新タイトル模索中…(新・北海道田園生活)
   新宿から移り住んだ札幌近郊での様々な出来事のブログの続編だったのですが、それも2007年10月に引き上げたので4年で終わりとなりました。次の住処が決まるまでタイトルも決められない「流浪のブログ」となります。
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ワケあって2007年秋まで北海道でのんびりと暮らすことになりました。客観的に見た北海道の話題と、家庭菜園や料理などの個人的な興味、さらにテレビやネットについて気になってることなどをテキトーにアップして

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 私が訪れたインドネシアの都市でバンダアチェがいちばん猫が多い理由は…


 バンダアチェでは猫をたくさん見かけます。

私はインドネシア国内ではジャカルタを筆頭に人口は多い15都市くらいを旅行したことはありますが、その中でバンダアチェがいちばん猫が多いように感じています。それはバンダアチェが田舎っぽい雰囲気を残しているというのもあるのでしょうが、エサが豊富なこともあるのでしょう。

よく街角で自転車で魚の行商をしているのを見かけるのですが、魚を切り分ける時に出るヒレや頭などは足元で待っている猫たちがキレイに処分してくれてるみたいでした。またムスリム比率が高いバンダアチェではチキンがよく食べられていますが、その骨を猫たちが齧っているのもよく見かけます。






 これは建物ではなく海に浮かんでいた発電船です。

バンダアチェの海岸の先に横たわる島の端にこの発電船が停留していたらしいのですが、津波で5kmも流されて住宅地に座礁したみたいです。この船の周辺の津波被害を受けた民家は一緒に保存してあり、船の中は展示室となっているようでした。Googleマップには8時からと書いてありましたが、入口には9時だと。まあ出直せば良いことなので…






 この建設中のモスクは津波とは無関係かもです。

まさか偶然に発電船がモスクの目の前に流れ着いたということは無いでしょうから、発電船がダークツーリズムの観光名所となって内外からの人の往来が増えたので新規に建設されることになったのではと想像しています。この付近でもかなり多くの方が亡くなっていると思いますが、そういった不幸は布教のために大いに役立つはずですし。






 バンダアチェで唯一のラーメン屋だと思います。

ネットの情報によりますとバンダアチェの西側のビーチでサーフィンしていた日本人たちが被災地支援にもなるだろうと現地人とオープンさせたみたいですが、ラーメンは2万ルピアとかするらしいので試す気にはなれません。「料理人は日本修業経験がある…」と書いてありましたが、開店当時の記事でしたし。






 津波博物館の裏手には広大な墓地がありました。

ラーメン屋から歩いて来たらこんな印象的な光景が現れたのですが、この墓地が津波の前からあったのかは不明です。津波博物館はかなり大きな建物ですから、津波被害を受けて所有者がわからなくなった墓地の区画整理をして建てられたのかもしれません。いずれにせよ市庁舎のすぐ近くに大きな墓地があるのは面白いものです。東京にたとえると都庁裏の新宿公園に関東大震災博物館と墓地があるようなものですから。






 これはバンダアチェ唯一のコンビニかもしれません。

バンダアチェは初めてですし、公共交通機関もほとんど無い感じですので精力的に歩き回っているのですが、いわゆるコンビニを見かけたのは初めてでした。バンコクでは歩道橋の上からセブンイレブンのサインが6店くらい確認できたりするくらいコンビニが多いのですが、バンダアチェはタイへコンビニ上陸した直後の状況に似ているのかもしれません。

追加情報 : この後に空港に向かう途中などでバンダアチェには6店以上あることを確認しました。






 こんなモスリム女性に対するポスターを見かけました。

私は中東などへの旅行経験はありますが、アッラーであれキリストであれ実在が科学的に証明できないものを信じる気にはなれません。もちろん信仰の自由は尊重しているのですが、それは私の信仰しない自由を認めてくれる相手に限ります。もしブッダであれ何も信じないのはおかしいと指摘する者がいたら、「あなたが存在を証明してくれたら信じるから早く証明してくれ!」と無理なことを要求するでしょう。

そんな私からしてみるとバンダアチェのお洒落が気になる若い女性がルールがある中でいろいろと工夫するのは理解できますが、古い世代の人たちにはガマンできない水準なのかもしれません。このポスターを見ても、どこが問題なのかわかりませんよね。






 この災害遺構は24時間自由に見学可能でした。

津波で漁船が民家の上に座礁したものを保存してあるのですが、この家の住人が生きていたなら驚いたことでしょう。おそらく最初の地震でハッとして、大波に襲われたことで打ちのめされ、なんとか生き延びて我が家を見上げたらデカい漁船が乗っかているわけですから。でもそのおかげで災害遺構として半永久的に遺ることになり、なんらかの手当金も受け取れたでしょうから。






