新タイトル模索中…(新・北海道田園生活)
   新宿から移り住んだ札幌近郊での様々な出来事のブログの続編だったのですが、それも2007年10月に引き上げたので4年で終わりとなりました。次の住処が決まるまでタイトルも決められない「流浪のブログ」となります。
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ワケあって2007年秋まで北海道でのんびりと暮らすことになりました。客観的に見た北海道の話題と、家庭菜園や料理などの個人的な興味、さらにテレビやネットについて気になってることなどをテキトーにアップして

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 早朝に小雨が降り出したのですが悩んだ末に出かけてみた場所は…


 今朝は今にも泣き出しそうな雲行きでした。

トーストとコーヒーの朝食を終えてネットでメールやニュースをチェックしていたら、散歩に出かけた猫が濡れて帰ってきたので雨が降りはじめたということに気づきました。どうしたものかと悩みましたが、先日のローカル番組で高森の湧水トンネル公園のイベントを紹介していた関係者が「トンネル内は雨の日でも大丈夫ですっ!」と言っていたことを思い出して出発しました。

その途中の健軍商店街を横目で見たら被災して撤去されていたアーチ状の屋根が元通りになっているみたいでしたので近くに行ってみることにしました。まだポリカーボネート板は設置されていませんでしたが、ここまで出来ていたら完成は間近でしょう。






 益城町のスポーツセンターは無人状態でした。

かつてここが避難所だった頃は24時間オープンしていて、子供から高齢者まで様々な人たちが出入りしていました。益城町でも仮設住宅が完成したことから先月に閉鎖されたのですが、4月前の静かな状態に戻っていました。まだ入口部分の修理は終わっていませんでしたけどね。






 ニュースで見たモデル住宅をチェックしてみました。

益城町の熊本空港の近くのテクノ仮設住宅の中央に作られた1000万円の耐震性が強化された住宅という話でしたが、実物はかなり安普請な造りでした。周辺がアウシュビッツみたいな仮設住宅ですからマシに見えますが、高級住宅街にあったらみすぼらしいのでしょう。






 西原村にも仮設住宅が完成していました。

熊本空港から復旧工事中の俵山トンネルに向かう途中のグリーンロードへ曲がる角の手前に作られていたのですが、やはりここもアウシュビッツに似た感じでした。そこには暑苦しい言葉が書かれたバナーがありましたが、こんなのを見て暮らさなければならないとは実にお気の毒です。






 グリーンロードで牧歌的な風景を見かけました。

阿蘇の外輪山に向かう途中に目印としてミルク牧場があるのですが、その近くに西原村から提供してもらった土地をドモホルンリンクルで有名な再春館製薬が管理している再春館パークという自然公園みたいなものがオープンしていました。タイミング良く雨が止んでくれ、誰もいない草原でしばしの散策を楽しむことができました。






 今日のイベントは10時からのスタートでした。

湧水トンネル公園の手前の広場にはるばる福島からやってきたキッチントラックが停めてあり、幼児向けのミニ蒸気機関車がスタンバイ中でした。10時ちょい過ぎに地元の中学生か高校生が演奏するクリスマスソングがする方に向かっていたら、つい最近になって走りはじめた南阿蘇鉄道のワンピース電車がやってきましたので演奏を撮影していた人たちは振り返って注目していました。






 主賓の挨拶は短めでしたので助かりました。

まず町長らしき男性がアートイベント開催の経緯を説明され、次に今日の主役と誰も疑わない派手な格好の人が短めの挨拶をされました。横の新宿のホスト風な男性はスポンサーのシュウウエムラの担当者で、ポップなデザインのバルーンを制作された方の紹介もありました。






 普段のトンネル公園の入場料は300円するそうです。

今日は世界的に著名なアーティストが来熊してくれたことを盛り上げるために入場無料になっていたのですが、それが雨が降る中をガソリン代を払ってやってくるモチベーションになりました。トンネルの入口では生演奏で迎えてくれ、わざと照明を落としたトンネル内には竹を斜めにカットされたものの中にキャンドルが入れられたものが等間隔に並べて水路に落ちないように配慮されていました。






