新タイトル模索中…(新・北海道田園生活)
   新宿から移り住んだ札幌近郊での様々な出来事のブログの続編だったのですが、それも2007年10月に引き上げたので4年で終わりとなりました。次の住処が決まるまでタイトルも決められない「流浪のブログ」となります。
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ワケあって2007年秋まで北海道でのんびりと暮らすことになりました。客観的に見た北海道の話題と、家庭菜園や料理などの個人的な興味、さらにテレビやネットについて気になってることなどをテキトーにアップして

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 3年前に較べてヤンゴン市内で見かけることが少なくなったものは…


ミャンマー滞在も残りわずかになってしまいました。

タイやマレーシアに較べるとビールや屋台の食べ物、そして映画代や散髪代など以外は割高ですので早く脱出しなければなりません。早くバンコクで讃岐うどんを食べたいですし、スカラ座で映画を観たいというのもあります。今回のミャンマー旅行はモンスーンの時期に北のタチレクから入国したので出費や苦労も多かったのですが、それでもミャンマーの成長過程の様子を垣間見ることができたので悪くはありませんでした。

今朝は日本語スピーチコンテストの会場に行く途中で久しぶりにこの人のポスターを見かけたのですが、3年前に較べて見かける回数が減ったように思います。もちろん地元紙の政治面などには頻繁に登場されているのでしょうが、前回のように勝手に応援している人たちの潮が引いたといった感じでしょうか。屋台でもポスターやTシャツを売ってるのは見かけないのですが、代わりに「I ❤️ MYANMAR」のTシャツを着ている若い人が増えたように感じています。

ちなみに国際ニュースでは「アンジェリーナ・ジョリーさん、アウンサンスーチー氏と会談…」とあり、人権意識の高い国では扱いが大きいのかもしれませんが、こちらでは報道されていないかもしれません。アンジェリーナ・ジョリー監督は「アンブレイカブル」で日本軍による捕虜虐待を描いていますし、人権を蔑ろにされたミャンマーの人々のことを作品にする構想があるのかもしれません。もし実現すればぜひ観てみたいものですが、ミャンマーでは上映されないかもですね。






日本語スピーチコンテストの存在は知ってました。

偶然に滞在中にロシア大使館の前のホテルで開催されますので、どんな雰囲気なのかチェックしてみることにしました。開催時間は9時から12時くらいということでしたが、どうせ最初は日本人の長〜い挨拶でしょうから、10時半くらいに行ってみました。既に8名ほどがスピーチを終えていましたが、別に報酬を貰って審査員を務めているわけじゃありませんので問題はないでしょう。会場に着いた時は2〜3人のスピーチを聞いてから静かに立ち去ろうと考えていました。

しかし10番目に壇上に立ったサンディさんという女性のスピーチを聞いてから考えが変わりました。彼女の流暢な日本語とユニークなエピソードに引き込まれてしまったのです。原稿があるスピーチが終わったら会場の審査員による質問コーナーがあり、そこで本当の日本語の能力やアドリブ力が試されるのですが、その時も日本語を学ぶ学友たちが応援してくれていることに触れて泣いてみせるという日本人が大好きなパターンで文句なしに今日の王女の貫禄を見せつけました。もうサンディさんを超える人は出て来ないだろうと確信したのですが、土壇場の大逆転もあり得ますので途中退席はできなかったのです。

結局サンディさんを超える人材は現れず、彼女は念願の日本への往復航空券などを手に入れました。何月に渡航するかで印象は違うのでしょうが、「ナルト」の大ファンだという彼女はアキバや中野ブロードウェイあたりに連れて行けば狂喜してくれることでしょう。日本に渡航することで若い彼女の日本語能力はさらに飛躍的に高まることも期待できるでしょう。今回の優勝で日本大使館や商工会議所のおじさまたちとの面識をできて、彼女が日本語能力を生かした仕事に就くことも難しくないでしょう。しかし個人的にはサンディさんにはあえて困難な道を選んで欲しいと勝手に願っています。さらに日本人のメンタリティーを理解して、日本とミャンマーの架け橋になるような困難な仕事を選んでいただきたいのです。






ランチはまたしてもライスサラダを選びました。

日本語スピーチコンテストの会場のホテルを出たら大雨が降っていましたので、対面の古い商業施設へ移動しました。その3階にヒマそうなフードコートがあったことを思い出して行ってみたのですが、やはりかなりヒマそうでした。6軒ほどのブースのメニューを吟味して、ネピドーとヤンゴンで試してみて印象がまるで違ったライスサラダを注文してみて正解に近いもののイメージを確立させようと考えました。

料金分の1200チャット分のクーポンを購入してセルフのお茶を飲みながら待っていたら、前回の2種類のライスサラダとまったく違った料理が運ばれてきましたので頭の中がさらに混乱しました。私はネピドーとヤンゴンで試したライスサラダがあまりにイメージが違うものだったので、どういったものが標準なのか知りたかったのですが、またもや違うタイプのものが出てきしまったので困っています。

