新タイトル模索中…(新・北海道田園生活)
   新宿から移り住んだ札幌近郊での様々な出来事のブログの続編だったのですが、それも2007年10月に引き上げたので4年で終わりとなりました。次の住処が決まるまでタイトルも決められない「流浪のブログ」となります。
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ワケあって2007年秋まで北海道でのんびりと暮らすことになりました。客観的に見た北海道の話題と、家庭菜園や料理などの個人的な興味、さらにテレビやネットについて気になってることなどをテキトーにアップして

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 熊本城よりも一足先に修復を終えていた歴史的な建物は…


 連中3日目は早朝に少しだけ雨が降りました。

雨はすぐに止んでくれて午前中には青空が見えてきましたが、私の心は晴れてくれませんでした。それは人口が少ない熊本は変化が少なくて退屈だからでしたが、大型連休明けにはシンガポールの予定ですからもう少しの辛抱です。

今朝はヤボ用で上通アーケードに出かけたのですが、老舗書店の屋上のシンボルの火の見櫓風なものの修復が終わっていたのに気がつきました。奥には来年に外装の修復が終わる予定の熊本城が見えていましたが、なぜコンクリート造りの天守閣の修復にそんなに時間がかかるのか私には理解できません。






 老舗書店の先にわりと広い空き地が出現していました。

一方通行の出口の手前の右手に見慣れない空き地が出現していたのですが、いつの間にか国道3号線沿いの大分銀行の建物が取り壊されていました。中途半端に古い周辺のビルを地上げして取り壊せばシティホテルくらいは建設できると思いますが、普通のビジネスビルになるのかもしれませんね。






 夕方の番組で熊本城と相撲の関係が話題でした。

バブル時代までは藤崎宮の参道に相撲の行司の吉田司家があったのですが、かつて相撲好きだった細川綱利が熊本城で初めて当時は相撲町に住まわせていた吉田司家と大関の上位になる横綱に関する話し合いを行っていたという話でした。肥後藩は吉田司家を招致して盛り上がっていたみたいですが、当時は娯楽が少なかったので大人気だったのでしょう。






 熊本城にはしゃちほこが取り付けられました。

私が台湾一周旅行に出かけている間に不細工な防水シートは撤去され、最初のしゃちほこが取り付けられました。そして大型連休が始まる28日まで待ってもう片方のしゃちほこが設置されたのですが、それが美談風に取り上げられたのでイラッとしました。コンクリート造りの天守閣の修復を応援なんかしませんし、この工事のやり方は税金の無駄遣いだと思えますので。

私は2016年の4月17日の午前中に崩れた熊本城を見た瞬間に木造での本格再建を目指すべきと思ったのですが、熊本市長たちは密室でコンクリート造りのままで修復することを勝手に決めてしまいました。民主主義を全否定する利権絡みの公共工事になってしまったのですが、森加計問題と同じように忖度する連中により美談風に報道されています。

コンクリート造りのままで修復するのであれば上層階部分を工場内でプレハブ工法で作って、それに地上部分でFRP製のしゃちほこを取り付けてからクレーンで乗せれば良かったでしょう。木造の本格再建であれば粘土をこねて焼き上げたしゃちほこにこだわるのも理解できますが、コンクリートの天守閣ならFRPのしゃちほこやチタン製の瓦がお似合いでしょう。






 益城町のスーパーを取材した特番がありました。

3月に開店3周年記念のイベントをやっていたモダンな建物のスーパーですが、私は益城町の復興の様子をチェックしに行く時に何回か立ち寄りました。被災地で被災者のために頑張って営業しているので好感が持てるのですが、この新入社員にスポットを当てた報じ方にはイラッとさせられました。






 今日も午後から半袖で暮らせるほどになりました。

まだ大型連休も前半ですから扇風機さえ不要ですが、これから確実に暑くなりますので先週あたりからアイスクリームのCMが始まりました。このアイスクリームは数少ない佐賀県の特産品ですが、アイスクリームが半額のセールの日にもハーゲンダッツと共にセール対象外ですので最近は口にしていません。







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(2018/04/30(月) 23:59)

