行くために近所の人たちが作った竹製の橋みたいなものを想像して路地の奥に行ってみたら、ちゃんとバイクも走れるコンクリート製の橋がありました。橋は問題無かったのですが、その橋からの景色はゴミだらけで最悪でした。ここからルイヴィトンがある高級モールに「プラザインドネシア」まで徒歩30分くらいなんですけどね。






電車をカバヤラン駅で降りました。

そこから目的地のガンダリアシティモールの周辺の高層ビルは見えていたのですが、歩くと遠く感じました。このモールは大きさを売り物にした感じで、残念ながら独特の工夫などは見当たりませんでした。またなぜか買い物客の導線を変形したSの字風に湾曲させていましたが、その理由は最後までわかりませんでした。オーナーさんのイニシャルだったりして…(笑)






地下のロッテマートで少し買い物をしました。

ルピアの現金が残りわずかですから、今晩の夕食用にインスタントのお粥とラーメン、そして朝食用にバゲット、さらにキンキンに冷えていた缶ビールを購入しました。せっかく冷えていましたので、今日は明るい内から飲んでしまうことにしたのですが、ツマミにバゲットを齧ってみたら意外に美味しかったので得した気分に。バゲットは6900ルピアと安かったので、まったく期待していなかったもので。






次のモールまでは南へ徒歩15分くらいでした。

核店舗であるSOGOの地下に紀伊国屋があるというのでわざわざ遠回りして来たのですが、増床工事らしいものが見えましたのでイヤな予感がしました。このモールは幹線道路の両脇に建っているツインモールで、自動車でやってくる人たちが顧客みたいでした。そのためにモールをぐるりと周遊できる自動車レーンがモールを取り囲んでいて、歩いて来る人たちを拒絶するような造りでした。

アメリカにもマイアミの郊外などで99パーセントが自家用車での買い物客という感じのモールを見たことがありましたが、これほど露骨に自家用車での買い物客以外を歓迎しないモールは初めてでした。これは民間企業の開発ですから、どのような構造にするかは自由なのですが、インドネシアの恥として批判されるべきじゃないかと思います。歩道側とモールを隔てている鉄柵は遠くからでも見えていますが、外観の見た目は普通のモールですからね。






紀伊国屋には1種類だけフリーペーパーがありました。

ジャカルタには紀伊国屋が3店舗あるみたいですし、人口が多いインドネシアでの成功を夢見て事務所を開設する日本企業も多いと思ったのですが、まだタイやマレーシアに較べると中間層の購買力が弱いと判断されているのかも。それでシンガポールや香港あたりから出張してくる企業人は多くても、住んでいる人は少ないのかもですね。まあ若奥様や小さな子供を住まわせるには治安や衛生面に不安があるのは理解できますが。

ちなみにタイのスーパーでパッケージにくまモンがあるのを見かけてから3週間ぶりくらいにくまモンを見かけました。そういえばくまモンはインドネシアはまだなのでは。マーケットとしての大きさを考えれば出張も妥当なところでしょうが、熊本県庁の担当課の皆さんが行きたくないと言ってるのかも。






今日の最終目的地はブロックMでした。

その中間くらいに「ダマンワンサ」という知らない商業施設がありましたが、ストリートビューで見て悩むくらいのサイズでした。それほど遠回りじゃないけど、交通の拠点であるブロックM行きのバスはたくさん走っています。歩いて行くとトータルで1時間くらいかかる距離でしたが、あえて歩いて行くことに。「買い物は悩んだら止める」という主義ですが、「旅行は悩んだら行く」主義ですから。

住宅地の中を頑張って歩いて辿り着いた商業施設は、「なるほど、こんな感じなわけね…」と納得するレベルでした。時間の無駄ではありましたが、モールマニアとしてはひとつクリアできました。いくら数を回ってもギネスがワールドレコードに認定してくれるわけじゃないでしょうが…(笑)






ブロックMの近くのカフェで何かの撮影中でした。

女性がスゴい盛り付けの飲み物をレポートしていましたから、「王様のブランチ」みたいな週末の情報番組の話題の店の紹介を撮っていたのかもしれません。なにせインドネシアは若い人口が多いので、デートする店の紹介などは需要が多そうです。もちろん可処分所得はまだ低そうですから、どうしても高額な食材などは使えずにアイデア勝負ということになりがちかも。






日暮れ時にようやくブロックMに到着しました。

周辺に工事中のビジネスビルなどがありましたが、基本的なことは前回とさほど変化していない感じでした。昼間にロッテマートで買い物しちゃいましたのでカルフールには足を踏み入れませんでしたが、かなり売り場が疲弊していることでしょう。もうリニューアルの時期は過ぎていると思われますので、早くどこかに買収されると私も楽しめるのですが。






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(2015/08/27(木) 23:59)

 システム障害のようです
ジャカルタ最終日です。

早朝の涼しい時間にブログのアップをとアプリを立ち上げようとしたらダメでした。原因不明のシステム障害みたいですが、復旧しなければ次のシンガポールからアップします。




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(2015/08/27(木) 11:10)

 電車でコタ地区に向かう前に初めて試してみた屋台の料理は…


今日は久しぶりにコタ地区へ行くことにしました。

それで泊まってる宿からガンビル駅より少しだけ近いガンダンビル駅に向かったのですが、その途中の高架沿いの屋台街に以前から気になっていた「クトプラック」という料理の屋台がありましたので、初めて試してみることにしました。

ピーナッツソースを使うのでガドガドに似ていましたが、たっぷりの油で豆腐を炒めていたので期待が高まりました。まず皿にニンニクとチリを入れ、それに砂糖やピーナッツソースを加えて水牛の角のようなもので押しつぶしていました。それに熱々の豆腐と米粉で作られたロントンをざっくりと刻んで入れ、最後にビーフンとモヤシ、揚げ煎餅を乗せて手渡されました。手間がかかっているわりには値段は10000ルピアと安く大満足でした。しかしスマトラでは見かけなかったのですが、ジャカルタのB級グルメなのかもですね。






ガンダンビルの駅前は激変していました。

駅前に高層ビルが完成しそうな感じでしたが、たしか私は前回の旅行中にこの見張り小屋がある辺りの汚い床屋で髪を切ったことがあります。床屋といっても扉も無い手造り感がある店で、料金は100円はしなかったと記憶しています。その周辺は薄暗い安食堂や古道具屋などがありましたが、すべて立ち退き交渉に応じて出て行ったのでしょう。1日に20人の髪を切ったとして2000円くらいにしかなりませんので、さぞかし立ち退き交渉は簡単だったのでしょう。






列車は15分ほどでコタ駅に到着しました。

カードのデータが壊れているからと新しいカードのディポジットに10000ルピア、そして料金に2000ルピアを払いましたが、実質は18円くらいですから安いですよね。

コタ駅は歴史ある終着駅ですから独特の雰囲気があって良いのですが、ニューヨークのグランドセントラル駅みたいに将来はアップルストアがオープンしたりするかも。日本と違ってインドネシアの人口は増え続けることが確実視されていますので、充分にあり得る話だと思いますが。






コタ地区には植民地時代の古い建物が残っています。

その歴史を感じさせる広場ではテントの片付けが行われていましたが、独立記念日関係のイベントが行なわれたのかもしれません。広場にはカラフルに塗装された自転車が並んでいましたが、それが現代アートの作品なのか、あるいは単なる貸し自転車なのかわかりませんでした。その両方なのかもですが…






広場の北側では広い空き地が出現していました。

たしかこの辺りは煉瓦造りの倉庫街だったと記憶していますが、もうほとんどが取り壊されていました。まだ看板類はありませんので跡地の利用法が明確になっていないのかもしれませんが、コタ駅から徒歩でアプローチできる広大な土地ですからバンコクのファランポーン駅の周辺のように外資系の高級ホテルが進出したりすることもあり得るでしょう。治安は良くない地域ですが、3年もあれば劇的に改善できるでしょう。






北に見慣れない建物が見えたのでチェックすることに。

近くに見えても距離がありまたので、初めて見かけたコンビニでアイス休憩をすることに。いつもの3000ルピアのシリーズは飽きてしまいましたので、今日はちょっと贅沢に5000ルピアのブラックモンブラン風なものを試してみることにしたのですが、これが期待ハズレでした。パッケージの大きさやイラストに較べて実物は寸足らずで貧相ですし、まぶしてあるナッツの量も少な過ぎて笑えるほどでした。

この会社の皆さんを佐賀の工場見学に連れて行きたいくらいでした。もちろん値段は倍以上ですが、量や質のことを勘案すればブラックモンブランに軍配が上がることでしょう。






運河沿いのガラスの建物はまだ未完成でした。

おそらくソフトウェア関連の会社などが入居することになるのではと思えましたが、もしかするとコンベンションセンター機能があるホテルなんてこともあるかもです。コタ地区には高い建物はありませんから上層階からの眺めは良いでしょう。しかしそれも他に高い建物ができない場合のことですが。

インドネシア経済が順調に成長すれば、この辺りはシドニーのダーリングハーバーみたいになって、2040年前後にはインドネシアの人口が3億人を突破して「ジャカルタがオリンピック招致…」なんて話が出てくるかもしれませんよ。






さらに北上してみたら別の工事現場が。

この湖のようなウォーターフロントには高床式の違法建築っぽい低層の建物が並んでいるのですが、それらを偉そうに見下ろす高層ビルの建築が進んでいました。こちらは事務所ビルではなくて高層のコンドミニアムになるのでしょうが、意外に東京の湾岸マンションを参考にしたのかもしれませんね。






埋立地の最北部にも高層ビルが見えていました。

もう既に体力の限界の手前になるくらい歩いていますし、その最北部までは4kmほどありましたので次回にすることに。Googleマップで調べておいた37番のバスでブロックMまで南下して、カルフールでビールと惣菜でも買おうと考えていたのですが、そのバスはやってくる気配がありませんでした。

バス停の近くの高校の学生に訊いてみたら、違う番号のバスが良いのでと案内されたのはなんとコタ駅行きでした。そこからガイドバスに乗るように促されたのですが、それならブロックMまで行くのは2度同じコースを走ることになり、私の好みではありません。高校生たちには疲れたのでコタ駅からは電車に乗って帰るとウソを言って歩いて行くことにしました。

これは漢字表記が激減していたチャイナタウンにあった商業施設ですが、見事に2階以上のテナントがすべて撤退していました。1階の奥のスーパーではビールを売っていたので悩みましたが、高いハイネケンなどしか冷やしていませんでしたのでガマンすることに。モナスの近くにカルフールがありますので、まだ安くて冷えたビールを買える可能性はありましたので…






急にこんな組み合わせがあり、驚かされました。

しかも中途半端な大きさの駐車場付きの集合店舗でしたが、吉野家は普通の店でしたが、ファミリーマートの方はかなり広い イートインのスペースがあって人気のようでした。フィリピンのように後発ということで盛り放題のソフトクリームがあるのではと期待したのですが、ワッフルコーンの大きいサイズで10000ルピアと割安感が無くてガッカリでした。

ファミマは北米から撤退してアジア展開を加速させるらしいのですが、インパクトが強い目玉商品をどんどん投入すべきでは。SNSで画像が拡散されれば良い宣伝になるでしょう。






その後に立ち寄ったカルフールはダメでした。

ビールは1本も冷えてなくて高かったので、「インドネシアのカルフールも近い内にタイのビッグCやイオンに買収されてしまいそうだな…」と考えながらモナスまでやってきたのですが、独立記念日の余韻なのか紅白のライトアップが行われていました。1分くらいのインターバルで上下や左右の紅白がいれかわり、最後はこのように赤くなりました。

モナスの横を抜けて対角線上のガンビル駅の南側の出口から公園の外に出ようとしたら、まだ19時台だったのに門が施錠されていました。制服姿の係員は「あちらから出てください…」みたいなことを言ってましたが、私は自分の行動を制限されるのが大嫌いです。それで係員の隙を見て2mほどの鉄柵を乗り越えることに。公園の鹿たちを驚かせてしまいましたが、無事に乗り越えて宿に戻ることができました。






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(2015/08/26(水) 23:59)

 屋台で8000ルピアの苺ジュースを飲んで出かけた先は…


今日は火曜日ですからイオンモールへ行くことに。

インドネシアでは火曜市はやってないでしょうから冗談ですが、ベトナムのように無料のシャトルバスが運行されていませんでしたので少しばかり面倒でした。朝から気合いを入れるために屋台で8000ルピアの苺ジュースを飲んで行くことにしました。ジュース屋はなぜかOSAKAブランドのストローを使っていましたが、まさか日本製ってことはないですよね?






駅に向かう途中で賑やかなエリアを抜けました。

この派手なデザインのビルはインドネシアの卸売り業者が出店している下町のシンボル的な存在なのですが、本館以外にも増床を重ねていてかなり迷路化していました。炎天下を歩くより涼しいだろうとビル内をショートカットしようとしたのですが、真っ直ぐ歩けないほど混んでいたので大失敗でした。






イオンモールは南タンゲラン地区にありました。

いつものようにGoogleマップで検索してみたら最寄りの駅は2つありましたので、行きは手前から歩くことにしました。これはそのセルポン駅前の様子ですが、この駅は珍しく2階に改札口がありましたので練馬あたりの西武線に雰囲気が似ていました。ちなみに軽のワンボックスを改造した交通機関も走ってましたが、健康と節約のために歩いて行くことに。






25分ほど歩いたら建設現場が見えてきました。

イオンモールは地元の大手不動産会社が開発を進めている「BSD CITY」プロジェクトの中核施設として開発されたようですが、これらは分譲マンションや病院だったりするのでしょう。30代の共働き夫婦がローンを組んで購入し、イケアまでドライブして家具や生活雑貨を揃えたりするのかも。そして子供の誕生日にはキッザニアに連れて行ったりして。な〜んか東京湾岸のライフスタイルと似てる感じですしますよね。(笑)






イオンモールには近道が作られていました。

もちろん公式の導入路はあるのですが、私のように最短距離でアクセスしたいと考える人も多いのでしょう。それで近隣の住民が橋と階段を作ってしまったようですが、おかげでかなりショートカットできました。私は歩く距離が長いのでスニーカーで来ていて正解でしたが、もうひとつ西側のルートならハイヒールは無理ですがサンダルなら大丈夫そうでした。






到着後すぐに1階奥のスーパーへ行きました。

先日は韓国風な味付けのうどんという微妙なランチでしたので、今日は和風なものにするつもりでした。最近のイオンモールではスーパーのレジの後ろに気軽に軽食を食べることができるイートインのスペースが用意されていますが、意外に選択肢が少なかったのでガッカリでした。

フードコートまでは距離がありそうでしたので行列ができる中島水産のブースで25000ルピアの親子丼を試してみることにしたのですが、ご飯が硬かったので文句を言いたくなりました。しかし本当に文句を言いたいのは開いてるレジの少なさでした。ランチタイムは混むことがわかりきってるのに!






食後にモール内を隅から隅までチェックしました。

快適そうなラウンジはイケアで食後にトレイを自分で片付けないようなマダムたち専用みたいで入れませんでしたが、無駄に広いインフォメーションカウンターで無駄に分厚いモールガイドなどをいただいておきました。インフォメーションの女性の制服は大昔のサンダーバードに出てきそうなものでしたが、最初に試着する時は勇気が必要だったことでしょう。






映画の上映まで少し時間がありました。

それでモールの最上階のファミリー層向けの飲食ゾーンをブラついていたら、15時からのカキ氷のプロモーションのバナーを見かけました。もうモール内を2時間ほど探検していましたので半袖じゃ寒いくらいでしたが、今朝の苺ジュースと同じ値段でしたので試さずにおれませんでした。

見本の画像とは高さがブルジュハイファとスカイツリー並みに違いましたが、台湾のカキ氷風なものに砕いたピーナッツ入りの団子が良いアクセントになっていて美味しゅうございました。プロモーションじゃなきゃ倍以上するらしいのですが、日本円にしてみると税込みで約81円ですから安いですよね。






イオンモールのシネコンは8スクリーンでした。

その中から上映が終わりそうな「ミッションインポッシュブル」の新作に先日の「インサイドアウト」と同じ値段である30000ルピアを払ったのですが、バンコクで120バーツで観ないで正解でした。ちなみにシネコンにはもうポスターくらいしか無かったので、この画像をアップしておくことに。

ミンスクの飛行場からド派手に始まった今回の作品はキャストとストーリーに安定感があって楽しめたのですが、ヒロインをトム様の実年齢に合わせたためか残念でした。しかも彼女は6作目にも出そうな雰囲気でしたのでね。

あまり悪そうに見えない敵をトム様たちが4人がかりでやっつけるのは実に現在の国際社会の構図に沿ったものですし、BMWを何台壊しても良い契約だったのでしょうからカーアクションも派手で楽しめました。しかしいつもながらトム様は若いですよね。アクションシーンもご自分でこなされていましたが、目標はジャッキー・チェンかな…?(笑)






映画の後にイオンでビールを2缶購入しました。

15000ルピアと売り場で最安だったANKERビールは冷蔵ケースに入っていなかったのですが、イオンには無料の氷がありましたので問題ありませんでした。キンキンに冷えるまでには10分くらいかかるでしょうが、それまでにツマミになるものを探せば良いわけですから問題ありませんでした。

アホみたいに明るいイオンモールから近所の住民が竹を切ってきて作った橋を渡ったら薄暗い庶民の生活ゾーンでした。それはこっそりビールを飲むのに最適の環境でしたが、残念ながら昼間に目をつけておいた5000ルピアのシュウマイは売り切れでした。それで倍の値段の汁なしのバクソを購入してマンションの工事現場を眺めながら味わったのですが、冷えたビールはタイのハジャイ以来でしたので感動的な美味しさでした。せっかく冷えたヤツがもう1缶あるので飲んでしまおうかと悩んだのですが、首筋にそれを当ててクールダウンして止めておくことに。少し円高傾向ですが、まだまだですからね。






私は基本的に同じ道を歩くのは大嫌いです。

それでイオンモールからの帰りは違う駅から乗ることにして、事前にGoogleマップでルート検索もしておきました。それはかなり遠回りすることになるものでしたが、理由はやはり最近になって開発された高級住宅街でした。

アメリカをドライブしていると地図上では道路があって抜けることができそうなのに入口にセキュリティゲートがあって部外者は通れないことがあります。イオンモールの南側でも似たような高級住宅街が横たわっていて、それは高さ5mほどの壁で分断されているので、乗り越えることは難しそうでした。それで駅まで遠回りすることを余儀なくされたのですが、イケアなどでトレイを片付けないような連中のためにショートカットできないのは実に腹立たしいものです。まるでイスラエルの民族分断の壁みたいなものですからね。






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(2015/08/25(火) 23:59)

 ジャカルタのおばさんが手作りした朝食を食べて考えたことは…


インドネシアではパン類が意外に高価です。

旅先で宿代に朝食が含まれて無い場合は前夜までにパン類を購入しておいて、目覚めてからコーヒーを淹れていただくことが多いのですが、インドネシアの満足できそうなパン屋は日本の安売り店と大差ない値段ですから購入する気になれないのです。インドネシアの伝統的な朝食としてはイケアの朝食メニューにもあったナシウドゥムというものが定番ですが、もうひとつロントンもあります。私が最初にロントンを食べたのはマレーシアですが、ルーツはインドネシアかもしれません。

米粉を棒状に蒸して作った秋田のきりたんぽのようなものを一口サイズに切ってからココナッツ風味のソースをかけて、好みでサンバルソースなども加えるようです。食べる直前にパリパリに揚げた煎餅を割り入れて、コーンフレークのように微妙な食感を楽しめたりもします。これは宿の近所の食堂で10000ルピアで購入したものですが、インドネシア語がわかれば8000ルピアとかだったりしたのでしょう。朝の忙しい時間に並んで注文したので、外人だし釣りが出ないように多めに入れてキリが良い値段にしたのではと疑っています。






ジャカルタは都会ですからコンビニも乱立気味です。

先週の金曜にバンダル・ランプンでインドネシア系のライバル関係にあるコンビニが薄い壁1枚を隔てて並んでいた光景をアップしましたが、ジャカルタでは地元と新参者の対決が始まっていました。ちなみにストリートビューをチェックしてみたらこの近くには以前はローソンも出店していたようですが、現在では影も形もありません。日本のものは何でもウケるだろうといった安直さが墓穴を掘った原因なのかもしれませんね。






これはちょうど日本大使館の前の工事現場です。

インドネシア政府との関係が深い日本政府は良い場所に外交の拠点を得ているのですが、高級ショッピングモールの隣というだけでもスゴいのに、今度はMRTの駅前にもなるみたいでしたのでビックリです。この周辺には新しいビルもたくさん建設中でしたし、これは国の借金を減らすために大使館を郊外に移転させて、跡地をバンコクのエカマイモールみたいに日系のテナントを集めて再開発してしまうのが良さそうですね。






今日は和風なものでも食べようかと考えていました。

バンコクで讃岐うどんは食べましたが、とんかつの機会を逸してしまいましたので。帰国まで半月ほどですが、今じゃないと「帰国後でいいか…」という気分になりそうでしたから。

ジャカルタは大都会ですから日系の海外進出組のほとんどが顔を揃えていましたが、実際に店の前まで来てみたら気持ちが萎えてしまいました。日本円で300円程度の食事を提供している店でさえ肩肘を張っているように感じましたので。もっと自然体で良いのではと思いますけどね。ちなみに対面の飲食店の名前は「SUMOBOO」と実に自然体でした…(笑)






