新タイトル模索中…(新・北海道田園生活)
   新宿から移り住んだ札幌近郊での様々な出来事のブログの続編だったのですが、それも2007年10月に引き上げたので4年で終わりとなりました。次の住処が決まるまでタイトルも決められない「流浪のブログ」となります。
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ワケあって2007年秋まで北海道でのんびりと暮らすことになりました。客観的に見た北海道の話題と、家庭菜園や料理などの個人的な興味、さらにテレビやネットについて気になってることなどをテキトーにアップして

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 知人を佐賀有明空港に送って行く途中に大牟田市の郊外で食べたものは…
2015japan820

 今日は知人を佐賀有明空港へ送っていきました。

最初は玉名ラーメンをと考えていたのですが、テレビ番組で見かけた大牟田市の「高専ダゴ」を試してみることにしました。この引っくり返すのにかなりの修行が要りそうな巨大お好み焼は9月に荒尾店で初めて試してみたのですが、その昭和的な雰囲気と味に心を引かれて県境を越えた福岡県の倉永店も試してみることにしました。

3人前だという1530円のスペシャルはかなりの迫力がありましたが、前回は辛いソースだけを試しましたので今日は半分は甘いソースを塗ってもらいました。熱々の鉄板の上のお好み焼きをハフハフしながら頑張ったのですが、さすがに少し残してしまいました。持ち帰りパックに入れてもらいましたので問題はありませんでしたが。




2015japan821

 佐賀有明空港に来たのは6度目くらいでした。

1回目は経営難に陥ったJALが撤退したというニュースを見て佐賀市に行ったついでに寄り道してみたのですが、その当時はカウンターの半分が閉鎖されていましたし、ANAも1日1~2便でしたので「このサミシイ空港は近いうちに閉鎖されるのでは…」と想像しちゃいました。経済の中心である福岡県に近過ぎるために空洞化してしまった佐賀県に空港が必要とは思えないのですが、当時の県知事たちは各種の補助金の投入や発着料の値引きなどを行って、熊本空港に競り勝って中国の春秋航空の就航を実現させました。

その結果、佐賀有明空港は賑やかになりましたし、成田への国内線もできたことにより私も何度かセールの時に利用しています。2年後に有明湾岸道路が全線開通したらさらに便利になるのですが、中国の経済崩壊などが起きれば空港存続の危機となるかもしれません。春秋航空は年度内の就航を目指していた佐賀~杭州便の実現が難しくなったことを佐賀県に通知したらしいのですが、アテがはずれてガッカリされている人も少なくないのでは。




2015japan822

 空港の近くの世界遺産に初めて行ってみました。

今年の9月に長崎の軍艦島などと共に登録された「三重津海軍所跡」でしたが、発掘調査が行われた後に保存のために軍港は埋め戻されていますので、現在は「見えない世界遺産」というユニークな存在です。佐野常民記念館と佐野記念公園として整備されていて、埋め戻された軍港の上をスマホを利用したVR装置を装着して歩いて回って往時の様子を疑似体験できるという趣向でした。

3階の展示フロアも公園も無料でしたので文句を言えないくらいのレベルでしたが、この図書コーナーみたいな場所に置いてあったVRゴーグルを使った疑似体験はなかなか楽しめました。順路は3階からスタートして屋外の公園を歩いた後に最後に室内でVR体験をするというものでしたが、抜本的に見直すべきではと思います。




2015japan823

 世界遺産の北側の「橋の駅」に行ってみました。

この「ドロンパ」という道の駅みたいな施設の存在は佐野常民記念館に置いてあったリーフレットで初めて知ったのですが、ちょうど帰り道にありましたので寄り道してみました。大昔の国鉄時代に福岡県大川市と佐賀県佐賀市諸富町を結んでいた佐賀線の可動式橋梁に面して休憩所みたいなものが整備されていたのですが、国内の昇開橋としては最古のものということです。

「ドロンパ」とは有明海の干潟に棲むムツゴロウが背ビレをパッと広げて跳ねている様子を表現したものらしいのですが、「橋の駅」との敬称も含めて少しわかりにくいものですから残念でした。ただこの地域の名物のワラスボというグロテスクな魚などに着目していて、商品化してるのは面白いと思いましたが。



2015japan826

 これは大川市で見かけた「古賀政男記念館」です。

昭和の高度成長期には「家具の街」として知られていた大川市出身の有名人といえば芸名からも大川栄策さんだと思いますが、作曲家の古賀政男氏も大川市出身だったみたいです。明治初期に母屋が作られたという生家の隣には洋風な記念館が建てられていて面白そうでしたが、入場料が必要でしたので止めておきました。特に古賀メロディーに思い入れがあるわけでもありませんので。




2015japan824

 福岡県の西鉄の柳川駅の周辺が激変していました。

1937年の10月に九州鉄道の柳河駅として開業して、1942年の9月に西鉄柳川駅に改称したという歴史がある駅なのですが、今年の3月から橋上駅舎と新設した東口の供用が開始されたみたいです。鉄道により分断されていた地域がモダンな駅舎の完成により一体感を増し、有明湾岸道路の工事が進んだこともあって駅裏だったエリアの再開発も急速に進みそうです。




2015japan825

 西鉄柳川駅の徒歩圏にゆめモールができていました。

その存在は有明湾岸道路を走った時に気づいていたのですが、オープン時のセール以外には特に寄る価値は無さそうでしたのでスルーしていました。初めて足を踏み入れてみたのですが、やはり他の店舗と細部まで同じで退屈でした。

しかしレジ前に長い行列ができていましたので不思議でしたが、週に一度の福引大会をやっていたみたいです。私も無理にお酒などを購入して運試しをしてみようかと思ったのですが、レジで支払いを終えた時点で福引が終わったらアホらしいので止めておきました。空クジなしでも残念賞はトイレットペーパー1個みたいでしたし。





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(2015/12/15(火) 23:59)

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