新タイトル模索中…(新・北海道田園生活)
   新宿から移り住んだ札幌近郊での様々な出来事のブログの続編だったのですが、それも2007年10月に引き上げたので4年で終わりとなりました。次の住処が決まるまでタイトルも決められない「流浪のブログ」となります。
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ワケあって2007年秋まで北海道でのんびりと暮らすことになりました。客観的に見た北海道の話題と、家庭菜園や料理などの個人的な興味、さらにテレビやネットについて気になってることなどをテキトーにアップして

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 急にカンボジアに行くことにして今回も選んでみた交通機関は…


 今日からカンボジアに移動することにしました。

夏風邪を引く前は夜行列車でノンカイへ行き、ラオスのビエンチャンからハノイへ北上することにしていました。しかし48時間もベッドで過ごしてしまったので長旅を避けたくなりました。体調は充分に回復したのですが、タイの列車やラオスのバスは外気温は快適なのにアホみたいにクーラーを効かせて走ることがありますので。

それで選んだのがバンコクからホーチミンへの最短ルートであるカンボジア抜けのコースでしたが、チケットを買いに行くのも面倒なので事前予約の必要が無いカジノバスに乗ることに。それなら乗り場まで歩いて行くこともできましたし。






 カジノバスは途中までスムーズに走ってくれました。

最初の高速道路や途中の信号が少ない直線道路などはスイスイで、これは早めに着いてしまうのではと期待しました。座席も最前列の見晴らしが良い場所へ案内してくれたし、やはりカジノは日本人を優遇してくれているのかなと少し嬉しくなりました。しかし途中から工事渋滞でノロノロ運転になってしまいました。

さらに悪いことは重なるもので、車掌が日本人は300バーツ払ってと集金に来ました。バスに乗り込む時ならタイ人は200バーツなのに人種差別する気かと大騒ぎしてみせることもできたのですが、半分ほど来てから「イヤなら降りて…」と言われても困りますので渋々払いました。

おそらく差額の100バーツは車掌とドライバーが会社に内緒で山分けしてるんじゃないかと思います。これで今日までのタイでの良い思い出が台無しです。タイ観光局の皆さん、こんなことでタイのイメージを悪くしては損だと思いますよ。早急に改善をお願いします。






 なんと国境にショッピングモールができていました。

国境を挟んでカンボジア側にはカジノが、そしてタイ側にはショッピングモールとまったく性格が違う感じで成長する樣が興味深いものです。同じバスに乗っていた日本人たちはカジノを目指して国境へ突き進んでいましたが、こんな田舎カジノには興味が持てない私は大好物のモールを点検するために少し寄り道することにしました。






 残念ながらディリークィーンはありませんでした。

最後にもう1度だけ口にすることができるかもと期待したのですが、それは儚い夢に終わりました。しかし財布の中には重たい10バーツコインが残っていて邪魔でしたので、KFCのソフトクリームでガマンしてやることに。もちろんそれなりに美味しかったのですが、満足はできませんでした。






 前回は工事中だった国境の建物が完成していました。

国境の利用者としてはこんなシンボルに無駄金を使わず、イミグレのブースを増やしたりして待ち時間を減らしてくれと要望したいものです。それにキレイなトイレや冷たい水を自由に飲めるウォーターサーバーを用意すべきだと思えました。しかし私が究極的に望むのはEUのように国境を撤廃して自由に人々が行き来できるようになることです。






 国境のカジノホテルも巨大化が進んでいました。

巨大化と言ってもラスベガスやマカオに較べると、コマツの鉱山で働いているトラックと中国製のチェリーくらい違うのですけどね。まあそれでも以前に較べたら成長していることは間違いありません。カンボジアはかつて悲しい時代を体験した気の毒な国ですので隣国のカジノ客たちに依存して生きることを止めろとは言いませんが、ほどほどにしておくべきでしょう。やり過ぎるとテロ事件狙われる事態となるかもですし。