地下のスーパーに酒の売り場がありました。

外国人客も多い高級店でしたので予想はしていたのですが、ついに今回のインドネシア旅行で初めての冷えたビールを売っている店でした。タイのように販売禁止の時間帯はありませんから、すぐにツマミになりそうな食材と共に購入してぐびぐびっと飲み干すことも考えましたが、ここは中心部の高級モールでしたので人目を気にせずに楽しめる木陰とか思い浮ばないので止めておきました。まあジャカルタなら他のスーパーでも冷えたビールを売っていそうですし、日暮れ後の方がチャンスも多そうですから慌てる必要は無いでしょう。






高級モールのすぐ先にコンビニがありました。

既に宿の近くのセブンイレブンはチェック済みでしたが、ここは高そうな立地なのに駐車場があり、店内のイートインのスペースも格段に広い感じでしたので「格の違いを見せつけるための特別な店舗なのかも…」とチェックしてみることに。

特に品揃えは他の系列店と差は感じられませんでしたが、タイなどでは当然の「飲み物とセット購入でお得!」というPOPを頑張って打ち出していました。その中に「うどんと好きなスナック、それに330mmサイズの水で25000ルピア」というのに惹かれてしまいました。しかもうどんは和風、トムヤム風、韓国風と3種類から選べるとのことでしたので。

うどんだけでも単体で18000ルピアで注文することも可能でしたが、素うどんではあまりにもサミシイですし割安感もありません。それでリスクはありましたが韓国風な味付けのうどんに海老かつをトッピングに乗せてもらうことに。うどんも海老かつも日本の食品大手が開発した製品だと思いますが、心配していた韓国風のソースも悪くない組み合わせでした。冷えた水との組み合わせも良かったのですが、それが先ほどの冷えたビールだったらと想像するとちょっと残念でした。






ジャカルタは高層ビルの建設ラッシュでした。

人口が日本の2倍の若い国ですのでオフィス需要も大きいのでしょうが、特にジャカルタでは少数派の華僑系の市民が経済活動を牛耳っているという話ですので、彼らが大陸から集めてきたバブルマネーが建設バブルの原動力なのかもしれません。しかし上海の証券取引所は大混乱らしいので、ジャカルタの建設現場のクレーンも稼働しなくなってきてるのかもですね。

これはその建設現場に挟まれた感じでポッカリと残っていたゴルフの打ちっ放しの練習場ですが、かなり広い2階建てなのにクラブを振ってる人はごくわずかでした。元々が暑い午後は少なくて夕暮れ時から賑わうのかもですが、世界的な株安の影響でゴルフどころじゃないという人が多かったのでは。






ゴルフ練習場の先に目的地のビルがありました。

秋葉原のドン・キホーテのビルに入居して成功したAKB48劇場を真似て、ジャカルタではFXという若年層向けの商業施設に姉妹グループのJKT48専用の劇場が作られて大人気という報道を数年前に見たことがありましたが、まだやってるのかチェックしてみることにしました。

そのビルでは以前に映画を観たことがありましたが、当時から上層階は人が少ない感じでしたが、劇場がやってる時間帯で無かったためなのか閑散とした雰囲気でした。薄暗い劇場の奥では2人ほどがPCでなにやら作業中でしたが、固定ファンを引き留めるために「755」のようなアプリにアイドルたちに代わって書き込む虚しい作業を続けていたのかも…(笑)






FXの隣のロッテマートでビールなどを購入しました。

今日は映画を観る予定でしたので、持ち帰ることを想定して冷えたビールはあきらめました。その代わり満足感を味わえるように、いつもの小瓶じゃ無くて28500ルピアのビンタンの大瓶にしておきました。またベーカリーではクロワッサンなどが選び放題のコーナーが人気でしたので、私も今晩のデザートと明日の朝食用に7個ほど購入しておきました。

ロッテマートの先には2棟の大型商業施設があり、どちらも高級ブランドが揃っていて時代の変化を感じさせられました。新しい方がバランスは良かったのですが、どちらも長続きはしないのでは。もちろん商業施設はテナントを入れ替えたりすれば長寿を全うすることもできるのですが、運営者側とジャカルタ市民の間に大きな溝があるような気がしますので。モールマニアの私の信念は「モールは人々を幸せにする装置であるべきだ」というものですが、どうも経営者側が一方的に幸せになりたいという浅ましさが透けて見える感じがしたのです。






映画館は複数の候補がありました。

FXに戻って映画を観てからシャトルバスに乗るということも候補でしたが、明るいうちに道路の中央の専用レーンを走る2輌連結のバスに乗るために日本大使館の近くの雑居ビル内の映画館を選びました。さすがに専用レーンは渋滞知らずで、わずか15分くらいで到着できましたが、そのおかげで抜群のタイミングで「インサイドアウト」の上映に間に合いました。

私は今回の旅の最初の香港で初めてこの作品のプロモーションを見かけた時から期待していたピクサーの新作でしたが、微妙な年頃の少女の脳内を5つのキャラクターで可視化して表現するというユニークな発想は大きく評価できます。またピクサーの製作スタッフの皆さんも子育てを終えたりして自分たちの家族のストーリーを感情移入しながら楽しんで作られたというのも透けて見えて微笑ましいものでした。

美しい映像と独特の雰囲気のキャラクターたち、またそれに命を吹き込む声優さんたちも素晴らしくて30000ルピアを払うだけの価値は充分にありましたが、5つのキャラクターの出番を予告編には出て無かったキャラクターが奪ってバランスを欠いていたんじゃないかと思えました。それは私に娘がいないことで共感できないとか、英語の聞き取れなかった部分が影響したのかわかりませんが、私は宮崎駿さんも違和感を持たれたのではと思いましたが。






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(2015/08/24(月) 23:59)

 日曜日の夜明け前にメラックの町からバスで出発した理由は…


メラックの宿はモスクの目の前にありました。

それで真夜中にアザーンで起こされて睡眠不足になりました。一応iPadなどのアラームはセットしていましたが、もし目覚めることができない場合はメラックに泊まった意味が無くなりますので、起きているしか方法がありませんでしたので。

まだ夜明け前にメラックの宿をチェックアウトして先日の午後に上陸した港に向かったのですが、それはジャカルタの手前の新興開発エリアにオープンしたイケア方面に行くバスに乗るためでした。メラックから通勤時間にバスに乗ってしまうと大渋滞に巻き込まれるおそれがありますが、イケアで朝食を食べてからであれば空いてるはずですので。特に今日は日曜ですから中心部は自動車が少ないだろうと思えたのです。






イケアはタンゲラン地区にできていました。

朝食は9時半からの提供でしたので6時くらいのバスに乗れば良いかと逆算したのですが、バスは最初は客を拾うためにノロノロ運転でしたので心配になりました。ところがすぐに高速道路に乗りましたので、今度は早く着き過ぎるのではと逆の心配が。まあなるようにしかならないと心配しないことにしたら睡魔に襲われて熟睡していたら、28000ルピアの運賃を払えと起こされました。

バスはイケアのすぐ近くまでやってきて高速を降りて北上し始めたのですが、コンダクターにGoogleマップを見せて大丈夫か確認したところ、そのまま北へ向かいとのことでした。ドライバーはイケアまで行くと言ってましたが、言葉の壁で細かいことが伝わっていませんでした。仕方なくバスを降りて3kmほど歩いたのですが、着いたのは10時少し前でした。






イケアのロッカー問題で一悶着ありました。

入口に立っていたおじさんに身振り手振りで「ロッカーはどこ?」と訊いたら子供用の遊具がある方へ案内されました。荷物を指差してカギで扉を開けて中に仕舞う動作をしてみせ、「ロッカーだよ、わかるでしょ?」と大声で主張していたら、ようやく英語を理解できる女性がやってきました。

普通のイケアは自由にロッカーを使えますが、貧富の差やテロの危険性がある一部の国では身分証明書を確認してからカギを渡されることがあります。「面倒くせえな…」とうんざりしてパスポート番号をノートに書かせてカギを受け取って荷物を入れました。女性の所へ戻ってパスポートを取り戻して2階のレストランに向かおうとしたら、「パスポートを預かります」ですって。何のためにそこまでする必要があるのかマネージャーを呼びつけて訊いてやろうかとも思いましたが、空腹でしたのでパスポートを女性に投げつけて2階へ急ぎました。

レストランは日曜日ということもあって混んでいたのですが、カップルなのにワゴンにトレイを3枚も用意しているアホがいてイライラさせられました。そういったプチブルな客はイケアやマクドナルドを高級店だと感違いしている場合が多いのですが、わざわざトレイから皿をテーブルに移してからお上品に食べたりしていますので笑えます。

イケアの朝食は10000ルピアのインドネシア風と20000ルピアの洋風なものがありましたが、当然ながら前者を選びました。マレーシアでいえばナシレマックといった感じのナシウドゥムでしたが、コーヒーは別料金で7000ルピアもしましたので割安感はありませんでした。それにコーヒー豆のレベルが低くて1種類しかなかったのにもガッカリでした。

そんな欧米では中流以下の人たちのための家具屋なのに、食べ終えてそのまま買い物に行く人がいましたのでうんざりでした。テーブルにはセルフサービスに協力して欲しいというステッカーが貼ってあるのに、「お皿を片付けるのは我々がやることじゃない」と考えている家族がいるのです。たいてい息子がメガネをかけていて太っていますが、そんな環境で育ったらろくな大人にならないと思いますが。






イケアの西側に巨大な郊外型のモールがありました。

ゴールドジムやドアマンがいるシネコンなど、メダンと同じ顔ぶれでしたので期待はできまぜんでした。このモールに歩いて行ったのは私くらいで、ジャカルタでは中流以上が自家用車で行くタイプの商業施設なのでしょう。駐車場の入口では自動車を止めて危険物のチェックをしていましたが、貧富の格差が拡大して富裕層が狙われることもあるのでしょう。

このモールはアメリカあたりに留学経験があるようなインドネシアの財閥の2代目や3代目が陣頭指揮を取って開発したんじゃないかと思いますが、モールマニアの私でもこのタイプは好きになれません。イケアで食べ終えた皿やトレイを放置するような家族が好みそうなモールですからね。






日曜日は映画の料金が高いのはわかっていました。

しかし上映作品のチェックをするために最上階に行ってみたら、シネコンのラウンジがありましたので驚きました。ベトナムのシネコンで映画を観る前に無料で予告編を見ながらくつろぐことができるスペースがありましたが、有料のラウンジというのは初めて見ました。さすがに中には誰も座っていませんでしたが、完全に赤字だと思います。久しぶりにジャカルタに来てみて、おかしな方向に進んでいるような気がします。こんなことで将来は大丈夫なんでしょうか。






これもメダンでも見かけた和風なパン屋です。

チェンマイのタイ企業が運営している和食レストランでもフードファイトのイベントのポスターを見かけましたが、ジャカルタでは本物の早食い世界チャンピオンがゲストに迎えられていました。このような企画が立案されるということは、このチェーン店のオーナーさんが日本通であることが窺えます。やはり日本の製パン業界で修行されたのでしょう。






モールからイケアに戻って少し休憩しました。

もうすっかり飽きているのですが4000ルピアのソフトクリームを食べ、珍しく1階のビストロ付近でもつながったWi-Fiでジャカルタ中心部までのバスや電車を検索しました。トイレで顔を洗ってからロッカーから荷物を出して歩き出したのですが、道路にこんな看板がありましたので笑ってしまいました。たしかにイケア周辺には自転車レーンが整備されていましたが、まったく見かけませんでしたので。私がイケアからモールへ往復した時もすれ違う人はいませんでしたし。






Googleマップはたまにスゴい道を提案してくれます。

イケアから15分ほど歩いてからモスクの前からバスに乗るコースが表示されたのですが、その道は普通の日本人旅行者なら怖くて歩かないと思える人通りが無い小道でした。私は「面白くなってきたな…」と楽しめたのですが、その後にバスだと思っていたものは軽のワンボックスを改造したものでしたのでガッカリでした。

電車の駅までは歩くのはたいへんな距離でしたので、Googleマップを見せて確認してから乗りましたが、そのドライバーは私が今朝メラックからのバスを降りた所へ行きましたのでガッカリでした。ドライバーは真後ろに停車していた軽を指差して乗り換えるように促しましたが、そのドライバーのせいでバス代を2度払う羽目になりました。






郊外の駅から日本製の古い電車に乗りました。

いつの間にかチケットはプラスチック製のカードになっていましたが、デポジットと運賃で12000ルピアを払いました。日曜日の午後でしたので混んではいませんでしたが終点は乗り換え駅でもあるので混雑していました。ちなみにジャカルタはプラットホーム間を移動する時は線路の上を跨いで歩くタイプですので楽できました。荷物を担いで階段を上り下りするには疲れますので。






明るいうちに前回と同じ宿にチェックインしました。

すぐにシャワーと洗濯を済ませて近所の散歩に出かけてみたのですが、あちこちで新しいビルが建設されていましたので驚かされました。近くのコンビニではビールや氷が販売されていないことを確認して、スマトラで見つけた時に余分に買っておいて正解だったと胸を撫で下ろしました。

今晩もビールに合う夕食を探し歩いたのですが、アメリカンドッグ風な屋台を見て即決しました。チーズ入りの14000ルピアのヤツと7000ルピアのフライドポテトを注文したのですが、油の温度が低かったようで時間がかかりました。味もカラリと揚がっていなかったので残念でしたが、ビールには抜群に合いました。それで1日1本の掟を破ってしまいましたが、ジャカルタならビールは入手しやすいので問題ないかと…






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(2015/08/23(日) 23:53)

 ホテルで無料の朝食をいただいてからバスとフェリーで出かけた先は…


バンダル・ランプンのホテルは朝食付きでした。

先日の夜明け前にチェックインした時に朝食が付いているとは聞いていなかったので、近所のベーカリーにパンを買いに行こうかと考えていました。しかし先日は2階の食堂で食べている人を見かけましたので念のために訊いてみたら「朝食は料金に含まれています」ということでした。炭水化物ばかりですので、おそらく7~8000ルピアくらいのものでしょうが円安で節約せねばならない身にはありがたいものでした。






10時過ぎにホテルをチェックアウトしました。

ホテルの前の道はバスターミナルから南下する一方通行になっていましたので、500mほど歩いて逆方向の一方通行の道路に行かねばなりませんでした。しばらく歩いていたらハンマーで大きな石を叩き割っている人たちを見かけたのですが、2015年にもなるのにムチャ非効率なことをしていたので驚かされました。採石場で重機で割るのが普通の方法でしょうし、人力で割るとしても街の中心部で行うはナンセンスですよね。






これはホテルの裏手にあった大型商業施設です。

ちょうどここの前の停留所にバスターミナルに行くグリーンのバスが停車していましたが、時間調整中だったみたいで撮影した後でも充分に間に合いました。バンダル・ランプンのこのタイプのバスに乗るのは2度目でしたが、停留所に路線図などが無いので不親切だと思います。乗り込む位置が高い停留所はすべて同じ時期に作ったはずですから、普通に考えればその時に路線図なども整備すべきだったはずですが。







これがバンダル・ランプンのバスターミナルです。

中央部が吹き抜けになっている正方形の建物で、四方に3本の傘をイメージしたデザインが施されていました。また平たい板で作ったようなデコレーションも特徴のひとつで、なぜそんなものが使われるようになったのか不思議です。王妃の冠をモチーフにしたものも珍しいですし、次回にスマトラに来ることがあればデザインの詳しいルーツを調べてみたいものです。






フェリーターミナルまでの道路は混んでいました。

道路工事中の箇所もあって2時間半もかかってしまったのですが、料金は25000ルピアと割安感がありました。都バスと同じくらいの料金で80kmほど走ってくれたのですが、さすがに座席のピッチはムチャ狭くてクーラーもありませんでした。それで出発する前や渋滞中は蒸し暑くて不快でしたが、走行中は窓から海風が吹き込んできて爽やかでした。






バスを降りた目の前がフェリー乗り場でした。

対岸のメラックまでは30kmほどしか離れていないのですが、料金は15000ルピアと格安でした。私が先日の午後に購入したビールの小瓶と同じくらいの値段でしたが、コーラだと3本分くらいです。アメリカ人ならちょうど1ドルくらいですから、理解しやすいでしょう。フェリーに乗り込む前にブリッジから丘の上に王妃の冠をモチーフにした建物が見えましたが、美術館かモスクかもしれませんね。






このフェリーは日本の中古船みたいでした。

何度も塗装を繰り返してあり、表示はすべてインドネシア語に変えてありましたが、雰囲気が昔の宇高連絡船みたいな感じだったのです。ドアの上に「客席入口」とありましたので間違いないと思います。中国語ではそんな表現はしないはずです。

デッキで外を眺めていたら頭上から人が海に飛び込んだので驚かされましたが、それはチップを貰いたい少年たちのパフォーマンスでした。デッキから乗客が投げる1000ルピア札を5人くらいの少年たちが競って拾っていましたが、エサをもらうために頑張っている阿蘇の熊牧場を連想させました。(笑)






フェリーは2時間後の16時に到着しました。

今日は朝食をたくさん食べたのでランチが遅くなっても良いと考えていたのですが、さすがに空腹でしたのでバスターミナルへ向かう前に遅いランチを食べることに。今日は何かスペシャルなものをと探していたら、大きなイカを炭火で焼いてる店がありましたので即決しました。スープとお茶はサービスみたいでしたが、基本的にはイカとライスで25000ルピアだったようです。バッグの底からビールを取り出して飲みたい気分でしたが、周囲の目を気にしてグッと我慢しました。






フェリーを降りた先がバスターミナルでした。

ここからそれぞれが好きな方向のバスに乗るわけですが、私にはひとつのアイディアがありましたので今日はメラックに泊まることにしました。それは17時から4時間かけてジャカルタに着いても面白くないのと、最近は移動ばかりなので疲れが溜まっているためもありました。

またメラックまでは初めての町ばかりで楽しかったのですが、これから先のジャカルタもシンガポールもクアラルンプールも何度も訪れている都市なので新鮮味は無いので気乗りがしないのです。まあ都会にはそれなりの楽しみ方もあるのですが、初めて上陸したスマトラの旅が終わって名残惜しいような、少しサミシイ気持ちになってしまいました。世界は広いですが、初めての町には限りがありますので仕方ないのですけどね。






日暮れ前に今夜のメラックの宿を決めました。

うるさいモスクに近くてWi-Fiもありませんでしたが、値段の安さとバスターミナルまでの近さで選びました。まあメラックは小さな町なので選択肢が少なかったということもありましたが。部屋でのんびり過ごして、21時過ぎにビールに合うツマミを買いに行きましたが、自転車で天ぷらを売ってたおじさんから4種類を4000ルピアで購入。その帰りに歩道を占拠しているドリアン売りを見かけましたが、一山いくらなんでしょうね。日本で買ったら2~3万円くらいでしょうか…






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(2015/08/22(土) 23:59)

 夜明け前にバンダル・ランプンに到着して泊まることにした理由は…


今朝も自動車が夜明け前に到着しました。

最初にメダンから乗ったトバ湖行きのバスは2時間も遅れて論外でしたが、早過ぎる時間に着くというのもありがたくありません。出発時間を3時間くらいズラして夕方にすれば良いのにと思いますが、何かそれなりの理由があるのでしょう。

先日のトヨタ車のドライバーは親切な青年で、夜明け前のホテル探しを手伝ってくれました。私はバンダル・ランプンが面白そうで無ければ早朝のバスに乗ってジャカルタ方面へのフェリー乗り場に行こうかと考えていたのですが、ホテル探しで街をドライブしてみたら面白そうでしたので1泊してみることにしました。それにドライバーくんのヘルプもあって夜明け前からチェックインできましたので、ムチャ楽でしたし。

午前中はブログの更新などを済ませて、まずはスマトラ縦断鉄道がバンダアチェまでできたら始発駅になるかもしれないルブックリンガウ駅に向かって歩き出しました。古い市場風なビルの前に偉人風な銅像が見えてきたのですが、かつての多民族国家だった時代の英雄なのでしょう。スマトラの歴史は詳しくないので何を成し遂げた人物かわかりませんが、このように都市によって雰囲気がガラリと変わるのは面白いですね。






銅像の近くに変わったバス停がありました。

バスに乗車するレベルがブラジルのクリチバみたいに高い位置にあったのですが、なぜスマトラでバンダル・ランプンだけがそうなっているのか不思議でした。このバスへの乗車方式はメリットとデメリットがありますが、この街でメリットの方が上回っているとは思えませんが。まあ1回だけ試しに乗ってみただけでは失敗かどうか判断できませんけどね。






駅前の屋台に毛が生えた店でランチしました。

モスリム人口が多い国を旅行しているわりには鳥肉をあまり食べてないことに気がついて13000ルピアの料理を注文してみたのですが、工夫が何もなくてガッカリでした。近所の腹ぺこ猫が甘えた声でやってきたので救われましたが。

ちなみに53000ルピアを出してお釣りを貰おうとしたら、看板は古い料金だから16000ルピア払ってと理不尽な要求が。食後で胃袋が膨れていましたし、26円のために喧嘩したく無かったので払いましたが、私が猫と戯れていなかったら「看板の値段しか払わない!」と拒否して騒ぎになっていたかも。やはり猫の存在は大きいですよね。