 需要と供給の関係の影響で復興特需の熊本で起きていることは…


 被災地の熊本では時給が上昇しています。

以前は最低賃金の737円に少しだけオマケした750円での募集が多かったのですが、今では800円以下はほとんど見かけません。これも需要と供給の関係なのでしょうが、その資本主義の原則を感じさせるから揚げ店がありました。

昭和時代から値上げされていない250円弁当で有名な子飼商店街のから揚げ店が支店を増やしていることをブログにアップしたことがありますが、近くのライバル店も座視できなくなったみたいです。地震後に初期投資が少なくて始めることができるから揚げ店が激増したのですが、アルバイトが禁止されている中高生には低価格の弁当が支持されているみたいです。

この供給過剰による価格低下は復興特需の熊本でも起きていますが、近い将来にアパートやマンションの供給過剰による賃貸料金の低下を予感させます。これから復興住宅の建設も本格化するのですが、そのピークは年末くらいだと思います。






 熊本のローカル番組は告知が多過ぎると思います。

コメンテーターで出演されている味千ラーメンの副社長が創業時の味の復刻版の新商品を告知されていたのですが、値段も雰囲気も昭和っぽくは無いと思います。私は味千ラーメンの創業時の様子を知っているわけじゃありませんが、おそらく当時のラーメンはもっと素朴な感じだったと思います。

過去を美化しがちな高齢者向けの新商品かもしれませんが、中高生たちにはちょっと高価過ぎると思います。昭和に対しては何の思い入れも無いでしょうし、アピールポイントは限りなくゼロに近いでしょう。






 大型連休前にこんなキャンペーンがありました。

田崎市場の食肉店が29日の肉の日を前にして明日からキャンペーンが始まるみたいですが、赤牛丼や立ち食いステーキの店が乱立しがちな割には強気な値段設定でした。復興特需で来店客数が増えているので「アルバイトの時給も上げたし、これくらいの値段でも大丈夫だろう…」と油断されていると思いますが、復興特需が終わる来年以降は苦労されるのでは。






 阿蘇山頂への登山道がようやく開通しました。

これまで阿蘇市側の北登山道と南阿蘇村側の南登山道は通れましたが、かつてメインルートだった米塚を眺めながらドライブできる道路の工事が大型連休前に終わってくれたそうです。立野ダムの建設予定地の近くに記念撮影ポイントが整備されたりもしているそうで、火口見物もできるようになりましたので大型連休中は賑わうことになりそうです。






 大型連休中に税金で海外旅行する連中がいます。

日本経済はオリンピック特需で儲かっている業種はありますが、財務省の不手際続きで消費税の増税の先送りもまた行われることになるかもしれませんし財政の健全化には程遠い状況です。国の財政をギリシャよりも悪化させた国会議員たちは今年も何食わぬ顔して海外旅行に出かけるみたいですが、運転手付きの公用車で赤坂のヨガ店通いして文春で批判されていた文部大臣もアメリカなどに出かけるみたいです。






 大型連休前ですからこんなCMも増えています。

連休中には子供の日もありますし、子供が無料なら親が出かける気になるということで集客が期待できるのかも。私は騒ぐ子供が大嫌いですし、連休中はどこにも出かける気になれません。連休後にシンガポールでのんびり過ごす予定ですし。







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(2018/04/26(木) 23:59)

 私が被災者になってみて感じたリーダーシップの重要性は…


 早いもので東京から熊本に戻って1週間です。

今日は雨上がりで空気がキレイになっていましたし、涼しくて過ごしやすくて悪くありませんでした。しかし人口が少ない熊本は刺激が無いのと、腹が立つニュースが多かったりしてストレスが溜まります。今日のローカル新聞のフロントページにあった熊本県知事に対する県民の評価も腹立たしいものでした。

熊本で2度目の地震が発生した翌日の午前中に避難所に様子を見に行ってみたのですが、水とおにぎりを貰うのに2時間待ちという話でしたので行政の災害対策の不手際にあきれました。熊本県知事の口癖は「県民の幸福量の最大化する…」でしたが、それは「平常時に限っては…」ということだったようです。