 いちばん奥に派手なバルーンが展示してありました。

トンネルの手前にはこの時期の常設展示のクリスマスツリーが天井から吊り下げられていたのですが、入場開始となってほとんどの来場者がトンネル内に入った頃を見計らってツリーの点灯式が行われました。

暗闇に目が慣れた頃に明るくなり、さらに奥に進んだら本日の目玉のバルーンが飾ってありました。国鉄時代の負の遺産の奥に根明な雰囲気のバルーンがあって面白いコントラストでしたが、阿蘇のこの場所に展示されることを考えて作られたものじゃないでしょうから少し物足りなく感じました。ここまでは期待感で歩くのも苦ではありませんでしたが、私は同じ道を戻るのが大嫌いですので…






 長いトンネル内の往復でちょっと疲れました。

トンネルを出てからも駐車場まで距離があるのでウンザリしていたのですが、高森町民の皆さんによるサプライズがありましたので助かりました。イベントを盛り上げるために奥様たちが地元の食材で手作りの料理を振る舞ってくれたのですが、ちょうど小腹が空いた頃でしたので最高でした。

この田楽以外に体が温まるだご汁や宇佐のから揚げ、そして宮崎に本社がある九州パンケーキなど盛り沢山でした。今日のランチは駅前の食堂などで何か阿蘇っぽいものでも食べようかなと考えていたのですが、食後の紅茶もありましたし1円も使う必要はありませんでした。高森や大分や宮崎の皆さん、美味しい一品をどうもご馳走様でした。






 トンネルの真上には展示室がありました。

普段は国鉄時代のトンネル工事の歴史を伝えるためのスペースだったようですが、4月の地震で観光客が減ったこともあって展示内容を「くまモンがんばれ絵」とワンピースのものに変更していました。

南阿蘇鉄道でワンピース電車が走りはじめたこともあって全国からファンが来てくれることを期待しての展示なのでしょうが、「くまモンがんばれ絵」も含めてお土産用にオリジナルグッズでも用意すべきではと思いましたが。入場無料で何も買うものが無ければ高森に金が落ちませんからね。






 久しぶりに終着駅の様子を見に行ってみました。

湧水トンネル公園から700mほど北上したところに南阿蘇鉄道の終着駅である高森駅がありますが、今日は雨のためか日曜日だというのに高森駅は無人状態でした。この半径500m以内には駅員さんと客待ちのタクシードライバーと私の3人だけしかいなかったと思われます。

日曜日はワンピース電車は3往復するということでしたが、さすがに出発時間には数人の観光客がやってくるのでしょう。私のように写真だけ撮って乗らないかもですが。






 南阿蘇鉄道は現在は中松駅までの運行でした。

その先の日本一長い名前の駅やこの温泉があった駅などまでの復旧の目処は立たないみたいですが、ダメージを受けた鉄橋は架け直すしかないらしいので仕方がないのでしょう。人口が少ない高森町や南阿蘇村のために24時間体制で復旧工事をする必要もありませんが、観光客に便利なように安価な乗り捨て可能なレンタルバイクでも用意すべきだと思いますが。






 ニュースで何度も見た場所に初めて行きました。

両親による献身的な数ヶ月の捜索により発見された学生さんが亡くなったと思える崩落現場でしたが、私はこれまで直視する心の余裕がありませんでした。しかし行方不明者はゼロになり、学生さんの葬儀も終了しました。もうそろそろ現場を見ておかないと東北の被災地のようにコンクリートで変な壁などが作られてしまうこともあり得ますので、この風景が失われる前に自分の目で確認しておきたかったのです。

この場所でピースして記念撮影したりするのは論外ですが、このエリアで亡くなられた10人ほどの犠牲者の冥福を静かに祈ることなら誰にも迷惑をかけませんし、遺族の方たちにも失礼ではないでしょう。「九州ふっこう割」は年末で終了してしまうので観光客数の落ち込みが危惧されていますが、熊本の被災者の皆さんの生活再建のためにも観光に出かけて楽しみながらお金を使っていただきたいものです。





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(2016/12/04(日) 23:59)

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