ルブックリンガウ駅はかなり貧相でした。

場所もダウンタウンの外れにあり、隣の商業施設はテナントがほとんど撤退していました。この駅のシステムは新しそうな感じでしたが、バス全盛の時代にパレンバン以北にも路線を伸ばそうというのなら特別な戦略が必要だと思いますが。

それは生活の足だけではない楽しい体験ができるということに徹するべきと思います。とりあえずはメダンまで急いで延伸させて、その沿線の風光明媚な場所に伝統的な工法でロスメンを作って、自由に途中下車できるようにすれば良いのでは。






駅前から北のモールまで歩くことにしました。

ホテルからモールまでだと私の初めての町で歩く基準である4kmを越えていたのですが、今朝はホテル探しで楽できましたので。しばらく北上していたらコンビニ風な店が仲良く並んでいるのを見かけたのですが、こんなことは初めてでした。ちなみにパダンやブンクルではこのチェーンテは両方とも見かけなかったのですが、不思議な分布ですね。






バンダル・ランプン最大のモールは退屈でした。

おそらく日本でいちばん数多くのモールに足を運んだことがあるモールマニアの私には「モールはこうあるべきだ!」という私的な基準がありますが、このモールは先人たちが苦労して編み出した手法を無視していたのです。独自性があると表現することもできますが、私は数年のうちに間違いだったことを思い知らされる時が来ると思います。近所にライバルのモールが出現したら、客数は半減するでしょうから。






モールには6スクリーンのシネコンがありました。

メダンのロッテマートが入居していたシネコンと同じ系列だと思いますが、こちらはドアマンが1人でしたし、面倒だったのかドアは開けっ放しになっていました。もちろんバンコクで見逃していた「ミッション・インポッシュブル 5」は上映中でしたし、今日からピクサーの新作である「インサイドアウト」が始まっていました。ここは40000ルピアからと高かったので、週明けにジャカルタで観ることにしました。






モールから4000ルピア払ってバスに乗りました。

それで海が見えるところまで南下して貧民街を抜けて海岸の様子を見に行ってみたのですが、そこでレベルを超えたゴミの山を見て愕然とさせられました。フィリピンの海岸でも似たような光景を見たことがありますが、インドネシア政府は早急にゴミ処理班を派遣して再発防止に力を注ぐべきでしょう。こんなのをほったらかしにしておいて、ドアマンがいる映画館で楽しむなんて狂っているとしか思えませんから。






これは地元のシンボルになってるようです。

あちこちでこのデザインを見かけるので何なのか気になって調べてみたら、かつての多民族国家の頃の王妃の冠が元になってるようでた。王様と王妃の像の上に3本の傘がデザインされているものもありましたが、なぜ3本の傘がシンボリックに使われているのかはわかりません。このランドマークの近くの屋台で知り合った地元の女性も知らないということでした。






今日は3日ぶりにビールを飲むことができます。

モールの1階にあった「chandro」というスーパーでようやく売っていたので最安だったANKERの小瓶を4本だけ購入しておきました。安いといっても1本が14900ルピアでしたので、日本円だと131円ほどと高いのですけどね。

瓶ビールは重たかったのですが、今日のホテルには壁に栓抜きがありましたので悪くありませんでした。残念ながらホテルの食堂の製氷機の電源が入っていなくて氷を貰って冷やすことはできませんでしたが。今日のホテルにはクーラーがありましたので濡らしたバンダナで包んで吹き出し口で冷やすという手もありましたが、その時間を待てなくて飲んでしまいました。






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(2015/08/21(金) 23:52)

 ブンクルから安く南下する方法を探している時に見かけたものは…


基本的にインドネシア滞在の日程の余裕はありました。

しかしブンクルの安宿はWi-Fiがありませんでしたし、ビールを売ってる店も発見できなかったこともあって南下することにしました。バス代がこれまでに較べて割高でしたので早朝の涼しい内に安い交通機関を探し回ったのですが、ブンクルのシンボルであるラフレシアがデザインされた歩道を見かけました。

こういった地道な努力を否定するわけじゃないのですが、私は罰則を強化して中心部をもっとキレイにすべきだと思いますが。ブンクルと交換したシンガポールを真似すれば上手くいくのでしょうが、それはプライドが許さないのかも…






最後のあがきでビールが売ってる店も探しました。

バスより安い交通機関のオフィスは2軒ありましたが、かなり歩き回ったのですがビールを扱っている店は見つかりませんでした。その代わりにちょっと面白い有名店のパクリ商品を見つけたのですが、マイナーな地名が入っていてかなりレア物ですよね。パクリ商品のコレクターでもこれは持っていないのでは。200円ほどでしたから買っておけば良かったかな…(笑)






今日もWi-Fi目的でベーカリーカフェに行きました。

周辺の店に較べて割高な値段設定でしたが、そのために空いていてジュース1杯で1時間ほどのんびり調べものができました。先日の午後にジャイアントで飲んだアボカドジュースが美味しかったので今日も注文してみましたが、コップの内側にチョコレートを垂らして、最後の仕上げに表面に円を描くという手法が共通していました。値段はジャイアントの倍以上の18000ルピアでしたが、1時間100円のネットカフェに行ったと思えば高くは無いでしょう。






今日はチェックアウト直前にシャワーを浴びることに。

今日は大衆的なバスでは無くて7人乗りのトヨタ車で南下することにしたので、汗くさくないように配慮しておく必要がありましたので。少し時間がありましたので宿の近くを散歩したのですが、こんなレトロなガソリンスタンドを見かけました。手動ポンプで目盛り付きのガラスの筒に汲み上げたガソリンを引力の力でミニバイクなどに給油する仕組みでしたが、デザインが良いのでガレージに1台置いておきたいものです。






これはイギリス統治時代の砦です。

フィリピンならマニラのイントロムロスに相当するのでしょうが、日本ではほとんど知られていないのではないでしょうか。まずスマトラにやって来る日本人が少ないですし、せいぜいメダンやトバ湖、バンダアチェくらいにしか行かないでしょうし。ちなみに私もこんなに陸路移動に時間とお金がかかるとわかっていたらLCCでとっくの昔に飛んでいました。この手の遺跡もかなり見てきましたので興味もありませんし。






砦の近くには小さな遊園地がありました。

お父さんたちが遺跡の見物をしている間に興味が無い子供たちを遊ばせておくためのものなのでしょう。インドネシアの子供たちもこの程度で喜んでいるうちは良いのでしょうが、すぐにスマートフォンのゲームで遊ぶようになるのでしょう。アセアンの中では圧倒的に人口が多いので、アプリの開発も盛んでしょうから。インドや中国に較べると小さなマーケットですが、少子高齢化の日本は間逆で2億人を超えていますのでね。






海岸では干し魚が大量に販売されています。

加工方法のバリエーションが乏しいので魅力が無いのですが、それで売れ残りも多いのでしょう。おそらく自分たちでは食べ切れないくらい余るので近所の猫にもお裾分けされるのでしょう。しかしこの子猫のうんざり顔を見れば商品のクオリティーが想像できますよね。買わなくて正解だったかも…(笑)






今日のトヨタ車は「KIJANG」でした。

南アフリカや インドネシア向けに開発された7人乗りのミニバンですが、こちらではかなりポピュラーな存在です。ブンクルからスマトラ南部のバンダル・ランプンまでのバス代は325000ルピアでしたが、なぜか乗車人数が最大でも7人と少ないトヨタ車の方が250000ルピアと割安でした。

最初は私と荷物だけで出発して途中の住宅地や工場などで客を乗せていましたが、交代のドライバーが後部座席に寝ていたのでお金を払ったのは4人だけでした。ピックアップ代は別に請求されるのかもですが、単純計算だと100万ルピアですから9000円にしかなりません。ガソリン代は日本の半分くらいですが、エアコンを効かせるためにエンジンをかけっ放しにしていましたし、あまり儲かりそうに無いのですが…






途中のトイレ休憩も何度かありました。

今日のドライバーは2人ともタバコは吸いませんでしたが、助手席に乗った男性が休憩を終えて乗車する時にタバコに火をつける段取りが悪いタイプでしたのでムカつきました。吸い終わってからも車外にポイ捨てしていましたし。

まだ明るいうちに夕食タイムとなりましたが、田舎町の食堂は自分で皿に食べたいものをすべて盛るというシステムでした。マレーシアみたいにそれをおばさんに見せて料金を払うものだと思ったのですが、なんと後で盛り放題だったことがわかりました。それほど空腹感は無かったのですが、それなら揚げものなど選べば良かったなと後で悔やむことになりました。ちなみに食後のコーヒーとで25000ルピアでした。






日が暮れてからのドライブは退屈なものでした。

昼間は無人の海岸エリアやデーツを山積みにしたトラックなどが行き交っていて楽しいドライブでしたが、日が暮れてからはほとんど街灯も無いので真っ暗ですからね。おまけにバンダル・ランプンに近づいたら道路のコンディションが最悪になりヒドく揺すられて眠ることが難しくなりました。

これは最後の休憩ポイントでしたが、看板の部分に昔の白熱灯が残っていたので嬉しくなりました。最近は電気代が安くて長寿命な白い蛍光灯タイプに置き換わっていますが、昔はすべて暖かいイメージの白熱電球でしたからね。この古そうな電球も切れたら蛍光灯タイプに取り替えられてしまうのでしょうが、時代の流れとはいえ少しサミシイ感じがします。






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(2015/08/20(木) 23:59)

 早朝にブンクルに到着して初めて気がついた意外だったことは…


パダンからの夜行バスは6時に到着しました。

日本時間であれば8時ですからちょうど良いのですが、ここブンクルはパダンよりもさらに田舎町ですからGoogleマップで見つけておいたKFCもシャッターが降りていてメールチェックもできない状態でした。そうなれば早朝でもチェックインできそうな流行っていないホテルを探すことにしたのですが、英語が通じない所も多くて簡単じゃありませんでした。

何とか7軒目くらいで格安だけどWi-Fiが無い宿を見つけ、シャワーを浴びてさっぱりしました。ランチには早かったので、まずはかつてラッフル卿が総督として赴任していたという歴史的な建物をチェックしておきました。当時のブンクルは英領で、オランダ領だったシンガポールと交換したという話ですが、その頃からシンガポールの劇的な変化はスタートしたというわけですね。ちなみに当時の総督だったラッフル卿がブンクルで発見した花なのでラフレシアという名前になったそうです。






ラフレシアは咲くとものすごく臭いらしいですね。

しかし世界最大ということで話題性はありますし、ブンクルの土産物屋にはラフレシアがデザインされたものがたくさんありました。それで土産物屋の店頭にはこういった顔出し看板も置いてあったりしたのですが、本物の匂い付きだったらさぞかし楽しいでしょうに。(笑)






ブンクルにはこんなタワーも建てられていました。

ラッフル卿が住んでいた総督邸の真ん前にあるのですが、残念ながら現在は閉鎖されていました。ちょっとレトロなデザインのタワーですが、いつ頃に作られたものかわかりません。この辺りではいちばん高いはずですから5000ルピアくらいなら上がって景色を楽しんでみたかったですけどね。






タワーのすぐ近くでこんな標識を見かけました。

ブンクルも2007年に津波に襲われたと何かで読みましたが、スマトラで大津波といえばバンダアチェが有名ですのでブンクルの被害のことは日本のはほとんど知られていないと思います。私もほとんど知らなかったのですが、こういったものを見かけるとリアリティーが増します。ちなみに私が泊まってるホテルはこの標識より下ですけど…(笑)






ブンクルの砦の横に中華風な門がありました。

今日こそは地平線に沈む夕陽を見に行く予定ですが、華人が多く住んでいるということであれば夕方に地元のおじいさんたちに混じって古そうな商店の前のテーブルで冷えたビールを飲むことができるかもしれません。もちろんタイより高いでしょうが、マレーシアより安いはずです。シンガポールと同じくらいかもしれませんが、領土を交換したブンクルでタイガービールの悪口を言いながら飲むというのも面白いかもですね。(笑)






ブンクルにもインドネシア銀行がありました。

ランチまで少し時間がありましたので、ここで友人から餞別にいただいた古い紙幣を両替しておくことに。ジャカルタの本店でやろうと思っていたのですが、田舎の支店の方が混んでなくてスムーズかもしれませんし。

入口で古い紙幣を見せただけで何のチェックも無く行内に入ることができましたが、外国人がやってくることも珍しいみたいでした。最初に対応してくれた行員は英語が話せませんでしたが、大阪の工場に研修で住んだことがあるという青年が日本語で対応してくれました。両国がビザ無しになったことや、エアアジアインドネシアが近い内にジャカルタから日本まで新路線をスタートさせるだろうといった話を英語混じりでしていたら、最終的には10人以上の行員が集まってきてました。まだいろいろブンクルについて聞きたかったのですが、青年が上司から怒られるとマズいのでサヨナラしました。






海外ではたまにタッパー専門店を見かけます。

日本では類似品がダイソーなどで安く売られていますが、オリジナルはアメリカのタッパーウエア社が開発したものでしょう。それでアムウェイと同じくらいの頻度で海外の地方都市でも代理店を見かけるのですが、この社長さんご夫妻と思われる看板は微笑ましくて最高でした。インドネシア語の文面はわかりませんが、ビジネスが成功した内助の功に対する感謝の念が込めてあるのでしょう。






ランチはKFCで食べようかと考えていました。

ヤンゴンで食べたライスボックスというヤツの別バージョンをオーダーする前に「Wi-Fi?」と確認したら、笑顔だった店員さんが申し訳なさそうに首を横に振りました。チェーン店だからどの支店にもWi-Fiがあるだろうと考えていたのですが、まだ国内格差はあるみたいでした。

それで隣のWi-Fiの表示があったベーカリーカフェに行ったのですが、値段が割高でしたので悩みました。本当はそろそろパスタを食べてみたかったのですが、27000ルピアもしましたので。それで結局は20000ルピアの焼売というヤツを試してみることにしたのですが、これが蒸した焼売やジャガイモにガドガドと同じようなピーナッツソースをかけてあり、なかなかの美味しさでした。日本のインドネシア料理店にはまず無いメニューでしょうが、日本人にはウケると思います。中国人は拒絶反応を示すかもですが。(笑)






食後にブンクル最大の商業施設に行ってみました。

名前は「メガモール」でしたが、3階建ての中規模なものでテナントも地元比率が高い感じでした。1階に核テナントでマレーシア系のジャイアントが入居していましたが、残念ながら酒類は販売していませんでした。果物売り場の近くでミキサーで作ったジュースを売ってるコーナーがありましたのでアボカドを注文してみたら、仕上げにチョコレートがかけてあって最高の美味しさでした。8000ルピアでしたが、お代わりしたくなるほどでした。

私はブンクルはパダンより小さい町なので映画館は無いと決めつけていたのですが、最上階に4スクリーンのシネコンがあり、「ミッション・インポッシュブル」の新作も上映中でした。しかし時間が合わなかったので断念しました。次の回まで時間があり過ぎるのと、その回に観てしまうと夕陽に間に合わなくなるおそれがありましたので。






夕陽タイムまで宿で少し休憩することにしました。

午後の強い日差しを避けるためでしたが、宿の近くにチェンドルの屋台があったので休憩していくことに。マレーシアではチェンドルはカキ氷なのですが、ブンクルでは似たような具材でも普通のアイスキューブ入りでした。まあ量が多くて6000ルピアでしたし、美味しかったので文句はありませんが、カキ氷を期待していたので少し残念でした。






今日は夕陽を見逃がさないように早めに海岸へ。

人工的なパダンの海岸と違って、かなり自然な雰囲気が残っていました。現在でも漁師たちが船を出して釣り上げた魚を干して売ってる店がたくさん並んでいましたが、残念ながらビールを飲める店は見当たりませんでした。さらに悪いことにこれを撮影した直後に太陽は厚い雲の中に隠れてしまいました。まあ雨ばかりだったミャンマーのことを思えば、これでもマシな方ですが。






あきらめの悪い私はビールを探し続けました。

これは中国風な門があった所の近くで、建物の上の窓が無い部分では燕が育てられている感じでしたので、華人が多く住んでいると思われたのです。ところが寺に漢字が少しだけあった程度で、街並みは完全にインドネシア化していました。それは昔から華僑系の人口が少なかったためか、もしくは津波で華僑系の被害が多かったのか理由はわかりません。

太陽が完全に沈んでしまうまで開いてる店をチェックして歩いたのですが、ビールを飲める店や販売してる店はついに発見できませんでした。まあもうすぐ大都市のジャカルタですので、金さえ出せばキンキンに冷えたビールを飲めるはずですが…






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(2015/08/19(水) 23:59)

 西スマトラの州都までやってきて日本もまだまだだなと思ったことは…


パダンは西スマトラの州都で100万近い大都市です。

メダンにはイオンなどの日系の大型モールはありませんでしたが、ペッパーランチや外国企業になったらしいSOGOがあったりしましたので、多少は日本の要素が受け入れられていると感じました。もちろんキティちゃんやドラえもんなどは日本製じゃ無さそうなものがたくさん販売されていました。

しかし日本人もあまり観光にやってきてなさそうなパダンには日本企業の顔が見えないのです。もちろんトヨタや日野自動車などは大きな代理店を見かけましたが、タイでは普通にあったリラックマのキャンペーン中のセブンイレブンのような日本的な要素のものが見当たらないのです。まあそれは2015年の現実で韓国勢の進出もまだみたいですので問題は無いのでしょうが。しかし円安を武器に日本企業はもう少し頑張れるのでは。日本製の品質の良さは知れ渡っているでしょうから、ガンガン売りまくって円高にしてもらいたいものです。






インドネシアには伝統的なデザインがあります。

それは急勾配な屋根の先が空に向かって延びているような感じで、大昔に図書館で借りた本によりますと船大工の技術で作られたからとの説明がありました。そう言われてみると建物にインドネシアの伝統的な船を逆さまにして被せたように見えないこともありません。いずれにしてもインドネシア特有のデザインで、それはこんな近代的な建築にも反映していました。






ランチを初めて地元の人に奢ってもらいました。

ホテルのオーナーさんに次のブンクルへという街までの行き方を尋ねてみたら、バス会社に電話で予約してくれた上に「わかりにくい場所だから…」と自分のバイクで連れて行ってくれました。おかげで3kmほど歩かずに済みましたし、座席もスムーズに確保できました。お礼を言ってガソリン代にと1万ルピアを渡そうとしたら受け取ってくれませんでした。

さらに出発まで1時間ほどあったので食事を一緒に食べることになったのですが、それを払おうとしたら逆に支払ってくれたのです。いろんなことを話している時にオーナーさんは私と同年代であったことで親近感が湧いたのかもしれませんが、なぜLCCで楽に飛んでしまわないのかと質問された時に「普通の日本人旅行者はバリ島やボロブドゥール遺跡などの有名な観光地にしか行かないけれど、スマトラは初めてなので各地の人々の暮らしぶりを見たいんだ…」と言ったことに共感してくれたのかもしれません。話に夢中で料理は撮影しなかったので、そのレストランの様子をアップしておきます。






食後にこの巨大な建物も前で記念撮影しました。

それをメールに添付して送ると約束して、バイクを見送りました。オーナーさんが帰られた後にこの建設中のモスクをぐるりと一周してみたのですが、完成したらスゴいものになりそうでした。日本人のブログでは初めての画像のアップになるかもしれませんが、旅行しているとたまにこういった想定外のものと遭遇できるので止められません。

ちなみに場所はパダン空港から4kmほど南下したホテルアイビスの少し手前になります。現在はまだですが、そのうちGoogleマップで「MASJID RAYA SUMATERA BARAT」で検索してみたら表示されるようになるかもしれません。






夜行バスは始発でしたので定刻に発車しました。

今回のバスは座席の間隔もエアアジアX並みに拳ひとつ分くらい余裕がありましたし、クッションやブランケットも完備していました。またエアコンも程良い涼しさで上着を着る必要もなく快適でしたが、窓に広告が入った遮光シートが貼ってありましたので最悪でした。

景色を見慣れた地元の人は太陽光が半分くらいになる方が良いのかもしれませんが、私は地元の人たちの生活の様子を見たいためにバスに乗ってるわけですから迷惑です。途中の山奥の村では結婚式の帰りか何かでドレスで着飾った女性たちがピックアップトラックの荷台やミニバイクに乗ってたりしていて面白かったのですが…






今回のバスはまだ太陽がある内に休憩しました。

それは飲食用の席が無い土産物屋が並んだだけの簡易なドライブインでしたが、まったく欲しいものが置いてないことに驚かされました。もちろんモスリム人口が多い国ですから「冷えたビールを置いとけ!」と言いたいわけじゃないのですが、旅行者が欲しているものを値段表示をしっかりして販売して欲しいだけなのです。

同じようなことをインドネシアのホテルについても言いたいことがあります。もしホテルが満室になれば玄関先に「FULL」と表示をしておいてもらいたいのです。そうすれば無駄に空室があるかを訊かなくて済みますし、ホテル側としても面倒が無くなるはずですが。また値段表示もA4サイズの紙では無く、中国のようにレセプションの5mくらい先から見えるように大きく表示してもらいたいものです。






今回のバスはなぜか物売りの連中に寛大でした。

大昔はバスの窓を開けることができたので、乗客は窓越しに物売りと値段の交渉して品物を購入しいました。現在は窓を開けることができないのでドライバーの気分次第でドアが開けられたりします。今日はかなり多くの物売りたちが乗り込んできましたが、最後の方は誰も買わなくなったので気の毒でした。しかしいつもながら物売りたちの無駄が無い商品の並べ方は見事で感心させられます。