ちなみに2度目の地震ですべてのライフラインが途絶えましたが、30分で電気だけは戻ってくれました。それで怯えた老猫を膝に乗せてずっとテレビのニュースを見ていたのですが、熊本県も熊本市も行政のトップが被災者に対してメッセージを発することはありませんでした。政治家たちは税金を無駄遣いして私腹を肥やすことができる滅多に無いチャンスでしたので、被災者のことなんて優先順位が低かったのでしょう。






 避難所だった小学校に地震の名残はありませんでした。

昨年の春には体育館が避難所として使われていた当時の大鍋とか炊き出しの痕跡が残っていたのですが、おそらく昨年の豪雨被害を受けた朝倉などにボランティアさんが食材と共に届けたのでは。せっかくの善意の炊き出しの道具類は今年の7月の慰霊の日のイベント用に倉庫にしまってあるのでしょうが、もしかしたら別の地域で出番があるかもしれません。






 こういった応援商品も被災地ならではですよね。

花見のシーズン前に売り出されたものだと思いますが、復興に役立つならと購入された幹事さんも少なくなかったことでしょう。100円以下の第3のビールでは寄付のシステムが組み込まれた復興応援缶は見かけたことがありませんが、普通のビールを購入できる余裕がある人たち向けの企画なのでしょう。






 春の番組改編でこんな深夜番組が始まりました。

中京テレビで制作されている芸人が好きなことを喋っているだけのヌルい番組ですが、私は民放各社があいのりでネット配信を始めた頃に見ていましたので懐かしい感じがしました。

太田プロは熊本地震の復興ライブとかやってくれていましたし、上田氏は出馬すれば次の熊本県知事になれる人ですので、もう少し早く熊本で放送を始めれば良かったでしょうに。






 大型連休前に阿蘇では期待が高まってるようです。

3月に一時的に火口への立入禁止規制が解除されたのですが、火山活動が活発になって再び規制されてしまいました。それが大型連休前に再び解除されたのですが、4月14日前後から全国ネットの番組で阿蘇からの中継も多かったことから観光客の増加が見込まれているようです。

私は連休中は混むのでどこにも出かける気になれませんが、何か面白そうな催し物などがあればドライブに出かけてみたいと考えています。まあ阿蘇は変化は少なそうなのでシンガポールからの帰国後でも構わないのですけどね。





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(2018/04/25(水) 23:59)

 近くで見ても花蓮の新しい駅舎が好きになれそうに無い理由は…


 今朝は朝食の時にランチ用のお弁当を作りました。

それは午前中に花蓮駅から出発する電車で台東に移動するからでしたが、電車に乗る前に工事中の新しい駅舎を間近でチェックしておきました。現在は空に向かって広がっている屋根はふたつですが、これから南側に延びて5連になるみたいです。

それが完成すると見た目には立派になるのですが、花蓮の地域色みたいなものは考慮されていないようです。どうも中国の駅舎みたいで、私は好きになれそうにありません。






 花蓮を出てから雨が降ったり止んだりでした。

バッグの底から傘を出しておくべきかと悩んだのですが。その必要はありませんでした。前回は工事中だった駅舎はほとんど完成していましたが、まだテナントは入居していませんでした。この駅舎も中国の駅みたいで良くないのですが、ダウンタウンから6kmほど離れた場所に作られたヤツなのでマシです。






 約2年ぶりに台東の宿にチェックインしました。

前回と違っていたのは赤ちゃんが出迎えてくれたことと、無料の自転車が用意されていたことでした。洗濯を済ませて自転車をお借りして6kmほど走ってダウンタウンに行くことにしたのですが、Googleマップをチェックしてみて台東美術館の前を通ることにしました。美術館の外観はありきたりで、駐輪場から遠かったのでスルーすることにしましたが。






 旧台東駅の周辺には現代アートが点在しています。

前回はバスと歩きだったのでダウンタウンから微妙に離れている海岸まで歩いて行くことは断念しましたが、東海岸で太平洋に面していることから沖合ではクジラが遊泳してたりするようです。この作家はそれを見て作品を作る気になったのかもしれませんが、ビミョーな仕上がりですよね。