 なぜか使われていない線路も整備されていました。

インドシナ半島がフランスの植民地だった頃に物質を運ぶために整備された鉄道網の名残だと思いますが、現在はタイ国内部分しか使われていません。しかし急速なベトナム経済の成長の影響を受けてカンボジアでも鉄道網を再整備する動きはあるようです。最初は物流ですが、オリエントエクスプレスみたいな時間をかけてゆっくり鉄道で旅する豪華寝台車が走りはじめることもあり得ます。ただ貧富の差が拡大していますので、やり過ぎるとテロの対象になりかねませんが。






 タクシーを待つ間に軽く食事をしました。

国境の入国審査の列で偶然に知りあったシュムリアップに住む日本人の方たちがタクシーを予約していて座席に余裕があるとの話でしたので相乗りさせてもらうことにしました。携帯でタクシードライバーに連絡されたら15分で到着ということでしたので、近くの店で鶏肉を炒めたヤツをつまみながらビールを飲みながら待つことにしました。日本人の方はランチを済ませたばかりで飲み物だけで十分とのことでしたが、相乗りさせてもらうので私がすべて払いました。ビール2本と缶コーヒーと料理で4ドルと安いものでしたが。






 タクシーは信号がない国道を快適に疾走しました。

シュムリアップ在住の日本人の方は2人で20ドルの約束だったそうで、それに1人増えるから1人7ドルで21ドルから交渉がスタートしました。しかしドライバーは1人10ドルだから30ドルと大袈裟に主張しました。日本人の方は現地語も喋ることができて、タクシーとの交渉には慣れていらっしゃる感じでした。「最後の値段は1人8ドルで、イヤなら他のタクシーに乗る」と言い、立ち去ろうとしてみせたら乗れとの合図が。

料金は妥協するけど途中でシュムリアップに行きたい客がいたら乗せると言ってましたが、最後まで見つからずに明るい内に懐かしいシュムリアップに到着できました。これは空港の近くの北朝鮮レストランですが、韓国人旅行者たちが団体で行くのかもしれませんね。日本人の政治家たちもここで夜の接待を受けていたりして…(笑)






 これはドライブの途中に購入したものです。

タクシーの運転手が何度か到着の小さな町でシュムリアップに行く乗客を見つけようとしたのですが、その時に数人の売り子が果物や食べ物を持ってきたのです。私はいつもこの蓮はどうやって食べるのだろうと横目で見てスルーしていたのですが、内部の種は豆に似ていて美味しいという話でしたので、竹筒で炊いた米と共に購入してみました。2つで1ドルでしたが、これだけでお腹いっぱいになりましたので安上がりでした。






 これは唯一のエスカレーターがある建物です。

私の前回のシュムリアップ滞在の翌日にオープンした吹き抜けがある商業施設でしたが、その時は地元民がエスカレーターに乗るタイミングがわからずにトラブルが続出していたのを懐かしく思い出しました。さすがに現在は普通に乗れていましたが、昭和初期には日本でも似たようなことが起きていたのかもですね。






 こんなモダンなビルも建設されていました。

少し前のビエンチャン並になってきた感じでしたが、ショッピングセンターかと思ったら事務所ビルで日本のHISのオフィスもあるようでした。ここにもエスカレーターはありませんのでやはり先ほどのラッキープラザは今でも唯一のエスカレーターがある建物なのかもしれません。






 スーパーで地元の缶ビールを購入してみました。

夕暮れの散歩で少し疲れたのでビールでもとスーパーに入ってみたら、この象さんの缶ビールがいちばん安くて50セントでした。1ドル払ったら2000リエルのお釣りというカンボジアならではのシステムに3年前の記憶が蘇ってきました。ドルを基軸通貨として使うことを止めれば良いのにアホな国ですよね。






 こんな場違いと思えるカフェもありました。

これは地元資本のコーヒーショップでしょうが、グローリアジーンズコーヒーなどの世界チェーンも進出していました。カンボジアで2番目の都市はバッタンバンですが、もうシュムリアップが事実上の2番目となっているようです。近いうちにシュムリアップ郊外にイオンモールのカンボジア3号店ができるんじゃないでしょうか。(笑)







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(2017/01/28(土) 23:59)

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