日暮れ前に大渋滞にハマってしまいました。

どうやら山道の道路の崖崩れか何かで、交互に片側通行になったのが理由のようでした。1時間ほどまったく動かず、これでまた夕食が遅くなるのかと想像したらうんざりでした。それは他のドライバーも同じだったようで、道路の脇には車窓から捨てられたゴミが散乱していました。車内でヒマだと飲み食いして、そのゴミを外に捨ててしまいたくなるのでしょう。渋滞で迷惑を被った分、ゴミを捨てる罪悪感も無くなるでしょうし。






ようやく21時過ぎに夕食タイムとなりました。

そのレストランはナシパダン方式で、テーブルにたくさんの皿が並べられて食べた分だけ支払うシステムでした。つまり誰かに選ばれなかった古い料理が回ってくるわけで、当然ながら熱々の料理はやってきません。私はランチも似た感じでしたので、何か調理したばかりの料理を食べたかったので何ができるか訊いたら、ナシゴレンとミーゴレンの2種類だけでした。

他の選択肢は売店でカップ麺でも買うしかありませんでしたので消去法でミーゴレンを注文したのですが、これが久しぶりの大ハズレでした。インスタントラーメンの麺の食感が悪い上に味付けにも問題がありましたし、17000ルピアという高めの値段を取るために乗せてあったフライドチキンが古くて化石化していたのです。見た目ではわからないでしょうが、これが今回の2ヶ月ほどの旅行中で最低の料理でした。






レストランにはお祈りをする部屋もありました。

これからまた真っ暗な山道をボロいバスで揺られての移動ですが、ここは山奥で夜は涼しげでしたので1泊させてもらいたくなりました。たまにモスクで昼寝している人を見かけますが、ここも静かで寝心地が良さそうでしたし。しかしそんなことが許されるはずもなくバスに戻ったら、ドライバーが自分の眠気を覚ますためか音楽を大音量で流し、冷房をマックスにしたので夜中に凍えそうになりました。





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(2015/08/18(火) 23:59)

 インドネシアの70回目の独立記念日に考えみたことは…



今日はインドネシアの70回目の独立記念日です。

上はGoogleのインドネシア版のロゴで、下はジャカルタのイケアのウェブサイトにあったものです。バスの窓から何本もの国旗を見てきましたが、紅白は血をイメージしたりすることがありますが、インドネシアでは不思議と連想しません。それは占領して日本語を強制的に覚えさせたり、傀儡政権を樹立させて好きなようにコントロールしようとした朝鮮半島や満州とは日本軍の統治の手法が違っていたからかもしれません。

インドネシアが日本の敗戦が決定的になった直後に独立できたのは植民地化を進めていたオランダ軍を追い出していたからという説もありますし、平均寿命も日本より短いですから戦時中の野蛮な行為を記憶している人は残り少ないのでしょう。スマトラだけでも日本より大きな国で偶然に独立記念日に滞在することになったのですが、日本のニュースでは国際面で数行ほど扱われるだけなのでしょう。ジャカルタでの式典には大使クラスだけの参列かも。両国の歴史や今後を考えたら外務大臣クラスを出すべきと思いますが。麻生さんならお盆に地元に帰らなくても次もその次も選挙に勝てるでしょうし。






途中の町でバスは大渋滞に巻き込まれました。

独立記念日で混んでいたのかもしれませんが、自動車の急速な普及に道路や橋などのインフラ整備が追いついていないのが根本的な理由なのでしょう。大雨が降ると土砂崩れも発生することがありますし、日本と同じように島国であるインドネシアはもっと物流に海路を生かすべきだと思いますが。

これは渋滞中に撮影したものですが、たまたま日本の国旗の部分が日よけの表側に使われているものだと思います。何かの出力見本としてプリントアウトした布地をもったいないから再利用しただけだと思います。しかし同じ紅白の国旗でも曲線と直線ではかなりイメージが違うものですね。






バスは渓流地帯をどんどん降りて行きました。

東南アジアでは山岳地帯でも川の水は赤土の影響で濁っていたりしますが、このあたりは鮎が住めそうな清流でした。その川から取水してファミリー向けにプールを営業しているのを何軒も見かけましたが、一度プールを作りさえすれば水道代の支払いはゼロなので良いビジネスなのかも。ちょうどこの辺りから標高が低くなって気温も上昇しましたし。ちなみにモスリム国ですのでビキニ姿の女性は皆無でした。






数ヶ所で似たような祭の準備をしていました。

長い木製の柱の上に人が登っていたので、最初はメキシコの「ロス・ボラドーレス」ように人がロープでぶら下がるようなタイプかなと思いました。しかし柱の先には様々なタイプの商品が取り付けてありましたのでビンゴみたいなゲームなのかもと思い始めました。少女たちは金色に輝く民族衣装で着飾っていましたが、いつものスカーフ姿とまるで違うので驚かされました。中にはナースのコスプレや鬼ババ風な人もいましたが、走るバスから見たので詳しいことはわかりません。まあその内に「世界不思議発見!」などでやってくれるでしょうが。(笑)






バスは2時間半遅れでパダンに到着しました。

パラパッから18時間と聞いていたのですが、渋滞があったので21時間近くも狭い座席でのガマンを強いられました。このALS社のバスはメダンから出発してパラパッのバスターミナルで我々をピックアップしてパダンの自社ターミナルに到着しましたが、そこは中心部まで3kmと微妙な距離でした。

私は初めての町で4km以内なら歩くという主義ですが、まだスニーカーは乾いていませんでしたのでバイクタクシーに乗るか迷いました。しかし「迷ったら止めておく」という主義だということも思い出し、とりあえず遅いランチを近く食べて、それからどうするか決めることにしました。






パダンには独特な食事のスタイルがあります。

「ナシ・パダン」というものですが、客がテーブルに座ると勝手にたくさんの料理が出てきて、客はその中の好きなものだけを食べて支払うという仕組みでした。選ばれなかった料理は次の客のテーブルに運ばれるらしいので無駄はないみたいですが、衛生面が指摘されて減ってきてるという話でした。

私がたまたま看板にあった「IKAN」という単語が魚を意味することを知っていて入ったレストランが、その「ナシ・パダン」方式の店でした。ランチタイムを過ぎていたためか予想していたより少ない種類でしたが、テーブルの上は韓国レストラン風に一気に豪華になりました。空腹だったので全部を食べたいくらいでしたが、値段がわからないので手前に置いた3品だけにしておきました。焼いたマナガツオをサンバルソースで和えたものも美味しかったのですが、茄子や筍のココナッツソース煮込みも最高でした。それで気になった合計金額は21000ルピアでしたから大満足でした。ライスのお代わりも含めて日本円にすると190円くらいだったわけですから。






パダン駅も独立記念日の祝賀バージョンでした。

かつてはスマトラの各地に鉄道網が整備されていたみたいですが、今ではバスに押されて絶滅寸前のようです。それでも1日に数本は近郊の町との列車が運行されているみたいですが、日本の鉄道オタクの皆さんもさすがにあまり乗られていないんじゃないかと思います。私もスマトラの列車を一度くらいは試してみようと考えていましたが、どうやら今回は残念ながら機会が無いみたいです。長距離の夜行列車が復活してくれることを心から期待していますが、予算的に無理なのでしょう。






ホテルにチェックインしてシャワーを浴びました。

今日はもう最後の1本になったビールを飲んで、ベッドでネットの芸能ネタでも読んでゆっくりしたい気分でしたが、久しぶりの西海岸でしたので夕陽のチェックに出かけることに。まだ太陽の位置は高かったので2つのモールをチェックしたのですが、古くさい方は18時前にシャッターを閉めて帰り仕度をしてる個人商店が多かったことに驚かされました。

こちらの近代的な方はさすがに20時くらいまで営業してる感じでしたが、かなり田舎っぽい雰囲気でした。ジャカルタの新しいモールはユニクロや無印良品などは普通になっているのですが、ここはまだKFCが時代の最先端のテナントみたいでした。ちなみにニセモノのCFCも最上階に入居していましたが、場所が悪いこともあって客席はガラガラでした。






今日はビールを買うべきかすごく悩みました。

モール内のロビンソンのスーパーには普通の棚に「ANKER」ビールが並んでいたのですが、大瓶が31400ルピアで缶ビールでさえ18400ルピアもしましたので。キンキンに冷やしてあったら夕陽用に缶ビールを購入したのでしょうが、あまりの高さに躊躇してしまいました。まあ明日の出発までにメダン並みに安く売ってる店があるかもですから、今日は非常食とアイスクリームだけにしておきました。

ところがレジの店員が日本では考えられないくらいノロくて時間がかかり、しかも海岸へ向かう道が行き止まりだったりしたアクシデントもあり、なんと夕陽が水平線に沈む瞬間を見逃してしまいました。まあパダンの海岸は以前に津波の被害があったので人工的な堤防でしたので、悔しさはありませんでしたが。しかも海岸の道路は自動車やバイクの大渋滞で雰囲気は最悪でした。やはりビールは買わなくて正解でした。






海岸では暗い中でイベントが行なわれていました。

明るい内に役目を終えた木製の柱に若い男たちがしがみつき、何段まで高く登ることができるかを競い合ってるようでしたが、いつも4人目で中段の人が力尽きて崩れていたようです。ラグビージャージみたいな服を着ていれば登りやすいのでしょうが、服が破れるのをイヤがって上半身が裸だったので汗で滑りやすかったこともあるのでしょう。これは単なる誰かの思いつきなのでしょうが、終わってからビールを飲むわけでも無いのに何が楽しいんだろうと不思議でした。






今日の夕食は軽いものにしておきました。

遅いランチをたくさん食べたので、またビールに合うミー・ゴレンでも買おうかと考えていたのですが、ホテルの近くにケバブの屋台が出てましたので、いちばん安い10000ルピアのケバブを購入してみました。それだけじゃサミシイのでデザートに8000ルピアのロールケーキも購入してみたのですが、どちらもなかなかの美味しさでした。ちなみにケバブというよりもシュワルマに近い感じでしたが、パダンの海岸のはるか彼方のシリアやレバノンのことを思い出してしまいました。このカーペットはお祈り用に備え付けてあるものですし、部屋の天井にはメッカの方向を示す矢印がありましたし…






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(2015/08/17(月) 23:59)

 静かな湖畔の宿で心地よく目覚めてから眺めた景色は…


湖畔の宿にはシーリングファンがありませんでした。

赤道に近いのに標高が高くて湖に面していて「インドネシアのスイス」と呼ばれたりしてるようですが、エアコンも無いホテルが多いみたいでした。メダンからの移動中にはたくさんのモスクを見かけましたが、山道になってからは教会の方が増えたように思います。そのためかメダンで悩まされたアザーンの騒音とも無縁で、今朝は小鳥のさえずりで目が覚めました。

湖畔には民家も街灯も少ないので夜明け前は真っ暗でしたが、太陽が昇ったら本当に目の前にジュネーブあたりの景色が出現しました。もちろんよく見ると建築様式など違うのですが、成田空港からアイマスクを着けられて連れて来られたら「ここはスイスかな…?」と勘違いする人はいるでしょうね。






部屋の前にはテーブルとイスが置いてありました。

作家や詩人なら湖畔の景色を眺めながら創作活動したくなるような環境でしたが、残念ながら部屋に電話は無かったのでルームサービスはフロントまで注文しに行くか、大声で叫ぶしか方法がありませんでした。一応ギリギリ部屋までWi-Fiが届きましたが、メールでの注文には応じてくれないでしょう。(笑)






8時になったので朝食を食べに行きました。

チェックインの時に朝食は何時から注文できるか訊いてみたらメダンのマクドナルドと同じでした。それがスマトラでは普通なのかもしれません。まあ船で渡って来る客は早朝にチェックインやチェックアウトをしないわけですから、従業員たちものんびりとしたアイランドタイムで生活しているようですね。

ちなみに卵とチーズのトーストとフルーツサラダ、コーヒーのコンチネンタル朝食は2万ルピアと先日のマクドナルドと同じくらいでしたが、こちらの方が100倍は良かった感じです。景色と空気の良さが75倍分くらいありましたが…(笑)






午前中は部屋でコーヒーを飲んでのんびり過ごしました。

また今晩は夜行バスで移動ですし、まだインドネシアの長距離バスにWi-Fiが備えられている確率は低いですから、Wi-Fiがあるうちにいろいろと下調べをしておくことに。ちなみにインドネシアのイケアのウェブサイトにも独立記念日のセール情報がありました。今年は節目の年として、例年より派手に祝われるのかも。無関係な私はまたバス移動になりそうですが。

チェックアウトの時間になり、ホテルの真下の船着き場へ。私の部屋の真ん前でしたが、遠くに船が見えたら手を振って合図すれば迎えに来てくれるということですので笑ってしまいます。半信半疑ではるか彼方の船に向かって手を振ってみたら、ちゃんとやってきてくれましたので愛おしくなりました。






船はいくつものホテルで客を拾いました。

中には高そうなコテージをたくさん並べているリゾートホテルもありましたが、ジェットスキーでバナナボートを引っ張るような目障りなアトラクションもやっていたりしました。このホテルにはプールがありましたが、どちらかというとトバ湖の水質の方がキレイなのでは。せっかく目の前にキレイな湖があるのにプールなんて不要だと思いますけど…






今日の船は圧倒的に女性客の方が多数派でした。

私は見晴らしが良い最後尾のデッキで太陽を浴びたいたのですが、美白の概念を植え付けられているインドネシアの女性の皆さんは操舵席の後ろの屋根がある客席に陣取っていました。彼女たちは美白の美肌を手に入れるために薄給の中からナメクジを擦り潰して作られた化粧品などを買ってるわけですから、有害な太陽光を浴び続けている私のことが信じられないのかも。






パラパッに着く前に急に強い雨が降り始めました。

バスが出る夕方までには止んでくれるでしょうが、とりあえず船を降りてランチを食べることに。港の周りには試したくなるような店はありませんでしたが、雨が止むまで長居しても大丈夫そうな客が少ない食堂を選んでおばさんにオススメを訊いたらナシゴレンでした。まあハズレは無いだろうと注文してみたら、完熟のトマトが効いていて意外にアタリでした。注文した時は15000ルピアはちょっと高いんじゃないかと思ったのですが、その価値は充分にありました。






雨が止んでくれたので支払いをして歩き出しました。

船着き場からパラパッのバスターミナルまでは2kmほどでしたが、道が狭くて歩道が崩れていたりして水たまりも多くて苦労させられました。私は後方からクラクションを鳴らされるのが大嫌いなのですが、道路が狭いので鳴らすドライバーが多くてイライラさせられました。途中で棺桶を手作りしている作業場がありましたが、クラクションを鳴らす奴らを詰め込んでトバ湖に沈めてやりたくなりました。(笑)






30分ほどでバスターミナルに到着できました。

観光客を乗せたバスは終点の船着き場に行ったりすることが多いみたいで、まったく活気が無い眠ったようなターミナルでした。とりあえず今晩のパダン行きのチケットを購入して、iPadの充電をさせてもらいました。それに大雨の中を船着き場へ歩いた時にスニーカーが濡れてしまいましたので、思い切ってターミナルのトイレで洗ってしまうことに。濡れたスニーカーにタイのフリーペーパーをクシャクシャにして詰め込んでおきましたが、乾くまではしばらく時間がかかりそうです。






パダン行きの夜行バスは本当に満員でした。

250000ルピアのチケットを買う時に「残り1席ですが、買いますか?」と訊かれたのですが、まったく信用していませんでした。危うく何も無いパラパッで1泊しなきゃならないところでしたが、最後の席を確保できてラッキーでした。しかしアメリカのスクールバス並みに座席のピッチが狭かったことには参りました。しかも朝まで途中休憩がありませんでしたし。

面白かったのはバスの最後尾のトイレの横にスモーキングシートがあったことでした。わざわざガラスで仕切られていたのですが、こんなバスは初めて見ました。ちなみに車体には「Wi-Fi」と描いてありましたが、もちろんつながりませんでした。






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(2015/08/16(日) 12:01)

 メダン3日目の朝に久しぶりに朝マックしてみたワケは…


早いものでインドネシアも3日目でした。

今朝はアザーンが始まる前に起きたのですが、なぜか勝った気分になりました。日本との時差は2時間ですので、単に日本なら7時前に目覚めたということでしたが。まだ早過ぎて近所のホテルの朝食は始まっていないので、コイルヒーターでお湯を沸かしてコーヒーを淹れました。夜が明けてからWi-Fiを主目的に近所のホテルに朝食を食べに行ったら、なんと今日もつながりませんでした。私は今日は近くのトバ湖に移動するだけでしたので余裕はありましたが、急いでいる時につながらなければはらわたが煮えくり返っていたことでしょう。

仕方がないので近所のWi-Fi完備のホテルのレストランをチェックしてみましたが、朝食を出してなかったり高級過ぎたりして、ちょうど良いのがありませんでした。それでモスクの対面の時代遅れの観覧車がある商業施設にテナントとして入居しているマクドナルドを試すことにしたのですが、開店時間が8時からでしたのであきれました。24時間は無理としても、大都市なのですからせめて7時から営業すべきでしょう。






マクドナルドが空くのをテラスで待ち続けました。

バンコクのイケアに続いての一番乗りでしたが、コーヒーと組み合わせると単品で頼むより少し割り引きになる19000ルピアのモーニングラップのセットを注文してみました。

運ばれてきたのはキッチンのクルーが寝ぼけてお子様サイズを作ったのでは思うほど小さなラップでしたし、美味しいとは言えないインドネシア産の豆で淹れたコーヒーはお代わりが1度だけ無料でしたので安くはありませんでした。1時間ほどネットで調べ物をさせてもらいましたが、店内はガラガラでライバルが少なかったのでネットは高速で文句無しでした。






朝食後に数十台のベチャのパレードを見かけました

着飾った人たちが乗っていましたので結婚式や何かのお祝いをしていたのでしょうが、薄汚れた普段着のベチャの運転手たちも誇らしげでした。日本でも明治や大正時代くらいまでは人力車が庶民の足だったのでしょうが、大安の日や祝日などにこれと似たような光景が見られたのかもしれませんね。






10時にチェックアウトしてトバ湖行きのバスを探すことに。

アンプラスという長距離バスターミナルは8kmほど離れていましたが、観光案内所で戴いた手書きの地図にトバ湖の入口の町のパラパッ行きターミナルという記述があり、それはホテルから1、5kmほどしか離れていませんでした。ホテルのレセプションの前で客待ちしていたベチャのドライバーはアンプラスしか無いから乗れとシツコク誘いましたが、「俺は初めて会った人を信用できないし、もし無かったらバスでアンプラスに行くことにするよ!」と言って歩き出しました。

5分ほどで大きな慰霊碑みたいなものが見えてきましたが、周辺には無数の墓標が整然と並んでいましたので国の追悼施設なのかもしれません。ベチャのドライバーが言ったように地図にあった場所にはパラパッ行きのバスターミナルはありませんでしたが、その地図には旧空港も載っていましたので古い情報だったのでしょう。まあ旅行中にはよくあることですが、もう少しちゃんと仕事してもらいたいものです。






郊外のアンプラスへ行くまで少しモメました。

パラパッ行きのターミナルを探してる途中に何軒ものタクシー会社から声をかけられ、どこも10万ルピアと横並びでした。おそらくOKすると近くの乗り合いタクシー乗り場まで連れて行かれての満員発車というシステムなのでしょう。急いでる時やアンプラスまで行くのが面倒であれば利用価値はあるのでしょうが、どこの都市でもその普通の地元民が乗ってる交通機関で割安に旅行したい私は選ぶはずありません。バスターミナルで地元のおじさんにGoogleマップでルートを見せながら「アンプラス、バス、パラパッ!」と何度か説明したのですが、そのおじさんがベモという軽のワンボックス車くらいの乗り場バスの運転手に伝えた行き先はタクシー乗り場でした。

そこから再びベモに乗り直して、しばらく走ったら交差点で怪しい男が乗り込んで来て「トバ?」と訊いたので頷いたら、私の荷物を引っ張って「ここだから降りろ」と言い出しました。その辺りには大型バスは見当たらず、またしてもタクシーの勧誘のようでしたが、くわえ煙草の態度が横柄でしたので大声で「俺はアンブラからバスで行くんだから、その汚い手で触るなっ!」と大人気なく怒鳴ってしまいました。

そんな腹が立つことがいくつもありましたが、アンプラスまでのベモの運賃は2回分で7000ルピアでしたし、パラパッ行きは待ち時間がほとんど無く出発してくれて4万ルピアでしたので結果的には悪く無かったでしょう。ほぼ満員状態で発車したバスはすぐに高速道路に乗りましたので「意外に早く着くのかも…」と思っていたら、わずか5kmくらいで高速道路は終わりました。まだスマトラはそんなレベルみたいでした。






パラパッ行きのバスは一度も休憩なしでした。

それでも4時間半くらいかかりましたが、それは途中で席が空いたら新しい客を乗せたりしたためもありました。またパラパッの町が見えて来てからは自分の家の目の前で降りたがる人が続出して停車回数が増えましたし。パラパッのバスターミナルなども経由して、ようやくトバ湖の湖畔の渡し船乗り場に到着したのですが、予想に反して外国人旅行者を見かけませんでした。バックパックが巨大なことが多い欧米人は10万ルピアのタクシーを利用しているからかもしれません。







到着した先には対岸への渡し船が待っていました。

しかし途中の休憩時に何か食べようと考えていた私はランチタイムを逃していましたので、何か胃袋に入れる必要がありました。船着き場の近くには数軒の食堂がありましたが、そういえばバクソを食べていなかったなと思い出して地元民に訊いたら少し離れた場所の食堂を教えてくれました。ちょっと練り物の量が少なめでしたが、1万ルピアでしたので満足すべきでしょう。90円なら日本のコンビニではおにぎりも買えませんし。






パラパッの港にはこんなガソリンスタンドがありました。

インドネシアでは日本にあるような普通のガソリンスタンド以外に道路にガラス瓶に入れたガソリンを並べて販売している人がいます。ミニバイクの人が手軽に利用できるので利用しているようですが、これはその中間といった小規模なものですが、久しぶりに見かけました。以前はあちこちで似たようなものがありましたけど、中途半端で淘汰されてしまったようですね。






インドネシアの独立記念日がわかりました。

日本の敗戦が決定的になった3日後にはインドネシアは独立を果たしていたようですが、意外に早かったことに驚かされました。シンガポールは先週が独立50周年でしたので、インドネシアもそれくらいなのかなと勝手に考えてていました。独立記念日はめでたいのですが、週末に祝日まで加わると観光地は混んだりしますので困ることがあるかもしれません。日本のような帰省ラッシュは無いでしょうが…






渡し船は30分間隔くらいで運行されてるようでした。

見晴らしが良い操舵席の上のデッキに陣取っていたら、ピーナッツ売りのおばさんからインドネシア語で何か声をかけられました。蒸しピーナッツは久しく口にしていませんでしたので、今晩のビールのお供にと5000ルピア払って購入してみましたが、なかなか美味しいものでした。見えている対岸のトゥクトゥクまでは30分くらいでしたが、片道15000ルピアとネットの情報よりかなり値上がりしていました。






船が着く前に今晩に宿泊先を尋ねられました。

パラパッ側の出発する港はひとつですが、対岸のトゥクトゥク側は半島に数ヶ所の桟橋があり、いちばん近いところで降ろしてくれるという仕組みでした。帰りは遠くに船が見えたら手を振ると迎えにきてくれるみたいでした。船を降りて予定していたゲストハウスに行ってみたら満室で、その後もWi-Fiがあるホテルは満室が続きました。ようやく半島の反対側で湖に面した雰囲気が良いホテルが見つかりましたが、明日からは独立記念日価格に値上げされるというのでガッカリでした。2泊の予定でしたが、1泊で切り上げることに決定!







