新タイトル模索中…(新・北海道田園生活)
   新宿から移り住んだ札幌近郊での様々な出来事のブログの続編だったのですが、それも2007年10月に引き上げたので4年で終わりとなりました。次の住処が決まるまでタイトルも決められない「流浪のブログ」となります。
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ワケあって2007年秋まで北海道でのんびりと暮らすことになりました。客観的に見た北海道の話題と、家庭菜園や料理などの個人的な興味、さらにテレビやネットについて気になってることなどをテキトーにアップして

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 定刻に国境の町のミャワディに到着してみて考えたことは…


ヤンゴンからの夜行バス定刻に到着しました。

昨晩からの大雨の影響のためか中古の日本製のバスは夜明け前にしばらく先行していたトラックと共にエンジンを切って空き地に停車していましたので、ミャワディ到着が少し遅れることも覚悟していたのですが、どうやら早く着き過ぎないための単なる時間調整だったようです。

ミャワディ到着後に雨が小降りにならないかとバス会社の事務所で電源を借りてコイルヒーターでコーヒーを淹れてバナナケーキを食べながら待っていました。飲み終えても雨の降り方は衰えないみたいでしたので、荷物や靴が濡れるのを覚悟して300mほど先の国境へと歩き出しました。

今回のミャンマー旅行は最後まで雨に悩まされ続けましたが、北部地域などでは土砂崩れなどで30人規模の死者も出てるようですので無事に国境辿り着くことができたことを喜ぶべきかもしれません。飛行機に乗ればアッという間バンコク到着できてしまう時代ですが、タイとミャンマー間の陸路のリアルな様子を垣間見ることができたことに満足すべきなのでしょう。






ミャンマー側の出国事務所はヒマそうでした。

タイ人やミャンマー人とは別の外国人用の個室があったからでしたが、退屈だったためか、あるいは仕事熱心なためか、タチレクからどんなコースを旅行してきたかを詳しく説明させられました。もちろん威圧的な感じではなくて、何も怪しいことが無いことを確認したら笑顔で送り出してくれました。

タイまでは橋の上を歩いて渡る方式でしたが、こちらの橋は両国の国旗も無くて地味な雰囲気でした。橋の中央あたりで自動車の走行レーンを切り換えろという指示がありましたが、なぜ橋を作る時に立体交差にしておかなかったのか不思議です。これから新たに作ることは勿体無いですが、橋を架ける時であれば少しだけ余分に費用をかけたら作れたはずですが。





タイ側のイミグレも空いていました。

こちらも外国人用の窓口がありましたが、もしかしたら今朝は私が1人目だったかもしれません。それくらいタイ人とミャンマー人以外は見かけませんでしたが、もう少し大きい国境だと予想していましたので少しガッカリさせられました。特にタイ北部の国境と較べると見劣りしましたのでね。






ドリアンを満載した車が走っていました。

ビールや洗剤などの日用品はタイからミャンマーに運ばれ、農産物は逆にミャンマーからタイへ運ばれると予想していたのですが、少なくともドリアンはタイ産のものはミャンマーで人気みたいですね。しかしドリアンは堅いのでこんな積み方をしても大丈夫なのですね。突起同士が絡まって運びやすいようですが、一度にたくさん運べて効率が良さそうですね。






タイの銀行で2千円だけ両替しておきました。

タチレクで飛行機代をタイバーツで支払いましたので、足りそうに無かったのです。もちろんタイのバスターミナルならカードも使えるとは思いましたが、バンコクに較べて多少の両替率が悪いとしても安心できる方を選びました。久しぶりのタイですから、いろいろ食べたいものもありますしね。






タイ側でも今年は雨量が多過ぎるみたいですね。

これは国境の近くの道路から少し下がった場所にある住宅群なのですが、高床式なのに床上浸水しそうな感じでした。庭の洗濯物は雨ざらしであいたし、もうどうにでもなれといったあきらめの境地に達しているのかもしれません。タイでもミャンマーでも住宅にはパラボラアンテナが付きものですが、それが見えないということは非電化エリアかも。そうだとするとかなり貧しいか、ミャンマーからの難民が多く住む地域かも。






雨が小降りになったので歩いて行くことにしました。

タイ側の国境の町であるメーソートは国境から3kmほどと近い場所に見落としそうなほど小さな空港があり、その少し先にバスターミナルがありました。ちなみに飛行場の少し手前にあるガソリンスタンドには最後のセブンイレブンがあり、空港の少し先のバスターミナルの対面にMEGAHOMEというホームセンターが、そして3kmほど先にテスコロータスがあるみたいでした。空港は遠くても構わないので、他はバスターミナルの近くにまとめてくれれば良かったのですが…






バンコク行きのバスは夕方まで無いとのことでした。

たいした距離じゃありませんので午前中の便に乗れば夕食はバンコクで食べることができると考えていたのですが、19時まで無いということでしたのでガッカリさせられました。バンコクでの宿代は1泊分が節約できますが、ミャンマーと違って外国人料金が無いので夜行バスを選ぶ必要は無かったのですけどね。ミャワディから最速で国境を越えてバイクタクシーに乗っていたら10時前後のバスに間に合ったかもですが、30分の時差もありますのでギリギリかもですね。

時間がたっぷりあることから3kmほど歩いてテスコロータスまで行ってみようかとも思いましたが、また強い雨が降ってきましたのでバスターミナルの対面に横たわっていたMEGAHOMEをチェックすることに。バスターミナルの古そうなトイレは有料でしたが、MEGAHOMEのトイレは新しくて無料でした。トイレの横に従業員も使ってる食堂があったので試してみたのですが、久々の大失敗でした。メニューの写真と英文を信用して牛肉とマッシュルームとブロッコリーの炒め物が乗ったのを注文したのですが、キノコ類がひとかけらも入っていなかったのです。それで45バーツはヒドいと思いましたが、英語が通じなかったので文句を言うのは止めておきました。バスが夕方まで無いということで気分も落ち込んでいましたし。






18時過ぎにバンコクからのバスが到着しました。

おそらく午前中にバンコクのモーチットターミナルを出発してきたものが、ここで折り返すことになるのであよう。一組の西洋人の旅行者を見かけましたので声をかけてみたらベルギー人のカップルでした。私が今朝ミャンマーからタイに再入国して財布に1万チャットほどあるので両替しませんかと訊ねてみたら快く応じてくれました。ベルギー人相手でしたので、「7ユーロ分くらいだけど、安い缶ビールを20缶買えるよ。ベルギー人はビールと認めないクオリティかもしれないけど、私は満足していた」と言ったらウケました。

彼らに国境の様子やヤンゴンまでの交通機関やホテル事情、そしてアンジェリーナ・ジョリーがスーチーさんと会談したことなど話していたらアッという間に私の出発時間になりました。先ほどまで時が経つのが遅かったのですが、会話している間は10倍早く感じました。バスが出発してから再び遅く感じるようになりましたが、時間の感覚って不思議ですね。






夜行バスは途中で何度も停まって客を乗せました。

今日のバンコク行きの319バーツのバスは19時発でしたので、「21時くらいには夕食の休憩があるだろう…」と予想していたのですが、バスは田舎のターミナルに5分ほど停車してを繰り返しました。これはバンコクまで食事はありつけないのかもと覚悟しはじめた時に大きな郊外型レストランに停車したのですが、メニューが4種類ほどしか無くて、すべて35バーツのクーポンを購入して支払うシステムでしたので驚きました。久しぶりのタイ料理を楽しみにしていたのですが…(笑)






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(2015/08/04(火) 23:59)

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