こうなれば今後のミャンマー訪問時にもライスサラダを食べ続け、「これぞミャンマーのライスサラダだ!」と自信を持って宣言できるものを探し出すことを心に誓いました。今回は時間切れですから、あと10年ほどお待ちください。4〜5回目の訪問時には具体的なものを発表できると思いますので…(笑)






食後に隣の売り場でこんなテーブルを見かけました。

私の記憶に間違いが無ければ、このイラストは日本のマンガに影響を受けたミャンマー人のコミック作家によるものだと思います。かつて日本にもこういった子供向けの机などがありましたが、仮面ライダーやドラえもんなどのキャラクターに敗北して家具屋の店頭からは消え去っています。こういった人畜無害なタイプのものを復活させても面白そうですけどね。






ランチを食べた商業施設の隣はロシア大使館でした。

クリミア問題で経済的には窮地に立たされているものの、さすがにプーチンの国ですから掲示板の中は「戦後70年、勝利と栄光」といった感じの視点でまとめられていました。日本人の視点からしてみると当時のソ連はタナボタ式に戦勝国側に割り込んだだけで、「ロシア人が勝ちとったわけじゃないだろっ!」とツッコミを入れたくなりますよね。まあ冷戦時代のロシアはかなり強硬な態度だったみたいですから、それが緩和されただけでもマシですが。






高級住宅街にWWFのヤンゴン支局がありました。

パンダのマークでお馴染みの国際的な環境保全団体ですが、ミャンマーの大使館が集まっているエリアに事務所を構えていることに違和感がありました。この邸宅がWWFのコンセプトに賛同した篤志家の寄付であったりするのなら問題ないと思いますが、もしスタッフの個人的な好みで場所や建物の選定をしたということなら糾弾されても仕方がないでしょう。まあWWFの広報室は結果を出しているので問題ないと言い張るのでしょうが、私は交通と通信が進化してる現代ではミャンマーに支部を置くことも含めてゼロから見直すべきだと思いますが。






この赤い門が特徴的なのは中国大使館です。

敷地はかなり広くて、高い塀と生い茂った樹木により中の様子を窺うことはできないのですが、この入口はかなり威圧的ですね。この門の西側には領事部の入口が、そして近所には同じくらい巨大な文化施設がありました。チャイナマネーとチャイナパワーを発揮して北京での冬季オリンピックの開催も手中に収めましたが、株価が下がったこともあって今のところは戦後70年の総括は様子見で、10月の国慶節に大規模な祝賀軍事パレードを仕掛けてくるのでしょう。しかしさすがの中国もかなりヤバいですから、年内に一波乱があるかもですね。






住宅街にひっそりと文化施設が佇んでいました。

各地の民族衣装がイラストで紹介してあるインドネシアのものでしたが、東西に広大な国土面積を持つ多民族国家ならではの巨大なポスターでした。私は何度もインドネシアには旅行しているのですが、実はジャカルタとバリ島の間だけしか知りません。それだと人口が多いエリアはカバーできていても国土の半分くらいにしか足を踏み入れていないことになります。それでタイの後はペナン島から対岸のメダンへ飛ぶことにしました。インドネシアはビザは不要になったのは嬉しいのですが、メダンの空港が遠くに移転しているのが憂鬱です。開港がもう少し遅れてくれたら良かったのですが…






ヤンゴンの特徴は橋が極端に少ないことです。

Googleマップで見れば一目瞭然ですが、ヤンゴンの南側には橋が1本も架かっていないのです。川幅はそれなりにありますが、現代の土木技術を持ってすれば難易度が高い部類には入らないと思います。それで庶民の足は渡し船に頼っているみたいですが、かなり効率が悪いでしょう。ネピドーの開発などにかける費用があるならヤンゴンの渋滞対策に回すべきだと思いますが、いろいろとアホな政治的な理由があるのでしょうね。

まあヤンゴンが北方面ばかりに拡大してゆくのはアンバランスというのはミャンマー政府も主要な援助国のひとつである日本政府の共通認識のようで、数年内には1本目の橋の建設が始まるんじゃないでしょうか。それは大学やショッピングモールが並ぶ幹線道路の延長線上になると思いますが、その現在の様子を見ておきました。将来はここに橋が架かり、対岸にはイケアやイオンなどの大型店がオープンするかもしれません。






渡し船で対岸に渡るのは止めておきました。

今のうちに対岸の町の現在の様子を見ておくと面白いのではと考えていたのですが、まだ渡し船は外国人料金が残っているという話でしたので。もうミャンマー国内の鉄道やバスなどは外国人料金が撤廃されてミャンマー人と同じ低料金で利用できるようになりました。しかし文化施設の入場料や一部の交通機関には残っているのが腹立たしいのです。

渡し船はミャンマー人は100チャット、つまり約10円なのに、外国人は5ドルという話でしたので驚かされました。これまでも日本政府は我々の税金からミャンマー政府に多額の援助を行い、おそらく対岸への橋の建設にも協力することになるのでしょう。そんな友好国の人間には「いつもお世話になっておりますので、無料でお乗りください…」と促されてもおかしくないと思いますが、「お前は外人なんだから60倍の料金を払いやがれっ!」というのはどこか狂っていると思うのです。






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(2015/08/02(日) 23:59)

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