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(2015/08/15(土) 23:59)

 メダン2日目の朝に試してみたトーストとコーヒーの味は…


夜明け前のアザーンはかなりの大音量でした。

イスラム教徒にとってはありがたいものなのでしょうが、無神論者の私にとっては自動車のクラクションと似たようなもので、「この世から無くなってもらいたい騒音」のひとつでしかありません。まあアザーンがうるさいのを承知の上でインドネシアを旅行しているので文句は言えませんが、「夕方に1回だけでいいんじゃね?」と思いますが。

アザーンと日本との時差のために早起きなのですが、小雨が降る中を先日まで泊まっていたホテルの食堂へ朝食とネット目的で出かけました。今日はお目当の7000ルピアのトーストとコーヒーのセットはありましたが、1度で充分という味でした。今日も「ネットカフェに来たと思おう」としたのですが、なんと回線不良で繋がりませんでした。大声で「金返せ!」と文句を言いたくなりました。64円くらいですけど…(笑)






シャワーを浴び、まずは旧空港へ向かいました。

インドネシア政府が早くビザなんて時代遅れなシステムを廃止してくれていたら、私はきっと数年前にメダンの旧空港に降り立っていたことでしょう。そしてタクシーなどの客引きを断って歩いてホテルへチェックインしていたはずです。

もう郊外にデカい新空港ができてしまいましたので旧空港を利用することはないのですが、どんな感じだったのか確かめに行ってみました。しばらくの間は空軍用の飛行場として使われるという話でしたが、エンジン音や機影は皆無でした。もしかしたら街の中心部まで歩けるほどの近いという特性を生かして大型モールをコンドミニアムなどと共に建設する計画が練られているのかもしれません。イオンモールがメダンに進出するとすればここでしょうね。






ランチはバクソを食べようと考えていました。

団子状の練り物が入ったインドネシアの麺料理の一種ですが、屋台で食べれば1万ルピアくらいだと思います。作業場のガラスに「BAKSO」と書いてある屋台を見つけ、おばさんに大声で注文したのですが、なぜか運ばれてきたのはコレでした。

英語が通じないおばさんに作り直してと言うのも気がひけましたので、これも何かの縁だと黙って食べましたが、牛肉の出汁が効いていて美味しゅうございました。この撮影後になぜか丸いコロッケ風なものが出てきましたが、それはサービスだったのでしょう。ちなみに値段は15000ルピアでしたが、牛肉が使われていたので私の予想より少し高めでした。






ランチ後にドライブスルーのATMを見かけました。

旧空港から中心部へ向かう途中の交差点に2社のATMがあったのですが、なぜそこだけにあるのか理由は不明です。もしかしたら税務署の手前だったりするのかもですが、インドネシア語はさっぱり理解できませんので…

ちなみにメダンの新空港に降りてから、ずっと他の都市よりATMの数が多いと思っていました。まだ人件費は安い国ですから高価なATMをそれほど導入しなくても良いのではと思ったりするのですが、何か裏事情があるのかもしれませんね






今日の目的地は郊外の大型商業施設でした。

先日の夕方の空港バスもこの「PLAZA MEDAN FAIR」に着くはずでしたが、核店舗としてカルフールが入居している年季が入っている感じのモールでした。交通量多い道路を自動車がスムーズに走らせるためにエスカレーター付きの空中廊下が作られていましたが、その両側にはポンテ・ベッキオみたいに薄い店舗が軒を並べていました。






カルフールにはアルコール売り場がありました。

先日のワインショップに較べると抜群に場所が良く、品揃えも良くて倍以上の品種が並んでいました。「割安なら6缶パックでも…」と値段を見たら、先日の店よりずいぶん高い感じでしたので止めておきました。帰り道に先日のワインショップの近くを通る予定でしたし。






歩いていると不思議なものに出会います。

この手造りの門のイラストには「70」と「1945」の数字がありましたので、第二次世界大戦で日本軍がボロ負けしてインドネシアから撤退した後の独立のことを描いていると思われますが、隣の歯科医の看板とのタッチの差が笑えますよね。

日本では明日の敗戦の記念日に世襲総理が棒読みするであろう文章にお詫びが盛り込まれるかどうかが話題だったようですが、インドネシアでは普通の週末なのかも。まあ70周年に関する看板やバナーはあちこちで見かけますので、数日前に独立50周年を迎えたシンガポールのように麻生さんあたりが祝賀式典に派遣されるかもですが。過去の経緯はともあれ5月から両国民はビザなしで自由に旅行できるようになって新時代を迎えることになったわけですので、戦争法案を世襲総理と共に葬り去り平和的な友好をアピールすべきでしょう。






この交差点はメダンのランドマークのひとつでしょう。

「PLAZA MEDAN FAIR」と「JWマリオットホテル」の間にある交通量が多い場所なのですが、時計塔と噴水に企業名を大きく入れるのはやり過ぎですし、1ヶ所にふたつのランドマークは要らないでしょう。また時計塔は見えている2面の時間が狂っていましたが、もしかしたら4面の時計がすべて故障しているのかもしれません。

メダンには近代的な高層ビルが増えていて、時代と共に成長していることが実感できるのですが、歩道はメダンに慣れていない盲人なら大怪我しそうなくらい危険な状態で、まるで昔のマレーシアみたいな状態です。マレーシアは「ルックイースト政策」で新幹線やオリンピック誘致の話が出てくるまでに成長しましたが、はたしてインドネシアは…?






街のあちこちでこんな光景を見かけます。

たまに道路上に紅白の布がぶら下げられているのですが、ここで何かセールでもやってるわけじゃありません。70周年を祝うための国旗の路上販売をしているのでしょうが、日本の国旗と同じで2色しかないので貧相ですよね。私は敗戦後70周年やオリンピックの前に日本の冴えない国旗を新しいデザインに変えるチャンスだと思いますが、極右の世襲議員たちが多数派でいる限りは絶対に無理なのでしょうね。






ワインショップにビールを買いに行きました。

今日は時間が無くて友人から貰った古いインドネシア紙幣を新しいものに交換できなかったので、またSOGOの近くのインド人のマネーチェンジャーで1万円を替えておきましたので割安ならビンタンビールの6缶パックを買おうかと考えていました。しかしほとんど差が無かったので支払い金額が62000ルピアとキリが良い4缶だけにしておきました。たくさん買うと重たいですし、無くなる頃にまた次の訪問地で酒屋を探して買えば良いわけですからね。

両替とビールの購入という大事な要件を済ませたところで、Wi-Fi環境があり安価に休憩できる店を探すことに。インドネシアのデイリークイーンのソフトクリームはタイの3倍くらいしますし、マクドナルドやKFCも割高です。それでWi-Fi環境があったA&Wでいちばん安い6500ルピアのソフトクリームを試すことに。Wi-Fiはすぐに繋がりましたが、なぜか不調だったのでマネージャーに苦情を言ったら隣の同じ経営だと思えるアイスクリーム屋のパスワードを教えてくれました。

約59円のソフトクリームで1時間ほどネットを使わせてもらいましたが、16時前後で店がヒマな時間帯でしたので店の迷惑じゃ無かったはずです。チェーン店ですから他の支店でもパスワードも同じかもですから、もしそうなら入力の手間が省けるので便利です。ブログやニュースアプリの更新も済み、近所の屋台でビールに合う夕食として8000ルピアの焼きそばと2000ルピアのどら焼き風なデザートを買ってアザーンが鳴り響くホテルへ戻りました。






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(2015/08/14(金) 23:59)

 インドネシアのメダン到着後に初めて食べた朝食は…


昨晩はわざと朝食用のパンを購入しませんでした。

それはWi-Fiがあるというので泊まることにしたのに4階の私の部屋まで電波が届かなかったので、フロントの横のホテルの食堂で朝食を食べながらメダンの後の旅行の下調べをすることにしたからでした。3種類の朝食メニューからカヤトースト風なものを選んだら、「今日はそれは品切れ」と言われました。残りはナシゴレンかラーメン風な麺料理でしたが、どちらも朝から食べたくなるものではありませんでした。

隣のテーブルを横目で見たら麺料理はインスタントラーメンの麺でしたので、消去法でナシゴレンに決定。甘過ぎるお茶と共に朝からは嬉しくない料理でしたが、値段は1万ルピアでしたので「ネットカフェに行ったと思えば良いか…」と自分に言い聞かせてガマンすることにしました。






シャワーを浴びてからホテルを移ることにしました。

Wi-Fiの電波が届かなかったこと以外にベッドのスプリングに問題があったのと、トイレのポタポタと落ちる水漏れの音がどうしても消すことができなかったのが理由でした。それに部屋が4階の割にはモスクの反対側で、眺めも悪かったですし。

フロントに鍵を返してから最後のメールチェックをしていたら、黒猫の親子がやってきました。子猫は母猫の尻尾で遊んでいましたが、強敵が登場してバイクの下に逃げ込んでしまいました。母猫は動じることなく見守っていましたが、おそらく毎朝のように似たようなことが繰り返されているのでしょう。






新しいホテルにチェックインして街へ出かけました。

最初の目的地は駅前の大型商業施設に入居していたロッテマートでしたが、メダン駅の周辺は建設ラッシュで無秩序な状態になっていて驚かされました。この奥の工事中の高層ビルの地下にロッテマートは入居していましたが、この撮影場所の手前にも韓国系の銀行が進出していました、つい最近ジャカルタにはイオンモールが進出したみたいですが、メダンには日本の大手企業の進出は今のところは皆無だと思います。






ロッテマートでランチを食べることにしました。

ハノイのロッテマートでもそうでしたが、生鮮食品売り場の一角にデリカテッセンで作られた料理を食べることができるスペースが用意されていましたので。なぜか和風や韓国風のコーナーはありませんでしたが、ピザやラザニア、そしてグラタンなどを売ってるコーナーがありましたので悩みました。

しかし両替前でインドネシアルピアが残りわずかでしたし、初日は地元の料理にすべきだと自分に言い聞かせて、何かのキャンペーンで2万ルピアから1万3千ルピアに値下げされていたガドガドを注文。真っ赤な揚げ煎餅は不要でしたが、ピーナッツソースが美味しくてインドネシアにやってきたことを実感しました。やはりピザなどにしなくて正解でした!






ロッテマートの近くで不思議な日本語を見かけました。

東南アジアでは日本風な菓子パンが人気があり、たまに日本人からしてみると気恥ずかしくなる表現があったりするのですが、この店はまさにそれを説明するのに最適な実例でした。まず店のシンボルマークの暖簾に片仮名で「パン」と入っていたのがユニークでした。またレジの上には頑張って習字で書いたようなスローガンが誇らしげに貼ってありましたが、日本のパン屋さんにはまず無い発想ですよね。

おそらく学生時代に日本風なパンと出会ってファンになったインドネシア人が日本かジャカルタ、あるいはクアラルンプールあたりの日本企業のパン屋さんで修行されたのではないでしょうか。苦労して貯めた資金で店を出すことになり、ベーカリーでありながら心の中は「自分は美味しいパンを作り続けるんだ!」という気概に満ち溢れてこんな表現になったのでは。しかし日本人が見ても面白いですが、日本語がわかるポルトガル人が見ても楽しいかもですね。






モールの最上階にはシネコンもありました。

やはり上映作品はタイやマレーシアとほとんど同じでしたが、このシネコンは高級路線でドアマンが2人立っていました。クアラルンプールのミッドバレーメガモールにも高級なシネコンはありますが、ドアマンはいなかったはずです。モール内で空調が効いていますので、ドア自体が不要ですしね。誰の発想なのかわかりませんが、私はこの手の陳腐な手法は好みではありません。不人気で閉館になることを心から望んでおります。





モールには珍しくゴールドジムが入居していました。

あちこちのモールで女性のダイエットや健康管理のためのフィットネスクラブは見かけますが、数々のモールを見てきた私もゴールドジムは初めてでした。しかもロゴマークが入ったウェアやグッズの販売をやってるコーナーも初めて見ました。メダンは華僑系の人口が多いので、おそらくハマーにでも乗ってるLA好きなマッチョな中国系のおじさまがオーナーなのでしょう。私の勝手な推測ですが当たっているかも…(笑)






両替屋は街のあちこちに点在していました。

銀行のレートと大差ないみたいでしたので、このSOGOが入居しているモールの地下の両替屋の表示してあった数字が良かったので替えようとしたら、「それは我々の買う場合のレートですが…」ですって。ムカついて大人気ない捨て台詞を残して近所のインド人の両替屋に戻って1万円を替えましたが、1090000ルピアが出てきて大金持ちになった気分にさせてくれました。

10000ルピアが91円くらいになる計算ですので、末尾の0を2個取るだけでおおよその値段がわかるので便利です。ちなみに財布には友人から餞別にと貰った古いインドネシア紙幣がたくさんあるのですが、それは日本で日銀にあたるようなインドネシア銀行でしか替えてくれないみたいです。






これは北側の踏み切りから見たメダン駅です。

左手にそびえているのが先ほどまでいたロッテマートが入居している高層ビルですが、それが無かった頃はのんびりとした田舎っぽい駅前だったのでしょう。まだ駅の西側には空間がありますが、いずれは東側と同じように高層ビル群が建ち並ぶようになるのでしょう。やはり空港が郊外に移転する前にチェックしておくべきだったかと悔やまれます。






駅から少し北上した場所でも工事中でした。

ジャカルタも10年ほど前から急速に高層ビル化が進みましたが、メダンは華僑系の人口が多いので大陸からの投資が多かったのかもしれません。インドネシアは人口が多い若い国ですので、高層ビルの需要は今後もそれなりにあるのでしょうが、大陸のバブル経済の崩壊なんてことになればあちこちで工事が止まってしまうかもしれません。その余波の大きさは計り知れないのですが、以前にも発生した華人の店を襲う暴動が再発する可能性は高いでしょう。ビザ不要になったことで活気が出てきたインドネシアの観光業界も一気に冷え込んでしまうかもしれませんね。






これはメダン駅の西側からの眺めです。

こうやって遠くから見ることでようやく東側の再開発エリアの全体像を見ることができましたが、数年前の画像と較べてみたら面白いでしょう。駅の北側にはJWマリオットなどの高層ホテルも最近になって進出してきたようですが、現在と10年前の夕暮れ時の航空写真を較べてみたら面白いでしょう。高層ビルの影で急速に都市化が進んだことが理解できるはずです。







郊外のモールでようやくビールを購入できました。

地下のスーパーの奥にひっそりとワインショップがあり、その片隅にほんの少しだけビールが並んでいました。ビンタンはこの330と500の缶、そして大瓶がありましたが、日本並みに高いので悩みました。先日は飲めませんでしたので大瓶にしたかったのですが、グッとガマンして昼飯代より高い15500ルピアを支払いました。日本円にすると140円くらいですが、コーラが5000ルピアの国ですので割高なのです。

これは今日から泊まる部屋の窓からモスクとビンタンビールを撮影したものですが、イスラム教が禁じているアルコールをモスクの前で飲むというのも面白い経験です。私が初めて中東を旅行した時はアルコール類が入手できなくて、1ヶ月以上も酒無しで過ごした経験があります。それに較べたら探せばある国ですのでマシですよね。マレーシアよりも少し安いですし。






今日の夕食はビールに合うものにすることに。

近所の屋台のフライドチキンでもと思いましたが、これからしばらくチキンばかりになりますので「他に何かあるんじゃ…」と探す気になりました。そんな時に出会ったのがハンバーガーの屋台でしたが、「これしか無い!」と即決しました。

鉄板で焼いた牛肉を円形の枠の中で焼いた溶き卵の中に入れて焼き上げるという初めての手法のハンバーガーでしたが、チーズも挟んであり13000ルピアの価値は充分にありました。テイクアウトしてモスクを眺めながらいただいたのですが、ビールとの相性も抜群でした。ちなみにビールは濡れたバンダナで包んで扇風機の風に当て続けて気化熱を奪うことで冷やそうとしたのですが、室温が高いのでほんのり冷えた程度でした。それでもムチャ美味しかったですけどね。






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(2015/08/13(木) 23:59)

 ペナンの宿で無料の朝食をいただきながら考えたことは…


ペナンの宿はセルフ式の朝食が付いていました。

甘いインスタントコーヒーとイギリス風な薄い食パンにマーガリンかジャムを塗るだけの簡単なものですが、何もないよりはマシです。テラス席には近所の腹ぺこ野良猫もやってくるのですが、あきらかに怯えた様子で周りを窺っていました。宿の近くにはペナンで最初だという猫カフェもあるのですが、地元の人たちが優しくないのが透けて見える感じがします。






私は前回、宿に忘れ物をしたことを思い出しました。

それはキャンドゥで購入したサンダルでしたが、108円とはいっても無くなると不便ですからバタワースから戻ることも考えました。しかし私がチェックアウトした後に掃除のおばちゃんが捨てたりしてることもあり得ましたし、時間の無駄ですからあきらめ、先ほどまですっかり忘れていました。

半年くらい経っていますので「さすがに無いだろうな…」とダメ元で探してみたらゲスト用の下駄箱の奥でホコリまみれで眠っていました。それなら誰かが自分のものとして使っているわけじゃないはずなので、所有してた私が取り戻すことに文句を言う人はいないでしょう。洗面所でキレイに洗って、これから旅の後半の足になってもらうことにしました。






気分が良くなり近所の散歩に出かけることにしました。

ジョージタウンは半年前とさほど変わってはいないと思いましたが、午後に乗る予定の空港バスの停留所の確認も含めて街の様子をチェックしてみることにしました。前回は歩かなかった砦方面に行ってみたら、見慣れない派手なファサードの建物が。どうやら黄金のミュージアムみたいでしたが、なぜジョージタウンにあるのか謎です。西洋人たちは香辛料を求めてインドシナ半島を植民地化してきたはずですが…






これは砦の近くで見かけたスロープです。

たしか数年前に日本人会の盆踊り大会でこの近くを歩いた時にはありませんでしたが、マレーシアもこういったことに配慮するようになったのかと感慨深いものがありました。かつて首都であったクアラルンプールでさえ歩道は穴だらけでしたが、最近はマレーシアの地方都市までどんどんキレイになっています。日本に憧れていたマレーシア人が東京を旅行して線路ギリギリの所に建ち並んでいる安アパートを見て、「こんな所に人が住んでるの?」と幻滅する時代になったようですね。






念のためにモールのシネコンもチェックしてみました。

今日は水曜日でマレーシアでも映画の日でしたが、さすがに観る余裕はありませんでした。まあ「ピクセル」や「インサイドアウト」はまだマレーシアでも始まっていなくて、観たい作品は「ミッション・インポッシュブル」くらいでしたが、それはインドネシアの田舎の劇場でもやってるはずですから慌てる必要はありません。ちなみに円安なのでマレーシアだと映画の日や早朝料金でも300円くらいしますが、インドネシアなら250円くらいじゃないでしょうか。