 旧台東駅前の商業施設が完成していました。

貨物用のコンテナを5段ほど積み上げて、それに曲がった屋根をかけたようなインダストリアルな雰囲気の商業施設でした。なかなか斬新なデザインで個人的に嫌いじゃないタイプなのですが、テナントは20パーセントくらいしか入居していませんでした。やはり田舎町には早過ぎたのかもしれませんね。






 旧台東駅は今回も時が止まったような感じでした。

鉄道の駅を内陸に移動させて用が無くなった駅舎と周辺をアートギャラリー風に再利用するというコンセプトは悪くないのですが、アートディレクションの担当者の力量が圧倒的に不足しているようです。それで市民からも観光客からも相手にされないエリアとなってしまったのでしょう。






 前回の台東滞在中に食べた店を再訪してみました。

2016年の8月に偶然に行列を見かけて試してみた林家豆腐店でしたが、今回は行列はできていませんでした。前回は「豆腐を揚げ続けて70年…」といった風格のおじいさんが鍋の前に立っていましたが、今日は孫の世代の女性が揚げていました。それと臭豆腐の値段が大が100から120に、小が50から60に値上げされていたのも理由かもしれません。

缶ビールは35台湾ドルでしたので日本円にしてみると350円ほどだったのですが、期待が大き過ぎたためか残念な思いでした。相変わらず臭みは少なくて美味しかったのですが、もし次に台東に来ることがあってもスルーするでしょう。






 ようやく台東の海岸に辿り付くことができました。

前回は林家豆腐店でビールを飲んでしまったので海岸まで歩いて往復する気が無くなりましたが、今日は自転車でしたので楽勝でした。海岸の手前に駐輪場があったので「もしかして自転車は乗り入れ禁止か?」と不安になったのですが、海岸線に沿ってサイクリングコースが作ってありましたのでホッとしました。






 大勢の女学生がダンスのレッスンをしていました。

ラジカセの音量が小さくて何の曲なのか確認できませんでしたが、海風を受けながらAKBなどの歌に合わせて元気に躍っていました。高校か大学の文化祭で披露するためなのか、あるいは台湾のオーディション番組に出演するためなのか不明ですが。いずれにせよ秋元康の影響が海を越えて台湾の南端の地方都市にまで及んでいることは間違いないでしょう。






 カルフールがありましたので買い物することに。

ロッカーに荷物を預けるのが面倒でしたので、エスカレーターを下りながらポケットにポットやバッグなどを詰め込みました。入口にくまモンのプリントシールの機械が置いてあったのですが、台北で飽きられたのでここまでやってきたのかもしれません。夏には花蓮の百貨店に流れ着いていたりして…(笑)






 名物の観光夜市の準備が始まっていました。

カルフールが入居しているビルの前が昼間も営業している夜市なのですが、夕方からは道路が通行止めになり本格的に稼動しはじめます。どこからか射的や輪投げみたいな遊具も運び込まれて、手際よく組み立てられていました。ちなみにこのシェラトンホテルは最近になって開業したようですが、夜市の目の前というのはなかなか珍しい立地ですよね。






 これは原住民の塔を再現したものでしょう。

日本でも佐賀県の吉野ヶ里の遺跡公園で似たような塔を見たことがありますが、4本の大木を組み合わせて集落のシンボルとなる見張り台を作る発想はどこの部族でも同じなのでしょう。台湾の歴史に詳しくないので、中国本土から中華系の集団が落ちのびて来る前の様子はわからないのですが、100年前には本物の塔があちこちに残っていたのでしょう。






 これも原住民の紋様がモチーフになっているかと。

体育館みたいな公共施設の前に作られていたのですが、原住民の親子がサッカーみたいな球技を楽しんでいる姿がモチーフなのかもしれませんね。体型はデフォルメしてありますが、装飾などの紋様はオリジナルに近いのでしょう。地元の政治家が上半身が裸の原住民の男性と並んでいるポスターを見かけましたが、こんな像を作るのも原住民の票が目当てなのかもですね。






