新タイトル模索中…(新・北海道田園生活)
   新宿から移り住んだ札幌近郊での様々な出来事のブログの続編だったのですが、それも2007年10月に引き上げたので4年で終わりとなりました。次の住処が決まるまでタイトルも決められない「流浪のブログ」となります。
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ワケあって2007年秋まで北海道でのんびりと暮らすことになりました。客観的に見た北海道の話題と、家庭菜園や料理などの個人的な興味、さらにテレビやネットについて気になってることなどをテキトーにアップして

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 現在は使われなくなっているレガスピ駅の前で見かけたものは…
2014philippines38

 昨晩購入しておいたパンを朝食にしました。

Wi-Fiが無料で使うことができるLCCデパートの開店は9時からと予想して、その前に現在は使われなくなっているレガスピ駅に行ってみることにしました。駅前の広場にはバスケットのゴールが置かれ、子供たちの遊び場に変わっていました。駅の正面のゲートは施錠されていたのですが、駅舎の横から廻り込むことができ、プラットフォームは女子高校生たちのダンスの練習場になっていました。

プラットフォームの先からはマニラに向かって錆びついた線路が続いていて、今では沿線の住人の通路になっていました。その方向には晴れていれば美しいマヨン山が見えたはずですが、昨晩からの雨がまだ続いていたので裾野さえ見ることは叶いませんでした。




2014philippines39

 開店直後のLCCデパートに行って雑用を済ませました。

雨もほとんど止んでくれましたので、ビーチに行ってみたら昔は火山の影響で黒砂の美しい海岸だったのがゴミだらけになっていました。すぐ海の近くまでお父さんが廃材で作ったような小屋が迫ってきていて、そこの住民たちが捨てたゴミだと思えますが、ゴミ問題の放置もフィリピン政府の手抜きのひとつなのでしょう。




2014philippines40

 トライシクルにはナンバーが割り当てられていました。

マヨン山と女性政治家らしき人物がデザインされていましたが、おそらくビーチのゴミ問題や低所得者住宅に対する考えが浅い人物なのでしょう。大都市のマニラでも貧富の格差は大問題ですが、レガスピのような小さな自治体は地価が安いこともあって政治家がやる気にさえなれば解決できることが多いと思います。しかしこの女性は充分な予算が無いことを言い訳にしているのでしょう。




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 宿をチェックアウトしてターミナルへ向かいました。

また少し小雨が振り出したので宿のご主人はジープ二ーでの行き方を教えてくれたのですが、途中のモールにも寄ってみたかったので歩くことに。この裏側にバスターミナルがあるので、中を通り抜けるというのが都合が良かったのです。旅行者なので入口のセキュリティチェックも簡単にスルーできてエスカレーターで3階まで行ってみたら2スクリーンのシネコンがありました。昨晩のものと合計すると小さな町に5スクリーンもあることになります。スゴいですよね。




2014philippines42

 ターミナルに到着したら、バスが出るところでした。

それで目の前にあった屋台に毛が生えた程度の店で20ペソのハンバーガーと5ペソのコーヒーを購入して、バスのコンダクターに74ペソの料金を払って最前列に陣取りました。私は景色が良く見えることからドライバーの真後ろの席がお気に入りなのですが、バスは出発前だというのにガラガラで特等席が空いていたのです。しかしそれもターミナルを出るまでのことで、市内をぐるっと周遊する内に途中から乗る人が続出して7割ほどが埋まってしまいましたが。




2014philippines43

 バスの窓から華僑系の墓地が見えてきました。

レガスピにやってくる時も空港の北側で近くを通ったので、今日はカメラを前もって準備しておきました。なぜレガスピに中国人が多かったのかはわからないのですが、アメリカと同じように鉄道建設と関係があるのかもしれません。フィリピンはスペインによる植民化の後にアメリカに統治された歴史がありますので、あり得ない話じゃないと思います。しかし町を歩いても華僑っぽい顔立ちの人は皆無だったのですが、現地との混血が進んだためかもしれません。




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 バスは2時間弱で次のソルソゴンに到着しました。
 
レガスピではソルソゴンで港へ行くバスに乗り換えたら良いと教えられたのですが、案内所で聞いてみたらバスは無いとのことでした。「どうやって行けというの!」と食い下がると、ダウンタウンの教会横からジープニーが出ているとトライシクルに乗せられました。

5分ほどの距離に20ペソ払って港に行くジープニーの真ん前で降ろしてくれたのですが、その時点で乗客は2人だけでしたので「満員発射だとすると長期戦になるかも…」と心配になりました。しかし15分後くらいに空席が多いまま出発してくれたのですが、今度も途中で客を拾って満席に。料金は90ペソと割高でしたが、2時間走って港の入口で降ろしてくれましたので文句はありませんでした。




2014philippines45

 フェリーの時間を訊いたら「すぐに出る」とのことでした。

コーヒーと甘いもので休憩するのは後回しにしてターミナルビルのチケット売り場に向かったのですが、IDの提示などが必要無かったのは意外でした。乗船名簿が存在しないのであれば、海難事故があった場合は私はミッシングということになりかねませんからね。船代が120ペソとターミナル使用料の30ペソを別々に払わされたのですが、そんな面倒なことは勘弁してもらいたいものでした。

私が乗り込んだスターフェリーⅢ号はどこか懐かしい雰囲気だと思ったら、かつて呉と松山の間を結んでいた日本製の船でした。トイレなどに日本語の表示が残っていたのですが、もしかしたら私が大昔に乗ったことがある船だったのかもしれません。出航時に屋上のデッキに出てみたのですが、残念ながら今日も厚い雲に邪魔されて海に沈む夕陽を見ることはできませんでした。




2014philippines46

 フェリーは1時間半くらいで対岸に到着しました。

次のバスを訊いてみたら、またもや「すぐに出る」という話でした。バスやトラックが行き交っていましたので、次のバスにすることに決め、近くの食堂で夕食を食べることにしました。海に面していましたので魚を揚げたものとイカの煮込みを注文したら80ペソもしたのですが、場所が良いことで強気の値段になったようでした。

店員の態度も無愛想で、味もたいしたことが無かったので大損した気分になりました。もちろんWi-Fiもありませんでしたしね。食後に係員に次のバスを訊いてみたら、朝の2時とのことでビックリでした。そんなに空白時間があるのがわかっていたら、ダウンタウンまで歩いて行って割安な店を探せば良かったと反省しました。




2014philippines47

 今日は接続が上手くいったのに最後に躓いてしまいました。

アホみたいに港の待合室でバスを待つのもイヤでしたので、今晩は名前も知らない町に泊まろうかと考えてホテルの場所を訊いてみたら目の前の建物を指差されました。先ほど食事した食堂の並びにあるホテルでしたが、24時間バスやトラックが行き交う場所ですのでうるさくて眠れないかもでしたので却下しました。

それでダウンタウンにある別のホテルに行ってみたのですが、壁に貼ってあった料金表の倍の値段を言われたのでムカつきました。しかも名前がパラダイスでWi-Fiも無し。まったくあり得ないので真夜中のバスを待ってタクロバンへ行くことに。「夕食をガマンしていれば…」と少し後悔しましたが、夜は肌寒いくらいの気温でしたのでマシでした。





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(2014/02/22(土) 23:59)

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