ペナン空港までのバス代は2、70リンギでした。

消防署の近くから乗ったのは私とおじいさんの2人だけ、そして次のコムターからは青年が1人というガラガラ状態で40分ほどで無事に到着しましたが、ペナン空港はアクセス方法を改善すべきじゃないでしょうか。例えば高速バスのターミナルをモールの横に移設して無料のモノレールで空港と結ぶとか。

ペナン空港は初めてでしたが、コンパクトなので移動距離が短いので楽でした。ちなみにエアアジアのカウンターはいちばん奥にあり、自動チェックイン機もその近くにありました。私のように荷物を預けない乗客はわざわざ奥まで行く必要は無いので迷惑な話ですが、これも改善していただきたいものです。






約1時間のフライトでメダンに到着しました。

スマトラでは最大の都市で、インドネシアでも4番目となるらしいのですが、以前の空港は市街地から2kmと近過ぎたために2年前に現在の26kmほど離れた田舎に移転したみたいです。それで名古屋のセントレア空港みたいな感じに仕上がっていたのですが、私の好みではありませんでした。インドネシア政府がもう少し早く観光ビザを無料化しておいてくれたらと悔やまれます。空港到着後に徒歩移動でホテルにチェックインすることは大都市では滅多にできないことですから。






空港の洋式トイレにはこんな注意書きがありました。

インドネシア語は「テレマカシー」しか知らないのですが、イラストで便座の上に靴で上がってはいけないと注意してることが理解できました。しかしトイレの便座は何人もの人が土足で上がった形跡がありました。トイレは個室ですから誰かに見られて罰せられるわけじゃないので、自分さえ良ければという人が注意書きを無視してしまうのでしょう。

対岸のペナンではそんなことはありませんでしたが、まだインドネシアの民度はその程度だということなのでしょう。大国意識が強いインドネシア政府は日本政府がインドネシア人をビザ免除するまで日本人に対して35ドルものアライバルビザの取得を強要していましたが、私は「こんな注意書きが不要になってから大国意識を持つべきでは…」と思いました。






メダン空港は遠いので街へ歩いて行くのは困難です。

それで市内へのアクセス方法としてはムチャ高いタクシー、けっこう高い電車、そして私でさえ割安に感じる空港バスと3種類の交通機関がありました。当然ながら私は2万ルピアの空港バスを選んだのですが、もう2度と来ることは無いかもと空港内や電車の駅などをチェックしていたので先発のバスが満員になって出発してしまいました。

次のバスはすぐにやってきましたが、それが満員になるまでは40分ほど待たなくてはなりませんでした。まあバスの中まで空港のWi-Fiが届きましたのでマシでしたが、ペナンの空港バスを見習って30分間隔くらいのスケジュールで運行してもらいたいものです。またこのバスは途中で急にバスを停めて運転手が運賃を集めていましたが、それも時間の無駄です。KLセントラルのように乗る前に販売する方式にすべきでしょう。






空港バスは一般道を走るので渋滞に巻き込まれました。

それでも40分ほどで私が泊まる予定の旧空港の近くにやってきたのですが、ここで嬉しいことがありました。私は空港バスは終点のカルフールまでノンストップで行ってしまうんだろうなと考えていたら、途中下車する人がいたのです。私も安ホテルが集まるエリアで降りたのですが、それで1時間は得しました。渋滞の中をノロノロ走るのもイヤですが、同じ道を歩いてホテルまで戻るのもイヤでしたので。

暗くなる前にホテルにチェックインできたのは良かったのですが、ベランダからモスクが見える距離ですのでアザーンの音が心配です。まあそれは短時間だからガマンできるとしてもメダンの飲食店のビールの高さには腹が立ちました。ビンタンビールの大瓶で4万ルピアもしたのですが、さすがに手が出ませんでした。コンビニにはノンアルコールしか置いてないし、久しぶりにビール無しのサミシイ夜になりました。






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(2015/08/12(水) 23:59)

 タイミングが悪くてハジャイの街でチェックできなかったものは…


私はおそらく日本一のモールマニアです。

それはヒマと金を持て余している人でも海外旅行でモールには行かないでしょうし、モール関係者でも大都市の話題になっている施設しかリサーチしないでしょうから。ハジャイの中途半端な規模の「DIANA PLAZA」はバスターミナルに近いので旅行者で立ち寄ったことがある人はいるでしょうが、バンコクに似たものはたくさんありますのでごく少数でしょう。

この手のモールは10時開店だろうと思っていたのですが、正面入口は工事のためか閉ざされていました。数人のバイクの人は駐車場へ向かっていましたが、おそらく出勤する従業員なのでしょう。まあどうせ近くにセントラルの大型店が進出してきてテナントが歯抜け状態になってるモールだろうとスルーすることにしました。次回は廃墟になってるかもですが…(笑)






これがハジャイの最新で最大の商業施設です。

チェンマイにも同じ「セントラルフェスティバル」という名前のモールができていましたが、これまでのモールと差別化するための新しいネーミングみたいです。ここもどんどん人が巨大な建物に吸い込まれていましたが、正面入口は閉ざされていました。なんと平日は11時からのオープンでしたが、昨晩の内にチェックしておくべきだったなと悔やまれました。

モールマニアではありますが、たかがセントラルごときのために1時間近くも待つことはしたくないので、今回は外観だけのチェックにしておきました。さすがにこのモールは数年の内に無くなることは無いはずですし。






ハジャイのバスターミナルは初めてでした。

バスターミナルと言っても、どちらかというとミニバスの方が主流といった感じでした。マレーシアの国境の手前のダンノックまでも大型バスは無く、26番から出る57バーツのミニバスだけでした。ミニバスは途中で客を拾わない満員発車タイプでしたが、ドライバーは途中の店などに荷物を届ける宅配業者も兼ねていました。

ミニバスは1時間ほどでダンノックに到着したのですが、出国するイミグレの200mほど手前でしたので「近過ぎるよっ!」と文句を言いたくなりました。急ぎの場合は近くて構わないのですが、私は国境の町の様子を観察しておこうと考えていましたので。






ダンノックは意外にいろんなものがありました。

Googleマップで見たら田舎っぽい感じがしましたので、「コンビニはあるかな…・と心配していたのです。しかし「これが最後のコンビニかな…」と思ったセブンイレブンの先に4軒もありました。さすがにマレーシアには何でもあるので国境のアップル専門店はありませんでしたが、数軒の床屋が目につきました。逆にガソリンスタンドは少ないようでしたが、それぞれに国の事情を反映しているのでしょう。ちなみにダンノックは道路の整備中のところに雨が降っていましたので、かなり印象は悪いものでした。






ダンノックにはこんなクリニックもありました。

全体的な医療水準はマレーシアの方が高そうですが、軽い病気の場合はタイの病院の方が選ばれるのかもしれません。日本人でさえ国境のイミグレはフリーパス状態でしたので、アセアン内のタイとマレーシアの国民にとっては時差があることくらいしか違いを感じないのでしょう。ただタイの方が町は小さいのに人口は密集している感じがしました。これもそれぞれの国の総人口の違いを現しているかのようでした。






500mほど歩いてテスコロータスへ行きました。

財布の中に残った9バーツという半端なコインを使い切るためにセブンイレブンに入ってみたら、安いビールやアイスクリームが置いてありませんでした。それでロータスで何度か29バーツのアーチというビールを買ったことがあることを思い出したのです。しかし残念ながら置いてなかったので、8バーツのアイスクリームを購入しちゃいました。






タイ側でランチを食べておくことにしました。

タイバーツに余裕がありましたし、モスリムが多いマレーシアに入ると豚肉を食べることが難しくなりますのでね。ちなみにテスコロータスでアイスクリームを買う前にマクドナルドで59バーツの定食をという選択肢もありましたが、チキンだったので止めておきました。

タイの飲食店は40バーツくらいの値段が普通で、大盛りにすると10バーツ高くなったりします。最後に選んだ華僑系の店の豚脚飯は普通サイズが50バーツでしたので、コインを増やしたくない私にはぴったりでした。






タイとマレーシアの国境を歩いたのは私だけでした。

後でその理由がわかったのですが、地元の人たちはダンノックの旅行代理店でマレーシア各地へのバスのチケットを買ってから、バスで国境を越えるのが常識だったみたいです。私は前回タイの西側の山の中の国境を越えた時にマレーシア側ではタクシーも無くてヒッチハイクしたことがありますが、こちらは陸路でのメインルートなので次の町へ行く市バスくらいはあるだろうと予想していました。しかし公共交通機関はゼロでした。

国境で働いてる人に訊いたらマレーシア側のイミグレから次のバスターミナルまでは9kmほどあり、タクシーで10リンギくらいということでした。またヒッチハイクすることも考えましたが、バイクタクシーなら5リンギで行けるのではと南下しながら探しました。歩いていたらタクシーから20リンギで行くと声がかかりましたが、高いとスルーしてバイクタクシーのおじさんに訊いたら「ターミナルまでなら20リンギだな…」と小雨の降る中の旅行者の足元を見た強気の答えでした。

ムカついてきたので残り8kmを歩いてやろうかと考えていたら土砂降りになってきたので断念。逃げ込んだテントにたまたまいたタクシーの運転手と世間話していたら、「バタワースまでは無いだろうから、アロースター行きに乗ってから別のバスを…」ということでした。雨が止む気配は無かったので渋々タクシーでターミナルに行きましたが、そこにいた猫たちに気分が癒されました。






バスターミナルからバタワース行きはありました。

出発まで1時間ほどありましたが、歩いていたら間に合わないところでしたのでタクシーに乗って正解でした。マレーシアの道路沿いには何も面白そうなものがありませんでしたし、途中でビールも買えなかったはずですし。バタワースまではタクシー代と同じ20リンギという安さで、ターミナルには普通にWi-Fiもありましたので問題なしでした。

大型バスは5人ほどの乗客を乗せて高速道路をひたすら南下して、一度だけアロースターのターミナルに寄って3人ほどの客を乗せました。なんとか日暮れの少し前にバタワースの駅前に到着できたのですが、そこのトイレは30センと有料でしたので腹が立ちました。日本円にすると10円ほどですが、私は21世紀にもなって有料なことが許せないのです。ジョージタウン行きのフェリーまでガマンすることができましたが、マレーシアは2020年までに先進国入りをしたいにであれば改善すべきでしょう。






さすがにジョージタウンに着いたら真っ暗でした。

前回はまだ窓枠などがボロボロだったリノベーション中の建物がかなりキレイになっていましたが、看板にはアニメの施設だという風に書いてありましたが、何かの間違いでは。ジョージタウンは植民地時代の古い建物がたくさん残っていて、これから次々とリノベーションされそうですので楽しみです。ちなみにフェリーはバタワース側から1,20リンギで、ジョージタウン側からは無料です。これもトイレと同じように無料とすべきでは。かなり観光客の印象が良くなると思いますが。






1泊ですから前回と同じ宿に泊まることにしました。

荷物を置いて賑やかな屋台街に出かけたのですが、ペナンですから迷わずに3、50リンギのラクサを選びました。さすがにそれだけじゃ満腹になりそうになかったので1、50リンギの春巻を1本追加したのですが、観光客に慣れたおばさんは知らん顔で2本運んできました。こちらはタイのビールを持ち込んできているという負い目もあって2本分を払いましたが、あと味が悪いですよね。私がバタワース行きのバスを待つ間に猫たちに癒されていなかったら食べずに席を立っていたかも。






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(2015/08/11(火) 23:59)

 タイを夜行列車で南下するのも最後かと考える理由は…


早朝の田舎の駅は独特の雰囲気があります。

暗いうちから揚げたチキンとご飯を頭の上に乗せて売り歩くおばさんや日本製の使い込んだ保温機能がついた湯沸かしポットを持ち歩いて甘いコーヒーを注いで回るお兄さんなど見ていると楽しいのですが、それも駅舎が新しくなったりすればコンビニやキオスクに置き換わってしまうのでしょう。

私は今回はモンスーンの時期なのでタイ国内を鉄道で南下するコースを選びましたが、もうほとんどの国境は通過しましたので最後なるかもしれません。次はミャンマー国内をバスで南下するか、あるいは楽な飛行機を選ぶことでしょう。まだランカウイ島には1度も行ったことが無いので、リゾートを経由して行くことにするかもです。人工物が極端に少なくて夜は真っ暗になりそうなミャンマーの西海岸からコンビニなど何でもあるランカウイ島に行ったら対比が面白そうですからね。






今朝の朝食は揚げパンとコーヒーにしてみました。

あらかじめ甘~いコーヒーが注がれたカップの上に揚げパンが乗った状態で運ばれてくるのですが、そんなことをして売り切れたコーヒーはどうするのだろうと疑問です。あくまでも私の推測ですが、また鍋に戻して火にかけるのでは。そして煮詰まると水とインスタントコーヒーを投入して調整しているのかも。つまり老舗の鰻屋のタレと似たような感じかなと…(笑)






最近はどこの駅にもこんなポスターが掲示されています。

私はこれを見て「駅で酒を飲んで騒ぎ出す人がいたので禁止にしたのかな…」と思っていました。ところが良く見ると列車内までも禁止だと書いてありました。私は先日の夕方に列車が駅に停車している間に缶ビールを買いに行き、弁当を食べる時に飲んでしまいましたが、それは違反行為だったようです。

そういえば私の周辺では誰も飲んでいませんでしたし、売り子もソフトドリンクしか販売していませんでした。タイは未成年の飲酒に関しても新たに強い罰則を負わせることにしたみたいですが、窮屈な社会はストレスが増しそうです。微笑みの国から微笑みが消えたら観光客も減りそうですが。






列車は3時間遅れてハジャイ駅に到着しました。

これまでもタイの鉄道は1~2時間遅れることはありましたが、3時間は私の新記録でした。もし早く着くことができたら国際バスを探してマレーシアに移動してしまおうかと考えていたのですが、もうランチタイムでしたしハジャイで1泊していくことにしました。タイとマレーシアは時差が1時間ありますし、ビール以外の物価はタイの方が安いはずですし。







ランチは華僑系の店で炒飯を食べました。

ハジャイはモスリムと華僑の割り合いが多いみたいですが、これからマレーシアやインドネシアでモスリム料理はイヤでも口にすることになりますので、炒飯が無難だと判断しました。刻まれた腸詰が少し甘過ぎましたし、量が少なめで45バーツでしたので、ちょっと残念でした。まあハジャイは田舎でも感覚は都会らしいので仕方がないかもですが。






宿にチェックインしてシャワーを浴びました。

洗濯も済ませ出かけた場所は地元の老舗百貨店の「ODEAN」でしたが、創業28周年ということでローカル色をますます強くしていました。これは最上階のフードコートですが、カラオケが導入されて完璧に老人客に照準が合っていました。大森のダイシン百貨店と国際交流すれば良さそうですね。






今回は街外れのビッグCに行ってみました。

チェーン店は基本的に造りが同じですから前回は行かなかったのですが、宿に置いてあったハジャイのフリーペーパーの地図で別の知らない商業施設が近くにあることを知りましたので、まとめてチェックしてみることにしたのです。

ハジャイのビッグCにもデイリークィーンのブースがありましたので、先日と同じ12バーツのダブルソフトクリームを購入しちゃいました。おそらく今回のタイ旅行で最後となるでしょうが、名残惜しいものです。






ビッグCのパン売り場ではピザを売っていました。

実はチェンマイあたりからピザを食べたいと考えいるのですが、チェーン店のピザは食べたくないのです。またビッグCは昔はカルフールですからパンはマシですが、ピザはガマンすればなんとか完食することができるレベルです。ちなみにディスプレイのピザ釜段ボールで作られていました。






地元の商業施設は立派な外観の建物でした。

「サイアムナカリン」という地元の奥様方に支持されているような落ちついた雰囲気の商業施設でしたが、もちろん私の好みではありませんでした。ハジャイではチェンマイと同じようにバスターミナルの近くにセントラルフェスティバルがオープンしたらしく、その影響で中心部からはシネコンが消え去ったみたいです。もちろんその他の影響も大きそうですが、この商業施設はわりと被害が少ないのかもしれません。





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(2015/08/10(月) 23:59)

 バンコクでの最後のランチに食べようとして悩まされたものは…


今日は午後から夜行列車に乗る予定でした。

また20時間ほどネットに繋がらなくなることを想定して、午前中は宿でネット三昧でのんびり過ごすことに。そしてランチは近所のピザ屋で75バーツのマルゲリータピザをテイクアウトして、事前に購入しておいたビールと共に楽しむ予定でしたが、なんと日曜日の午後なのにピザ屋が開く気配はまったくありませんでした。こんなことがあるので旅行は波乱万丈で楽しいのですが、太陽の下でのビール共に味わうピザが脳を支配していただけに悔しい思いでした。






それでピザ屋の本店の方へ行ってみました。

広い敷地の邸宅の木々だけを上手く残して、道路側に柱と屋根だけの開放感がありまくりの客席が自慢の本店はゆったりとした中でピザ釜から出てきたばかりの熱々を楽しめるので、カジュアルな支店より割高です。でも頭の中はピザでいっぱいでしたので、メニューを見てから決めるつもりでした。ところが入口に平日は25パーセント割り引きとの文章が。これですっかり気分が萎えてしまい、スゴスゴと引き上げることに。






何か良い方法がないか真剣に考えました。

そこで閃いたのがピザ屋の支店の対面に冷凍食品会社が小売店をオープンさせていたことでした。タイの会社の冷凍ピザなんて試したことはありませんし、意外とイタリア人も驚く水準かもとチェックしてみたら、日本並みの値段に驚かされました。タイの冷凍食品は富裕層向けなのかもしれませんね。






もうピザはあきらめるしかないかと思いました。

私の頭の中のバンコク地図の最短距離のピザ屋はシーロムにあるチェーン店で、「遠い、高い、不味い」の三拍子が揃っていました。ラマ4世通りのテスコロータスに入居しているアマゾンカフェならピザ出しているかもと急ぎ足で行ってみたのですが、Pの字も無くてガッカリ。念のためにチンして食べることができる冷凍食品コーナーをチェックしてみたらミニサイズが35バーツで売られていて奈落の底へ突き落とされました。






もうピザは完全にあきらめることにしました。

今日は日曜日で屋台の数がいつもの半分くらいしか無くて悩んだのですが、セブンイレブンの前にあった1串10バーツの屋台でチキンかつと練り物など3本を購入しました。今日はすっかりピザ屋に振り回されてしまいましたが、これが最良の選択だったのでしょう。ピザ屋はマレーシアやインドネシアにだってあるし…と自分を慰めるしかありませんでした。






夜行列車の出発まで少し時間がありました。

宿で最後のメールチェックなどをしていたら、タイミング良く日本人旅行者の方がやってきましたので情報交換をしておきました。列車の出発の時間が迫ってきたのでバス停に移動して話を続け、その旅行者は自分の乗るバスが来たので先に行ってしまわれました。

これはバンコクのあちこちバス停にある日本の観光誘致の広告ですが、かなりデザインに問題がありますよね。デザイナーの質よりも選んでる連中に問題があるような気がします。タイ人の渡航者は増えているみたいですが、もう少し良いデザインであれば、もっと増えると思いますけどね。






夜行列車の出発にギリギリ間に合いました。

ファランポーン駅には4番や46番のバスで行くのが最適なのですが、25番の無料の赤バスがやってきたので、少し歩くことを前提に乗ってしまいました。

ところがそのバスは途中で同じ番号のバスに乗り換えがあり、さらにGoogleマップで表示されたルートから南側にズレて走ったので困りました。ファランポーン駅にいちばん近いバス停で降りて、近道を歩こうとして知らない路地に入ったら、そこは寺院の中を抜けるルートで門が施錠されていましたので慌てました。なんとか裏門から出てファランポーン駅に汗だく状態で到着できたのは出発3分前でした。






タイの鉄道はこれから劇的に変わりそうです。

クラシックなファランポーン駅を出てしばらくは線路脇に勝手に住みついたような庶民的なエリアが続くのですが、バンスージャンクションあたりになると巨大工事現場が現れます。

日本政府の援助でバンコクからチェンマイまでを高速鉄道で結ぶ計画があるみたいですが、この辺りが始発駅として考えられているのかもしれません。この周辺にはモーチットの長距離バスターミナルや地下鉄駅ありますので、乗り換えなどは便利になるでしょう。しかし料金は高くなるかもですね。






途中の駅に日本語の石碑がありました。

アヒルが散歩してるようなかなり小さな駅でしたが、ここがタイ鉄道の発祥の駅みたいです。第二次世界大戦の時にタイや当時のビルマでは日本軍によりジャングルを切り拓いての鉄道計画があったことは映画などにもなりましたので有名ですが、ここがその拠点だったということかもしれません。もう70数年前ことですから、当時ことを知る日本人やイギリス人たちがやってくることも無いのでしょうね。数人は存命でしょうが、もう飛行機での旅行はキビシイでしょうから。







列車は今回もやはり遅れが生じていました。

駅に到着する度に時刻表との差が開いていきましたが、まあそれがタイ鉄道のおおらかさだと思えばイライラすることは無くなります。列車内には次々と売り子がやってきましたが、悩んだ末に40バーツガバオライスみたいものを購入しました。

17時を過ぎましたので、大きな駅に着いたら駅前のコンビニにビールを買いに行こうとしていたのですが、なかなかチャンスがありませんでした。ようやく18時過ぎに停車した時に車窓から酒を売ってる個人商店が見えたので冷えたビールと夕食を楽しむことができました。でもこれは違反行為だったらしいですけどね。その話は明日のブログにアップします。





