新タイトル模索中…(新・北海道田園生活)
   新宿から移り住んだ札幌近郊での様々な出来事のブログの続編だったのですが、それも2007年10月に引き上げたので4年で終わりとなりました。次の住処が決まるまでタイトルも決められない「流浪のブログ」となります。
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ワケあって2007年秋まで北海道でのんびりと暮らすことになりました。客観的に見た北海道の話題と、家庭菜園や料理などの個人的な興味、さらにテレビやネットについて気になってることなどをテキトーにアップして

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 西スマトラの州都までやってきて日本もまだまだだなと思ったことは…


パダンは西スマトラの州都で100万近い大都市です。

メダンにはイオンなどの日系の大型モールはありませんでしたが、ペッパーランチや外国企業になったらしいSOGOがあったりしましたので、多少は日本の要素が受け入れられていると感じました。もちろんキティちゃんやドラえもんなどは日本製じゃ無さそうなものがたくさん販売されていました。

しかし日本人もあまり観光にやってきてなさそうなパダンには日本企業の顔が見えないのです。もちろんトヨタや日野自動車などは大きな代理店を見かけましたが、タイでは普通にあったリラックマのキャンペーン中のセブンイレブンのような日本的な要素のものが見当たらないのです。まあそれは2015年の現実で韓国勢の進出もまだみたいですので問題は無いのでしょうが。しかし円安を武器に日本企業はもう少し頑張れるのでは。日本製の品質の良さは知れ渡っているでしょうから、ガンガン売りまくって円高にしてもらいたいものです。






インドネシアには伝統的なデザインがあります。

それは急勾配な屋根の先が空に向かって延びているような感じで、大昔に図書館で借りた本によりますと船大工の技術で作られたからとの説明がありました。そう言われてみると建物にインドネシアの伝統的な船を逆さまにして被せたように見えないこともありません。いずれにしてもインドネシア特有のデザインで、それはこんな近代的な建築にも反映していました。






ランチを初めて地元の人に奢ってもらいました。

ホテルのオーナーさんに次のブンクルへという街までの行き方を尋ねてみたら、バス会社に電話で予約してくれた上に「わかりにくい場所だから…」と自分のバイクで連れて行ってくれました。おかげで3kmほど歩かずに済みましたし、座席もスムーズに確保できました。お礼を言ってガソリン代にと1万ルピアを渡そうとしたら受け取ってくれませんでした。

さらに出発まで1時間ほどあったので食事を一緒に食べることになったのですが、それを払おうとしたら逆に支払ってくれたのです。いろんなことを話している時にオーナーさんは私と同年代であったことで親近感が湧いたのかもしれませんが、なぜLCCで楽に飛んでしまわないのかと質問された時に「普通の日本人旅行者はバリ島やボロブドゥール遺跡などの有名な観光地にしか行かないけれど、スマトラは初めてなので各地の人々の暮らしぶりを見たいんだ…」と言ったことに共感してくれたのかもしれません。話に夢中で料理は撮影しなかったので、そのレストランの様子をアップしておきます。






食後にこの巨大な建物も前で記念撮影しました。

それをメールに添付して送ると約束して、バイクを見送りました。オーナーさんが帰られた後にこの建設中のモスクをぐるりと一周してみたのですが、完成したらスゴいものになりそうでした。日本人のブログでは初めての画像のアップになるかもしれませんが、旅行しているとたまにこういった想定外のものと遭遇できるので止められません。

ちなみに場所はパダン空港から4kmほど南下したホテルアイビスの少し手前になります。現在はまだですが、そのうちGoogleマップで「MASJID RAYA SUMATERA BARAT」で検索してみたら表示されるようになるかもしれません。






夜行バスは始発でしたので定刻に発車しました。

今回のバスは座席の間隔もエアアジアX並みに拳ひとつ分くらい余裕がありましたし、クッションやブランケットも完備していました。またエアコンも程良い涼しさで上着を着る必要もなく快適でしたが、窓に広告が入った遮光シートが貼ってありましたので最悪でした。

景色を見慣れた地元の人は太陽光が半分くらいになる方が良いのかもしれませんが、私は地元の人たちの生活の様子を見たいためにバスに乗ってるわけですから迷惑です。途中の山奥の村では結婚式の帰りか何かでドレスで着飾った女性たちがピックアップトラックの荷台やミニバイクに乗ってたりしていて面白かったのですが…






今回のバスはまだ太陽がある内に休憩しました。

それは飲食用の席が無い土産物屋が並んだだけの簡易なドライブインでしたが、まったく欲しいものが置いてないことに驚かされました。もちろんモスリム人口が多い国ですから「冷えたビールを置いとけ!」と言いたいわけじゃないのですが、旅行者が欲しているものを値段表示をしっかりして販売して欲しいだけなのです。

同じようなことをインドネシアのホテルについても言いたいことがあります。もしホテルが満室になれば玄関先に「FULL」と表示をしておいてもらいたいのです。そうすれば無駄に空室があるかを訊かなくて済みますし、ホテル側としても面倒が無くなるはずですが。また値段表示もA4サイズの紙では無く、中国のようにレセプションの5mくらい先から見えるように大きく表示してもらいたいものです。






今回のバスはなぜか物売りの連中に寛大でした。

大昔はバスの窓を開けることができたので、乗客は窓越しに物売りと値段の交渉して品物を購入しいました。現在は窓を開けることができないのでドライバーの気分次第でドアが開けられたりします。今日はかなり多くの物売りたちが乗り込んできましたが、最後の方は誰も買わなくなったので気の毒でした。しかしいつもながら物売りたちの無駄が無い商品の並べ方は見事で感心させられます。






日暮れ前に大渋滞にハマってしまいました。

どうやら山道の道路の崖崩れか何かで、交互に片側通行になったのが理由のようでした。1時間ほどまったく動かず、これでまた夕食が遅くなるのかと想像したらうんざりでした。それは他のドライバーも同じだったようで、道路の脇には車窓から捨てられたゴミが散乱していました。車内でヒマだと飲み食いして、そのゴミを外に捨ててしまいたくなるのでしょう。渋滞で迷惑を被った分、ゴミを捨てる罪悪感も無くなるでしょうし。






ようやく21時過ぎに夕食タイムとなりました。

そのレストランはナシパダン方式で、テーブルにたくさんの皿が並べられて食べた分だけ支払うシステムでした。つまり誰かに選ばれなかった古い料理が回ってくるわけで、当然ながら熱々の料理はやってきません。私はランチも似た感じでしたので、何か調理したばかりの料理を食べたかったので何ができるか訊いたら、ナシゴレンとミーゴレンの2種類だけでした。

他の選択肢は売店でカップ麺でも買うしかありませんでしたので消去法でミーゴレンを注文したのですが、これが久しぶりの大ハズレでした。インスタントラーメンの麺の食感が悪い上に味付けにも問題がありましたし、17000ルピアという高めの値段を取るために乗せてあったフライドチキンが古くて化石化していたのです。見た目ではわからないでしょうが、これが今回の2ヶ月ほどの旅行中で最低の料理でした。






レストランにはお祈りをする部屋もありました。

これからまた真っ暗な山道をボロいバスで揺られての移動ですが、ここは山奥で夜は涼しげでしたので1泊させてもらいたくなりました。たまにモスクで昼寝している人を見かけますが、ここも静かで寝心地が良さそうでしたし。しかしそんなことが許されるはずもなくバスに戻ったら、ドライバーが自分の眠気を覚ますためか音楽を大音量で流し、冷房をマックスにしたので夜中に凍えそうになりました。





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(2015/08/18(火) 23:59)

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