 5kmほど歩いてようやくビーチにたどり着きました。

私の勝手なイメージではサーフィンを楽しんでいる人もいるわけですから、外洋のもっと大きな涙が打ち寄せる広大なビーチでした。しかしダウンタウンから歩いてアクセスできる海岸はしょぼいものでした。誰もいなかったのでゴミなどが落ちていなかったのは良かったのですが、また歩いて帰ることを考えるとげんなりしました。

ビーチで休憩することを前提に布と水着を持ってきていましたが、誰もいなかったので素っ裸で日焼けすることにしました。おかげで久しぶりにお尻を焼くことができました。






 ランチタイムの漁港はほとんど無人状態でした。

おそらく日の出前に港を出た船が午前中に戻って、一斉に競りにかけられるのでしょう。せっかくの魚が傷んでしまわないように気温が上がる前に市場や小売り業者に引き渡されるのでしょうか、バンダアチェは狭いので顔なじみの業者間のやり取りであっという間に決まるのかもしれません。






 対岸が津波被害のゴミ捨て場になっているようです。

炎天下を同じ道を歩いて帰るのはイヤだったので少し遠回りでしたが川沿いの道を選んだのですが、その対岸に大量のゴミが放置されたままでした。東北では多額の税金を投入して3年ほどで分別して焼却や埋め立て作業を終えたと思いますが、バンダアチェでは未だに目処が立たないのでしょう。

失業率は高そうなので人件費を捻出すれば解決できるはずですが、自治体が税収を上げる方法を見出せないのでしょう。インドネシア政府は5大空港にバンダアチェ空港も加えてビザ無しで入国できるようにすべきでしょうし、空港バスなども整備すべきでしょう。観光客を増やして、税収のアップを狙うのが得策なはずです。






 港の近くの食堂でランチをいただきました。

魚市場の近くにも食堂はありましたが、歩き疲れた頃に休憩も兼ねて食べようと考えていたのです。持ってきたペットボトルの水はとっくの昔に飲み干していましたので、まずは5000ルピアのシュガーケーンジュースを飲みました。

それから川沿いの店の並んでる皿をチェックして回り、ほど良くh混んでる店に決めました。魚のフライと野菜などで10000ルピアでしたが、このバンダアチェでは日本の500円ランチみたいな感じなもでしょう。






 いちおうバンダアチェでも市バスは走っていました。

港からの帰り道で偶然に見かけたのですが、道路を走っているのは見たことがありませんでした。よほどルートが少なくて運行本数も少ないのでしょう。まあバンダアチェの中心部は歩いて回れるくらいも大きさですし、ベモなそも多いので困ることは無いのでしょう。しかし将来への投資としてGO−KLバスみたいな無料巡回バスを走らせるべきだと思いますが。






 モールの入口で日本の国旗を見かけました。

バンダアチェではいろんな国が支援しているようでしたが、道路や橋などのインフラだけで無かったことに少し驚きました。まあしかし被災した商業施設を再開させることも市民生活の手助けになりますので日本国民の税金を使うことに反対はしません。しかしこの商業施設に日本らしさが皆無だったのが残念です。






 斬新なデザインの服が売られてました。

被災地支援でやってきた日本の団体さんが持ってきて子供たちに日本語を教えたりして、その時の異国文化に触れた記憶がこの服をデザインする動機になったではと推測しているのですが、誰か確かめてくれないかな。日本とインドネシアの交流を深める良い話が眠っているかもですし。業績不振のフジテレビさん、「直撃LIVEグッディ!」で取材されてはいかがでしょう。安藤優子さんに着てもらえればデザインした子も喜ぶでしょう!(笑)






 今晩もシーフードの料理を探したのですが…

モスリム人口比率がインドネシアでいちばん多いと思われるバンダアチェでは大きめのスーパーでもビールは売っていないようでしたが、おそらく外国人観光客が多いホテルのレストランなどでしか飲めなかったりするのでしょう。そんなことだろうと私はメダンで6缶パックを購入したのですが、現地人の目が気になるので部屋で飲むことにしました。

宿の近所に「ナシゴレン シーフード」と書いた屋台がありましたので試してみたのですが、魚介類の量が少な過ぎて笑えちゃうレベルでした。代々木公園あたりの国際イベントでこれを出したら、「あの~、シーフードって注文したんですけど…」と苦情が殺到しそうでした。冷えていないビールと15000ルピアだった具材が乏しいナシゴレンがバンダアチェ最後の晩餐でしたが、良い思い出になりました。(笑)





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(2016/07/22(金) 23:59)

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