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(2015/08/09(日) 23:59)

 早朝に46番のバスと無料のシャトルバスを乗り継いで行った先は…


今朝はコーヒーだけ飲んで46番のバスに乗りました。

スワンナプーム空港方面にあるメガバンナーという大型商業施設のイケアで朝食を食べるためでしたが、9時半のレストランのオープンに合わせて8時過ぎに宿を出発しました。

無料のシャトルバスが発着するBTSのウドムスック駅で降りてセブンイレブンの前で待っていたのですが、シャトルバスは時間に正確で無いので注意が必要です。イケアのウェブサイトの時刻表には9時15分となっていましたが、このシャトルバスは9時10分に出発しちゃいましたし。まあ15分に1便運行されていますので問題は無いのですけどね。






今朝はイケアのレストランに一番乗りでした。

これもシャトルバスが5分早く出発してくれたためですが、別に1番乗りしても何か貰えるわけじゃありません。単なるイケアの朝食マニアとしてちょっと気分が良いだけでした。

残念ながら新しい朝食メニューはありませんでしたので、50バーツのスープとパンのセットに20バーツのソーセージにベーコンを巻いたヤツを試してみることに。コーヒーは10時まで無料でしたが、トータルで70バーツですから安くはありません。ちなみに母の日には特別な朝食食べ放題が催されるとか。知っていたらインドネシア旅行の日程を遅らせたのに…






郊外にはいろんな建物が増え続けています。

バンコクの東側に国際空港や大型の商業施設ができたことに加えて、渋滞に左右されない高架式の交通網であるBTSが整備されたことも大きいと思います。1階にマックスバリュを入居させる30階建てくらいのコンドミニアムが増えているのですが、こんな低層の集合店舗も開発されていました。






今日は早めに帰りのシャトルバスに乗りました。

フリーペーパーに載っていたエカマイの和食店のランチを試すためでしたが、その前にエカマイゲートウェイモールもチェックしたいので11時にシャトルバスに乗りました。約10分で再びウドムスック駅に戻ってきたのですが、到着した場所の対面に見慣れない建物ができていました。1階にローソン108やツルハドラッグなどが入居している3階建ての商業施設でしたが、これで川の上にフタをして作られたローカルな雰囲気の市場と回遊性が生まれて良いと思えました。






25番のバスでエカマイ地区まで移動しました。

バス停からすぐのゲートウェイエカマイモールは上層階のテナントが抜けてサミシイ状態が続いていましたが、今日は週末のランチタイムということもあって賑やかでした。

これはMBKにも支店があった日本風のメイド喫茶ですが、ビールとお好み焼きを頼んじゃうと300バーツを超えてしまいますので高過ぎると思います。短いスカートの制服を着た店の女の子たちはアニメやコミックが大好きで日本語も理解できるかもですが、この値段なら私のメイド喫茶初体験はあきらめざるを得ません。ジャカルタはいくらかなぁ…(笑)






モールの最上階にこんなものができていました。

タイの富裕層に冬の北海道旅行が人気があるらしいのですが、庶民も寒いということに憧れがあるみたいです。年中Tシャツで過ごしているとファッションも単調になりますが、寒ければ重ね着や耳あてなどの小物を楽しむことができますのでね。

ユニクロで人生で初めて買い揃えた冬物を持ってきて100バーツの入場料を払ったら、室内では人工雪が舞っていて息が白くなる体験ができるらしいのですが、その画像をSNSにアップしたりするので客が増えるのでしょう。そのあたりは想定内でしたが、驚いたのは花畑牧場のブースがあったことでした。






ランチはエカマイの黒田という和食屋に行きました。

フリーペーパーに自社農園で育てたモリンガを使った蕎麦定食を割安に提供中との広告があったのですが、私は数年前に国連の支援でモザンビークでモリンガ栽培を広めていたという女性と会ってから興味を持ち続いていたのです。つい最近もミャンマーのタチレクでモリンガカフェという店を見かけましたが、東南アジアでは人気の素材となっているのかも。

広告の画像に較べるとモリンガ蕎麦は量がかなり少ない感じでしたが、巻き寿司や味噌汁やサラダも付いて150バーツでしたのでマシでした。モリンガ蕎麦は味を変えて楽しめるように胡麻ダレも付いていましたが、少し硬めの蕎麦には良くマッチしていました。冷たいお茶は無料でしたし、Wi-Fiも使えましたが、漬け物がキムチだったのが残念でした。






食後にトンロー地区をチェックしてみました。

ネットのニュースやフリーペーパーの新店舗情報のコーナーなどで、日本村の周辺でいくつか新しい店がオープンしていると知ったのですが、まずはリンガーハット系列のとんかつ屋のメニューをチェックしてみました。私はいつもリンガーハットで195バーツのとんかつを食べていましたが、この浜勝は高級路線で300バーツを超えていました。また日本では見かけたことが無いデザートの食べ放題などもやっていました。

隣はイタリアンとスターバックスで、ロケーションも悪くないので普通の日本人の駐在員たちには支持されるのでしょう。しかし私には高過ぎるので、バンコク滞在の最後にリンガーハットのとんかつ定食を食べようと考えていたら、Twitterやインスタグラムでアップしたりすれば10パーセントOFFのキャンペーン中とのことで気分が萎えてしまいました。






歩き疲れてフジスーパーで涼んで行くことにしました。

私はこの4号店は初めてでしたが、新しい店だけに品揃えが豊富でしたし、やはり週末でしたので混んでいました。ビール以外は買いたいものはありませんでしたが、タイの法律で許されないので10バーツの「M−150」という栄養ドリンクを購入してみました。味は日本製のものと似ていましたが、40円近くしますので再び試すことは無いでしょう。






工事現場に巨大なベアブリックが置いてありました。

これから工事が始まるので防護壁をアートを発信する道具として使おうということなのでしょうが、これも日本に留学経験がある広告代理店の人が思いついたんじゃないかという気がします。普通の防護壁よりも歩いていて楽しめるとは思いますが、このコストは建設費に上乗せされて、結局はバンコクの庶民が払わされることになるのでしょう。まあタイは少子高齢化はまだ先の話ですので深刻な影響は無いであようが…






クロントーイ市場の近くで工事が行われていました。

市場の東側にビッグCとテスコロータスが向かい合っていますが、それをさらに300mほど進んだチャンネル3の対面で鉄骨が組み上がりつつありました。これは「MARKET」という名前になりそうですが、ロンドンのコヴェントガーデンみたいなものを作りたいのでは。この近くには「K ヴィレッジ」という低層の商業施設がありますが、それに準じて「手が届く高級感がある店」をテナントにするつもりなのでは。






最後にテスコロータスで買い物をしました。

明日の朝食用のパンやインスタントコーヒー、そしてマレーシアでは高くて手が出せないのでビールの3本セットなどを購入しておきました。買い物を終えてバス停に行こうとしたら、タイミング良くデイリークイーンの店がありました。しかも普通は15バーツのダブルのソフトクリームがキャンペーンで12バーツでしたので嬉しくなりました。しかしタイを離れる頃に安くなるなんて。まあ明日も最後のチャンスはありますが…





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(2015/08/08(土) 23:59)

 シーロムのフードコートで今日のランチに選んでみたものは…


今日は近場だけをのんびり見て歩くことにしました。

午前中は遅れているブログの更新や今後のジャカルタへのルートなどの下調べをしていたのですが、LCCが飛躍的に普及している東南アジアでは海路が消え去りつつありますので面白くありません。まあ時代の流れには逆らえませんが。

お昼になったのでシーロムのいつものフードコートに出かけてみたのですが、それはステーキを試してみるためでした。体育館みたいな広い建物の中に1軒だけパスタなどの洋風な料理を出す店があるのですが、そこのマッシュルームソースがかけられた豚肉のステーキを以前から試してみたかったのです。

70バーツと安くはなかったのですが、たっぷりのサラダとマッシュポテトが添えられていて見た目とボリュームは合格でした。しかし肝心のマッシュルームソースの味が薄くてガッカリさせられました。まさかケミカルなタイ料理を食べ過ぎて私の味覚が鈍くなっていたりして…(笑)






これはフードコートの対面で盛業中の有名店です。

実は2012年の2月26日にメキシコで知り合った日本人旅行者の方と試したことがあるのですが、その頃は食べ放題が399バーツでした。当時は円高でしたので「ビールも飲んで1人あたり1250円ほどで満喫できた」と書いてありましたが、食べ放題は値上げされたので現在なら2000円くらいは覚悟しておかねばならないでしょう。

これも日本の無能な製造業の経営者たちのために円安に誘導している自民党の世襲議員たちのせいでしょうが、まだ支持率が半分近くあるのが不思議です。ネトウヨ以外はいったいどんな連中が支持しているのでしょうね?






商業施設の入口には2種類のディスプレイがありました。

左がタイの母の日用のもので、右は王妃の誕生日を祝福するためのものみたいです。日本なら母の日関連のディスプレイにはピンクや赤などを多用すると思いますが、なぜかタイではブルーがイメージカラーらしく、Tシャツなどもブルーしか見かけません。寒色を使うのはタイが年中暑いからなのかもですが、感覚的にずいぶん違うものですね。






パッポン方面の路地にこんな店がオープンしていました。

隣の牛丼屋の「牛野屋」と同じ系列の店らしいのですが、この他にプロンポンの路面店とエカマイのゲートウェイモール内に支店があるみたいです。店内は満席のようでしたし、どんな内容なのか試してみたい気はありましたが、200バーツくらいの出費を覚悟しなければならないので止めておきます。創業記念などで半額になったりしたら考えますが。それとも世襲総理が議員辞職して昔のような円高になったりしたら…






パーク&ライドのキャンペーンをやっていました。

バンコクの交通渋滞はかなり深刻ですから、中心部へ流入する自動車を減らすパーク&ライドを導入するのは理に適っています。しかし私以外足を止める人はいませんでした。

それはパーク&ライドの知名度の低さもあるのでしょうが、概念が理解できても面倒だと拒否反応がありそうです。特にドライバーをクーラーが効いた車内から公共交通機関に乗り換えさせることは絶望的に難しいでしょう。パーク&ライドよりもカーシェアリングの方がまだ可能性は高いと思いますが。






不思議な雰囲気のイベントが行われていました。

サントリーが経営しているらしい青山の「まいせん」は昭和時代に銭湯を改装して創業されたらしいのですが、今年で50年になるみたいです。それを記念してシーロムコンプレックス近くのビジネスビル前に神社風なディスプレイが用意され、椎名林檎のステージ衣装みたいな着物を着た派手なコンパニオンがおみくじを引くように促していました。

ランチ帰りの近所にお勤めの皆さんがおみくじ引いていましたが、誰も記念品が当っていないみたいでした。これでは日本文化を間違って伝えることになりますし、ハズレばかりでは信用も失いかねません。私はこの企画を考えた人はアウトだと思いますが、サントリーのタイの責任者はこんなもので良いと思っているのでしょうか。企画書に目を通されて「面白い!やってみなはれ!」と言われたのでしょうか?






バンコクの街の雰囲気はかなり変わってきました。

それはこんな高層建築があちこちに増えてきたからでもありますが、方角を知るためのランドマークとしては便利です。しかし街の景観を保護するという観点からしてみると無秩序過ぎると思います。タイはスワンナプーム空港を作った時にドンムアン空港を完全に閉鎖して、跡地を副都心として高層ビル街に変えてしまうべきだったと思います鉄道の線路も真横を走っていますし、クアラルンプールのKLセントラル駅みたいにバンコク中央駅を整備できたはずですが。






川岸の船の発着所で少し休憩しておきました。

マンダリンオリエンタルホテルの近くの桟橋を選んだのは、対岸のヒルトンとペニンシュラとの間に高島屋も入居する大型の商業施設の建設が予定されているからでした。下流の倉庫跡地を開発した「アジアンティックリバーフロント」という観覧車がある商業施設とは違って、シンガポールのオーチャードの高島屋みたいに高級感があるものが建設されることになるのでしょう。2年後の完成予定みたいですが、マンダリンオリエンタル側からの無料の渡し船が運行されるのでは。






歴史ある郵便局でもイベントが行われていました。

切手コレクターなら狂喜しそうな販促イベントでしたが、価値がわからない私には退屈でした。まあ一度も足を踏み入れたことが無い建物の内部の様子を知ることができたことは良かったですし、もしこの建物がパリのオルセー美術館みたいにリノベーションされるようなことがあれば、激変する前後を知ることになりますので良い体験となるはずです。






今日はビール発売開始前に宿に戻ることにしました。

先日と違ってファランポーン駅は空いていて、チケットも並ばずに購入できました。歩いて帰ればちょうど17時の発売開始時間になりそうでしたが、ラマ4世通りは退屈なのでバスに乗ってしまいました。それでビールは夕食の時までオアズケにしてアイスを購入してみたのですが、この10バーツのアイスはスゴい色でした。しかも複雑な工程で作られているのが特徴でしたが、たかがアイスにここまですることはないのではと思いました。商品開発に対する熱意は評価できますけど、工程をシンプルにして売価を下げてくれる方が嬉しいのですが…







夕方はシャワーを浴びてのんびり過ごしました。

暗くなったので近所の屋台に夕食を買いに出かけたのですが、今日のお目当てはソムタムでした。日本では高価な青いパパイヤを刻んだスパイシーな味付けのサラダですが、タイでは30バーツほどで購入できる庶民的な料理です。最近はどこでも機械で刻んでいますので食感は均一でつまらないのですが、これも時代の流れで仕方ないことでしょう。

それに1串10バーツのイカなどを購入したのですが、すべて辛いものばかりでしたのでビールは大瓶にしておきました。まだ試したことが無いタイ製のレッドホースがありましたので49バーツ払って購入したのですが、微妙にフィリピンのと味が違いました。製法は同じでしょうが、水が違うためかもしれません。それとも私が辛い料理を食べ過ぎているから…?






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(2015/08/07(金) 23:59)

 チャイナタウンで久しぶりに朝マックをした理由は…


今朝は久しぶりに朝マックをしました。

先日は楽しみにしていた映画を観れなくて落ち込んでしまい、朝食用のパンを買わなかったことも理由でした。しかし最大の理由はラオスで知り合った日本人旅行者の方と待ち合わせするのにわかりやす場所をと考えたのです。朝マックしてからファランポーン駅に行くことを考えてチャイナタウンの奥にあるオールドサイアムプラザの支店を選びましたが、それは双方からのアクセスの良さを考えた結果でもありました。

29バーツの豚肉の朝粥にコーヒーを付けてトータルでは39バーツでしたが、日本円にすると140円ほどですから安くはありません。たしか以前はコーヒー付きで29バーツで、円高でしたので100円以下だったように記憶しています。「10時まではのんびりしていますので都合が良ければ…」とメールしておいたのですが、インドに旅立つ直前だったらしく朝マックどころじゃ無かったようで会えませんでした。まあ今回はインドルピーは持ってきていませんでしたので、お会いして両替できなくても悔しくはありませんでしたが。






チャイナタウンもかなり変化し始めていました。

この交差点の角にビルを丸ごとリノベーションしたスターバックスができていたのですが、数年前に奥に見えるグランドチャイナホテルの1階にスターバックスがオープンした時より意外な感じがしました。チャイナタウンは地下鉄の延伸工事の真っ最中なのですが、将来を見込んでの投資なのでしょう。ちなみにこの右手のスターバックスから先のエリアはこれから大規模な工事が始まりそうです。数年後にはシンガポールのチャイナタウンみたいになるのではと予想しています。






ここはチャイナタウンでいちばん賑やかな通りです。

東京でいえば上野のアメ横みたいな路地で、歩行者に混じって荷物を満載にしたバイクも走ったりしています。そんな中でのんびり昼寝している猫がいたのですが、子猫の頃から騒がしい場所で育っているので平気なのでしょう。私が買い物客に踏まれないようにハジに押したのですが、「にゃにをする!」と怒って噛み付いてきました。この猫は絶妙な距離感で生きぬいてきてるので、余計なお世話だったのかもしれませんね。






駅の近くの寺に金ピカの像が置いてありました。

それぞれに輝き具合が微妙に異なっていたのですが、まさか経年変化の様子を調べているのでは無いでしょう。このクラスの大きさになるとペイントも1体毎に専門の職人さんによる手作業なのでしょうが、その塗料の成分が違っていたのかもしれません。あるいは同じ塗料を塗っているのに湿度などの影響で反射率が微妙に違ってしまうとか。まあ金ピカの度合いは違っていても信者たちのありがたい存在だという気持ちは同じなのでしょう。信仰心が無い私には理解不能なのですが…






ファランポーン駅には長い行列ができていました。

ミャンマーにいたアンジェリーナ・ジョリーが国境を越えてチェンマイから特別列車で南下してきたりしたのかと思ったら、アンドロイドのキャラクターに似たグリーンのお弁当箱を無料配布しているようでした。先日もミルクやスナック菓子をいただきましたが、私は無料のものが大好きです。それでチケットを買うのは後回しにして行列に並びました。

いちばん上はフルーツの盛り合わせで、真ん中は肉と茹で卵、そして下段にはご飯が入っていました。それに水とピンクの小冊子でワンセットでしたが、どうやら王妃の誕生日を記念して配られたものみたいです。皇居の清掃に参加するボランティアには菊の紋章が入った饅頭が配られたりするそうですが、国によって内容がずいぶん違うみたいですね。






駅からMBKまで歩いて行くことにしました。

前回の滞在時にスカラで映画を観るために歩いてみたら意外に近かったですし、途中に移動遊園地みたいなものもありましたので今回も違う道を選んで歩いてみることにしました。

MBKの南側は広大な区画のチェランコーン大学がありますが、その手前の部分に伝統的な中国のデザインをモチーフにしたモダンな集合住宅が建設されていましたし、その北側のテスコロータスとの間ではカラフルなグラデーションの窓枠がアクセントの低層の商業施設がほぼ完成していました。次回には住民も増えて賑やかになっていそうですので楽しみです。






ちょうどお昼にスカラに到着できました。

先日はここで「ミッション・インポッシュブル」の新作を観るのをあきらめた時に、チケット売り場で今日から「ファンタスティック4」が上映されることを確認しておいたのです。料金は昨年と同じ100バーツからでしたが、封切り初日は高くなる劇場もありますのでスカラは良心的な感じがします。

この作品の予告編を何度か見ていましたが、それを超える部分が少なくて退屈でした。マーベルコミックの映画化であり、オリジナルストーリーが陳腐だというのは理解できるのですが、大金をかけて映画化しているわけですから、もう少し深みが欲しいものですが。続編が作られることを前提とした構成でしたが、次は悪役をもっと強いヤツにしてもらわなければ…






トム様はサイアムパラゴンでも大人気でした。

これだけは入場料を払わずに記念撮影できますので、観光客がひっきりなしに腕を組んでいました。トム様はファンサービスが丁寧なことで有名ですが、分身の方もイヤな顔ひとつもせずににこやかに撮影に応じていました。まあ新作の公開が始まったばかりですし、ここで撮影された画像はSNSで拡散して広まるので良い宣伝になるのでしょう。ちなみにトム様の分身は実物より少し大きく作られている感じでした。(笑)






紀伊国屋でフリーペーパーをいただきました。

エンポリアムの対面のエムクオーティエという新しい商業施設の新店舗でも数種類のフリーペーパーが置いてありましたが、やはり伊勢丹の6階の売り場の方が充実していました。ちなみに5階のスーパーマーケットは工事のために場所が変わっていましたが、秋くらいにはクアラルンプールのスリア店みたいな感じになってバンコク駐在の日本人の奥さまたちを喜ばせるのでしょう。バンコクの郊外には東急の2店舗目がオープンしましたし、再来年には高島屋も乗り込んでくるとか。老舗の伊勢丹としても迎え撃つ態勢を整えるのに必死みたいですね。






タイの酒類の販売は19時からと定められています。

小さな個人商店ならこっそり売ってくれるみたいですが、遵法精神の塊である私は19時の発売時間に合わせてわざと遠回りして歩いて帰ることにしました。それというのも前回の滞在時にアメリカ大使館の近くで面白そうな工事現場を見かけたからでしたが、まったくの期待ハズレでした。建物のデザインはモダンで面白かったのですが、テナントはいつものスターバックスや高級和食店などでしたので。新しい東南アジアの息吹きを感じさせてくれる集合店舗を期待していたのですが…





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(2015/08/06(木) 23:59)

 夜明け前にバンコクのモーチットターミナルに到着してみたら…


メーソートからのバスは少し早く到着しました。

明るくならないと宿のチェックインもできませんから、しばらく木製のベンチに横になって眠らせてもらうことに。ターミナル内はアナウンスなどもあってうるさかったのですが、睡魔の方が圧倒的に勝っていました。明るくなったのでタクシーの勧誘を断りながら周辺の様子をチェックしてみたのですが、工事用のクレーンがあちこちに立っていました。経済発展しているタイの中心部の地価は上昇していて、かつては辺鄙なエリアだったモーチット方面まで影響してきているのでしょう。ドンムアン空港とファランポーン駅の中間に位置していますしね。






久しぶりに出発側の建物にも行ってみました。

最近は飛行機や鉄道、また昨年のカンボジアへはルンピニ公園の南側からのカジノバス利用とモーチットターミナルを使うことはありませんでしたので、この数年で変化していないかを確認してみたのです。時間はたっぷりありましたし、日付けが変わる頃に夕食を食べたので朝食は不用な感じでしたので。