 なんとか日暮れ前に台東駅前まで辿り付けました。

昼間は気がつかなかったのですが、薄暗い中で銀色のUFOみたいなヤツが目立っていました。数本の柱で浮いているように工夫されていましたが、中は空洞で単なるとんがりコーン風なオブジェでした。ペットボトルを圧縮して作られたベンチが円形に並べられていましたので、女子高生が中で雨宿りしながら迎えを待つということはできそうでした。






 夕食はカルフールの炒飯とビールにしました。

台東のカルフールは小型店で惣菜売場も小さくて品揃えも悪かったので、炒飯くらいしか買うものがありませんでした。まあレジを出た所で無料で氷をもらうことができましたので、キンキンに冷えたビールを楽しむことはできましたが。






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(2018/03/29(木) 23:59)

 2年ぶりの菊地渓谷の再開がトップ扱いの新聞社の将来性は…


 早いもので3月も残り1週間になりました。

全国的に世の中は卒業式のシーズンですが、新生活のスタートでもあります。私はまったく無関係ですが、自分が新生活をはじめた頃のことを懐かしく思い出してしまったりします。

ちなみに2年ぶりの菊地渓谷の再開をトップ扱いで報じていたローカルな新聞社は春のキャンペーンを行うみたいですが、金栗四三のマンガなどの新連載をはじめるあたりはオワコンである新聞社らしいなと思いました。






 白川沿いの公園ではイベントが開催中でした。

昨年もこの時期に似たようなイベントが行われていましたが、その時は地震から1年ということもあって復興途上といった独特の雰囲気がありました。それが今日はまったく感じることがなかったのですが、復興特需で時給が微妙に上がっていたりするのも理由なのかもしれません。今日は気温が上がって上着が不要なほど暖かくなったこともあるのでしょうが。






 ついに大学堂薬局のビルの解体が始まりました。

この電車通りと国道3号線が交差する場所には屋上にコカコーラの看板があることでランドマークになっていたのですが、3月も最後になってついに解体されることになったようです。交通量が多い場所ですから、大型重機は導入できないかもしれません。まあ解体に時間がかかるとしても、来年の花見の季節には新しいコカコーラの看板のお披露目があるのでは。






 国道3号線沿いでヒッチハイカーを見かけました。

メガネをかけたドイツの女学生風な観光客でしたが、大分か福岡方面に行きたかったようです。もしかしたら桜前線と共に北上して日本の春を満喫したいのかもしれませんが、そうであれば先日に行ったばかりの北区の「寂心さんの樟」を案内してあげたくなりました。しかし残念ながら今日は自転車でしたので、それを実現することができませんでした。






 下通では踊りのイベントが開催されていました。

札幌のよさこい祭りみたいな感じのものでしたが、おそらく主催者側には被災地復興という意識もあったのかもしれません。このタイプのイベントに参加してる人たちはコスプレーヤーと同じような変身願望があるのでしょうが、私はそういった人たちは苦手です。私は騒がしい人たちは好きになれませんので。






 救急車で搬送されている人を見かけました。

白髪の老人が倒れて毛布に包まれていたのですが、救急隊員の質問にはちゃんと答えていました。何かにつまづいて骨折されたのかもしれませんが、早朝からの花見で酔いがピークに達していたのかもですね。ほんの30秒ほど前に元気はつらつに踊り狂う若い人たちを見たばかりでしたので、その落差に日本の高齢化社会の先に横たわっている闇を感じました。






 坪井川沿いで記念撮影してる人たちがいました。

イベントで踊った後だと思いますが、汗で落ちた化粧を直されているみたいでした。花見客の邪魔にならないように川沿いの張り出したベンチの部分を上手く利用されていましたが、本当は熊本城の大天守閣を背景に撮影したかったのでしょうね。






 花見日和で行幸坂はかなり混雑していました。

昨年も様子を見に行きましたが、今日は踊りなどのイベントもありましたので大勢の観光客が一方通行の入口から歩き出していました。私も今年は歩いてみようかと考えていたのですが、やはり人の多さに辟易として来年以降にしたいと思います。





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(2018/03/25(日) 22:59)

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