ターミナルは特に変化していなかったのですが、トイレが有料でしたので「大都市のバンコクでもまだそのレベルか…」とガッカリ。もうエアポート21などの商業施設ではウォシュレットさえ導入される時代なんですけどね。しかしトイレの入口の横に無料トイレの貼り紙が。気になってチェックしてみたら、たしかに2階にキレイな無料のトイレがありました。それなら1階も無料にすれば良いのですが、何か特別な理由があるのかも。ヤフー知恵袋で訊いてもわからないかもですが…(笑)






モーチットからは77番のバスに乗りました。

大都市のバンコクは通勤ラッシュもヒドいものですから、急ぎの場合は多少高くても地下鉄に乗りま。今朝は時間がたっぷりありましたので安いバスで周辺の景色を楽しみながら南下することにしました。渋滞対策と政府の庶民向けのアピールとして数年前からエアコン無しのバスの無料化が行なわれていますが、トイレに続いて無料でしたので良い気分でした。

ルンピニ公園の南側の「シーロム・コンプレックス」という商業施設の前で降りたら、小さなミルクの試供品が頒されていましたので更に気分良くなりました。赤ちゃんサイズでしたので3個くらい欲しかったのですが、さすがに言い出せませんでしたが。その後もドイツ大使館の近くでスナック菓子の試供品を貰ったのですが、どうも今日はツイてるみたいです。宿も早い時間だったのにすんなりとチェックインできましたし。






宿でシャワーと洗濯とメールチェックを済ませました。

ミャンマーに出かける前からバンコクに着いたら讃岐うどんと決めていましたが、久しぶりの快晴で気分も良かったので歩いて行くことに。横井うどんまでは1時間くらいはかかるのですが、前回の滞在中にコンベンションセンターの北側の公園の池の周りを抜けるコースを発見しましたので、それを再確認するためもありました。その途中でマーライオンを発見したのですが、なんとシンガポールから寄贈された本物でした。タイやシンガポールが大好きなマニアの方もこんなマイナーな場所に置いてある像のことはご存知なかったのでは。






横井うどんはランチタイムでも空いていました。

タイにすでに丸亀製麺が20店舗ほどあり、鶴丸とかいう類似店舗もできて、うどん好きなお客さんが分散してるのかもしれません。駅前から横井うどんまではけっこう距離がありますが、それでも私は浮気せずに通い続けています。店の雰囲気が良いのとセルフ式の冷たいお茶が無料なこと、そしてその日の新聞を読みながら食べることができるのも気に入ってます。それにぶっかけの大が114バーツと手頃な値段ですしね。






エンポリアムの新しい商業施設に行ってみました。

BTSの駅を挟んだ対面に開発された高級感がある商業施設でしたが、奥行きが想像の2倍ほどありましたので驚きました。まあいろいろと工夫はされていましたが、サイアムパラゴンやセントラルエンバシーなどと内容的には変わらないの、モールマニアとしては満足度は高くありませんでした。

しかし意外だったのは、原宿のセレクトショップが初出店していたことでした。いくらバンコクの若い世代にファッションに興味を持つ層が増えているといっても、まだ可処分所得が低いので売り上げを維持するのは難しいであよう。ポール・スミスのようにブランド力や店舗デザインの差別化などを上手くやれるならタイでもやっていくことができるのでしょうが、こんな感じだとユニクロより低く見られてしまうかもしれません。私が次にバンコク入りするまで生き残っているか心配です。






来週の12日はタイ王妃の誕生日みたいです。

それで先日からディスプイなどを見かけているのですが、ここでは王妃の長生きを願うデザインのTシャツが販売されていましたのでビックリさせられました。しかも12日は国民の祝日になるみたいですからスゴいですよね。

タイの王室批判は罪になるとの話もありますし、日本では死語になっている不敬罪なんてのもあるらしいのです。まあ外国人にはよほどのことが無ければ適応されないのでしょうが、どこからが引っかかるのか知りたいですよね。たとえば下半身は褌ひとつでこのTシャツを着て、ウィスキーをラッパ飲みしながら伊勢丹の前を歩くのはセーフでしょうか…?






やけに地味な色合いのセブンイレブンがありました。

高層階にホテルオークラが入居しているビルでしたし、隣のシックなディーン&デルーカに配慮しているのかもしれません。ちなみに寿司のポスターは入口にあるテイクアウト専門店のもので、セブンイレブンとは無関係だと思います。普通のセブンイレブンは店頭にリラックマのキャンペーンのPOPがやたらと目立っていすが、この店だけアダルト仕様でしたので不思議な感じでした。国王がお亡くなりになった時はタイ中のセブンイレブンがこんな感じになるのかもしれませんが…






今日はスカラで何か映画を観ようと決めていました。

入場料が安いミャンマーで1本も観ることができなかったので、お気に入りのスカラで何でもいいから観ると決めていました。劇場の前に行ってみたら「ミッション・インポッシュブル」の新作が上映中でしたので喜んでいたら、15時からの上映が始まってから30分ほどが過ぎていました。こうなると予告編や国王の映像が終わって、最初の派手なアクションシーンの真っ最中でしょうから途中入場はできません。

徒歩3分と近い場所にある同じ系列のリドでは10分後に始まるところでしたので、小さなスクリーンで我慢することにしました。しかしリドのチケット売り場に100バーツ札を用意して並んでいた時にこの作品だけ120バーツに値上げされていることを知ってげんなりしちゃいました。まだ始まったばかりですから、インドネシアで観ることにしました。ミャンマーで何も観るものが無かったことを教訓にしませんとね。






気持ちが萎えたのでバスで宿に戻ることにしました。

MBKの対面のバス停に向かう途中に見かけたのは以前はトヨタの若年層向けの施設だった建物ですが、改装を終えて写真のギャラリー風なスペースになっていました。誰が何のために行っているのかさっぱりわからない澱んだ雰囲気の建物でしたが、企画した人間の罪は大きいと思います。MBKからサイアムワンなどに抜ける途中にありますので、ロケーションは悪くないのですけどね。実にアホらしくて勿体無い話ですよね。





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(2015/08/05(水) 23:59)

 定刻に国境の町のミャワディに到着してみて考えたことは…


ヤンゴンからの夜行バス定刻に到着しました。

昨晩からの大雨の影響のためか中古の日本製のバスは夜明け前にしばらく先行していたトラックと共にエンジンを切って空き地に停車していましたので、ミャワディ到着が少し遅れることも覚悟していたのですが、どうやら早く着き過ぎないための単なる時間調整だったようです。

ミャワディ到着後に雨が小降りにならないかとバス会社の事務所で電源を借りてコイルヒーターでコーヒーを淹れてバナナケーキを食べながら待っていました。飲み終えても雨の降り方は衰えないみたいでしたので、荷物や靴が濡れるのを覚悟して300mほど先の国境へと歩き出しました。

今回のミャンマー旅行は最後まで雨に悩まされ続けましたが、北部地域などでは土砂崩れなどで30人規模の死者も出てるようですので無事に国境辿り着くことができたことを喜ぶべきかもしれません。飛行機に乗ればアッという間バンコク到着できてしまう時代ですが、タイとミャンマー間の陸路のリアルな様子を垣間見ることができたことに満足すべきなのでしょう。






ミャンマー側の出国事務所はヒマそうでした。

タイ人やミャンマー人とは別の外国人用の個室があったからでしたが、退屈だったためか、あるいは仕事熱心なためか、タチレクからどんなコースを旅行してきたかを詳しく説明させられました。もちろん威圧的な感じではなくて、何も怪しいことが無いことを確認したら笑顔で送り出してくれました。

タイまでは橋の上を歩いて渡る方式でしたが、こちらの橋は両国の国旗も無くて地味な雰囲気でした。橋の中央あたりで自動車の走行レーンを切り換えろという指示がありましたが、なぜ橋を作る時に立体交差にしておかなかったのか不思議です。これから新たに作ることは勿体無いですが、橋を架ける時であれば少しだけ余分に費用をかけたら作れたはずですが。





タイ側のイミグレも空いていました。

こちらも外国人用の窓口がありましたが、もしかしたら今朝は私が1人目だったかもしれません。それくらいタイ人とミャンマー人以外は見かけませんでしたが、もう少し大きい国境だと予想していましたので少しガッカリさせられました。特にタイ北部の国境と較べると見劣りしましたのでね。






ドリアンを満載した車が走っていました。

ビールや洗剤などの日用品はタイからミャンマーに運ばれ、農産物は逆にミャンマーからタイへ運ばれると予想していたのですが、少なくともドリアンはタイ産のものはミャンマーで人気みたいですね。しかしドリアンは堅いのでこんな積み方をしても大丈夫なのですね。突起同士が絡まって運びやすいようですが、一度にたくさん運べて効率が良さそうですね。






タイの銀行で2千円だけ両替しておきました。

タチレクで飛行機代をタイバーツで支払いましたので、足りそうに無かったのです。もちろんタイのバスターミナルならカードも使えるとは思いましたが、バンコクに較べて多少の両替率が悪いとしても安心できる方を選びました。久しぶりのタイですから、いろいろ食べたいものもありますしね。






タイ側でも今年は雨量が多過ぎるみたいですね。

これは国境の近くの道路から少し下がった場所にある住宅群なのですが、高床式なのに床上浸水しそうな感じでした。庭の洗濯物は雨ざらしであいたし、もうどうにでもなれといったあきらめの境地に達しているのかもしれません。タイでもミャンマーでも住宅にはパラボラアンテナが付きものですが、それが見えないということは非電化エリアかも。そうだとするとかなり貧しいか、ミャンマーからの難民が多く住む地域かも。






雨が小降りになったので歩いて行くことにしました。

タイ側の国境の町であるメーソートは国境から3kmほどと近い場所に見落としそうなほど小さな空港があり、その少し先にバスターミナルがありました。ちなみに飛行場の少し手前にあるガソリンスタンドには最後のセブンイレブンがあり、空港の少し先のバスターミナルの対面にMEGAHOMEというホームセンターが、そして3kmほど先にテスコロータスがあるみたいでした。空港は遠くても構わないので、他はバスターミナルの近くにまとめてくれれば良かったのですが…






バンコク行きのバスは夕方まで無いとのことでした。

たいした距離じゃありませんので午前中の便に乗れば夕食はバンコクで食べることができると考えていたのですが、19時まで無いということでしたのでガッカリさせられました。バンコクでの宿代は1泊分が節約できますが、ミャンマーと違って外国人料金が無いので夜行バスを選ぶ必要は無かったのですけどね。ミャワディから最速で国境を越えてバイクタクシーに乗っていたら10時前後のバスに間に合ったかもですが、30分の時差もありますのでギリギリかもですね。

時間がたっぷりあることから3kmほど歩いてテスコロータスまで行ってみようかとも思いましたが、また強い雨が降ってきましたのでバスターミナルの対面に横たわっていたMEGAHOMEをチェックすることに。バスターミナルの古そうなトイレは有料でしたが、MEGAHOMEのトイレは新しくて無料でした。トイレの横に従業員も使ってる食堂があったので試してみたのですが、久々の大失敗でした。メニューの写真と英文を信用して牛肉とマッシュルームとブロッコリーの炒め物が乗ったのを注文したのですが、キノコ類がひとかけらも入っていなかったのです。それで45バーツはヒドいと思いましたが、英語が通じなかったので文句を言うのは止めておきました。バスが夕方まで無いということで気分も落ち込んでいましたし。






18時過ぎにバンコクからのバスが到着しました。

おそらく午前中にバンコクのモーチットターミナルを出発してきたものが、ここで折り返すことになるのであよう。一組の西洋人の旅行者を見かけましたので声をかけてみたらベルギー人のカップルでした。私が今朝ミャンマーからタイに再入国して財布に1万チャットほどあるので両替しませんかと訊ねてみたら快く応じてくれました。ベルギー人相手でしたので、「7ユーロ分くらいだけど、安い缶ビールを20缶買えるよ。ベルギー人はビールと認めないクオリティかもしれないけど、私は満足していた」と言ったらウケました。

彼らに国境の様子やヤンゴンまでの交通機関やホテル事情、そしてアンジェリーナ・ジョリーがスーチーさんと会談したことなど話していたらアッという間に私の出発時間になりました。先ほどまで時が経つのが遅かったのですが、会話している間は10倍早く感じました。バスが出発してから再び遅く感じるようになりましたが、時間の感覚って不思議ですね。






夜行バスは途中で何度も停まって客を乗せました。

今日のバンコク行きの319バーツのバスは19時発でしたので、「21時くらいには夕食の休憩があるだろう…」と予想していたのですが、バスは田舎のターミナルに5分ほど停車してを繰り返しました。これはバンコクまで食事はありつけないのかもと覚悟しはじめた時に大きな郊外型レストランに停車したのですが、メニューが4種類ほどしか無くて、すべて35バーツのクーポンを購入して支払うシステムでしたので驚きました。久しぶりのタイ料理を楽しみにしていたのですが…(笑)






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(2015/08/04(火) 23:59)

 ミャンマーの最終日に見かけた将来を予感させるものは…


ついにミャンマーの滞在も最終日となりました。

大雨による土砂崩れや大規模な交通事故などのトラブルでも無い限りは明日はタイで、明後日にはスカラで何か新作を観ることができると思います。せっかく20ドルも払ってビザを取得したのでミャンマーの西海岸のビーチなどにも行ってみたかったのですが、それはまた次回、特に乾季の時期にします。

今日はミャンマー最後のランチは何にしようかと歩いていたら、こんな屋台を見かけました。「ついにKFCに続いてアメリカの大手ハンバーガーチェーンもヤンゴン上陸かっ!?」と誤解する人はいないでしょうが、この屋台を作った人は違法DVDでアメリカ映画を見ていて、「この名前にしよう!」と決めたのかもしれません。少し前にバンコクのスターバックスそっくりの屋台のことが話題になりましたが、ヤンゴンにも日本のテレビ局の取材班が来ちゃうかもですね。

ちなみにKFCやロッテリアの繁盛ぶりを見るとマクドナルドやバーガーキングなどが進出しても成功しそうな雰囲気はあります。しかし設備投資に多額の費用がかかることとミャンマー政府がアメリカに対して持っている特別な感情から認可が降りにくいということはありそうです。しかし日本の外食産業も含めてミャンマー進出の青写真は既にできあがっているのでしょうね。KFCに続いて進出するのはどのチェーン店でしょう。投資額の低さからサブウェイ、ペッパーランチあたりか…?






これはマレーシアのハンバーガーチェーンの店です。

マレーシアでも外資系の陰に隠れているような地味なチェーン店ですが、ヤンゴン店のロケーションも地味な場所にありました。私はたまたまマイナーな通りを歩きましたし、このチェーン店のことも知っていました。しかしマレーシアに何度か行ったことがある日本人で初めてヤンゴンに行った人が「これはマレーシアのファストフード店だな…」と気づくことは無いでしょう。もし「私は気づいたけど…」という人がいらっしゃれば、かなり洞察力が鋭い方だと思います。






出来たての寿司を提供している屋台がありました。

韓国のギンパのような作り置きの巻き寿司を並べてる屋台はたまに見かけますが、客の注文を受けてから作りはじめるのは初めてでした。寿司屋といえば洗いたての白い木綿の作業着姿がしっくりしますが、このマダムは高級感を演出したかったのか、なぜかシックなレースのワンピース姿でした。まあ目の前で調理してくれたら安心して食べることができますし、寿司の能書きなども聞くことができるので悪くは無いのでしょう。その内容が正しいことであることが前提ですけどね。






ミャンマーでもLINEのサービスが始まったそうです。

フリーペーパーの記事によりますと、隣国のタイではサービス開始と共に人気となって300万人の会員を獲得するまでに急成長し、その勢いでミャンマーでも事業開始となったようです。3年前のミャンマー旅行中は安っぽいガラケーばかりを見かけましたが、今回の旅行では若い世代はほとんどスマートフォンに変わっていたことに驚かされました。

ミャンマーの若い世代は一部富裕層を除いて分割でスマートフォン代を支払うのに苦労していそうですから、LINEのよう無料アプリは急速に普及しそうです。現政権もいざとなれば個人情報の収集や宣伝に利用できると好意的に見ているんじゃないかと思います。「ミャンマーで活動できなくするぞっ!」と恫喝すれば何でもいいなりになりそうな会社でしょうし。






ヤンゴンでも木に神棚みたいなものがあります。

樹齢が長そうな木には精霊が宿るとか信仰があるのかもですが、ちょっと大きな樹木だと板金屋さんが手作りした感じの神棚みたいなものが設置されているのです。それは日本人の伝統とも似た部分がありますので理解できるのですが、その中の人形が誰なのかさっぱりわかりません。右の人はちょっと強面で、この場に相応しくない感じもしますが…(笑)






今晩の夜行バス用に非常食など買いに行きました。

前回のミャンマー旅行でも重宝したポン菓子風のスナック、そして試してみたら非常に美味しかったヒマワリの種、そして明日の朝食用としても良さそうなバナナケーキでしたが、どれも偶然に500チャットでしたので150円ほどで安心を買いました。これで最後にミニマートで冷えた500チャットの缶ビールを買えば長い道中も快適に過ごせるはずです。

ちなみにスーパーでは日本への土産になりそうな象さんがデザインされた蚊取り線香が売っていましたが、荷物になるので止めておきました。重量は軽いのですが、まだインドネシア旅行も控えているので日本に着いてみたら粉々になっていそうですし。面白いと思ったのはゴジラのネーミングの製品でしたが、普通のトカゲの写真じゃ迫力不足ですよね。日本でもゴジラの新作を作るみたいですので、東宝さんが本物のゴジラの画像を提供してあげれば良いでしょうに。






ヤンゴン最後のランチもライスサラダにしました。

ネピドーで偶然に出会ってから一種の虜状態になっているライスサラダなのですが、今日の午後に日本人が多く住んでいそうなマーケットの北側のエリアを歩いている時に食べている人を見かけましたので、私も同じものをと注文してみました。今日のライスサラダは先日のと似ていて温かい料理でしたが、これまでには無かった乾燥エビがトッピングしてありました。

値段は1000チャットと安かったのですが、スープが付いていて無料のお茶が飲み放題ですので割安感がありました。また今日の店は南フランスのように道路に面したテラス席でしたので開放感があったのも得した気分になれました。屋台の低いテーブルで食べる時より気分が良いですからね。






ヤンゴンには味千ラーメンはまだ進出していません。

海外店舗のほとんどは中国にあるのですが、たしか歴史的には台湾やシンガポールへの出店が早かったと思います。ちなみにタイはいつの間にかバンコクに7店舗が、そして最近はベトナムやカンボジアにも出店していますのでミャンマー進出も秒読み段階にあるのかもしれません。

そんなヤンゴンに味千ラーメンより早く進出していたのが味好ラーメンでしたが、「MIYOSHI」と読むみたいですね。キャラクターも味千ラーメンのチィちゃんとは似ても似つかないものですし、同じ豚骨ラーメンを扱うこと以外は違うようにすることで裁判に持ち込めないよう配慮がされているようです。ただ味千ラーメンが上陸して周辺を包囲されてしまったら勝ち目はないかもですね。まあつけ麺専門店とかに路線変更するという手などありそうですが。






意外なハンバーガーチェーンも進出していました。

海外で見かける日本のハンバーガーチェーンといえばモスバーガーですが、なぜかヤンゴンではフレッシュネスバーガーが先んじていました。しかも私が見たのじゃ今年の1月にオープンした2号店で、昨年の8月には1号店ができていたらしいのです。最近は日本でも滅多に食べないので試してみようかと思いましたが、飲み物とセットで5000チャットとかでしたので手が出ませんでした。日本でならワンコインですが、今日のテラス席でのランチの5回分ですから…






意外なものがミャンマーでは新顔みたいです。

日本で1980年に発売され始めた製品ですが、2年後には台湾や香港でも発売されるようになったみたいです。その後もシンガポールや韓国など販売国を増やし続けていたようですが、ミャンマーでは今年から販売が始まったばかりとのことでした。後発だけにかなり宣伝にはアグレッシブだったようで、あちこちに大きな広告を出していたようです。私はこんなものを飲むくらいならビールにしますが、ミャンマーの若い日本製品が大好きな消費者にはウケるかもですね。






宿に荷物を取りに行ったら停電中でした。

iPadをフル充電の状態にできなかったのも悔やまれましたが、最後のメールチェックやGoogleマップでの国境付近の地図情報の読み込みが完了していないことが非常に困ることでした。昨晩の内に最低限のことは終えていまあいたが、出発前にやることにしていたことですからネットに繋がらず、充電できないということのダメージはけっこうなものでした。

しばらくヤンゴン関係のフリーペーパーのバックナンバーに目を通していたのですが、時間が迫ってきたので早めにバスに乗ろうかと考えまあいた。その時に電気が戻ったのですが、もう少し遅ければ私は荷物を担いで外に出ていましたので危ないところでした。iPadを充電しながら急いでメールチェックなど済ませたのですが、間に合ってホッとしました。それから急いでミニマートで缶ビールを購入してバス停へ向かいました。ちなみに空港の先にあったバスステーションまでは20kmほどの距離なのに1時間半もかかりました。料金は300チャットとアホみたいな値段でしたが。






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(2015/08/03(月) 23:59)

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